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INVADERS  作者: 心人
幻想と現実の狭間で
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25話

研究所でもっとも厳重に警備された区画にそれはある。


それは空間の裂け目とでも呼ぶべき代物。


窓ガラスが割れたような形状でそこだけ空間から欠落したように奥には漆黒だけが広がってる。


そして3次元に存在しながらどこから観測しても同一の2次元形状とし観測される。


古来より様々な方法で調べる試みがなされ、現代では多様なセンサー類を用いて調査が行われたが、裂け目の向こう側に入った電子機器は悉く故障、こちら側で得られる情報は微々たるもの。


結果、裂け目の実態はほとんど解明されていない。


だが、成果が何もなかったわけではない。


調査の過程で裂け目と接触した生物の一部が何らかの特殊能力を得ることが判明したのだ。


それは電子機器が故障する裂け目の向こう側を生身の人間に調査させる前段階として行われた動物実験が始まりだった。


そもそも実験のために用意された動物たちは裂け目を非常に嫌がり、鎮静剤や睡眠薬を投与して大人しくしてから実験に投入。


結果自体は散々で、裂け目に触れた瞬間に死亡する個体が続出、死を免れた個体も狂ったように暴れたり、時間を置いて衰弱死するなど、とてもではないが人間に実験できるものではなかった。


とくに裂け目との接触が深く長い個体ほど死亡率が高くかつ死亡までの時間が早いとくれば絶望的、実験の中止も時間の問題だった。


そんな中一匹のボーダーコリーが実験を生き延びる。


ほかの被検体と違い、裂け目と接触したあとも体調不良になったり暴れだしたりせず、非常に落ち着いており時折研究員を観察するそぶりすら見せた。


ようやくの成功例に胸を撫でおろした研究員たちだったが、そのボーダーコリーを検査しようと研究員が検査器具を抱えて近寄ったところで事態は動き出す。


『ソレハナンダ』


口を動かすことなく発せられたその言葉は脳に直接語り掛けるようだったという。


調査の結果高い知能を持ち、サイコキネシスやテレパシーを扱えることが判明、以後この個体はワイズマンと名付けられる。


ただ、ワイズマンの記憶は裂け目との接触後しばらくしてからのものしかなく裂け目の実態の調査にはつながらなかった。


そのためかワイズマン誕生を境目に裂け目の調査ではなく、裂け目の利用方法模索にリソースが大きく割かれていった。


それほどまでにワイズマンの得た能力は研究者たちには魅力的に映ったのだ。


さらに多くの動物が第2のワイズマンを目指して投入された。


結果的には特殊能力を備えた多くの個体が誕生したがすべてが望み通りともいかなかった。


ワイズマンは研究員によく質問を行い、特別に用意してもらった書物をサイコキネシスでページをめくりながら読みふけるなど、理知的で学習能力も高かった。


それに対して後続の個体はほかの生命体に対して非常に攻撃的で凶暴、担当の研究員にも死者が出る始末。


その高い攻撃性に加え、肉体の肥大化や変質などにより外見が変化した個体も多くその姿を見た研究員たちはある可能性にたどり着く。


『怪人化』


その可能性を前にマッド揃いの研究員たちの間でも激しい議論になったが、結局は研究所所長の強権が発動し人間への適用とその制御をが新たに目標として設定される。


実験のために多くの人間がかき集められた。


非合法なルートで集められた彼らは幸いなことに、動物の実験体に比べれば死亡率はずっと低かった。


そのことが彼らにとって幸運かどうかはさておき、研究所時は膨大なデータを得ることに成功した。


そのデータをもとに怪人化せずに特殊能力を獲得できる人間を識別できる試験を確立。


怪人化しないケースでは怪人化した個体に比べ肉体的にも能力的にも劣るものの理性のあるなしという差はとても大きい。


何らかの運用をするにしてもただ力の限り暴れる連中では用途が限られてしまうのだ。


第2のワイズマンというには知能面の成長はなかったものの十分な成果と言える。


その後は識別試験をもとに一般公募で人を集めてフォースレンジャーを設立、

現在は実戦データの収集を進めている。


今日もそんな研究所の所長室ではコーヒーを片手に上がってくる報告書を眺めている研究所所長の姿があった。


日当たりがよく空調の効いた部屋で淡々と報告書を確認しては次の計画について準備を進めていく。


「ふーむ、異能の根幹はやはり脳だ、制御ができないからと言って脳を置き換えては本末転倒。結局補助装置で脳に外部から介入する形が一番か………最初から知性があってくれれば洗脳で事が足りそうなのだが………」


