2話
博士からの命令を受け、恭しい敬礼をして引き上げる指揮官君にぞろぞろと兵隊たちが続いて行く。
「いきなり実戦ですか?」
不安じゃないと言えば嘘になるが、それ以上にこの力を振るってみたくて仕方ない。
自分はどこまで出来るだろうか、それを確認したい。
「安心しろ、準備期間は用意する。この世界はお前にとって異世界だ、配慮はする。」
異世界、そう異世界なのだ。
施術前に一応の説明は受けたが未だに実感がわかない。
元の世界と比較して一般の技術力は20年から50年分くらい先行しているらしいが、
一部では異能、魔法、オーパーツとなんでもありな状態らしい。
もっとも、博士にはそれらと同等かそれ以上の技術力があるみたいだが…。
「ご配慮感謝します。」
指揮官君を見習って恭しく頭を下げる。
「私はそんな態度は求めていない。結果だ。結果を出せばそれでいい。」
表情という点では、眉間に皺を寄せた気難しそうな顔で固定されている博士は、指揮官君とそう大差ない。
そんな顔で言われてしまえば引き下がるしかないだろう。
「そういうことなら、まぁ好きにさせてもらいますが、手段は…」
「選ぶ必要はない。楽園への道標、龍脈の噴出口を見つけられるのなら、何をしてもいい」
博士がいうには世界というのは無数にあって、それらは全て形は違えど龍脈と呼ばれる力の流れで繋がっている。
そして博士が目指す楽園は龍脈の源泉の有る世界のことらしい。
最初は理論で話されて理解が追いつかなかったが、
数珠を思い浮かべるとわかりやすい。
数珠玉と呼ばれる玉を108個糸に通した輪っか。
お坊さんがお経だか念仏だかを唱える時に持っているあれだ。
数珠における数珠玉が世界でそれを繋ぐ糸が龍脈。
楽園は最初の一個というわけだ。
しかし実際の数珠とは違い、糸は所々で枝分かれし、数珠玉は無数にあってそれらが絡まったり重なった状態で存在する。
世界というのは隣同士であれば移動が可能らしいが、闇雲に探しても最初の一つは見つからない。
そこで博士は龍脈という糸を辿って行くことにした。
龍脈を経由して世界を移動することで、
確実に源泉に向かうのだ。
ただ龍脈を辿るのも楽ではなく、龍脈にアクセスするためには龍脈が世界に力を供給している噴出口を探さないといけない。
しかも噴出口の近辺というのは、人間の大都市が築かれていることが多く、場合によっては神聖な場所や文明の維持に必要なエネルギーの供給源として扱われており、よそ者が簡単に干渉できる場所ではない。
交渉には長い時間が必要で、しかも実を結ばないことも多い。
結果、武力をもって押し通ることになるなら、最初から武力でということになるのだ。
「それはいいんですがね、博士。俺はまだ自分の能力すら把握してないんですが…」
「分かっている。部屋はここだ……入れ」
淡々とした態度の博士に促され入った部屋、
そこはただただ広い空間だった。
灰色のコンクリートの様な建材に四方を囲まれたこの部屋は天井までの高さは100メートル以上。
奥行きと幅にいたってはキロ単位なのは間違いない。
しかも照明の類が一切ないにも関わらず明るさを一定に保っている。
先程の手術室が白い壁と強い光で距離感を見失なっていたなら、この部屋は広過ぎて距離感が掴めない。
そもそも柱も無しにどうやってこの広大な空間を維持しているのだろうか。
疑問符を浮かべながら部屋を眺める俺を尻目に博士は半透明な板の様な薄いホログラムインターフェイスを開くと、手慣れた手つきで何かの作業を開始する。
「ここはいくつかある試験場の一つだ。今からお前のスキルを強制的に発動させる。多少の衝撃はあるだろうが、これで以降自力で発動が可能になる。」
強制的にと言われてもイマイチピンとこないが、
外部から何か働きかけるのだろう。
「それで俺はどうすればいいんですかね」
「特にないが…強いて言うなら、覚悟だけはしておけ」
衝撃があるとか覚悟をしろとか物騒な話だ。
「…まさか電流を流したりするわけじゃないですよね」
俺の言葉に合わせる様に博士は作業の手を止めた。
だが、それが俺の言葉に反応したわけじゃないことは、
新たに開かれたインタフェースに「START」と書かれたアイコンが表示されていることからも明らかだ。
作業が終わった博士は観察する様にこちらを見る。
「…察しがいいな、その表現は少しばかり的外れだが、お前が体験する事象としては最も近しい。それではいくぞ」
「い、いやちょっと待ってくださいよ。心の準備が…」
博士は俺の『待った』を気にも止めず、
インタフェースに表示された大きめなボタンを押すのだった。