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夏美  作者: のかわ ひじり
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五 経済恐慌と極右政党

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=ヒトラー+演説+日本国民&aq=-1&ai=0txyQKaPTASycGxVCG223A&ts=9379&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa

公民、数Ⅰ、英語のグラマーの宿題が、やっと終わったところだ。

ダイニング・ルームに入ると、父が、椅子に座り、いつものように新聞を読んでいる。

「国債の値が、また急落している」

父が、呟くように、母に語りかけている。

母は、半ば無関心ないでたちで、皿を洗っている。

「そう。でも下がったものは、また上がるから」

「かあさん、自分の国債まだ持っているの?」

「早く、売りなさい。今回の不況は、ものすごいよ。多分、国債はすぐに紙屑だよ」と、催促する。

母は、皮肉とからかい半々の感情で、

「あなた、いつもそう言う事いうけど。どこかの週刊誌に騙されているのよ。去年だって、株を底値で何度も売ったし。もう、その話は聞き飽きました。あなたが騒ぐと、いつも逆に値が振れるから」

父は、少しかみつくような語り口で、

「あのね、もう少し真剣に話を聴いてくれないか?あんた、夏美の学費・結婚資金が目的で購入したんじゃないの?今売って損してもまだお金はいくらか戻ってくる。(そん)(ぎり)をおそれて上がるのを待っていたら、大変な事になるぞ」

「でも、それは私が管理するお金ですよね。ですから、あなたに干渉される筋合いはないです」

と、母はにべも無く()ね付ける。

「あのね、問題はね、誰が管理するとかじゃなくて、もっと、深刻だ・か・ら!」と、

父は、壁にボールか何かをぶつけるように不機嫌さを母に叩きつける。

「売らない、と言ったら、売りません!もう、しつこいんだから」

押し問答が数分間続いたが、とうとう「売らない」一点張りの母が粘り勝ちした。

その直後に、父はもう知らんという態度で、ダイニング・ルームから出ていった。


次の週の月曜日のことだった。

朝のテレビニュースを見ると、父の言ったとおりの事件が起こっていた。

始め耳を疑って、どこの国のことだろうか、と思った。

しかし、若い女性キャスターの声は繰り返されていた。

《政府は、今日朝六時、日本国債のデフォルトを発表しました》


むっとして、父は、母に向かい合った。

「えーっ?デフォルト!?だから、言わんこっちゃ無い!」

「でも、まさかこんなに早くデフォルトになるの?」

「そうだよ、だから、あれほどしつこく売れ売れ言ったじゃないか」

「あんたが、先月、株で失敗したから信じられなかったのよ」

「これはもう、暴落どころか、売っても、買い手がつかない……」

父が言うと、あの気丈な母が、失望感で胸いっぱいになったのだろう、ソファーにうずくまったまま顔を両手で覆う。


「おかあさん、しっかりして……」

あまりの落ち込みぶりに、母の崩れた体に寄り添って慰める。

「しまった。あー、国債は……。就職して結婚するまでの八年間、こつこつと貯金してきたお金なのに……」

一家三人の溜息が、ダイニングルームを満たす。

「それにしても、まるで世界の株式相場を支えるために、日本国民が犠牲になったようだ。我慢ならん!」と、叫びとも怒りともつかない声とともに、テーブルを拳で一回思いっきり叩く。いつも温厚な父が、あれほど顔を真っ赤にして激高しているのは、初めてだ。

