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夏美  作者: のかわ ひじり
9/9

九 正式入党

今日は、新入党員祝賀会だ。

でも、またいつものように、高校の制服姿で来る。

ボランティア入門証を提示して、受付を済ませ、ロビーで待つ。

すでに、新入党員と思われる人が二人席に座っていた。

一人は、西村さんと名乗る三八歳の気さくなカメラマンの男性であった。

三十代前半と見られる図書館勤務の冨永さんという女性がスーツを着ていた。


十分くらい待つと、山田明日香さんという、小柄で清楚な、顔見知りの受付嬢に誘導されて、墨書きで《入党式》と大きく書かれた立て看板が立てられた扉の中へ入っいく。そこでは、二百人を超えると思われる老若男女が座っており、一斉に拍手を始めた。支部長が、彼らと事前に打ち合わせたのだろう。しかし、拍手が唐突で大きく鳴り響いたので、他の新入党員もひどく驚いていた。

拍手が鳴り止み次第、織田支部長が、マイクを握った。

「同士の皆様、この度は、ご多忙の中、入党式に集っていただき、誠にありがとうございます。ここにおられます、新入党員の方々を皆々様にご紹介いたします」

まずは、左から、仙葉夏美さん、西村大樹さん、冨永優香さんです。

「冨永優香さん、この度は、入党おめでとうございます」と、支部長は、顔写真入のプラスチックの党員証を一人一人渡していく。

フリルブラウス姿の冨永さんが、綺麗な会釈をする。

「西村大樹さん、入党おめでとうございます」

小太りで切れ長の目のカメラマンが、実直にお辞儀した。

「仙葉夏美さん、同じくおめでとうございます」

党員証を配られる度に、拍手が起こる。

セーラー服姿の自分は、照れながら、白い歯を見せているのだろう。

恋人の純一も、私を見て、最前列席で拍手している、と歓喜で胸一杯だった。

支部長の手から党員証を渡された直後、

顔写真を確認して、本当に綺麗に撮れていたので、大満足。

「新入党員証 十二月十四日 有効期限一年間」

顔写真の横には、緑の青葉マークが付いていた。

党員証は、落とさないように、学生証の隣の財布のポケットにしまいこんだ。

「おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます」と言って、秘書ボランティア長の森田玲子が、お辞儀して大きな花束を渡す。

「それでは、新入党員の方からご挨拶を賜りたいと思います」と、支部長が挨拶を促す。

「それでは、名古屋支部で一番若い、十六歳の仙葉さんから」

「はい。まだ、高校生で、政治に関して、右も左も解りませんが、皆々様のご教示をお願いいたします」

「ありがとうございます」

これだけの同士が、私の入党を祝ってくれている。本当に頑張らなければ、と思った。

なんて素晴らしい日なんだ!

学校の勉強や、スポーツの練習では味わえない、自分で考え、行動し、社会を変える運動に参加する。

この日から、親から精神的に自立して、真に大人の道に入るのだ。そう思った。


党員になり、党友との人間関係にも慣れ、精神的に余裕がある自分であったが、その頃すでに、《日本非正規労働者党》の党風や党員の共通する性格を、詳細な点まで把握できるようになった。


まず、第一に挙げられるのは、支部長や純一を典型とする、彼らの強烈な自負心である。

ここの党員の典型的な性格は、少なくとも名古屋支部では、こうだ。

《日本非正規労働者党》がなければ、そもそも、日本と日本人は、少子化問題を解決できないがゆえ、絶対に存続不可能である。そんな、宗教的にすら思えるような確信である。財界や労働組合の利権にたるんだ既成政党では、少子化問題を解消する財政問題、それに、少子化問題を引き起こしている深刻な労働問題、なかんずく、ワークライフバランスという言葉に強調される労働時間の問題、非正規労働者の待遇の問題、貧困問題、失業時の生活保障の問題は、絶対に解決できない、と信じきっているようである。それは、既成政党や、現状追認のお抱え知識人に対する皮肉な笑い声に象徴されるだろう。さらには、少子化問題のもうひとつの元凶である、若者を中心とした弛緩している家族観・結婚観を、徹底的に叩き直す。それは、児童手当の充実、独身税の導入、マスコミや学校での言論風紀の統制を含む、アメとムチである。


