41話
またしても逃げられた。
爆炎と白煙に紛れての撤退。
視界が確保できる頃にはガスマスクを付けた敵の姿はどこにも居なくなっていた。
ここから逃げたと言わんばかりに近場のマンホールの蓋が外されているが、
人一人分しか通れないマンホールを通って下水道へ逃げるには敵は大所帯過ぎる。
今の時間なら通れて数人、リーダーと取り巻きが精々だ。
だが、それなら蓋は元に戻すはず。
未だに地上を逃げているなら追撃できる可能性はまだある。
しかし、問題が一つあった。
追撃をかけたいのだが肝心なレッドな様子がおかしい
いつもなら、いの一番に飛び出して行く彼が立ち止まっている。
前回だって見失った『INVADERS』を闇雲に探そうとはしていた。
「どうしたレッド、何か問題でも・・・」
「…すまないブルー、少し疲れたかもしれない」
力の使い過ぎか?
確かに今日はいつになく能力と思われる力を行使していたが……。
それ以上にレッドが弱音を吐くのは初めてだ。
「けど、敵は退けた。片腕を斬り落としたから、これであの悪党も少しは大人しくなるな。」
「嫌な予感がする。あの怪人、コルテスが手負いなら早く追撃した方がいいかもしれない。あの怪人が片腕くらいで自重するとも思えない。次の計画を立てられる前に…」
今日で決着をつけよう。
そう言い切る前にピンクが割って入ってくる。
「ちょっとブルー、レッドが疲れたって言ってたの聞こえなかったの?役に立ってないあなたが今日もこんなに消耗するまで頑張ってくれた彼に文句を言うなんて許されないわよ。」
「そうだそうだ。今回はレッドがどうにかしてくれなきゃ終わってたぜ。しかも、あんなピンチから敵のボスの腕まで切り落とすところまでいったんだ。お前なんて雑魚を数体倒しただけだろ」
今に始まったことではないが彼らにはレッドに理由を付けて文句を言いたいようにしか見えないらしい。
「まあまあ、みんな落ち着いて。ブルーが言うことも間違ってはいないんだから。でも安心してくれブルー。今の戦いで力の使い方がわかったんだ。だから、次は絶対に勝てる。」
そして何食わぬ顔で変身を解除するレッド。
そこには若干の疲労が見えつつも自信に満ち溢れた笑顔があった。
「いくら何でも変身を解除するのは危険すぎる。まだその辺に敵が潜んでいるかもしれないんだぞ」
「ハハッ、アイツら尻尾巻いて逃げたんだぜ。居るわけねーよ」
忠告虚しく、次々に変身を解いていくメンバー達を見ていると戦闘中の場面が脳裏に蘇り背筋が寒くなる。
敵の待ち伏せに合い猛攻撃を晒されたあの瞬間、
間違いなく彼らは失意のどん底にあった。
職業軍人である自分ですら死を感じたあの瞬間
元々一般人である彼らにはどうにも出来なかったはずだ。
死への恐怖を乗り越えるための訓練を受けていないどころかそれに耐えうる精神も持たないのだから当然だ。
レッドのように元から動けてしまう人間もいるが彼らは違う。
だが、3人は立ち上がった。
不自然なほどに唐突に。
レッドの言葉一つで…。
愉快そうに喋っているところを見るに、
3人は違和感など特に感じていないようだが、
いつか俺もああなるのか?
