26話
晴れ渡る青い空の元、ビルばかりの都市中心部において例外的に木々が生い茂る公園の中で一人ジョギングで汗を流していく。
一応今日は非番の日で訓練の必要はないのだがどうにも体を動かしていないと落ち着かない。
そもそもほかのメンバーはほとんど訓練などしないが、自分はそういう訳にもいかない。
フォースレンジャーにおいて能力における適正値が一番低く、パワーもスピードもほかの面々に劣るからだ。
足りないものは日々の訓練で補うしかないのが現状。
軍でみっちりしごかれた成果で現場での判断力、咄嗟の対応は自身が一番である自負があるが危機的状況を打破する力はやはりレッドが一番だろう。
適正値が最も高いレッドは頑丈なうえに高い出力を誇る。
先日のガスマスクの怪人達との闘いでも唯一力で勝っていたし、自分では球体のプラズマ弾を一発撃ちだすだけでも相当消耗するのだがレッドであればレーザーの様に射出し薙ぎ払うことすら可能。
もっとも出力の調整があまりできないため市街地で使えるような代物ではないが……。
さらに言えば力押しでどうにかなるせいで訓練がおざなりにされてしまっている。
この状況を変えたいと言う思いはある。
このままでは先日の失態に続き更なる失敗を犯す気がするのだ。
いや確実に問題が起きる。
だからと言って何か手立てがあるわけでもなくジョギングのペースを落として息を整えていく。
息を整えるといつも休憩に使っているベンチへと腰を掛ける。
ベンチは公園内にある池の畔に設置されたもので池とその奥に見える広場と林を一望することができる。
ジョギングの際に立ち寄ってここで考え事に耽るのが非番の時のルーチンになっていた。
誰もいない広場の芝生で小鳥が何かをついばむ仕草を眺めながら考える。
昔はもっと熱意があった。
この街を守るという使命感、それとそういった青年が持ちがちなちょっとした英雄願望。
甘えた部分を士官学校の教官と少佐殿に徹底的に叩き直されて一人の軍人になった自分は、
規律の遵守と厳しい訓練だけが怪人と対峙する力を与えてくれると信じていた
だが現実はどうだろうか、力だけを与えられた一般人が怪人を駆逐している。
鉄の規律も厳しい訓練も、さらには志すらない一般人がだ。
軍人としての自分を、今まで積み重ねてきたものを全否定されているに近い。
力を手に入れたはずなのに、守れるものを増やすためにもっとと求めた力をやっと手に入れたはずなのに、
酷く空虚でしかたない。
今となれば少佐殿の怒鳴り声さえひどく懐かしいものだ。
こんなことを思っているとご本人に知れれば叱責は免れないのだが今の自分に喝を入れてくれるのであればそれもいいかもしれないと本気で検討してしまう。
自分でもわかる、これは末期かもしれない。
「悩み事ですか?」
だいぶ近い横からの声に少し驚きつつ反応するとそこには一人の青年が缶コーヒーを両手に持って立っていた。
しかし、昼間の公園でうんうん唸っている自分に声をかけてくる人間がいないと思っていせいで、不意にかけられた声に対応が遅れてしまう。
「……え、えーと」
戸惑う自分に対し青年は微笑む。
「すいません、あまりに暗い顔をされていたのでつい、声をかけてしまいました。」
声をかけてくるぐらいだ相当ひどい顔をしてたに違いない。
「……ああ、私はその、そんなにひどい顔をしてたか、まいったな」
「ええ、それはもう、この世の終わりに直面したような……、ご迷惑でしたかね?」
「いや、そんなことはない。逆に見苦しいものを見せてすまないね。」
「誰だって悩みごとの一つや二つありますよ。そんな時に表情も変えずに悩める人間なんてそうそういませんて」
「ははは、そう言って貰えると助かる」
「俺なんかでよければお話聞きますよ」
青年がどうぞとといって差し出してくる缶コーヒーを受け取りながらどうしたものかと悩んでしまう。
機密の塊のような愚痴を言う訳にもいかないし、かといってこの青年の好意を無駄にするのも気が引ける。
……どうしたものか。
「……もしかしてあまり話せない内容でした?機密情報とかそういう感じの」
「まぁそうだな、他言できるような内容じゃないのは確かだ。」
「あ、軍人さんですか?同盟軍の。引き締まった体してますもんね」
一応今も軍属のままだが少し勘違いしてもらってた方が丁度いいかもしれない。
「そんなところだ。すまないな、街を守る軍人がこんな有様で……」
「そんなことないですよ、誰にだって悩みはあるものですし、この前だってとても頑張って……あっ」
どうもまずいことを口走りかけたらしい。
「最近の軍の活動は都市外縁部周辺の哨戒任務が主だ、市街地はフォースレンジャーがいるし、避難誘導は警察がやる。強いていうなら区画を隔離した際の防衛ぐらいだが、防衛ラインまで怪人が逃げた例はあまりない。」
最近の軍の戦闘は数が少ない、外縁部の哨戒で発見された怪人怪獣の処理で数件と先日の『INVADERS』と名乗ったガスマスクの怪人達による銀行襲撃事件の対応時ぐらい。