次に、この政党の愛国心は、織田支部長が何度も強調しているように、《批判的愛国心イコール祖国愛》である。「反民主主義」「反議会主義」「反自由主義」「反既成政党」「反コマーシャリズム」「アンチ保守」「アンチ・グローバリズム」、等である。日本人の半分以上を占めている政治的無関心や、現状維持の事なかれ主義、無気力、現状肯定でナルシシスティックな《保守的気分》や、現代日本を席巻している《商業主義、拝金主義》を物凄く嫌悪している。そんな雰囲気だ。その延長に、これまでの日本人の性格と対照的な、党員の興奮し易さという性向が挙げられる。政治の話になると、「絶対」とか、「百%」とかいう言葉を多用している。


 彼らは、生活と言葉を結びつけようとしているようだ。彼らは、無意味な自由を排し、シンガポールのような強権的な社会を目指そうとている。家を借りたり、買う自由はあっても、給料の三分の一とか半分が家賃と駐車場、あるいは住宅ローンに消える東京よりも、シンガポールのように給料の二五パーセントが強制的に天引きされても、安く広い住居で暮らしたほうがいいではないか。そんな質実な生活を理想としている。


最後に、自分たちこそが、未来の新しい日本社会を創るのだ、という強い使命の意識である。日本の貧困層は、自らで自らの問題を解決できない。であるから、まだ生活に余裕ある、革新的で行動的で発想力ある我々が、代わりに日本社会の変革を遂行するのだ、という絶対的な自負心である。それは、一般大衆や大衆文化への強い蔑視となって現れている。

しかし、北欧やフランスやアメリカと比べた、現実の日本の大衆の政治的無知・無気力・無関心を考慮するなら、やむを得ないとも言えるだろう。大衆がこのままなら、悪徳財界人や世襲政治家や偏差値エリートの官僚に政治的に利用されるままになっているだろう。このミッションを肯定的に捉えるなら、半世紀以上も置き去りにされてきた国民生活と労働問題の改革を遂行する上で、必要なのではないか?戦後のこれまでの日本史から、そう思える。少数精鋭の党員が強力政治を実現して、国民生活の隅々にまで健全な思想や規律を行き渡らせる。挙句には、全国民を単一の労働組合、経営者団体、自営業者の組合に統一管理し、国民生活を守り、持続可能な日本社会を実現する目的の、ファシズムから借りてきた思想《組合国家》を実現するという考えだ。


 「指導者原理」-これが日本非正規労働者党の理念であり、党員が日常好んで使う言葉だった。党中央幹部の如月党首から、地方幹部の織田清正へ、党地方幹部から党役職付きの島純一、次に一般党員の森田玲子、そして下っ端の秘書ボランティアの自分、最後に一番下の一般国民がいる、そういった上意下達のヒエラルヒー社会を作ろうとしているようだ。


ヒエラルヒーとは言うものの、党名古屋支部は、明るい笑い声に包まれていることが多かった。ファシズムは暗い思想だなんて(ちまた)では言われているし、極悪思想呼ばわりされているけれど、全然逆でしょ?確かに、ここ名古屋支部では、男女関係の嫉妬や噂が目につくけれども。秘書ボランティアの仕事を振り返ると、そう思えてならなかった。


***


そして、十二月二十一日は、自分が、党員としてデモに参加する最初の日である。しかも、主催者は、この日たまたま、ファシストしばき隊の《ファシスト非正規労働者党粉砕デモ》に対抗する大集会とデモ行進を行う予定であった。

デモ参加者は、夕刻五時半、白川公園に直行する。

そこには、すでに、デモに反対する数十人の若者や中高年が寝そべって、デモ隊の進む経路を妨害していた。また、後援では、反対派の集会も行われて、ファシストしばき隊の男がマイクを握り、非正規労働者党を《インチキ政治団体》《暴力団との癒着》《カルト教団と連携》との、支離滅裂な語り口で、野卑な感情丸出しの演説をしている。


デモは、名古屋の白川公園から出発するお馴染みのコースであったが、今回は、自分が、十六歳の最年少の党員として、《非正規労働者党》の先陣の白い街宣車に乗って、シュプレヒコールを挙げる。

