35話
揺られる車内で甲冑の様な自身の腕を撫でる。
こんな体になって以来車に乗るのは本当に久しぶりだ。
運転するのは無口なガスマスクの兵隊。
話しかけても返事は期待できないため、目的地へと移動する車の中で一人思考に耽る。
俺は今まで腕を頼りに生きてきた。
ガキの頃から喧嘩で負けたことはなかったし、大人になってからもそうだった。
他に秀でたこともなかったから人を殺すような仕事こそ受けなかったが用心棒や借金の取り立てなど、グレーな仕事で日々の糧を得ていた。
そんな生活でも俺みたいな奴にはちょうどよかった。
懇ろな関係の女もいてそれなりに満足はできていた。
仕事が仕事だからいつか恨んだ誰かに殺されるまでこの生活が続いていくもんだと思っていた。
怪人化。
後からドクに聞いた話じゃ発症の仕方にも個人差があるらしい。
俺の場合は本当に突然だった。
朝起きたときにはすでに両腕が怪人のそれ。
己の身に起こった事をすぐには理解できなかったうえ、理解できた時には半狂乱になった。
部屋の中を悉く荒らした後に部屋を飛び出したのは覚えている。
あれ以来部屋には戻っていない。
アイツはショックを受けるかもしれないが今や人ならざる身だ。
今更この体で戻った方がショックは大きいだろう。
リオールは元の体に戻れれば元の生活に戻れると言うが俺はそうとは思わない。
リオールは戻れるのかもしれない。
リオールはいい奴だ。
社交性もあるし、なによりあの性格だ。
あいつの帰りを待ってるやつも多いに違いない。
だが、俺はそうもいかない。
俺の稼業は信頼が命だ。
連絡もなしに仕事をほっぽり出してしばらく失踪していた奴にまともな仕事はまず回ってこないし、こんな弱みを作ってしまえば一生食い物にされかねない。
つまり生活の基盤がもうこの街にはない。
だから俺が戦うのは俺自身のためではなく、
リオールに助けてもらった時の恩を返すのとアイツが俺と同じ目に遭わないようにするためだ。
全てが終わってもまだ生きていたなら俺はこの街を去る。
あてもないし、悪党を自称するあの変な男についていくのも面白いかもしれない。
俺が怪人化の症状に理性を飲まれても対処できそうとか、俺よりも強い男についていってみたいというのはある。
実際、計画準備中に襲撃してきた俺たちだけなら苦労してたであろう野良の怪人を軽く蹴散らしてるのをこの目で見たのだから間違いはない。
だがなにより俺の見た目を忌諱しないのはありがたい。
この人型の甲虫の様なフォルムは初見で驚くことは間違いないし、人によっては永久に受け入れられない。
俺自身、発症当初は腕を切り落とすことも検討した。
結局止められてしまったが切り落とそうとしていた腕が増えたときは何の冗談かと思ったほど。
共に過ごした面々とて最初から受け入れてくれたのはリオールくらいだ。
車が停止し、エンジン音も止まる。
どうやら目的地に着いたらしい。
ついに出番かと気を引き締めていると運転席の兵隊がこちらを見つめていることに気が付く。
コルテスが『INVADER』と呼ぶ彼の能力で生み出された兵隊。
一体一体が俺よりもよほど強いうえに事前準備次第で大量に動員できるらしい。
少なくとも今回の作戦には50体を超える数を投入すると聞いた。
黙々とコルテスの指示通りに動く彼ら。
指示さえされればどこで覚えたのか車の運転すらして見せる。
そんなガスマスクを被った彼の表情を伺い知ることはできない。
取り敢えずあとは任せろと頷いてやると意外なことにサムズアップで返してくる。
彼らに自我があるのかどうか使役者であるコルテス自身も分からんと言っていたが、
全くないということはなさそうだな。
役目を果たし光の粒子となって消えていく彼はコルテスの元へと還ったと思われる。
なら俺も俺の役目を果たすとしよう。
深呼吸をしてから車のドアを開ける。
そこはこの都市の大通りの一つで多くの人が行きかっている。
これだけの人がいる場所に出てくるのは本当に久しぶりだ。
道行く人々はスマホや連れとの会話に夢中でこちらに気が付いていないようだ。
コルテスには目立つように『カッコイイ名乗り』をあげろと言われたが俺はやつ程饒舌に喋れるわけでも
そういうことを楽しめる性分でもない。
だから腹に精いっぱいの力を込めて声としてそれを吐き出していく。
それは野獣のあげるような『咆哮』だった。
我ながら酷い声だ。
響き渡る咆哮に体を震わせ通りを歩く人々が一斉に停止し発生源であるこちらに振り向くのがわかる。
驚愕や恐怖の浮かんだ顔、理解が追い付かずキョトンとした顔。
様々な表情が並ぶ中ほぼ大半がこちらの出方を伺っているのか現実を受け入れられないのかわからないが、振り向いた姿勢のまま固まっている。
とは言えそんなのは一瞬だ。
この都市の住民にとって怪人出現は身近な話で、直接見たことはなくとも度々ニュースで取り上げられているのを見ていることは自身が置かれている状況を認識する助けになる。
正しくこの状況を認識できれば人間がとる行動は一つだ。
そこら中で悲鳴をまき散らしながらすべての人間が逃げ出していく。
『怪人が出た』の一言で避難を開始するこの都市の人間は手慣れたもので情報はあっという間に伝播して、
周辺に人気がなくなり静寂がこの場を支配するまでそう時間はかからなかった。
静かなになった通りを目的地に向かって歩いていく。
すぐに駆け付けると思った警察もいっこうに集まってくる気配がない。
コルテスが裏で何かしたのだろうか?