『如何せん実験で使うには数が少なすぎる。』


マッド揃いの部下たちにすら『所長に赤い血は流れていない』と断言される冷酷さは人間すら消耗品として実験で使いつぶしていく。


そんな彼の部屋に来る者は少ない。


コンコンと丁寧に扉をたたく音は珍しい来客者が来たことを示していた。


「どうぞ」


『失礼するよ』


入室を許可する部屋の主に対し若干ノイズが走ったような声が返ってくる。


そしてゆっくりと開いたドアの前にいたのは一匹のボーダーコリーだった。


首には小型のスピーカをぶら下げ、身に着けたハーネスにはポーチが固定されノックに使った球体が宙を漂いポーチに収容される。


「どうしたのかねワイズマン」


『君の玩具たちが怪人を取り逃がしたと聞いてね。気になったので話を聞きに来たんだ』


「その話か、あれらでは少しでも頭の回る怪人の相手が厳しいのはわかっていたことだ。気が狂ってないだけマシ、そういう知能レベルではな」


『そのためのブルーではなかったのかね』


「青は軍から供出させただけあって動きは悪くない。だが肝心の能力の才能が最低限だ。開花が進めば赤のほうが正面戦闘は強くなる。」


『まぁいいさ、それで今回のイレギュラーはどんな奴だったのかね』


所長が手慣れた動作でPCを操作し始めるとその後を察したワイズマンがポーチから情報端末を取り出す。


宙に浮かぶそれはワイズマンの目の前で画面が切り替わっていき受信したばかりのデータを次々と表示していく。


「たまに来る余所者だが、ほかの都市での活動記録がない。戦闘映像を見るに肉体そのもののスペックは赤たちと張り合えるほどには高水準だが全体的に動きがぎこちない連中だ。特にリーダー格の個体は素人。実戦はこれが初めてだろうな。…とはいえ赤よりは余程知能がある。」


『将来性のあるルーキーという訳か、面白そうじゃないか』


ノイズ交じりの声に喜色が混じる。


「狙いが研究所でなければお前に自由にさせてもよかったのだがな」


『しばらくは観客席で楽しませてもらうさ。ところで彼らの能力の予想はついているのか?』


「現状の予測では創造系、おそらくは取り巻きもその武器もすべて能力による産物だろう。」


『創造系は珍しいのだろう?外では知らないがこの都市では初めて聞く』


「いや、能力者全体で見れば珍しくない。この都市産でも所持者はいるはずだ。ただ、知能が低すぎて、持ってたとしても扱えんだだけだ。」


『やはり知能向上のための処置や教育をした方がいいんじゃないか?』


「お前ほどとは言わないがある程度の人間レベルであれば検討するが、現状では無理だ。獣に芸を仕込むのと変わらん」


『それはそれで面白いと思うのだが、…せめて私に一体預けてくれないか』


「一体か…、いいだろう。くれてやる。ただし報告書は上げてもらうぞ」


『もちろんだとも、ところで個体の指定はしていいのか?私としては235番がいいのだが』


手元の端末で所長は手早くデータを確認していく。


「……235番か、まあいい。好きにしろ。」


『助かるよ』


「これでしばらくはお前の好奇心を抑えてくれるならこちらも助かるのだが……。」


『善処しよう。だが、忘れないでくれ私としては外の世界を見て回りたいのだ。それを我慢しているだけでも相当な譲歩だと思うね』


「認識はしているが、何度も言っているがそのまま我慢しておくのがお前のためだ。こちらとしてもお前の様な貴重な存在をつまらんことで消費したくはない。」


『わかっているとも、今の私の自由は君の裁量による仮初のものに過ぎない。蝋で固めた翼では限界がある。私とてイカロスの様に忠告を無視して地に落ちたくはない。だが、太陽を目指したいというその思いもまた翼を溶かす十分な熱がある。』


「今度はギリシャ神話か、その知識欲がお前の売りだがそれは諸刃の剣だ。もう少し取り扱いに注意しろ」


『……仕方ない、しばらくは新しい玩具とルーキーの情報で我慢するとしよう。これ以上は得策じゃなさそうだからね。失礼するよ』


残念そうに退出する一匹の犬を部屋の主は冷酷なまなざしで見つめ、ひとりでにドアが閉まるの眺めていた。


「やはり鍵はあれの中か、取り出す手立てを考えなくてはな……」

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