運転手は、先輩である森田玲子が勤め、なおかつ指導をする。


デモ隊の先頭には、日の丸を掲げた三人の旗手が立つ。

そして、その次に、自分の命を(なげうつ)つ覚悟で、支部長の織田清正、愛国防衛隊名古屋管区指導者の小田切和巳かつみ、そして、衆議院議員立候補予定者の島純一が並ぶ。

その三人は、他の二人の隊員とともに、《格差反対 強力政治》の横断幕を両手に持って行進する。

その次に、愛国防衛隊の名古屋第一百人隊が並ぶ。

自分たちの街宣車は、その次に進む。

その次に、東京から呼んできた党専属の楽団。ラデツキー行進曲が得意で、今回も演奏することになっている。

そして、また次の第二百人隊が並ぶ。

一般党員は、次のそのまた次の百人隊をサンドイッチのように挟みながら、県外の参加者を含める。正規の参加者は優に三千人を超える。

一般市民の参加者と野次馬は、その後ろを行進する。


若宮の高架下にも、すでに、無党派系の市民団体が集っていた。そこに居る人数は、優に三百人を超えているようだ。彼らは、市民団体らしい《ファシスト粉砕》《愛国防衛隊はゴキブリ》等の手製のプラカードを掲げている。車窓からは、波のように、人の流れが見える。女子大生と思われる一人の若い女性が、演壇に立ち、何やら激しい手振りで演説をしている。窓は閉めているので、よく聞こえないが、《ファッショ団体粉砕》《非正規労働者党は、国民の利益を語る詐欺政党、ねずみ講団体です》、とカナきり声をあげている。

間に、盾を持った機動隊が陣取って、デモ隊への攻撃を制止する隊形を採っている。


玲子に無線で合図が入る。シュプレヒコールの開始だ。

大きく息を吸う。

空手の練習だけではない。少年少女空手道場の指導員として昇進試験に立ち会い、号令をかけるのには慣れている。ただ思いっきり街宣するだけだ。

今、街宣車で初の咆哮(ほうこう)をあげる。

「家族、民族、国家!」

デモ隊はそれに続く。

「家族、民族、国家!」

「いんちき民主主義を叩き潰せ!」

鋭い声が響く。

「いんちき民主主義を叩き潰せ!」

デモ隊がわーっと歓喜の声を挙げる。

そのとき、《ファシストしばき隊》とその支持者が、機動隊と激しく揉み合い始めた。

自分の声が、《しばき隊員》たちを強く刺激したのだ。

機動隊は警棒で、暴行を働くしばき隊を叩く。

「国民の強力政治を実現せよ!」

「国民の強力政治を実現せよ!」

その時、街宣車のドアの金網を被せたガラスへと、しばき隊の方から、立て続けに卵や石が飛んでくる。

「だまれ、ファシスト!」と叫んでいるのだろうか?

街宣車は、金網で防御されているので、何ということはない。

最初、機動隊は、しばき隊の流れを阻止できているように思えた。

すると、突然、しばき隊のほうから、

「第一隊かかれ!」の合図が、女声のスピーカーで流される。

数十人ものの暴徒集団が一斉に、先頭を行く支部長と純一をめがけて殺到する。

機動隊は、しばき隊や市民団体の野次馬を阻止できず、入り乱れ、殴り合い蹴り合いの乱戦状態になった。

「うわー!こっちに来る!」

玲子が叫んだ。

「純一、支部長が危ない!」

十数人の暴徒が、チャンスとばかり、《非正規労働者党》の幹部を集中攻撃しようと襲い掛かる。先頭を駆ける男たちは明らかに殺傷用のタガー・ナイフを持っている。

ナイフの柄は敵の腹でしっかり支えられ、愛国防衛隊長めがけ襲う。ナイフの持ち方からして、明らかに殺傷が目的だ。隊長は、護身術で一人一人この凶悪なしばき隊員の襲撃をかわし、手刀と足の甲で、凶暴な犯罪者どもを倒してゆく。

「第2隊かかれ!」

次も、前回と同じ数の暴徒であった。彼らもまた、大声で叫びながら、デモ隊に襲い掛かる。

ファシストしばき隊員は、

しかし、この時、後ろに行進中の百人隊が、ここぞとばかり、

「わっ!」

と、しばき隊に襲いかかり、警棒や素手でデモ隊への侵入者を徹底的に殴る。

まるで、巣を荒らしに来たオオスズメバチに襲いかかる、日本蜜蜂だ。

知人の轟隊員が、一人のしばき隊員の口に、拳骨を浴びせる。

歯が折れたようだ。敵の顔面に血が(ほとばし)る。

あまりにもリアル過ぎて、映像でも観ているようだ。

そこで、愛国防衛隊員の士気を高めようとつい、スピーカーのマイクで、ぶっ殺せ!と叫ぼうとした。

玲子が肌でそれを感じたのか、咄嗟にマイクをひったくるように、奪う。

「これ!!」

きつい声だった。

一瞬だが、いままでに無い厳しい玲子の目に圧倒される。

一分もたたず、かの十数人の侵入者の《ファシストしばき隊》全員は、徹底的に袋叩きにされ、ぐったりしていた。それに容赦せず、愛国防衛隊は徹底的に殴る蹴るを繰り返す。その中には、長髪の若い女性も一人いた。彼女は、シャツを剥がされ、ズボンも剥がされ、下着姿のままで、顔を、腹を、胸を、徹底的に足蹴にされ、上半身血だらけになりながら、なおも陵辱される。