「まるで世界の株式相場を支えるため、被爆者の救援のため、日本国民が犠牲になった。五兆円だぞ!五兆円!被爆国に同情して、ふんだくられた!それが、このザマだ!」

その言葉が、とても印象的だった。



***


その翌日。

教室で、昼休憩のチャイムが聞こえる。

「やっとお昼ね。腹へったなあ」

今日もやはり、美羽ちゃんと校門を出で、買出しに行く。


歩いて三分もすると、コンビニの青い看板が見える。

「えーっ!?ドーナツが一個四百五十円!?」

「ちょっと?!先月は、百九十八円だったのにー」

「と言う事は、ひと月で、ドーナツの値段が、倍以上になったのね」

「うわっ!どうしよう!とりあえず足りるけど、今日買えば、明日の昼食のおやつ、抜かなくては!あー、ショック!」


これが、歴史的な《二十一世紀大インフレ》の予兆であった。そのことを、経済に疎い私たち高校生のほとんどは、知る由もなかった。しかしすでにこの日、東京都内のスーパーでは群衆が殺到して、缶詰や小麦粉などの保存食があっという間になくなり、ネットを通じ、物凄い勢いで地方都市や田舎に広がっていった。


限定核戦争と世界恐慌で、めっきり不穏な社会情勢となってはいたが、九月の新学期からの学校行事には、特に際立った変化はなかった。


けれども読書では、ヒトラーの『わが闘争』三昧だ。昼食の弁当を食べてからまた『わが闘争』を読み耽る。先週は、月曜から金曜まで単調な繰り返し。でも、これほど面白い本に出会ったのは、人生初めてだわ。時代とか国の違いがあって、読みにくいところが、けっこうあるけど。

「唯一の課題への集中」

《不可能に見える要求や、課題を満たすことが問題である場合には、例外なく、一民族の全注意を、ただこの一つの問題に限って、統一しなければならない。しかも、その解決に実際、生死がかかっているかのように、注意させなければならぬ。》

この文章、とても気にいっている。

「早婚」。

《家族とその養育の問題に考慮をほとんど払わない俸給配分についての、わが国の不合理なやり方は、以上 と同じく、非常に多くの人々にとって早婚を不可能とさせる原因である》

これは、ほんとうに、今の日本そのものだ!そう思える。


 今週も『わが闘争』三昧で、とうとう水曜となった。

月曜の席替えで、森川という小柄な細面の男子生徒が、すぐ左隣に座ることになった。

自分が『わが闘争』の上巻を読んでいた時のことだ。

左横から、小さいがとても通りのいい声がした。

「『わが闘争』じゃないか!」

秘密を悟られ、肩を一瞬びくっとなる。

「まあ、そうだけど」

半信半疑で、その金縁メガネの細面の男子生徒に、視線を合わせる。

「今時の高校生が、分厚い古典を読むなんて、感心、感心」

と、肯定的な笑みを浮かべている。

「読んだことあるのね」

「ああ」

森川は、細心の注意を込めて、辺りを見回した、あたかも、重要な秘密を打ち明けるかのようだった。

彼は、机のわきに架けてある重く分厚い学生カバンを開け、丹念に調べながら、何かを取り出そうとしているようだった。

それは、一冊のパンフレットだった。かなり大きなサイズで、片面がB4サイズくらいだろう。

最初、目に飛び込んできたのは、群集の顔、顔、顔の、確か美術で学んできたシュールレアレスチックな光景だった。

「よければ、これ、読んでくれないか?」

不思議なことに、しばらくしてから、表紙にかなり小さく《愛国と生活》《日本非正規労働者党》《われらの党活動の軌跡》《学生向け読本》と印刷されてあるのに気づいた。

「森川さんって、そこの運動員?」

話し慣れない男子生徒に、たどたどしく返事をする。

「うん」と、森川は、朴訥に頷いた。

「これまでの政党や、右翼団体や、左翼セクトとはぜんぜん違う。現在、東京と大阪を中心に活動している。本当は、名古屋が発祥の地だけれど、立ち上げた時は、ぜんぜん振るわなかったんだ。でも現在は、名古屋と刈谷と豊橋に支部を置いている。これからは、もっと強く拡大する」