考えたくない話だ。
いつか自身があの力を振るうのも
いつか自身があの力を振るわれるのも
どちらも遠慮願いたい。
「追撃をしないなら迎えを送るように研究所に連絡する。戦闘内容からして帰ってもすぐ解散とはいかないだろうが…」
「げッ、てことはまた検査かぁ。嫌なんだよなぁおっさんたちにあっちこっち調べられるの。気をきかせてアシスタントに美人のねーちゃんの一人や二人配属してくんねーかなぁ」
「無理よ無理、あたしの担当ですらオタク女かオバサンなんだから。ひどい日なんて普通に男の研究員に検査されるのよ。本当に無理」
「冗談も通じないし、マジで暇だもんなぁ」
「まぁまぁ、検査もヒーローの務めだよ。研究に成果が出ればもっと強い力を手にできるかもしれない。そうなればもっと多くの悪を打倒して、より多くの正義を為せる。これは願ってもないことじゃないか」
そのまま正義について語りはじめたレッドはとても嬉しそうだった。
それだけ能力の行使について進歩があった事が嬉しいのだろう。
進歩の内容が違えば俺ももう少し素直に喜べたかもしれないが、そんなことは彼らには関係なく、いつも通り俺を蚊帳の外にして盛り上がる4人。
己の精神が摩耗していくのを感じながら、研究所と連絡を取るべく端末に手を伸ばした時だった。
全員が見ている目の前でレッドの頭部が弾ける。
「え?」
赤い血液やピンクの肉片を辺りに撒き散らすその光景に一瞬固まるも、数瞬遅れて遅れて耳に届いた銃声によって止まりかけた思考が動き出す。
「全員変身しろッ、今すぐにッ」
その声に慌てつつも反応できたのはグリーンだけで、
ピンクとイエローは現実が飲み込めずにいる。
次の攻撃から守るため近場にいたピンクを急いで地面に伏せさせ、イエローに手を伸ばす。
しかし、出来たのはそこまでだった。
散々撃ち込まれ忘れようもない銃火器の唸り声と共に伸ばした手の先でイエローがズタズタに引き裂かれていく。
絶望している時間も悲しむための余裕も今は惜しい。
まだ守れるものを守るため、ピンクを庇うように覆いかぶさった。
「うそでしょ。そんな、そんな、そんな訳が、だってレッドは…」
うわ言を呟く彼女の代わりに雨のように降り注ぐ銃撃に耐えながら、
敵を見やれば先ほど撤退したはずの連中が再びマンションのベランダ立ち並びこちらに銃口を向けている。
絶望的な状況だ。
しかもこちらの飛び道具は威力が過剰過ぎて避難確認ができていない状況でマンションへの射撃は許容できない。
「くたばれこの怪人共がぁああああああああああ」
「待てグリーン、マンションには撃つなッ」
制止の言葉は半狂乱になったグリーンに届くことはなく、
普段であれば継戦能力の関係でレッドしか扱わない威力のエネルギーの奔流が放たれた。
その威力は絶大でガスマスクの怪人達をマンションごと薙ぎ払い消し飛ばしていく。
轟音と共に崩れ落ちていくマンション。
グリーンの攻撃の直撃を免れた怪人達もその崩落に巻き込まれて瓦礫の中に消えていく。
当然その無茶な攻撃の代償は大きく、淡い光に包まれたグリーンの変身は解除されてしまう。
これは避けなければいけない事態だった。
マンションの住人を巻き込んでいたらもちろん一大事だが、
その可能性を考慮せずに攻撃を行ったこと自体がまず責任を追及される問題だ。
そして直近の問題としてマンションの崩落に巻き込まれても生存している怪人やそもそも巻き込まれていない怪人がいた場合一気にピンチに立たされる。
崩落によって発生した土煙によって視界が悪いせいで周辺の確認が厳しいがグリーンも守らなければいけなくなった以上ここに長く踏みとどまるわけにはいかない。
「ピンク、立ってくれ。ここは危険だ。早く逃げないと。グリーン、ピンクを担ぐのを手伝ってくれッ」
「へ、へへッ、ざまぁ見やがれ雑魚怪人共がよ」
「グリーンまだ敵が残ってる可能性がある。早くここから撤退しよう」
「ハッ、見てなかったのかブルー、あいつらはみんな死んだ。俺が殺した。」
「ハハハハハハハハハッハッハッー、何がみんな死んだってぇえ?」
粉塵が舞うこの場に響き渡るその声に冷や汗が止まらない。
あの男、コルテスが戻ってきた。
「う、うぁああああああああ」
グリーンが全てをかなぐり捨てるように逃げ出し、その姿はあっという間に土煙の向こうへと消えて行く。
だが、先に逃げてしまったグリーンを気にする余裕はない。
次第にクリアになっていく視界で20人程のガスマスクの怪人達を引き連れたコルテスの姿を捉える。
レッドに切り捨てられた左腕を無造作に拾い上げた彼と俺は改めて対峙したのだった。