「しばき隊の連中、死ぬかもしれない・・・・・・」

玲子は静かに言った。厳しい横顔だった。

自分のほうを向いて、

「あなた、もしぶっ殺せと叫んで、しばき隊の一人でも死んだら、《殺人幇助(ほうじょ)罪》で、逮捕・懲役になるのよ。スローガン、演説は、冷静に結果を計算しなさい。たとえ、本当に殺したいと思っても。いい!?」

と、明らかに同意を求める語りかけをする。

数十人の機動隊員が、どっと中に割り込んだ。

「やめなさい!やめなさい!」

機動隊の特殊車両から、拡声器をとおる声がする。

機動隊は、ファシストしばき隊に暴行を繰り返している愛国防衛隊員を警棒で思いっきり叩き、制止しようとする。

愛国防衛隊員に、手錠を架けられた者が次々と出てくる。

直後に、救急隊員が人ごみの中に入り、血まみれのしばき隊員をつぎつぎと担架で運んでゆく。

通りには、五台もの救急車が見える。


ああいう戦闘の光景を見ると、興奮して何も話せなくなる。

侵入者のしばき隊は全員、救急車に乗せられたようだ。

それを確認したのか、あの冷静な森田玲子の声が、夕暮れの名古屋の大空に響きわたる。

「皆さん、乱暴狼藉を働くしばき隊は、この《愛国防衛隊》の鉄拳で粉砕されました」

「万歳!」の声が、数回響く。

そして、ふたたび、自分の声が、すでに薄暗くなりつつあった名古屋の街中を響き渡る。

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」


デモは、大津通りを北進。栄のテレビ塔を横切り、丸の内を通過。市役所・県庁ビルを左手に北進する。

行く手には、日教組や官公庁の労働組合や、共産党などが指揮するデモ隊が見受けられたが、激しい抗議のやりとりだけで、暴力行為には及ばなかった。

デモ隊は、名城公園で、愛国防衛隊にかなりの逮捕者は出したものの、しばき隊に勝利した。

最後に予定時刻よりだいぶ遅れて、集会が行われた。始まりの時と比べて、驚くほど静かな集会だった。

支部長の織田は事件について、敢えてほとんど何も言わなかった。

「逮捕者が出た。拘禁と裁判が行われるであろうが、真実に審判を下すのは歴史である」、と語るのみであった。

そして、デモは解散した。


玄関の扉を開けると、母親が駆けつけてきた。

お父さんも、居間の敷居から顔をだしていた。とても心配していた様子だった。

「どうしたの。こんなに遅く。心配していたのよ。久屋大通りは大変だったそうだよ」

「デモ隊同士の衝突で、死者が何人か出たようだ」

父母の問いかけには、「そう」、と他人ごとを装って答えた。

しかし怖いもの見たさと僅かな好奇心から、すぐに居間でテレビを観る。

画面には、担架で運ばれている血だらけのしばき隊員が映っていた。

そのすぐ傍らに自分たちのバスが映っていてドキッとしたが、カモフラージュ用のガラスで、自分と玲子の顔はまったく解らない。

あの、若い女性生きているのかなあ。

臨時ニュースを知らせる短い音が耳に入った。

しばき隊員がさらに一人死亡、死者はこれで九人に、と伝えた。


翌朝の新聞では、死者一一人の顔写真が一面にある。

えっ!?黒岩貞子?あの若い女性が!?