話しかけた瞬間は、やや自信なさそうに見えていた森川だったが、今は、悠然と腕を組んでいる。

「演説、聞いたことがある」と、返事をした。

「名古屋駅前とか。確か、うちの入学式のときにも、演説していたような」

「そう、その通り」

「是非、仙葉さんにも、読んで欲しい。もし、日本の現状に不安や不満があったら」

「うん。ところで、持ち帰って読んでいい?」

「もちろん」

ふたたび森川は頷いた。

「クラスには、いろんな信条の持ち主がいるからね」

「そうね」

と、かるく相槌をうつ。

うちのクラスには、市民運動系の鵜飼とか、あと最悪なのはファシストしばき隊の市川とか。特にしばき隊は、刈谷南高校で勧誘活動を活発に行っている。『わが闘争』を読んでいるのがバレたら、目の仇にされてしまうんじゃないかな。

「そうそう。もしよかったら、感想聞かせてくれるかなあ」

「もちろん」

その日の出来事で変わった事は、唯一、森川が話しかけてきたことだけだった。


家に帰り、即オレンジジュースを飲む。カバンを自室において、バスルームで制服と下着をパーっと脱ぎ、風呂に入り、鏡台の前に座りドライヤーで髪を整え、宿題をし、夕飯をたっぷりとり、再び宿題を始める。今日は、宿題が多い。数学に英語に生物に地理だ。夜十時にようやく終えると、ようやく、森川のくれたパンフレットのことを思い出した。

カバンから取り出して、見えたのは、パンフレットの後ろ表紙だった。青地の白抜きで、《名古屋支部発行》《編集責任者 織田清正》と印刷されていた。

パジャマに着替え、敷き布団に敷いたタオルケットの上に横になり、冊子を開く。


めくると、表紙と同じような顔、顔、顔のデザインで、今度は、どの顔も不気味に歪んでいる。そこには、大きなフォントサイズで、《未曾有の国難》《日本消滅の危機》の文字が仰々しく並んでいる。その下には、《民主主義は、はたして、国民のためにあるのでしょうか?》が、いちばんおおきな見出しだ。


《国家財政の危機―諸悪の元凶は、財界大企業、富裕層の税逃れである》、《彼らは、上手な口上で、税金があたかも消費税だけしかないかのようにすり替え、企業に税をかけず、個人に税を負担させようとする。所得分配の問題を、経済成長と個人の努力・自己責任(もっと働け)にすり替え、少子化問題を外国人受け入れ問題にすりかえる》《民主主義とは、日本の支配層=富裕層の大多数の国民支配の口実であり、彼らは米国と組み、米国の国債を買い、米軍基地に多額の援助をし、米国民に金をタレ流している》《現在の日本の技術・経済・職業の状態は必然的に、少子問題・晩婚化・生涯未婚化の恒久化である。このままの出生数で推移すれば、二〇六〇年代には、勤労世代三人につき、老人一人を扶養しなくてはならない。国民生活を再生不能な状態にさせた元凶は、まさしく財界大企業、政治家である》《景気の良い時は、彼らは、移民を労働力として、毎年五十万人受け入れろ、という。これでは、将来を担い子供を作るはずの若い世代の収入が増えないし、失業も増える》《今の政府には、所得政策には、まったくの無関心。税の逆進性を何十年も放置している。逆に、財政赤字を埋めるため、勤労市民からいかに税金を掠め取るかに腐心している。》《安定した職に就いてから子供を作れ、というが、安定した職に就けない若者には、子供を作る権利が無いというのが、今の日本の現状だ。また、安定した仕事が見つかっても、夜十時、十一時まで働いてどうして妊娠、子育てができるのか?フランスやスウェーデンのように、所得政策や労働時間の管理をきちんとするべきだ。それをやろうとする意図がある政党は、わが日本非正規労働者党以外にはない》《三悪-少子化、財政危機、企業犯罪の保守政党で、日本国民はまさしく滅亡の危機に瀕している。》《既成野党では、政権奪取は、もはや永久に不可能だ。新党も、どこかの自民党のポチ犬政党ばかり。あるいは、何を主張したいのか、イメージだけでさっぱり解らない》

