私は、ファシズムを発明したのではない。イタリア人の奥底に、発見しただけである。 ベニト・ムッソリーニ
一 兆
https://search.yahoo.co.jp/video/search;_ylt=A2RCKw68rfFa.lsA5yWHrPN7?p=意志の勝利&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
一 兆
ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!・・・・・・
灯りを消した夜の寝室。
自宅のパソコンを前に、ナチス第三帝国の心地よいスローガンに心酔しつつ、中学三年生の夏美は、レニ・リーフェンシュタール作『意志の勝利』を、寝巻き姿で食い入るように観ている。
エスエス隊員―黒いヘルメット。漆黒の隊員服。背嚢。彼らは、ナチ発祥の地ニュルンベルクの野外会場の中央を占め、整列。彼らを中心に、突撃隊、ヒトラーユーゲント、ドイツ労働戦線など、十万人を超える巨大な隊列が組まれている。
それにしても凄い。その溌剌さ。若い国、若い人たちの集会と演説。
一九三四年。ドイツ・ニュルンベルクで本当にあったのだ!
映画が終わり、静かな部屋で、窓外に眼を向ける。そのあとで、ひとり椅子に座って思いに耽る。
それにしても・・・・・・
孤独な私の胸のうち。
いま、それを解ってくれるのは、たぶんこの世界に、あのアドルフ 様しか、いない。
レター・ペーパーを木製の勉強机の引き出しから取り、今は亡き母方の祖父、そのまた父方の祖父から譲り受けた漆黒に金縁の万年筆を握り、真顔で心から愛する人に書信を綴る。
「親愛なる、アドルフ・ヒトラー様。
お元気ですか?
唐突なことを書いて、すいません。
実は、このごろ、わたしの身辺を思うと、ゆううつです。
特に、今の若い人たちのことです。
草食化し、朝から晩までスマホを撫で、アニメか漫画に現実逃避。あるいは、進学・就職・自己保身しか眼中にありません。今の日本の若者に、未来はあるのでしょうか。いったい私たちの何割が、四十歳までに子供を持っているのでしょう?自分は中学卒業前ですが、クラスメイトを見て、真剣に問います。五百年後、日本人は、日本は、残っているのでしょうか?
街角を歩けば、近所のコンビニでも、商店でも、事務所でも、町の工場でも、学校でも、ただただ、日々の生活に明け暮れ、考えることは金儲けのことばかり。幸福というのは、自分の国では、ときおり、ちょっぴり賢い人たち―作家やジャーナリストや知識人が、テレビの裏番組か新聞の片隅で評論する、道草に過ぎないのではないかと思ってしまいます。
《幸福》というロマンチックな言葉は、《経済》とか《成長》とか《生活》という味気の無い言葉に、いつも席を譲らなくてはなりません―それが、日本という国の現実なのです。
ああ、わが親愛なるアドルフ様!
もし、アドルフ様が日本で生まれ、演説したら、世直しできるでしょうか?それとも、日本の大衆を説得するのは自分でもムリ、と拒絶されるのでしょうか?
アドルフ様、あなたは、健全な体に健全な精神、子づくり子育てに専念できる健全な家族をドイツ国民に期待し、ほんの十年間でもその夢を実現しましたね。アドルフ様、もし日本で生まれ変わった時は是非、私の前に現われて下さい。
その時は、私と結婚してください。
私のアドルフ様、心から愛しています。
敬具」
***
次の日の夜、思い切って、わが家に泊まっている大親友の美羽ちゃんに、このアドルフ様へのナイショの手紙と、『意志の勝利』に出てくるナチス第六回党大会終了の間際に演説するヒトラーを見せたら、笑われてしまった。
「えーっ?!なっちやん、こんなオトコが好きになったの?」
「だって、すごく凛々(りり)しくて、今の草食男子なんか、比べ物にならないし」
「なによ、こんなむさ苦しい人。マジメ過ぎておかしいじゃん。彼マジで、キチガイよ」
「何いってるのよ。こんな立派な人、みたことない」
「それはそうよ、独裁者だし。確かヒトラーって、ユダヤ人を大量虐殺した人じゃない?」
「ユダヤ人を大量虐殺って?!」
「えっ?知らないの?歴史の授業で、なに勉強してきたの」
「それぐらい聞いた事あるわよ。でも、なんか凄い人だなあって」
ふふふふふ・・・・・・と、美羽ちゃんは笑い出し、
