42話
切り落とされた左腕を振って土煙を払う。
そんな俺からピンクを庇うように立つ青い男をニヤニヤと眺める。
「やぁやぁブルー、お互いに随分周りが寂しくなったなぁ」
あの崩落を生き残った『INVADER』の数は僅かだが、前衛の生き残りと合わせれば25人はいる。
対するフォースレンジャーはブルーただ一人と言っていいような状態だ。
「……………」
「なんだよ、あいさつには返事しろっての。まあいい、今の俺は機嫌がいいからな。なにせレッドを殺せた。ほぼ計画通りだ。この左腕以外は…だが……それも誤差みたいなもんだ」
計画としては囮を使って待ち伏せポイントへ誘導し人数差を利用して連中、特にレッドに対して圧力をかける。
レッドに力を使わせまくって疲弊させ、そのまま殺せればよし、厳しければフォースレンジャーが追撃を断念するような形で戦闘を終了させ偽装撤退。
透明にできるリアと音を消せるサイがいるおかげでここは楽なものだ。
最後は油断したところをスナイパーで殺す。
もちろん最優先はレッドだった。
一応予備計画もいくつか用意していたが出番はなかった。
やつのチート性能っぷりに内心悪態ばかりになっていたが、死んでくれたのならすべて許せるというもの。
左腕だってどうにかするあてはある以上水に流してもいい。
「それで、どうするんだブルー。レッドは死んだ。残りの連中も使い物にはならない。あとはお前だけだぜ?」
「…………」
やはり返事はない。
だが、わかる。
顔は俯き、体が震えていのは葛藤があるからだ。
理想と現実の板挟みに合いながらも何が正しいのか必死になって考えているのだろう。
本当にわかりやすい男で実にいい。
弄りがいがある。
「お前みたいなやつが悩む姿を眺めるのは嫌いじゃないが……敵を前に悠長なことだとは思わないのか?
だがまぁ安心しろ。お前にはまだ使い道がある。とりあえず、そこの女を差し出せば見逃してやる」
グリーンは逃げ出したがそれはそれで使いようがある。
そしてそれは放心状態になっているピンクも同様だ。
「………そ、それはできない。仲間を差し出すなんて死んでもできない」
その声は震えていた。
この後どうなるかなんてレッドじゃあるまいし、この男に予想できない訳がない。
その上でこの反応なのだと思うと楽しくて仕方ない。
「ククク、いい心構えだ。だが、その女は本当に仲間なのか?よしんばお前がそう思っていたとしても、そいつはそう思っていたかな?お前も心当たりしかないだろう?」
「彼女や彼らがどう思っていたかは関係ない」
「立派な心構えをお持ちなようで何よりだが……。で、どうするんだブルー。この状況をどうやって打破するんだ?利口なお前なら分かってるだろ?どうしようもないって……決意表明をしたところでお前はお前だ。残念ながら、お前はレッドじゃない」
「それでもだッ。仲間を見捨てたら俺はもう戻れなくなるんだッ。だから絶対に仲間は見捨てないッ」
ダメ押し確認のような前振りにも丁寧に反応してくれるブルーには敬意を表するほかないだろう。
俺が欲しかったのはこういう反応だ。
ならば礼は尽くさなければなるまい。
「ハハッ、そうかい」
右手を挙げたのを合図に『INVADER』達がMG42の銃口をブルーへと向ける。
「だが言っただろ、お前はレッドじゃないって」
今回ブルーを殺すつもりはない。
どちらかと言えば少佐殿への手土産だ。
だから適当に痛めつけて簀巻きにした後少佐殿のところまで送ってやろう。
「そこまでにしてもらおうか」
『INVADER』達にGOサインを出そうとしたその瞬間、凛とした声が割って入る。
この声に止められるのは2回目だ。
振り返ればパワードスーツを装備した人間が4人立っている。
おそらく先頭にいるのが少佐殿なのだろう。
プロペラ音は聞こえなかったしヘリでは来ていないようだ。
「少佐………殿」
「しばらく見ない間に随分としみったれた顔をするようになったな、少尉」
フルフェイスのヘルメット越しで顔は見えないのだが、余所者の俺から見てもブルーは分かりやすいものな。
それはいいとして俺も構ってもらいたい。
「またも絶妙なタイミングですね。実はタイミングを見計らってるんじゃないですか?」
「それだったら5分は遅らせていたよ。だが、生憎私は軍人でね。ヒーローは遅れてやってくるかもしれないが、軍人は速度が命。遅刻厳禁は新兵に真っ先に叩き込むことの一つだ」
「なるほど、勉強になりまーす。じゃあこの煮え切らない青いのは少佐殿に引き取っていただきましょう」
「話が早くて助かるが………」
「当然お代は頂きますよ」
この世界は前の世界同様資本主義が基本だ。
いずれはひっくり返してやりたい気もするが、少なくとも今はまだ資本主義が共通の価値観として存在している。
そして、悪党というのは自分に都合のいいときだけルールを守るように迫るもの。
だからブルーの身柄を安全に引き渡す対価を求めるのは当然なのだ。
「……何が欲しい」
ワントーン下がった声を受けて喜びに震えながら俺は条件を突き付ける。
「少佐殿とお手合わせがしたいですね。今、この場で」
「怪人風情がッ」
「待て大尉」
「ですが少佐殿………」
おお、引き連れてたのは真面目ちゃんだったか。
「お互いタイムスケジュールがカツカツなのは分かっているので、新人教育のように丁寧にやれなんて言いませんよ。ただ、ポッと出の俺に現実って奴をちょっと教えてくれれば十分なんで」
少佐殿が実力者であることは調べがついている。
フォースレンジャーさえいなければこの都市における切り札は本来彼女なのだ。
これは間違いなくいい経験になる。
向こうにとってまだ俺に利用価値がある今しか頼めない。
そうじゃ無ければそれは手合わせなんて手ぬるいものじゃなくただの本番だ。
間違いなく殺されるだろう。
「この件が終わったら俺もこの都市を出ていく予定なもんで、次何時会えるかもわからない以上、折角の機会を逃すわけにもいかない。少佐殿に会うためだけに事件を起こしてもいいですけど、そんなゴシップ記事に乗りそうな内容で呼び出すのは俺だって流石に気が引けますから」
「………………わかった、いいだろう」
不承不承といった感じが伝わってくるが、受けてもらえるのなら万々歳だ。
ならこの腕もどうにかして万全の体制を整えなければ。
持っていた自身の左腕を放り捨て、切断された切り口に右腕をかざす。
こうして『INVADER』を生成する要領で魔力を込めていけばあら不思議、
光の粒子がどこからともなく寄り集まると腕の形状へと収束していく。
光が収まる頃には鎧にも似た義手が俺の左腕として形成されている。
ぶっつけ本番ではあったがこの辺は応用が利く気がしていたので、予想通りで何よりだ。
なお、場の空気が凍り付いたのは言うまでもない。