最近であったばかりの男だが、軽薄そうな態度の裏で入念な準備をするタイプで、上っ面だけ見ていれば騙されるのは間違いない。
それにしても、人通りがなくなり車すら放棄された通りのこの光景を生み出したのが己自身というのはなかなか複雑な気持ちにさせてくれる。
これだけ多くの人に影響を及ぼしたという優越感と爽快感、そこにこれだけのことをしでかして一線を越えてしまったという後悔が入り混じったこの心境はどう表現すればいいのだろうか。
いっそフォースレンジャーが早く来てくれればこの悩みからも解放されるのだが……。
……役目を果たそうと気合を入れたばかりでこのざまだ。
実に情けない。
心は立ち止まりそうでも幸いなことに体は動いてくれている。
複雑で繊細な人の心と違って化け物の体は素直で力強く頑丈だ。
人間の体と比べれば強く頑丈ではあるが頼りになるかといわれれば首を横に振るしかない。
この都市で怪人になった人間の大半は理性が飛ぶが、そうじゃない他所の都市じゃ肉体が強くなることで強くなったと勘違いする奴が多いと聞く。
実際怪人化した肉体はそれまでではできなかったことを可能にし、
優越感を与えてくれる。
だが、現実は厳しい。
身体が人間の域を超越したところで上には上がいくらでもいるのに加え殺す手段も無数にあるからだ。
人類が扱う重火器は生半可な怪人であれば容易に粉砕する。
フォースレンジャーの様な強力な超人はいとも容易く怪人を駆逐する。
結局、強い肉体よりも強い心を持たなければ大成などできない。
その点コルテスは問題がないだろう。
一生忘れられないだろう、あいつと邂逅したその時のこと。
あいつは笑っていた。
俺がコンクリートの壁にたたきつけたその瞬間でさえ笑っていた。
楽しそうに、楽しそうに。
力にのまれるわけでもなく、力におびえるわけでもなく、力を楽しんでいる。
それを羨ましいとは思わないが欠片でもその精神性があればとは思う。
では、彼らはどうなのだろうか。
都市中央部に立ち並ぶビル群よりも高い位置を飛ぶヘリコプターから俺の目の前に飛び降りても平然としている彼ら。
「そこまでだ。俺たちが来たからにはもうお前の好き勝手にはさせないぞ」
「うへぇ~今日のは虫型かよ気持ちわりぃー、オレもう帰っていい?」
「おい、グリーン」
「カッカするなよブルー、冗談だよ冗談。虫は嫌いでも仕事はするって、まったく冗談が通じないなー」
「……」
「敵を目の前にして争ってる場合じゃないぞ二人とも。正義を執行しよう」
「……ああ」
「へいへい…………って逃げてるぞあいつ」
当たり前だ。
こちらに勝ち目はない。
コルテスですら一人では敵わない相手だ。
俺にどうこうできるわけもない。
こちらへの注意がそれたすきに脇道へと走りこんだ俺に後ろから罵倒が飛んでくる。
「逃げるなッッ怪人、この臆病者がッ」
俺は知っている。
この手のことを言う輩は逃げれば『臆病者』、正面から挑めば実力差も分からない『馬鹿』と罵ってくる。
つまり相手をするだけ無駄だ。
そんなことより、予想より追いかけてくるフォースレンジャーの足が速くない。
追われる側にとっては助かる話だが彼らの戦闘力を考えればおかしな話ではある。
怪人を圧倒できるだけのパワーをもってすればかなりの速力が出せてもおかしくはない。
だが見る限りではコルテスほどの機敏さがあるようには見えない。
パワーと防御に極振り?そんなゲームみたいなことができるのか?
大鎧でも着こんでいるならまだ分かるが……。
外見はカラフルなだけの戦隊スーツだ。
動きを阻害したり重量があるようにはとても……。
「畜生がッ、デカイ図体で走り回りやがって、この野郎がッ」
「待てグリーン、市街地でそれを撃つんじゃない」
「黙ってろ」
また揉めてるのか、走りながらよくやる。
何かが足元に着弾すると同時に体がバランスを崩し前のめりに転倒。
何が起こった?
「流石オレ。才能の塊だぜ」
だが、足を止めることが不味いのだけはわかる。
フォースレンジャーに追いつかれれば待っているのは死だ。
地面に這いつくばった状態から素早く立ち上がろうと試みるが、なぜかうまく立ち上がることができない。
クソッ、左足の感覚がない。
まるで………足が………待てよ。
最悪の予想に全身の血の気が引くのがわかる。
恐る恐る確認すれば甲虫の様な硬い甲殻に覆われている左足が途中からなくなっているのが見えてしまう。
これは最悪だ。