46話
蕾がゆっくりと花開く。
ワルツを踊るドレスの裾のようにヒラヒラと花開く。
その中央で座していたのはめしべやおしべといった花の構造物ではなく、女性の上半身だった。
モデルはピンクのようだが、陶器のような白い肌に、数メートルのサイズが合わされば、ある種の神性すら感じられる。
もっとも花弁の下で蠢くのはタコかイカのような数多の白い触手。
仮に神だとしても、これは邪神の類だ。
今までのピンクの行動を見るに、メインディッシュの後のデザートとして世界を滅ぼそうとしても、何ら不思議はない。
ヒステリックな女は嫌いだが、ここまで来ると嫌いを通り越して畏敬の念すら覚える。
実際、周囲のことなどお構いなしにやりたいことをやる姿勢は悪党としては手放しで称賛してやりたい。
ただ残念なことに俺は傍観者ではなく関係者ということだ。
こんな女は1秒でも早くいなくなってほしい。
例え排除に年末調整並みの申請書類が必要だとしても、最速で仕上げて窓口に叩きつける自信がある。
人とは何と身勝手な存在なのだろうか。
しかし、これぞ悪党に許された自由なのだ。
「…結局、短期決戦しかない。貴様の出せるもっとも威力の高い爆発物を出せ」
現実逃避に走ること数瞬、少佐殿に肩ポンされてしまった。
「…まあ、それしかないですよね」
目の前の現実から数瞬目を逸らした間に、彼女の触手は数を増して、その支配領域を拡大させている。
ほんとに世界を滅ぼせるかはさて置き、この都市くらいは呑み込むだろう。
都市の存亡はどうでもいいが、研究所まで呑み込まれては任務遂行が困難になる。
それでは困るので、とびっきりの爆発物を生成する。
第2次世界大戦時ドイツが使っていた柄付手榴弾
これを6つ束ねた収束手榴弾
もちろん各々の火力も最大限高めてある。
少しばかり嵩張るのが難点だが、これが現在出せるもっとも威力の高い爆発物だろう。
「少佐殿、これでどうするんです?」
「なに、外からの攻撃では埒があかないようだからな、埒をこじ開ける。」
言うが早いか、少佐殿はそのヘルメットを脱ぎ、
自身の駆動鎧を取り外していく。
「防具としては優秀なのだが、如何せん重くてな。速度が出ない。」
「実際、あんな肉の塊に押し潰されたら、多少硬いくらいじゃ、お陀仏なんでしょうけど。だからって。パージしたくらいで、どうにかできるんです?少佐殿の部下は反対みたいですけど…」
絶賛戦闘中なので駆け寄って来ることこそないが、おやめ下さい少佐と喚いているのが聞こえて来る。
「可愛い部下達ではあるが、所詮は半人前のヒヨッコ共だ。私に意見するなど100年早い。」
駆動鎧の下はトレーニングウェアのような動きやすさ重視のもの。
体のラインがモロに出る格好は少佐殿の豊満なボディを余すことなく際立たせる。
そんな彼女に見惚れつつも、収束手榴弾を投げて渡せば、軽々と受け取ってみせる。
それなりに重量があるはずなんだが…。
「遅延は5秒。見ての通り、下の紐を引けば全部のピンが抜けます。」
「随分と古臭いものを用意するのだな。貴様の趣味か?」
「ええ、趣味です。」
好きに生きると決めたからな。
「ですが、威力は保証しますよ。」
自信たっぷりにサムズアップをして見せたのだが、
少佐殿は少しばかり怪訝な顔だ。
「ふむ、このサイズでこれなら十分か、もう一つ、いや、保険でもう二つ寄越せ。」
「はいはい」
追加の注文を受けて、
改めて点火用の紐と収束手榴弾の柄をそれぞれ別の紐で結び、嵩張るコイツを少しは使いやすくなるよう工夫する。
「気がきくじゃないか、あとはこちらで請負う。下がっていろ。」
「そう寂しいことを言わんで下さいよ。せっかく最前列なんだ。このまま援護でもしつつ、でかい花火を見物させてもらいます。」
「…好きにしろ」
「野郎ども、隊列を組め。ゲストが通る、カーペットを敷くぞ。」
ある程度の被害は覚悟して『INVADER』たちに隊列を組ませて火力を集中、少佐殿のための花道を切り開く。
少佐殿の部隊も自衛は最小限にして、
息を合わせて火力を触手の群れに火力を叩き込む。
この場の誰もが少佐殿へオールインだ。
そこまでしても白い触手の樹海を全て切り開くには至らない。
高い発射レートと人命を刈り取るその様から電動ノコギリの異名を持つMG42ですらこの樹海を刈り取るには火力不足。
そして、人喰いの森はその牙を剥く。
巨大な触手の一撃は『 INVADER』すら容易く粉砕する。
それらが壁のように立ち塞がり、物量でもって押し潰さんと殺到する。
並の英雄なら瞬く間に白い森の赤いシミとなり、その英雄譚に幕を下ろすだろう。
しかし、背負った命の重責も自身に迫る重圧も物ともせず少佐殿は駆け出した。
右手にはカトラスを構え、
左手には繋がれた収束手榴弾をたなびかせ、
彼女は駆けていく。
一瞬で加速した彼女は弾丸よりも疾く、
立ちはだかる触手を容易く切り裂き、あるいは回避して白き森を縦横無尽に突き進む。
黒い髪と黒のインナースーツを纏った彼女は、
黒い稲妻となった。
何人も寄せ付けない白き森も自然災害の前では為す術はないようだった。
これ、俺ら必要だったか?
俺がそんな疑問符を浮かべる頃には少佐殿は中心部のイカレピンクの元へと到達。
なおも迫り来る無数の触手を掻い潜り、
その手に持ったカトラスでもって邪神像の如く聳え立つピンクを切り裂いた。