そう、あの足蹴にされたあのロングの若い女性の顔が、載せられていた。


***


《しばき隊のデモ突入事件》そして、衝撃的なしばき隊十一人死亡事件から、まる一週間経た。この日は、自分の新入党員研修である。《研修》は午前十時きっかりに、名古屋中央支部研修室で行う。研修室とは言っても、畳敷きの部屋で十二畳ほどの広さしかない。来客の接待時には、《宴会場》と表札を変えることもある。

研修は、自分自身を入れて、新入党員は十名である。


支部長とは親しい間柄とはいえ、この研修では、とても厳かな空気が張り詰めていた。後ろ隣の二人の女性、冨永と中谷が小声で無駄話を話し始めた。

彼女たちは、すぐに厳しく叱咤された。

「私語は、慎みなさい!」

支部長の隣で、叱咤した男は純一で、知人というより、まるでアカの他人のようである。


純一が、「新入党員一同起立!」の号令を下すと、一斉に起立する。

まず始めに、支部長から、暖かい声で「改めて入党おめでとう」のお祝いの言葉を賜る。

皆、揃ってお辞儀をする。

支部長は、感慨深げに、始めの言葉を述べる。

「私事で恐縮ですが、私は、今月で五十五になりました。つい、最近まで五十歳を迎えたなあ、と思ったら、もう五十も半ばを迎えてしまいました。ここにいらっしゃる方々は、皆、私より随分と若く、羨ましい限りです。私は、三十歳あたりで政治活動に加わりましたが、二十年にもわたる停滞・停滞・停滞の連続でした。本当に当時(自分は、何をやってるんだろうか?)と、自問自答したこと、数かぎりありませんでした。私は、死ぬ間際まで、否、日本が滅びゆくまで、ずっと陰惨な国民無視の政治のままなのか、と数年前まで断腸の思いで堪えぬいてきました。しかし現在、三万人の政党の幹部になり、現在の党の躍進ぶりと、若い党員が中心の運動の高揚に、本当にびっくりしてしまいます。私の人生、そして日本の将来にようやく、遠くから小さな小さな灯りが見えてきた、そんな感じです。そして、二十年以上の活動の末、皆さんを党友に迎え入れることができ、感涙いたします。どうか皆さんも、十年後、二十年後には、党活動を振り返り、いい人生だなあ、と言えるようにしたいですね。私の話は、以上です」


「一同、着席!」の合図がかかる。

次に、純一は、ホチキスで留められたレジュメを配る。それは、項目ごとに要点が書かれた、数枚のレジュメであった。

「さて、これより、織田支部長から、新入党員研修の講義を開始いたします」

ホワイトボードのすぐ前に寄り、黒のマジックで、キュッキュッ、と音を立てながら、強調すべき点を書く。


講話の内容は、こうだった。


「党員は、日本の《保守政治の四悪》を記憶し、いつどこでも、反芻(はんすう)できるようにしておかなければならない」、という。

「それは、第一に、少子化による日本民族滅亡の危機をもたらしている元凶です。質のわるい労働条件で、若者の多くは、低い賃金、長時間労働、少ない休暇で、自分個人だけで生きてゆくのに精一杯で、子供を作る余裕などは、まったくありません。特に収入が少ないことが、子育てに関する問題で、常に、アンケートの第一問題なのに、今の政治は、事実上家庭に一切の責任をなすりつけ、所得政策をまったくしない」

「第二に、 財界大企業だけを優遇する仕組みを作り、少子化の元凶の一つである労働問題の解決を事実上、放棄している。彼らは、国会で、いかにザル法を作るのかに努力する。ザル法とは、権利を与えるかのように見せかけ、事実上、法的な効力はない法律のことである。たとえば、男女雇用機会均等法では事実上、女性に重労働が認められただけなのです。厚生労働省の厚生省は必要でも、労働省は不要である。彼ら官僚は、過労死問題や、サービス残業、非正規雇用など、労働問題を実質放置してきたのですから」「第三に、国家財政の赤字の元凶は、当然、余計な公共事業に金をばらまいた長期保守政権にある」と。そして、「補足として、口で愛国心を唱えながら、日本を事実上アメリカの属国にした。これが、補足ですが、第四番目の悪です。こうした外交関係から、日本がどのように、アメリカと、適度に、距離を保った外交ができるか、それが問題である」、と。