「だって、六百万人のユダヤ人を強制収容所で殺したんでしょ?中学の世界史で、先生が教えたの忘れたの?」
「そうだったっけ。でも、信じられないなあ。こんなに真面目で誠実な話を大勢の前でしているのに」
ネットでは確かに、そういう記事がある。しかし、よく調べてみると、ホロコーストは、ユダヤ人の捏造だという記事があって、学校の先生や美羽ちゃんの意見を鵜呑みにすることはできない、と思った。
「バカねえ、あなたヒトラーに騙されているのよ」
「そんなことないってば」
「どうしてわかるの?」
「きっと私の前に、ヒトラー様が生まれ変わって・・・・・・・」
「えー!?マジー!?冗談でしょ?妄想でしょ?ふふふふふ・・・・・・」
といって、完全に馬鹿にされてしまった。
絶交するわけではないけれど。でも、いくら親友でも、そこだけは許せない。
ここで自分は、密かに決心した。
いいわ。
私、かならず、エヴァ・ブラウンにみたいに、独裁者の妻になる。
ヒトラーと愛犬ブロンディのすぐ横で、安らかに微笑んでいるエヴァの写真を、パソコンで見ながら思う。
美羽ちゃん、あとで絶対にびっくりさせてやるから。
と、体を丸め、自分に背を向けてスヤスヤ寝ている幼馴染を横目に誓う。
***
翌朝。
早朝の薄暗さ。蝋燭の火が微かに揺れ、仏壇を灯す。
線香の香りが鼻腔を突く。
「ハイッ!」
今日も毎朝のように、空手胴着を着て、離れの仏壇の板の間で、クーシャンクーの演舞をする。
「エーイッ!」
ひんやりとした早朝の空気。掛け声と、胴衣の擦れる音、しゅっしゅっという息遣い。
仏前では、母、仙葉春美が、黒の上着を羽織って座布団に座り、いつもの早口で唱題している。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・・」
荘厳な声が一時途絶えると、チーンと鳴る音がする。
自分は、最後の唱題だけを、母と一緒に唱える。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・・」
この日も、空手の練習とで、母子だけの仙波家の朝の勤めが終わる。
「あーお腹がぺこぺこ・・・・・・」
夏美は廊下を素足で走り、一階のダイニングルームへと駆け込んだ。
美羽ちゃんは、自分で食事の準備をし終わって、もう食べている。
昨日は、彼女が泊まったからだ。
「いただきます!」と、ホカホカの薄茶色のパンに、バターを塗り、その上にコーンビーフを乗せて、元気にむしゃむしゃ食べる。
近所の老舗のパンの歯ざわり。コーンビーフのジューシーな肉味にもう我慢できない。
「おとつい、彼氏とデートしてね……」という、美羽ちゃんの薀蓄に耳を傾ける。
コーンフレークに冷やりとした牛乳をかけて、まだ柔らかくなっていないうちに、その甘さと歯触りを楽しむ。
「ご馳走さま!」と、美羽ちゃんがダイニングルームから出るや否や、ママが来て言う。「ちょっと!ちょっと!」と、洗濯機に来るように諭す。
「なあーに、ママ?」
「これ、なーに??洗濯機の上に放り出して」
と、ママが身に覚えのない薄い水色と白色のストライプのブラジャーを親指と人差し指で摘んで、見せる。
「それは、美羽ちゃんのよ」
「これ、洗ったほうがいい?」
「洗っていいじゃない。だって、洗濯機の上にあるでしょ」
「まったく、近頃の女子ったら。母さんの若い頃は、恥ずかしくて他人の家の母親の手に自分の下着を取らせなかったわ」
母は、何かを思い出そうとしている。
が、間をおいて、ハッと気付いたようである。
「あんた、まさか、この前・・・美羽ちゃんの家に泊まって、下着持って帰らなかったじゃない?」
「ははは……」
「まったく、今度それやったら許しませんからね」
少しヒステリックになったママの手前、
「はい、おかあさん」と、ニヤケ笑いで返事をする。
ママがダイニングルームから出ていくと、食後の紅茶を飲みながら、美羽ちゃんが、さも嬉しそうに、自らの体験を語りはじめる。
「おとつい夕方さ、彼氏の家で……私たち、上半身裸のままでイチャイチャしていたの」
「うわー、楽しそう。で?」
「彼氏、ホント筋肉隆々でさ、すぐセックスしあいなあ、って感じちゃった。でも、うちの彼氏奥手でさあー。セックスまでは、してくれなかったなあー」
「残念ね」