そこには、自分の言いたいこと、主張したくて、うずうずしていたことが全て詰まっているかのようであった。興奮して、寝たのが夜の二時半過ぎてしまった。


翌日の朝、ホームルームの始まる前にすぐ、森川に返答した。

「とてもいいパンフレットですね」

「気に入ってくれた。ああ、よかった」

「でも、いったん、返さなければならないでしょ、これ」

「いや、気に入ってくれたなら、あげるよ」

「ありがとう」


彼は、続けた。

「ところで・・・来週の週末土曜だけど、ひま?」

「なあに?」と、問いかけると、森川は、一枚のビラを取り出した。

彼は目を細めて、

「名古屋のテレビ塔の公園で集会を催すけど、もしよかったら来てくれないか?」

という。

「集会?」

「この日は、非正規労働者党の演説家が数人、演説するんだ。驚く無かれ、わが党の党首が来るんだ」

ビラには、不動明王のようないかめしい男の顔写真付きで、《日本非正規労働者党党首 如月譲演説会》とある。この(ひぐま)のような偉丈夫(いじょうふ)は、法華真宗の教祖・如月巌と双子であり、その瓜二つの弟だ。その右下には楕円の枠で、党首の顔より小さく写っているが、あきらかに若い二十代のイケメンオトコだ。

「それに、今回は、東京から若い弁士がやって来る。島純一といって、東京ではかなり有名になっている。でも彼は、故郷の名古屋に移って、名古屋支部拡大のために勧誘の活動をしている。ここだけの話だけど」

「へえー」

凄いイケメンじゃない!?面白そうだなあ。

感慨に浸りきってるところに、森川がまた一歩、踏み込んで勧誘する。

「ビラにあるとおり、夕方五時からだけど、いい?」

「たぶん、終わるのが夜になるでしょうけど、まあ、少し考えてみようかなあ」

「じゃあ、これも渡しとく。土曜五時、テレビ塔の下。お願いします」と念を押して、森川は、そのビラを机の上に丁寧に置いた。


後で、森川のいないときに、美羽ちゃんに《日本非正規労働者党》が、どこかのいかがわしい政治団体かどうかについて尋ねてみた。そうしたら、「全然オーケーよ。だって、うちの法華真宗と盟友関係にあるんですもの。よかったら、うちと一緒に見てみない。どうせ集会を見物するだけでしょ?」



***


集会当日。

家での昼食後のこと、自分は、両親と居間のテーブルをはさんで向き合う羽目になってしまった。母が学力テストの成績を見て、とても渋い顔をしている。

「空手はいいけど、あんた、こんな成績で、本当に就職できるの?先月の保護者面談でも、先生、あんたの学力を心配していたよ」

父は、新聞をめくりながら、

「そうだ。母さんの弁護ばかりで、耳が痛いだろうけど、夏美、昨年、大学の内定率は、五十パーセントを切っている。来年はもっとひどそうだ。こんな景気では、二流三流の大学に入っても、就職口なんて、無いぞ。それに、今の民間企業は、不況でいかがわしくなっている。入社しても、ブラックじゃとても悲惨だ。とことん使い潰される。体力の限界までな。夏美、今からでも遅くない。きちんと大学入試の勉強でもしたらどうか?」


両親の不愉快極まるお説教。ああ、本当に嫌だ。勉強が大事大事と親は言うけれど、ほとんどの親は、娘や息子が就職して金を儲けることだけを考えている。社会って、本当にお金だけで計られ、動いている。

