34話
基地施設の無機質な廊下を進んでいく。
時折自身に敬礼する基地職員に敬礼を返しながらも山積みの問題について対応策を思考する。
日々非人道的な人体実験を繰り返していると予想される『研究所』
研究所のいいなりになった都市上層部と軍の上層部
そして何かを企んでいると思われる『INVADERS』
特に『研究所』の問題は根が深い。
今までは地道な積み重ねと部分的な処理で対処を試みてきたが積み重ねてきたものは容易に崩され、部分的な処理では致命傷にはならず今に至る。
だが今回は違う。
「少佐殿お疲れ様です」
「ご苦労」
短いやり取りを経ていくつかある会議室のうちの一つに入室するとそこにはこの都市が抱えた問題を解決すべく各所から人が集まっていた。
軍部からは基地司令と連隊長を兼任する大佐と補佐をする副官の大尉、その直下の歩兵大隊を指揮する中佐。
そして混成の即応大隊を指揮する私。
この都市に所属する軍の最高責任者たる少将とその幕僚たちがすでに研究所側のため、軍内部では大佐殿がもっとも上位の人間になるだろう。
他にも警察から総務部、警備部、公安部の各部長
都議会から超党派議員2名。
都庁から部長級が1名
司法から都市裁判所判事1名
マスコミを含めた民間から3名
全員がこの都市の現状を変えるべく集まった。
差はあれどどこもトップがすでに抑えられているのは同じ。
今までは細々と連絡を取り合いながら各々で活動を続けてきたがそれでは根本的な解決はできないと判断し、一か所に集まる危険を承知で集まったのは全員の意思が固まったからに他ならない。
そしてこの基地の主である大佐殿が音頭を取って会議は幕を開ける。
「全員集まったようなので会議を始めさせていただきます、ですがその前にもう一度確認させていただきますが、ここにいる全員、実力行使による『研究所』の排除に賛成、でよろしいですか?」
この際、大佐殿を含めた何人かが裁判所判事に視線を投げたのは、彼が最後まで実力行使に反対していたからだ。
視線に耐えかねるように判事は口を開く。
「流石にここまで来て反対は致しません。私は暴力的な手段に訴えたくはなかったのですが、怪人に喰われかけて考えが変わりました。手段を選んでいる場合ではないと……気が付くのが遅かったと自分でも思いますが……。」
後悔を語る判事だが、この場の誰よりも穏便な問題解決のために奔走していた。
「気が付くのが遅かったのは判事だけではありますまい。ここにいる誰もが、最初は己の矜持とプライドに従って行動し、そして失敗した。……党内で処理できると信じていた自身が恨めしい限りだ」
そう発言する超党派議員の男とて最善は尽くしたのだ。
党内だけの問題ではないと気が付いた彼は研究所の影響を受けた議員に気づかれないうちに信用できる議会の人間を党の内外からかき集めて、この事態に対処するための超党派を形成するという成果をあげている。
これがなければ議会はより一層研究所の影響下に置かれていたのは間違いない。
「懺悔はそのくらいでいいでしょう。今の我々に必要なのは後悔よりも今後どうするかだ。我々は実力行使を前提とした作戦に賛成した。であれば、それについて議論するべきでしょう。」
おそらくこの場にいる誰もが
「間違いないですな。大まかなところは既に軍と警察で詰めているという話でしたが……。大佐、どこまで進んでいるのですか?」
「作戦の骨子は既に出来上がっておりますので、これから説明いたします。」
既に作戦の内容を知っている軍と警察の関係者以外が固唾を飲んで見守る中、大佐殿は滔々と話しだす。
「今回の作戦の目的として確保すべきものが3つ。まずは研究所所長をはじめとする研究所の管理者クラスの身柄、次に非人道的な実験を行っていたという確固たる証拠、最後に現在研究所の影響下にある要人の身柄です。」
この3つの目標のどれか一つでも確保し損ねれば作戦は失敗する。
確保するべき人間については既に各所の協力によりリストアップと今後の予定の把握が済んでいるが、証拠の確保はどう転ぶかわからない。
予定としては実験体かサーバーにある研究データを確保することになっているが、ある程度の間取りが確認できているだけで部屋割りまで把握できていないため、手間取ると証拠の隠滅をされる可能性が高い。
「この目的を達成するため研究所に対しては少佐の混成大隊、各所の要人に対しては警察の警備部と公安部から部隊を派遣しますが障害となるものが2つ予想されます。一つはフォースレンジャー。もう一つは研究所が抱える実験体の怪人です。」
「ある程度制御された怪人どもも厄介といえば厄介ですが……。」
「やはり一番問題になるのはフォースレンジャーですな。」
「いや、連中のことだ。隠し玉の一つくらいあるはずだろう。フォースレンジャーだけとは限らない。」
「大佐、もちろん対応策はあると考えてよろしいか?」
「もちろんです。少佐、説明を」
「はい」
会議室の人間の視線がこちらに集まるのを感じつつ立ち上がる。