政権獲得の展望については、こうだ。

「党員は、あくまでも《職業的活動家》であり、この選ばれた少数精鋭の活動家で、政権を奪取する。ただし、その下に、党員でない、熱狂的支持者をつくり、それを国民の有権者の五%くらいにする。そうすれば、もし、保守政権が大きな失政をした場合に、彼らが、残りの九五%の大衆を引っ張ってゆく。政権をとった段階で、他の政党はすべて解散させるべきだ。なぜなら・・・・・・彼らは、日本の少子化問題を根本的に解決できる意志も能力もないからである・・・・・・。さらば、愚民政治、だ。なぜ、そう主張しなければならないのか??愚民には、政治はできない。彼らがいくら働いて稼いでも、それは投機資金になるか、企業の内部留保になるか、アメリカなどの外国の国債になるしかない。近代経済学者のJ.M.ケインズの名言がこの場にふさわしい、「大衆は魚を釣ることはできても、それをドブに捨ててしまう」事実、そうではないか?バブル時代、東京都の土地だけで、余裕でアメリカ全土買えたほどの富を蓄えたが、結局、財政赤字だけ残し、国民生活のため―住宅ストックや少子化対策のために富を活用できなかったではないか?であるから、大衆の自発性に日本の将来を求めても、いずれ日本は少子化で滅亡するだろう」

「われわれは、大衆啓蒙のために、国民啓蒙省を創設する!人口を維持するために、何を《根本的に》為すべきか?それは、単純明快にすぎる!《若者の最低限の収入の保障である!》今の日本国民は愚かにも、政治家の嘘を信じ込んでしまう!景気浮揚だの、正社員雇用だの、保育所の待機児童問題の解消だの、消費税だの!それは、いくつかの先進国―フランスや北欧では、ほんの瑣末な問題である!それをわれわれは、国民の一人ひとりに叩き込む!」


「私たちの愛国心は《祖国愛》と言いましょうか、一部の観念的知識人や二世三世の坊ちゃん議員たちが観念だけで唱える《愛国心》ではいけないのです。身の回りの生活に根ざし、自然にハートが燃える、そういった《愛国心》なのです」


理知的で、ハキハキとした口調の支部長の講演は、純一の心からの感謝の呼びかけで、盛大な拍手で終わった。


昼食は党の支給で、畳に座りながら、ゆったりとした姿勢で頂く。研修の始めのとは、正反対の雰囲気だ。お祝いを兼ね、鯛の塩焼き、伊勢海老とアワビの刺身、鮎の佃煮、羊羹や砂糖和菓子―かなり豪勢な食事である。成年党員にはワインが、自分には低いアルコールのシャンパンが振舞われる。党友の明るい笑い声が、きこえる。今の日本国民がこれだけ経済的に苦境なのに、こんな贅沢していいものだろうか、とつくづく思う。


***


自分は、土日の二日間合宿で新入党員教育を受け、自分が知的に成長したという心情に(あふ)れ、興奮していた。

民主主義的な心情をいまだに持っている、古い頭のクラスメイトに馬鹿にされ憎悪される危険をものともせず、自分の思想に近い級友と、心臓に溢れんばかりの情熱を分かち合わずにはいられなかった。