ああ、いやだ。

むっつりして、玄関から出る。

自転車で近所を回るだけで飽き足らず、名古屋で羽根を広げたくなった。

名古屋駅前、エスカ、JR高島屋、東急ハンズをぶらつく。

夕方に、名古屋栄の久屋大通りを歩く。《地下鉄久屋大通駅》の出口で、約束したとおり美羽ちゃんと会う。

「法華真宗の集会楽しかった?」って、尋ねると、「もちろん」と、彼女得意のえくぼを見せて微笑んだ。

その美羽ちゃんが、「あれよ、あれじゃない?」と指さす。


テレビ塔のすぐそばに大勢の群衆が集っている。

これが、森川の言った大きな集会のようだ。

一本の巨大な垂れ幕が()かっている。

その下に、数百本の日の丸が立っている。

近づいてよく観ると、

一人の若い長身の弁士が演壇に立ち、過激なトーン・ゼスチャーで演説している。

数十秒毎に、物凄い歓声が、公園を遥かに越えて、こちらにリアルに伝わってくる。まるで、言葉の魔術師(マジシャン)だ。


「……今、日々食べるのに困っている子供たち、勤労者が、沢山います。

結婚や子供をあきらめている若者たち―全国に沢山います。

飢餓が原因で自殺する人―何十万人もいます。

民主主義は、いったい何十年、日本国民を我慢させればいいのでしょうか?」

あと五十年だ!百年だ!と叫ぶ野次馬かサクラの声が聞こえてくる。

「この民主主義体制が続く限り、だらだらと意味の無い話し合いが議会で行われ、

希望ある若い世代―二十代、三十年代の若者が、つぎつぎに希望ない五十代六十代になってゆく。事態は深刻です」

「こうした事態に、《若者支援》だの、《結婚支援》だの意味のない言葉を、ただただ羅列(られつ)してゆくだけ。きさまらインチキ政治家の話・・・もう沢山だ!」

そうだ!の声。

「今の日本の若者は、アフガン難民や、パキスタン難民より、ずっと悲惨です。彼らは、子供を六人も七人も作っている。本当に貧乏なら、子供を産めるわけがない!」

そうだ!の声。

「戦後二十年、三十年……四十年、五十年、六十年……七十年八十年たっても、結果を出せないような民主主義。もはや夢も希望もありません!」

その通り!の声。

「働いても働いても、食べられるモヤシは減り、水道の水すら、値上げで節約。栄養失調が、深刻化するだけ」

弁士が人差し指を、斜め上の空間に突き出す。

「私は問いたい。民主主義は、国民のためにあるのでしょうか?」

断じて違う!の声。

「私はここで、皆さんに問いたい。民主主義とは、何か?」

弁士は、しばしの沈黙をはさむ。

途中、売国思想だ!の大きな叫びが起こる。

「その通り。まったく、その通りです!」

直後に、あちらこちらから拍手が起き、皆が拍手し始めた。あたかも、音の波が数十秒間、会場内の人間の脳髄を支配するようであった。

弁士は、拍手が収まるのを、忍耐強く待っていた。

再び、集会は、沈黙に支配された。

「売国大企業を儲けさせ、エセ愛国主義者の二世、三世、四世議員を儲けさせ、国家の寄生虫たる機関投資家を大儲けさせる思想……」

再び、そうだ!の声が、何十にも繰り返されて聞こえてくる。

「日本国家と国民の癌!!」

弁士が、きっぱり断言する。

「うぉっ!」の歓声!「その通り!」の声もする。

再び、盛大な拍手が続く。

「われわれは今、何を為すべきか?」

弁士は、両腕を組み、あたかも思索に耽っているようなゼスチャーをする。

「まだ生まれていない何十万の胎児および子孫を、妊娠中絶から救うこと」

ここまでは、静かな口調で語りかける。次のセンテンスで、次第に大声になってゆく。

「そして、わが民族の存続を妨げている、子供の数を減らすようなあらゆる劣悪な思想を根絶すること」

賛成!の熱狂が、あちこちから聞こえる。

「邪悪な新聞、雑誌、書物、メディアを追い払い、炎の中に投げ込むこと!」

弁士が、右の拳を肩のすぐ上まで振り上げ、腹の方へと一気に振り下ろす。