外縁部での戦闘なんて一般人で近づけるような場所でないことがほとんどだ。
「え、えーと、そのー」
「君、避難しないで戦闘を見てたね?」
先日の事件の報道内容はフォースレンジャーによる撃退で詳細はなし。
軍の戦闘を知ってる一般人は救助された人質か避難せずどこかで見ていた野次馬くらいだ。
「すいませんでしたああああああああ」
流石に事態の重さは認識しているようで立ち上がって頭を下げる青年。
「怪我がなくて何よりだが一歩間違えれば死んでいた。」
「す、すいません、本当に。どうしても一度見てみたくって」
「2度としないと約束してくれ、みんな君たちを守るために命を張ってるんだ。」
「は、はい。2度しません」
本当に反省しているようでしょぼくれる青年。
これなら次はしないと信じたい。
「この話は内緒にしといてやるから。頼むぞ、次は命の保証はできない」
実際のところ怪人も危ないのだがそれ以上にフォースレンジャーの失態の一部始終を見ていたのであれば、
研究所に口封じされてもおかしくない。
「それにしてもよく封鎖区画の怪人捜索の時に見つからなかったな。」
封鎖区画の怪人捜索はその区域の安全を確保するための作業だ。
動員された警官と軍人が怪人が潜伏してないか血眼になって探す、簡単に掻い潜れるものではない。
「……その、地下のあるマンションの通気ダクトの中に隠れてたので」
思わず額に手を当てる。
盲点だった、普通そんなところ人が入れるようにはできてないはずだ。
聞けばこの青年はたまたま壊れて入れるところを知っていたそうだ。
もしかしたら怪人達もその手の場所に隠れていたのかもしれない。
やつらはだいぶ大所帯だったからそれが全員隠れられるとは思えないが、入念な下調べがあったのかもしれない。
この街に事前に計画し準備する怪人はそうそう現れないから対策がおろそかだったのは間違いない。
「でも、とてもかっこよかったですよ」
次の対策について考え始めた自分をその声は現実へと引き戻す。
「ん?ああ、フォースレンジャーか。まあ彼らは今や……」
「違いますよ。わかってませんね」
チッチッチと指を振る彼はしょぼくれた状態から一転上機嫌で語りだす。
「軍人の、同盟軍の方々に決まってるじゃないですか」
「だが、私たちは……」
「怪人に勇敢に立ち向かっていく姿、やられそうになっても立ち上がるその気迫には目頭が熱くなりました。これが俺たちを守ってくれてるヒーローなんだって」
「そう言って貰えるのはありがたいが……」
「それに対してフォースレンジャーはよくないですね。報道では祭り上げられてますし確かに強かったですけどなんか滑稽でしたし、来るの遅いし……」
「彼らにも彼らの事情があるんだ」
グリーンとイエローが訓練をサボって抜け出していたせいで出遅れたのが実情だが、
これ以上青年を失望させる必要もないだろう。
ガスマスクの怪人達で気変わりしてしまったが最初は軍に任せるつもりもあったらしい。
それにグリーンとイエローも研究所所長に説教で青くなっていた、訓練はサボるかもしれんしれないがもう抜けだしたりはしないはずだ。
それにしても『ヒーロー』か……。
それも軍に対してと言われれば少しばかり衝撃的で、
その言葉を聞いて少し胸のつかえがとれたような気さえする。
青年の演説は同盟軍の雄姿から徐々に装備品のかっこよさに切り替わっていく中で思う。
無駄ではなかったんだなと。
しかし、力なき正義が無力なのは変わらない。
そういう意味ではある種の正義をレッドは体現しているのかもしれない。
彼は今彼のなりたいヒーローになれている。
それに少し嫉妬したときもあった。
でもいいじゃないか、昔の自分が思い描いたような英雄じゃなくても。
守りたいものにヒーローと言って貰えるそんな人間であり続けられれば戦える。
自分にはそれで十分だ。
くよくよしてる場合じゃないな。
積み重ねてきたものが間違いじゃないのなら自信を取り戻さなければいけない。
不安や葛藤がないといえばうそになるが、
だからと言って立ち止まることは少佐殿に言わせれば怠慢だ。
「ありがとう」
青年に感謝をしながら立ち上がる。
「あ、元気出ました?すいません途中から語り始めちゃって。オタク気質なもんでつい……。」
「そんなことはないよ、私たちだって応援されていることを思い出せた。」
この都市は別にフォースレンジャーだけで回っているわけではないのだ。
そんな当たり前のことをなんで今まで忘れていたのやら……。
「それは光栄であります。」
不慣れな敬礼で立ち上がる青年に笑いかける。
「そうだな、だがその敬礼はいかんな。オタクの割にまだまだ勉強不足なようだ」
「なんと、これは失礼しました」
失敗したと笑う彼に同盟軍式の敬礼を披露する。
「これが同盟軍式の敬礼だ。次は間違えるんじゃないぞ」
「ご教授感謝します」
すぐさま彼は自身の敬礼に反映する。
「また会うときがあったら今度はこちらが何か奢るよ」
「楽しみにしておきますね」
敬礼で見送る青年を背にジョギングを再開する。