「フォースレンジャーに対する策ですが、軍では飽和攻撃が有効と考えております。みなさんもご存知の通り彼らのスーツは見た目に反し非常に頑丈で怪人の攻撃どころか軍の保持する火器でダメージを与えることは非常に難しい。ですが、それにも弱点があると推察しております。」
「弱点ですか……、どこかに脆弱な部分でも?」
「いえ、脆弱部は確認されていません。ですが、解析によりその頑強な防御力の維持に少なからず魔力を消費していることが判明しております。」
一日に使える魔力は有限。
燃費は悪くないようだがそれでも維持し続ければ限界が来る。
「フォースレンジャーの限界が来るまで攻撃を続ける。これにより無力化が可能と考えております。」
「かなりの力技の様だが、勝算はあるのか?」
「正直に申し上げれば、軍の総力をもってしても厳しいと言わざるおえません。」
悔しい話ではあるが、射撃戦において彼らの武器は戦車の装甲すら容易に貫くことが予想され、白兵戦でも彼らを相手取れるものはほぼいない。
実行するのであればフォースレンジャーに反撃の隙を与えず攻撃し続けるしかないが、そんなことができるかは実行してみなければわからないのだ。
「ですので、ほかにもいくつか策を用意しました。まず、フォースレンジャーには軍から人員を指導要員として派遣しています。現在は詳細な連絡を取れないよう研究所に規制されていますが、いざ戦闘になればこちらの指示に従わせます。もちろん洗脳などはされていないことは確認済みです。」
「フォースレンジャー同士を戦わせるのか、5人のうち1人でもこちらにつくのであれば心強い。」
「……彼をこちら側につけることは確約できますが、彼がフォースレンジャーと戦ってくれるかは確約できません。」
「なぜだ?その男は軍の所属なのだろう?」
「彼の上司として、彼の性格上すぐにフォースレンジャーと戦闘はできないと考えております。」
何しろあの男は優しい、優しすぎるくらいだ。
一度は肩を並べた連中と戦うとなったら間違いなく葛藤するだろう。
悩みを抱えたまま戦闘などもってのほかだ。
不安定な状態で戦われるくらいならいっそ後ろに下がらせたほうがいい。
「……どうにか戦ってもらいたいが、数が減るだけでもありがたいと思うしかないな。」
「そのため、足りない戦力はほかで補おうと考えております。」
「ほか?まさか他所の都市から援軍でも呼ぶのかね?」
「いえ、他の都市からの援軍はこの状況では難しいでしょう。」
怪人がらみとは言えこれは都市内部の問題だ。
そもそも応じてくれる都市はいないだろう。
だからといってこんな手を使いたくはなかったが……。
「皆様は先日中央銀行の支店を襲撃した『INVADERS』と自称する怪人集団をご存知でしょうか?」
「情報統制をした件だろう?実際は取り逃がしているのだから忌々しい。」
「まて少佐、まさか怪人を使うというのか?」
「手を組むというのであれば流石に反対だぞ私は」
「……怪人が我々の手のひらで踊ってくれるはずもない」
反対を態度で示す面々の反応はもっともなものだ。
とはいえ、今は非常時。
動くと決めたのであれば足りないものを補うために使えるものはすべて使っていく必要がある。
「皆様のご懸念は理解しております。今回、件の怪人に協力を要請するわけでも、交渉を持ち掛けるわけでもありません。軍の調査で近日『INVADERS』がフォースレンジャーを強襲したのち研究所を襲撃する計画を実行するとの情報を入手しました。これを我々の計画に組み込みます。」
こんなことは詭弁に過ぎないことは私も理解しているし、この場にいる誰もがわかっていることだろう。
だがその必要性もまた理解できるが故に反対を顔に出した人間ですら黙り込み、なんとも言えない空気が場を支配しようとしていた。
「怪人に関する情報の確度、それを計画に組み込む危険性、少佐殿はそれら理解したうえで組み込むと発言していると思っている。で、あれば儂はそれを信用しよう。」
沈黙を破ったのはこの都市有数の旧家の人間で、市長の経験もある有力者。
この場で最高齢の老人が顎髭を撫でながら口を開く。
「だが、一つだけ確認したい。その怪人どもはフォースレンジャー相手にどこまでやれると予想するかね?」
「あの怪人どもであれば最低限多大な消耗をフォースレンジャーに強いることができるでしょう。我々に足りないピースの代わりとしては十分です。……あくまで可能性の話ではありますがフォースレンジャーの無力化すらあの連中であればできると考えてもよいかと。」
先日の事件で発生した一連の戦闘は見たが、動きは素人そのもの。
だが、怪人なりたて特有の万能感に酔いしれる過剰なおごりの様なものは見られなかった。
優越感には浸っているようだったが溺れてはいない。
自身の力に溺れない怪人というのは厄介だ。
一度言葉を交わした程度ではあるが難敵と判断するには十分だった。
「そうか、ならば憂うことはなかろう。荒療治は決まっておるのだ。確実性を増すために多少の痛みが増える程度許容するしかあるまい。責任はここにいるみなで持つ、よろしく頼むぞ少佐。」
「お任せください。必ずや結果を出させていただきます。」