3話
視界はチカチカと白く明滅し、平衡感覚は失われ自分がどこを向いているのかわからない。
その上体はビクビクと好き勝手に痙攣し、指一本すら自分の意思で動かせない。
自分の身になにが起きているかわからないが、見苦しい醜態を晒しているのは間違いない。
次第に症状が治り視界がクリアになっていく。
どうやら仰向けで倒れていたらしい。
すると自分を見下ろす形で誰かが立っているの気がつく。
博士だろう、流石にこの仕打ちは抗議の必要がある。
とにかく文句を言おうと口を開きかけた時、ぼんやりと見えるシルエットに違和感を感じて出かけた言葉を飲み込む。
博士は白衣を着ていたはず、
なのに目の前の人影は黒っぽく見える。
慌てて目をゴシゴシと擦ってから目を見開く。
元通りになった視界に映っていたのは黒い軍服とガスマスクだった。
そいつは直立不動でピクリとも動かず、
ガスマスクをつけた顔だけをこちらに向けじっと見つめている。
被っているのは人ではないようでガスマスクのレンズの奥で赤い光が爛々と輝いている
「…誰だよ」
いや違う。
思わず言葉が先に出てしまったが自分にはなんとなくわかる。
むくりと体を起こし、先ほどと変わらない位置で作業をする博士に声をかける。
「博士、コイツって…」
「お前の能力で出現したものだ」
「…思ってたのとなんか違うんですが」
超能力の延長みたいなものだとばっかり思ってたのだが…。
炎だしたり、空飛んだり、テレポートしたりとか。
「本来ならもっとわかりやすい形で出る。炎を操ったり、体の一部が変化したりな。お前は相当ひねくれ者の様だ」
「で、これってどんなスキルなんです」
「わからん」
「は、はい?」
「お前のスキルはまだ赤子だ。それも産声を上げたばかりのな。その状態でどんな人間に成長するかはわからん。それにスキルは成長する。その上、持ち主のスキルに対する認識にも影響を受ける。安易に印象を固めるべきではないだろう」
「さいですか…。つまりは赤ん坊のように自分の手で触れて確認して自分が何者であるか認識しろと。」
「そういうことだ」
改めてソイツのほうへと向き直る。
鉄帽、戦闘服、ブーツに手袋、どれも黒に統一され
唯一色が違うのはガスマスクのフィルター缶でカーキー色をしている。
厨二病チックなこのデザインが自分の内より出たものだというのはなかなかに恥ずかしい。
そもそもこいつは何ができるのだろう。
見た限り武器の類は何も持っていないが、素手で戦うのだろうか。
戦闘経験がないから何とも言えないが流石に何かしらの武器は必要だろう。
「なあ、お前武器とかもってないのか」
ガスマスクが首をかしげる。
思わず話しかけてしまったが、
まずこいつは答えることができるのだろうか。
そんな疑問に答えるようにガスマスクはおもむろに両手を前に差し出す。
すると、どこからともなく光の粒子が収束し長い棒のような形状をかたどっていく。
光が収まってみればガスマスクの両手には1丁の銃握られていた。
全長が1mを超えるそれは第2次世界大戦時ドイツで開発された汎用機関銃MG42のように見える。
ドラムマガジンを付けたデザインが好みでゲームなんかで愛用していたから分かる。
分かってしまう。
銃が出てきたことの感動はあるものの、ここで自分の好みが反映されているあたりこの黒統一の戦闘服も自分の好みが反映された結果なんだなと思い知らされことによる羞恥心のほうが大きい。
だが、いつまでも悶えているわけにはいかない。
「試しにあっちに向かって撃ってみてくれ」
ガスマスクに対し誰もいない広々と広がる空間を指し示す。
ガスマスクはそれに対しうなずきで返すと、俺が指さす方向へ銃を構えて引き金を引く。
引き金を引かれたMG42は布を切り裂くような音と形容される発射音を鳴らしながら銃口から凄い勢いで弾を撃ち出していく。
これは頼もしい。
あっという間にドラムマガジンの弾を撃ち尽くすと手慣れた手つきでリロードを始める。
使い切ったドラムマガジンが地面に落ちて光の粒子へ変わっていく。
逆にガスマスクの手には新たなマガジンが生成されている。
これなら弾切れの心配もない。
だが、この取り回しの悪い機関銃だけじゃ心もとない。
どんな奴と戦う羽目になるかは知らないが、屋内じゃ流石に取り回しが悪すぎる。
「よしよし次はなんか近接武器出してくれ」
リロードを終えて再びMG42の引き金に指をかけていたガスマスクは、その手を止めてMG42を脇に置いてこちらに向き直る。
再びその手に光を収束させると、今度は一振りのサーベルが握られていた。
「素振りを頼む」
ガスマスクは頷くとサーベルを鞘から引き抜く動作のまま水平に薙ぎ払い。
鞘を捨て両手で構えて斜め上からの袈裟斬り。
最後に突きのモーションでしめてくれる。
なかなかに様になっている。
このガスマスクは…いい加減ガスマスクって呼ぶのもなんかあれだな。
何か名前をつけよう。
顎に手を当て少し考える。
だが、こう言うのは悩むと長くなるからスパッといこう。
「よし、お前の名前はマイヤーだ」
思いついたままに名前をつけてしまったが、当の本人は敬礼で返してくれる。
なんだか少しだけ申し訳ない気分になるのだった。