なんとなく、の心情から、非正規労働者党に強いシンパを抱いている女子の級友の二人と、右腕を斜め上に挙げる、ファシストの《ローマ式敬礼》で叫ぶ。

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」

最初は、普通の声で。

その強さは、メゾフォルテから、フォルテ、フォルテシモになる。

「いんちき民主主義をたたきつぶせ」

「きゃはははは……」

「家族、民族、国家!」

自分たち愛国女子三人の叫びは、二年二組のクラス中に響き、

自分の支持者は、とうとう二十人以上に膨らんだ。

興奮を抑えきれず、教壇の机の上に立っていて、追従者たちを先導する。

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」

他の教室からも、支持者が十数人が詰めかけ、ファシスト的敬礼で応える。

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」

「国民革命万歳!」

あの先生は、チャイムが鳴ってから来る、まだ時間はあるな。

教室の時計を見ながら、廊下を歩いている生徒たちを扇動する。

「家族、民族、国家!」

「家族、民族、国家!」


だが、騒々しいスローガンを、教員控え室で聞きつけたのか、始業チャイムの数分前に、岡本先生が入ってきた。

決して(にら)んではいなかった。

教壇を踏みつけにしたのに、怒鳴られはしなかった。

ただ、いつもは精悍(せいかん)な先生の赤くなった顔と向き合った。

先生は何も言わなかった。

先生が、ただ腕を組み、下からジーッと視ている。

自分は狼狽し、軽く後ずさりし、

狼から睨まれたうさぎのように、そのまま教壇から飛び降りた。


ほどなくして、岡本先生は、なにもなかったかのように、日本史の授業を始めた。


「五・一五事件や二・二六事件の話と、およそ百年後の現在の日本を関連づけて説明したいのですが、この頃の日本は、議論や対話を軽視する風潮、民主主義を蔑視し馬鹿にする風潮が急速に強くなってきています。たとえば、名古屋の中心街でも、土曜日曜に、物凄い過激なデモや集会が、毎週のように行われています。そこには、《民主主義を叩き壊せ》とか《ぶっ潰せ》と叫ぶ若者達が大勢居ます。白川公園や鶴舞公園では、悪書追放という名目で、キャンプファイヤーと称して、たくさんの本や雑誌、新聞が焼かれています。話し合いを拒絶する風潮―本当に危険です。政治に緊張が増している今こそ、真剣な対話の数を頻繁に増やして行くべきではないでしょうか?《直接行動》を主張する。それは、意見の違う人への暴力を肯定する言葉です。《強力政治》のスローガンを叫んでいる人。《一人一殺(ひとりいっさつ)》……要人のテロ、人殺しを公然と賞賛する。彼らは、結果として、自由にものを言えない社会をつくり、権力者の意のままになる国民をつくります。そうなると、私たちは、授業で言いたいことを言えなくなってしまいます。誰も、拷問や戦争を止められなくなってしまいます。民主主義すなわち、日本国民の生活を守る最後の防波堤を守ること、それが私たち学問をする者の一番重要な任務ではないでしょうか?」

先生は、ひじょうに真剣な口調で話していた。

先生が情熱を傾ければ傾けるほど、クラスの反応、生徒の眼差しは冷ややかになっていた。

バリバリの日教組の活動家で、自分の考えにあれほど頑固な先生も、軽く首をかしげ、瞼は頻繁にパチパチしている。


民主主義?生活を守る最後の防波堤?

自分は、そうした弁舌を、表情には決して出さないものの、内心(ないしん)嘲笑うかのような反応で聴いている。だって、支部長や、純一や、玲子は、民主主義が大嫌いなのに、日本の抱える深刻な経済・少子化問題の処方箋を真剣に考え、国民生活のために日々体力と時間を惜しまず闘っているのではないか?


先生も、けっして悪い人ではない。

先生の言っていること、それは、たしかに倫理的ではあるけれど、私たち一般国民の現実の生活実感とはどこか食い違っている。

私は、民主主義に反対だ。民主的な対話を続けるには、日本国民の生活は、もうあまりにも疲れきっている。

こうした人たちを救うために、もはや一刻の猶予もないのだ。

独裁と言われようが、なんと言われようが、《非正規労働者党》の強い政治が国民を救うのだ。


他に、自分のような姿勢で岡本先生を見ている生徒が、そばで少なくとも三人はいた。

先生が息を継いでいる時に、息を荒くしている隣の男子生徒の森口が、口を聞いた。

「先生、その考えはもう古いです」と言い、

「四十代の先生には、判らないかもしれないけど、今の日本では、生活と民主主義は、対立しているんですよ」

副級長の林可奈(かな)ちゃんも、下唇を突き出しながら、相当きつい口調で、森口の援護をする。

「先生はもちろん知っているでしょうけど、経済的な理由で退学を余儀なくされた生徒が、うちの学年でもう一五人も出ているんですよ。学校で勉強しようにも、できない民主主義って、いなくなった友達にとって一体なんなのでしょう?民主主義は、本当に私たちの生活を守ってくれるんですか?正直言って、疑問です」

先生は、毒づく彼らを優しく諭すように言った。

「今、皆さんの生活を守るために、闘っている民主主義者がいます。()き出しをしたり、義援金を集めたり、困っている人がいないかどうか個別訪問している人たちが大勢出てきているのです。ここで民主主義を潰したら、そういう運動までも(つぶ)すことになるかもしれません」

可奈(かな)ちゃんは、先生の切々たる思いに配慮しながらも、民主主義制度や民主主義者に対する皮肉をあくまでも続けようとした。

「先生のおっしゃる通り、確かに、私はそうした人達をテレビで見ましたし、もちろん、民主主義者の中にそうした心の優しい人が大勢いると思います。しかし、それこそ、民主主義を隠れ(みの)にしている悪徳政治家や、ブラック企業経営者の思うツボです。彼らは、ボランテイアの善意を利用して、国や地方の支出を削減して、私服を肥やそうとしているのですから。結局、民主主義者は、ほとんど何の役にもたっていませんね」

クスクス笑う生徒たち。自分のクラスでは、生徒の過半数には、民主主義や民主主義者は、賛美の対象でなく、(あざけ)りの対象となっていたのである。


***


そして、今年も今日三十一日で終わりとなった。経済情勢・国際社会を始め、世の中がほんとうに暗くなっていくばかりの毎日のように思えた。特に問題のない溌剌とした高校生にとっても街角や学校の暗くなりつつある雰囲気には、気が滅入ってしまう時がある。


