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フィンウッズビレッジでは、昔から他所では見かけない、一風変わった風習があった。
夜十一時を過ぎたら、お菓子の蓋を開けてはいけない、夜中にトイレに行く時は、「コウングルフィン・ノー・マイン」という、訳の分からないおまじないを、部屋の扉を出てすぐに言う。
どちらも、夜中に現れるフィンという小さな妖精を驚かせないためだ、と言い伝えられて来た。
フィンは背中に透き通った光る羽を持った、小さな愛らしい女の子だとも言われている。
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「でもそんなもの、居るわけないわよ?」
夏至祭の前日。
メアリは、部屋中を星型に切り抜いた色紙を貼り付けるのに忙しく動き回っている母親と妹のマリアンナを眺めてうんざりしていた。
夏至祭は、他の町や村では町中を草花や樹の枝で飾り付ける。フィンウイッジガレッジでは、その他に妖精フィンのお気に入りだと言われる小さな光る星を、家の中に飾るのだ。
星の飾りと一緒に願い事をひとつ書いておけば、フィンは必ず叶えてくれると言う。
「フィンなんて、おとぎ話よ」
「でも、去年の夏至祭でお祈りしたら、アンナの欲しいものをフィンがくれたわっ」
メアリとは五歳離れているマリアンナは、明るい金色の巻き毛を振ってメアリを睨んだ。
妹は美しい金髪——目も青く、まるでビスク・ドールのよう。
生まれた時から両親に歓迎され、それこそお人形のように着飾らせられ、可愛がられて来た。
マリアンナが欲しいと言えば、父は何でも買い与えた。
対して、メアリは、長子ということもあるのか、両親は彼女を厳しく躾けた。
兄妹は弟三人も入れて五人だが、仕事のある母の代わりに、メアリは幼い時から弟妹の世話をするように言われていた。
「私は、フィンにお願いしたって、何も、もらえなかったわ」
メアリは、マリアンナを睨み付けた。
「それは、メアリが本気でお願いしなかったからじゃないの?」
尊大な妹は、長女にも上から物を言う。
メアリはイライラが頂点に達して、わざと乱暴な歩き方でリビングを横切り、二階の自分の部屋へと階段を駆け上がった。
下で、マリアンナと母の文句が聞こえた。
「もうっ!! メアリったらリボンを踏んで行くんだものっ!!」
「しょうがないわねぇ。せっかく綺麗に飾ったのに」
知ったことではない。
メアリはワードローブの扉を開けた。
今夜のパーティで、クラスメイトのクリスと踊る約束をしている。とっておきの白地に薄いビンクの花柄のワンピースを着て、クリスも友達もびっくりさせるつもりだ。
ワードローブの右端に掛けておいたワンピースを探す、が、無い。
昨日までは確かに、一番右端にあった、はずだ。
「……まさか?」
以前、マリアンナはメアリのワードローブから、断りなしに服を持ち出したことがあった。
持ち出したのは、メアリが小さい頃に着ていた服だった。
その時は、メアリはワードローブを勝手に開けたことでマリアンナを怒ったが、服については、着られなくなったものであったし、別に構わないと思い文句は言わなかった。
あの時、ちゃんと服の持ち出しを怒らなかったから、また妹はやったのだろうか?
しかし、母にも注意されていた。
いくら何でも、母の言いつけまで無視することは無いだろうと思いながら、メアリは階下へと戻った。
リビングで、まだ飾り付けをしていたマリアンナに訊いた。
「ねえ、違うとは思うけど、私のワードローブを覗いた?」
マリアンナは、赤いアルミホイルの星を持ったまま、メアリを見た。
「見たわ。綺麗な白いワンピースが入ってた」
悪びれずに言う妹に、メアリはむっとした。
「どうして人のワードローブを勝手に開けるのっ?」
「開けちゃいけないの?」
「当たり前じゃないっ。私の、部屋の、ワードローブよっ」
「メアリのワードローブよ? でも、アンナはメアリの妹よ? 他所の家の子じゃないでしょ?」
「兄妹でもいいわけないでしょ?」
「どうして?」
メアリのものはメアリのものだ。弟妹でも、メアリに断りもなく部屋へ入って覗いていい訳がない。
しかし、マリアンナには姉の理屈が分からないらしい。
「あんただって、自分の大切にしている引き出しを勝手に開けられたら怒るでしょ?」
金色の細い眉を顰め睨み返してくる妹に、メアリはさらに言った。
「前にも私の部屋のものを勝手に持ち出して、ママにも怒られたでしょ!? 覚えてないの!?」
マリアンナは、形の良い鼻をつん、と持ち上げた。
「覚えてるわ。でも、今日は勝手に持ち出したんじゃないもの」
「……何ですってっ!?」
かっ、と、頬が熱くなった。
メアリはマリアンナへと手を伸ばす。腕を掴まえる寸前、マリアンナはひらり、と身体を捻った。
「ママにもちゃんと言ったもの!!」
「何をっ!?」メアリはもう一度腕を伸ばし、マリアンナの細い手首を捕まえた。
「いったぁいっ!! 放してメアリっ!!」
「何を言ったって、あんたは泥棒よっ!! 人がせっかく大事に仕舞っておいた服を……」
「あっ、あのワンピース、メアリには似合わないっ!!」
「……はぁっ!?」
思いもよらないマリアンナの指摘に、メアリは思わず力を抜いた。マリアンナは姉の手を振り払い、キッチンから戻って来た母に小走りでしがみついた。
「なあに? メアリ、またマリアンナを怒ってるの?」
「そうじゃないわ。聞いてよママ。マリアンナったら……」
「ママにも言ったもんっ!! メアリには、あのワンピースは似合わないって!!」
「だからって持ち出したの!? いい加減にあんたのワガママには付き合ってられないの。早くワンピースを返してっ!!」
「無いわっ!! 隣のマギーおばさんにあげちゃったっ!!」
メアリは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
とっておきの服を、人に、あげてしまった、って?
「な……、なんて事してくれるのよっ!! 私、今晩あの服でパーティに行くのよっ!? あれが無かったら、何着て行けって言うのっ!?」
怒りがメアリの全身を駆け巡った。
メアリは、今度こそ叩いてやろうと、母の後ろに隠れている妹を捕まえようと手を伸ばした。
メアリの手は、母に遮られた。
「待ちなさいメアリ。私の話を聞きなさい」
「何よっ!! ママもマリアンナとグルだったんでしょ。どうせ私なんか、何を着ても似合わないからって、マリアンナの言う事聞いたんでしょ!?」
「そうじゃなくて……」
「何がよっ!!」
メアリは叫んだ。
「ママもパパもいっつもそうっ!! マリアンナのおねだりは全部聞いてあげて、マリアンナのしたいことは全部許してあげてっ!! 私なんか、どうでもいいんでしょ? 私が何を言っても何を気に入っていても、マリアンナがダメって言えば、パパもママもその通りにしちゃうんだわっ!!」
「もううんざりっ!!」メアリは、星の飾りが乗った机を思い切り叩いた。
飾りが舞い上がり、机からハラハラと落ちた。
床に散らばった飾りをわざと踏み付けて、メアリは玄関へと走った。
「どこに行くのっ? メアリっ!?」
母の声を無視して表へと出て行った。
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