23話
空が青い。
公園のベンチで空を仰ぐ。
平穏を取り戻した都市は昨日の事件など忘れたように動き出していた。
新聞には『フォースレンジャー、事件解決』の見出しが並び、どうやら俺のことも始末したことになっているらしい。
別にそれはいい、失敗を隠蔽する程度には腐っていることはむしろこちらとしては願ってもないことだ。
インチキ染みたフォースレンジャーの始末の仕方もなんとなくだが考えがある。
だが、情報が足りない。
情報収集能力が一般並、この見知らぬ都市においてはそれ以下と思われる俺には険しい道のりだ。
贅沢に確証が欲しいわけではないのだが、
最低限自身が決心するに足る情報は欲しい。
ここでとれる方法はそう多くない。
まずひとつ
都市の要人を襲うこと。
名前一つ出てこない研究所の連中とちがい政治家や役人は調べれば名前が出てくる。
研究所がその辺を抑えているということは何かしらの情報を持ってる人間がいるはずだ。
とくに権力のある上位の人間を説明もなしに協力をさせることなど不可能だろう。
問題はとにかく目立つこと。
スニーキングスキルがあるわけでもない自分が護衛か監視がいるであろう人間と秘密裏に接触することなど不可能。
間違いなくフォースレンジャーや軍との戦闘は避けられない。
つぎの方法はにこの都市の悪い奴を探すこと。
悪党というのは情報が命のはず、
お掃除が行き届いてそうなこの都市で生き残ってる輩ならなおのことだ。
だがその手の奴は簡単には見つからない。
地道な作業になるが末端かそれに近い人間を探して辿っていけばなんとかなるだろうか。
不良とか風俗関係とかあたりで攻めればいつかはあたりが引けるはず。
問題は本当にいるかどうかわからない奴を探すのは不毛なことになりかねないことだ。
なにせ空振りかどうかも分からないのだ。
それに都市の要人を襲うよりはましだとしても、加減を間違えれば警察が動く。
仕事熱心なところを身をもって体験している以上面倒なことになるのは間違いない。
この二つを踏まえたうえでどうするか?
まぁ無難なところとしては都市の要人への襲撃計画を練りながら、悪党の捜索をすることだろうか…。
でもなー、コレジャナイ感がすごいんだよなぁ。
結果としてイマイチ踏ん切りがつかず公園のベンチでうんうん唸っているのだ。
「お困りのようですね」
「…あ?」
空を仰ぐのをやめ、声のした方を向いてみればそこには身なりのいい老紳士が杖ついて立っていた。
老紳士は柔和な笑みを浮かべ話しかけてくる。
「お悩みのようでしたので、この老骨でお役に立てるのでしたら相談に乗りますよ?」
「じぃさん、悪いことは言わねぇから話しかける相手は選んだ方がいいぞ。平日昼間の公園で悩んでるやつの悩み事なんて厄ネタに決まってる。」
「ホッホッホッホ、ご自分でおっしゃられますか、私も昔はよくやんちゃをしたものです。隣、失礼しますね」
警告をしたのにも関わらず、当たり前のように隣に腰掛ける老紳士。
…なんだこいつ。
「こう見えても目には自信がありましてな。あなたには必要なものがあり、私はそれを持っている」
柔和な笑みはそのままに雰囲気をがらりと変える老人。
間違いなくただものじゃない。
「…何者だ、じぃさん」
身なりだけでなく話し方もどこか品のあるこの老人。
物言いはただものじゃないんだがどこまで信用していいのやら…。
「今は情報屋といったところでしょうか。」
情報屋、情報屋か。
願ってもないタイミングだが……。
本当に何者だ。
「ですが…私が何者か、それは今の貴方にとって大事なことではない。違いませんかな?」
「…あー、まーそうだな……………それで、そちらの要求は?」
「……どんな対価が妥当だとお考えで?」
このジジィ…。
「試そうってのか。俺を」
博士には試験され、この老紳士には値踏みされる。
老人というやつは疑り深くていけない。
「そうですな、私も客は選びますが……今回は好奇心に負けてしまった。」
否定もしないし、好奇心ときたか……。
「はーん、そういうことなら取りあえずこれくらいだな」
10cnほどの厚みの茶封筒を懐から取り出して老人へと差し出す。
だが老人は笑みを張り付けこちらを見たまま手を伸ばそうとしない。
「……仮にもこの都市でもっとも厳重に管理された機密情報ですよ?」
少しがっかりしたような雰囲気で金額が足りないとほのめかす催促をされる。
「わかってるさ。…ところでじぃさん、あんた賭け事はやるか?」
「嗜む程度には…」
「あんたは俺の実力と今後客として相応しいかに興味がある。俺はあんたが信頼に値するか見極めたい」
「ほう」
俺の意図を読み取ったらしい老紳士は細めていた目を開き、面白そうなものを見る目でこちらを見る
「だから賭けをしよう。あんたの掛け金は足りない分の情報料、俺は自分の命を賭ける。」
俺は身をもって情報が正しいか確かめ、この老紳士はその過程を見て俺を見極める。
「貴方がフォースレンジャーを倒し目的を果たせれば、お互いに今後の取引先を得られると…」
「その通りだ。どうだ、面白そうだろ?」
「ホッホッホッホ、私にそのようなこと言う方は久しくいなかった。荒削りですがいいでしょう。その話お受けさせていただきます。」
「交渉成立だな」
「ええ」
一瞬、愉快そうに口角を釣り上げたあと再び柔和な笑みを張り付けた老人は先ほどは手を伸ばさなかった茶封筒を受け取り懐へとしまう。
「情報は明日お渡しします。時間は正午、場所はこのベンチといたしましょう。」
「わかった。」
俺が返事をすると老人はベンチから腰を上げる。
「今日はなかなか楽しませていただきました。それではこの辺りで失礼させていただきますね。」
「ああ、……そうだ、聞き忘れてた。あんたのことは何て呼べばいい?」
「そういえば名乗っていませんでしたね。私は貴方のお名前を伺っていたのでつい省いてしまいました。」
「耳がいいんだな」
研究所の情報を手に入れられる時点で軍の情報を入手するなんて容易いか。
「情報屋ですからね。さてさて、私の名前でしたな、私は取引相手には『高橋』と名乗っています。」
「高橋ね。オーライ。お互いにいい関係が築けることを祈ってるよ。」
それだけ言うと俺はまた空を見上げる。
今日はいい日だ。
情報不足で困っていた俺にとってはまさに渡りに船。
タイミングが良すぎる気もするが、今はどうしようもない。
つまり、考えるだけ無駄なのだ。
「ホッホッホッホ、貴方が死んだりしない限りは大丈夫ですよ。この世界は未知で溢れていますからな。新入りの方となれば尚更です。」
………ん?
この世界?新入りだと?
「……おい、それはどういう」
意味深な発言に反応し慌てて高橋の方を見るが、
そこに杖をついた老紳士の姿はなかった。
遠くへ行ったとかそういうのではなく、その場から姿がなくなっていたのだ。
本当に何者だあのジジィは……。
魔法がある世界だ消えるくらいはできるんだろうが、
最後の最後で人をからかっていくなんて紳士然とした雰囲気の割に趣味の悪いジジィだな。
まったく、本当に分からないことだらけだ。