日もすでに暮れた六時過ぎ、年越し蕎麦(ソバ)を食べつつ、去りつつある年が仙葉家にとって悪くない毎日であったのに感謝しつつ、来る年が今年よりも悪くならないように祈りながら、ゼンマイと油揚げ入りの蕎麦(ソバ)をすする。

「ママ、今日のソバって、最高に美味しい!」

「それはもう、有名な老舗のものですからね。今年の暮れは買い出しで苦労したけど、大晦日や新年くらい奮発しなければ、やっていられないでしょ」と、母は軽くユーモアを言って微笑んだ。


ニュース特集でも、暗い世相を中心に扱っていた。いつの時代にも、明るい題材―スポーツとか芸術とか学問やら、芸能人の結婚やらオメデタ―は、幾らでもあるのだが、今年は、それを語るのですら不謹慎な世相であった。


自分が、お代わりの蕎麦に、七味唐辛子を沢山かけたちょうどその時であった。

「今年は本当に暗いニュースが多かったですねえ」と、三十前後の女性キャスターがしみじみとした口調で語ると、中年の男性キャスターも同意する。

そうして、今年起こった出来事が、次々とテレビ画面に映し出されてゆく。

「緊迫する国際社会。時代は確実に、冷戦終結後の地球規模の平和とマネーゲームの時代から、地域核戦争を伴うホット・ウォーの時代となりました」


日本は平和外交という点では成功し、国際社会の中で比較的安静を保っていたものの、その経済は、《核テロリストによる、米・英・仏発の世界同時多発恐慌》で、致命的な打撃を受け、飢餓や犯罪をはじめとする不穏な情勢が出始めていると、ある著名な民放のキャスターは、言う。


テレビでは、都市の貧困地区で、騒擾・暴動が頻発する光景が頻繁に映っていた。

中国政府の売りが、日本国債の暴落のきっかけを作ったとの噂で、在日中国人、中国人ビジネスマン、旅行者、中国大使館、横浜中華街、果ては女性や児童までもが、右翼ナショナリストのテロの標的になった。中国国家主席は、「日本国債売りの事実は認める」、「暴落させる意図は全く無かった。投機筋の売りが、暴落の真の原因である」と言明した。東京足立区の中国人児童連続殺傷事件がきっかけで、北京、南京、天津などの大都市で反日暴動が起こった。


新聞でも、悲惨な光景が目に浮かび目を背けたくなる見出しの連続だ。《東京足立区で暴動 暴徒また自動車に放火 全損二百両も 首相 自衛隊の出動を要請》《大阪あいりん地区で暴動 二十名死亡 四百人以上負傷 放火 商店で略奪も》《日本マフィア 活発な活動 既成暴力団排除しつつ 無法地帯化が進行 東京足立区で》

極端な格差の広がりは社会不安を招き、あの治安の良さで有名だった日本の都市のいたるところで騒擾・暴動が頻発。警察も介入できない新手のマフィアが支配する無法地帯が、東京・大阪の貧困地帯を中心に現れるようになっていた。


政界でも、変化は明らかだった。新興宗教《法華真宗》を背後に抱え、《格差反対・強力政治》のスローガンで一躍有名になった極右政党《日本非正規労働者党》が躍進し、衆議院で初の議席、一八議席を獲得した。その傘下にある準軍事組織の《愛国防衛隊》は、東京や大阪を中心に、五万人以上に膨張した。この私設の準軍事組織は、ナチスの突撃隊とまったく同じ役割を果たし、非正規労働者党に反対する政党・政治団体の集会を妨害、事務所などを襲撃していた。対する既成政党も、警備員法を改正。拳銃で武装した武装警備員が政党事務所を警備する日常となった。同時に、この非正規労働者党は、女性活動家を、福祉・ボランティアに活用した。民主的な知識人たちが、テレビ、雑誌、ネット、はては街頭でマイクを握り、口々に言う―「まさしく日本は、あのヒトラーを生んだドイツワイマール共和国と同じと言える国内情勢下にある」、と。

ネットでは、殺伐とした大都会の雰囲気、褐色の制服を着た《愛国防衛隊》の行進、日本非正規労働者党の過激なビラ配りと集会の画像が、アップされるようになってきた。




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