44話
ズタズタになった左腕を修復し後頭部をさする。
「そんじゃ、ついでなんで少佐殿に実のある話をしましょう」
「フン、聞くだけ聞いてやろう」
「さっきのフォースレンジャーとのドンパチ、主にそこのマンションがフォースレンジャーの手で瓦礫の山になる過程をバッチリ録画してます」
聞いた話じゃ研究所勢力を排除するべく動いているとか。
となれば世論を誘導する材料は一つでも多い方がいいはずだ。
「その話は聞いている。貴様が接触した記者はこちらの協力者だ。随分と良い特等席を用意したらしいな」
「なるほど、ご存知でしたか」
むむ、知られていたとなれば売りつける恩としては弱いな。
サプライズ案件の方がインパクトがあるし印象が残りやすい。
この都市に潜入してしばらくはフォースレンジャーを倒すついでに都市を無茶苦茶にしてやるつもりだったが、活動を続けていく中でそれは難しいのではと思うようになってきていた。
さっきの手合わせでそれが確信に変わった以上、今更感はあるが有用性をアピールして優先順位を下げてもらう努力はして損はないはずだ。
ほんと今更だが……。
にしても俺は弱い。
今回で一定の強さは証明されたが上には上がいる。
この世界で自分を押し通していくにはまだ力が足りない。
今は経験を積むことを優先だ。
という訳で次の恩の押し売り。
「ならこう言うのはどうです。怪人化の症状の出たこの都市の市民と話し合いの機会を設けられます」
息を呑むのがわかる。
もちろん、少佐殿ではなくその取り巻きの方だが……。
ちなみに俺は後ろからド突かれまくっている。
凶暴女は相変わらず落ち着きがなくて困る。
「落ち着け、これはお前たちにとって悪い話じゃない。お前が都市の役人を信用できないのはわからんでもないが、この人が駄目ならお前たちがここで人として生活していくのはだいぶ絶望的だぞ。だからお前らにとってこれは好機でもある。いいからリオールに伝えて来い」
訝しむ視線を送る少佐殿に身振りでおどけて見せる。
「勝手に話を進めるなと無言の抗議を受けましてね。まあ上手いこと説得しますよ。で、どうです?これは興味あるんじゃないですか?」
「……随分と尻尾を振るじゃないか、何を企んでいる?」
「何も企んじゃいませんよ。この劇もそろそろ閉幕の様なので帰り支度をしてるんです」
「懸命な判断だな。本来であれば私が貴様を逃す道理はない。研究所のことがなければ……だ。だいたい貴様は……」
少佐殿が嫌味か説教、あるいはその両方を俺に飛ばそうとした時、それらを遮って女性のヒステリックな叫び声がすぐ近くから発せられる。
「いや、いやいやいやいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
こんなやかましい声を出すのは一人しかいない。
首から上がはじけてしまったレッドの死体を抱き寄せて、ピンクが大粒の涙をこぼしている。
言動はともかくとして見た目は黒髪ロングの清楚系美人なのだが、飛び散ったレッドのあれこれを気にせず抱きしめるもんだから見た目はスプラッタだ。
モザイクなしじゃお茶の間には流せないのは間違いない。
本人たちには悪いが、ああやって誰かがワンワン泣き喚いていると改めてチートな正義厨を殺せたという実感がわいてくる。
不思議とそのことになんとも思わないが、ゲームの最初のボスを倒せたくらいの達成感はある。チュートリアルとしては随分と強かったが……。
これを踏み台にドンドン俺は強くなっていくのだ。
向かう先は知らないが、今は自由を噛みしめられればなんでもいい。
「私が、私が殺してあげるはずだったのに……どうして、どうして勝手に死んじゃうのよッ」
は?
そのあまりの予想外な言動にその場の全員が硬直する。
「あなたがすべてを掴んだその瞬間に、私が全部ぐちゃぐちゃにするはずだったッ。あなたの人生でもっとも輝いた瞬間のあなたの顔とあなたの人生でもっとも絶望したあなたの顔を独り占めして、全部全部私だけのものにするはずだったのにぃいいいいいいいいいいいいいい」
イカレ過ぎてんだろ……。
クレイジーサイコメンヘラ?
いや、どちらかと言えばヤンデレのほうなのか?
こんなんやべーの一言に尽きる。
あの少佐殿ですらカトラスの柄に手をかけたまま固まっている。
「だから、やり直しましょう、レッド。あなたは私のものなんだから」
ピンクがレッドの死体を一層強く抱きしめた刹那、固まっていた少佐殿が急に駆け出しピンクへと襲い掛かる。
しかし、その襲撃は地面を突き破って生えてきた白い触手によって阻止される。
人の胴回りと同じ太さのそれにはある程度規則的に並んだ吸盤があり、イカやタコを彷彿とさせる。
見た目通りに筋肉が詰まっているなら、人を容易に叩き潰すだろうし、耐久性も厄介だろう。
「……チッ」
そんな触手を舌打ちをしながらもあっさりと切り捨てた少佐殿だったが、2本目、3本目と生えてくる触手にとっさに距離をとっている。
おっと、俺も一旦離れないとな……。
未だ唖然とするバカ野郎を掴んでこの事態に反応して距離をとった少佐殿の部下に向かって放り投げつつ、この原因と思われるピンクへと視線を戻す。
信じられないことにクレイジーサイコヤンデレが抱えていたレッドの頭部が元通りに戻っている。
文字通り命がけで殺したというのに何をしてくれてるんだこの女。
一瞬で沸点に達した俺の怒りをぶち撒けるべく、MG42の引き金を引くが二人を守るように生えてくる触手によって弾が届くことはない。
一瞬で沸騰した怒りも触手による守りの思わぬ硬さに一瞬で熱が冷めていく。
マジかよ冗談キツすぎるぜ。
相手が未知数すぎるがどうする?
攻めあぐねたのは少佐殿も同じなようでお互いに視線がかち合う。
「……そっちの戦力はどうなってます?」
「攻撃ヘリ4機と駆動鎧が2個中隊計24人、支援部隊として歩兵2個中隊が展開中だ。これだけ開けていれば砲兵の支援も受けられる。貴様はの手駒は?」
「この場で動かせるのは25人。半分は捨て駒にしてもらっても問題ないですよ。」
俺さえ健在ならまた作り出せるのが『INVADER』のいい所だ。
レッドとの戦いを生き残ったメンバーは愛着があるので使い捨てにはしたくないが、今は非常事態だ。
それに部下を大切にしていそうな少佐殿に恩を売るチャンスでもある。
「作戦はシンプルにいく。私と貴様とその部下で攪乱しつつ弱点を探る。その間に部隊を展開し完了次第、火力を集中させて屠る」
「弱点が無かったら?」
「やることは変わらない。その時は私と貴様の仕事が増えるだけだ」
「高く買ってくれて何よりです、少佐殿」
悪党が正規軍と共同戦線か…………ここまでも十分楽しかったが、まだまだ盛り上がれそうだな。