「このどん底に落ちた母国日本、日本国民を再生し、若返らせるには、私たち《日本非正規労働者党》の強い政治以外、本当に何もないのです」

弁士はにっこり微笑み、大きく両腕を広げ、観衆に向けて振る。

すると、数分間の大歓声と拍手が巻き起こった。女性たちは、思いっきり手を振り、背伸びをし、ヒステリックに金切り声を挙げる。


弁士である若者の傍に、《名古屋支部長の織田清正》と名乗る、小柄なインテリ風の中年男性が立ち、終わりの挨拶をする。

「有難うございました。では、弁士《島純一》さんに盛大な拍手を」

再び、大歓声と拍手が迫ってくる。


「では、会場の皆さん、日本の国士・二十一世紀の坂本竜馬・島純一に続いて、復唱して下さい」

テノールの咆哮(ほうこう)が、公園に激しく響き渡る。

弁士が「家族、民族、国家!」と叫ぶと、

聴衆も、「家族、民族、国家!家族、民族、国家!家族、民族、国家!……」と、呼応する。


デモ隊が行進を始める。何百もの日の丸が軽く揺れる。力強い行進だ。


褐色の制服にネクタイ、《日の丸に稲妻》の腕章が、恐らく百人単位の隊列を組んでいる。

背広を着た政党幹部らしき人びとが、先頭を占めている。その中に一人、周囲の人物より頭一つは高い、彫りの深い小麦色の顔の脚長の青年がいる。あれが、いわゆる弁士だな。うわっ、凄いイケメン!

先頭を行く大きな旗は、《日本非正規労働者党》。


スピーカーの声が、夕空下のビルに響き渡る。

「シュプレヒコール!」

若い女性のソプラノ声に呼応して、デモ隊が叫ぶ。

「オー!」

再び、スピーカーの声。

「いんちき民主主義を叩きつぶせ!!」

デモ隊が続く。

「いんちき民主主義を叩きつぶせ!!」

スピーカーの声。

「国民の強い政治を実現せよ!!」

ふたたびデモ隊。

「国民の強い政治を実現せよ!!」


胸に感動が、わっと湧き上がる。

「うわっ、すごい!」


スマホで、政治団体《日本非正規労働者党》を検索した。

すると、運のよいことに《秘書ボランティア募集》の広告を見つける。

政治家の秘書。面白そう。うまくいけば、就職できるかも!


電話する緊張から離れてリラックスしようと、美羽ちゃんと行きがけのカフェテリアに席を占める。

錦通り。

自分の住んでいる町で、政治団体かなんかの勧誘をすると、もしかして、世間はわたしにいろいろとうるさく言うのかもしれない・・・・・・。窓越しに往来する人々―大学生のカップル、予備校生、スーツ・ネクタイ姿のサラリーマン、籠に幼児を乗せ自転車を漕いでいる若い母親―を見ながら・・・・・・つい、そんなことを思ってしまう。

「まぁ、いちおう、行ってみようか」

アイスコーヒー。透明な雫の、ガラスコップ。

ここから、自分の一人旅が始まるのかな。



マナーどおり、いったん喫茶店を出て、そこから電話を掛ける。


発信音が一回なるや、若い女性の声が聞こえた。

「日本非正規労働者党 名古屋市支部です」

丁寧な声だった。

「あの、私、仙葉と申しますが、ボランティアの件でお電話しました」

「仙葉さん?……お世話になります」

「こちらこそ」

「はい。失礼ですが、ご職業は?」

「私、高校生なんです。刈谷南高校です」

念を押すような声がした。

「秘書ボランティアの件ですね。では、面接の日程を案内してよろしいでしょうか」

「はい、どうぞ」

「明日の日曜午前九時と午後二時十五分が空いていますが、どうでしょうか?」

「では、明日午前九時でお願いします」

「恐れ入りますが、あと、保険証か、学生証など、身分を証明できるものを持ってきてください。お願いします」

「わかりました。それでは、よろしく面談の方、お願いします」

「こちらこそ、お願いします」

「では、失礼します」

「失礼いたします」


「どう、うまく行った?」という美羽ちゃんに、

「もちろん。今までは、ね」と答える。


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