自分の脳裏にはすでに、筋肉質の小柄な体操選手とイチャついている、ふっくら胸のセミヌード姿の美羽ちゃんが、映っている。色白で、ぽっちゃりしていて、中学時代は、男子生徒の性的関心の的であった。あの透き通るような餅肌が、ほんとうに羨ましい。あのプリンを思わせる、乳房の膨らみ。薄い色の乳輪と、小さな可愛らしい乳首。
美羽ちゃんは、完全にその先輩を追いかける形で、自分と同じく、進学校の刈谷南高等学校に入学することになっている。
「なっちゃん、初めてのセックスってどんな感じ?教えて」
「初体験?初体験ってさあ、みんな憧れるけど、痛かったりして、上半身イチャイチャのほうがいいんじゃないかな」
「なっちゃんの初体験も痛かった?」
「当り前よ。おチンチンが入ってくるのが痛くて、もうセックスはイヤダ、したくないって思っちゃった。あそこの出血も、一週間くらい止まらなかったわ」
「ふーん。じゃあ、案外、不快なんだね。でも、なんで、女はセックスしたいの?」
「それは、経験を積むと理解できるわ」
「たとえば、どんな?」
「それは、毎回感じるところが違ったり、いい男とすると、どんどん感じよくなるの。オルガスムスっていってね、内臓から頭のてっぺんまで快感が昇ってきて、無我の境地に至るのよ。それは、勃起と射精しか能が無いオトコという生き物には、絶対に体験できないものらしいのよ」
「うわー。なっちゃんって。十五歳になったばかりなのに、あそこは、もう大人なのね」
「ふふふふ……。うちのママには内緒よ」
ご飯を食べ終えると、美羽ちゃんは、すぐに帰る準備をした。
「じゃあ、またね」
「うん」
「なっちゃんの体験、もっと教えて!」
「うん、約束する」
「さよなら」
「さよなら」
と、玄関で別れを告げる。
帰ってゆく友達が見えなくなるまで見送り、玄関のドアの鍵を閉めた。
「これ、夏美!」
背後でママの呼び声がする。
「ちょっと、美羽ちゃんと、なんていう話をしてきたんでしょうね。トイレから出てきたら、まあ、なんて娘を持ったんだろうって。ともかく、そんな話、もうお友達にはしないでね。向こうの親が何を言ってくるやら」
「でも、その話は、美羽ちゃんから……」
「じゃあなんで、お友だちに、(そんな話しちゃ、ダメ)、て言わないの??」
しつこいなあ、と思いながらも、「ママ、すみません」と答える。
すると、
「夏美は、いつも、(はい、すいません) で、なあに?」
と、もう一押し来る。
「もう、わかったわよ。母さん。しつこいわね」
と、鬱陶しい母から背を向け、自分の部屋へ逃げようと思った。が、さらに畳み掛けるように言う。
「もう、名古屋で買い物はしないのね」
「あっ!しまった。忘れていた!!」
「だから、約束してね!」
「はい」
母に背を向けて廊下を歩き、トイレの扉を開ける。
大急ぎで、帯を外して床に落とし、胴衣のズボンの紐を外して下ろし、水色の下着も下ろし、軽く股をひらいた姿勢で便座に腰掛ける。わずかに開いた換気窓から、ひんやりした空気が流れてくる。便器には保温装置が付いていて、暖かい。
我慢していたオシッコが、勢いよく尿道を迸る心地よさ。ママの説教なんてすぐに忘れてしまう。
すっきりして、薄黄色の水を眺め、ティッシュで下腹部を拭き取ると、いつものように体を捩ってレバーを回して水を流し、下腹部に水滴を浴びる。ふたたび胴衣を着て廊下に出、ダイニングルームに戻る。
と、ママが、無造作にテーブルに置いてある《真宗新聞》という、美羽ちゃんの持ってきた宗教新聞に目をやる。美羽ちゃんのお母さんは、物静かで礼儀正しそうな外見にもかかわらず、新興宗教《法華真宗》の熱狂的な信者で、娘にも土日の外廻りをさせたり、中学校で生徒の勧誘をさせたりしている。
「これ何の新聞?」と母が問うので、
「ほら、ついこのごろ、法華真宗》を名乗る教団が、近所で宗教活動しているでしょう。その教団の新聞よ」と、軽くとぼけながら答える。
「法華真宗ねえ」
ママは何やら理解したようで、二回頷いた。
「そう。ほら。ちかごろ街角で、南無妙法蓮華経と唱えている」
「あれは、ちょっと変わっているから。なにしろ、教祖が自らを、日蓮聖人の生まれ変わりだと主張しているのですよ」
「へえー」と、ママの手前、その教団とは何の接触もないような印象を与えるように、答える。
《如月聖人は、日蓮聖人の、生まれ変わり》だとの記事がある。
そこには、毬栗頭の如何にも教祖だという偉丈夫が、写っている。眉はこの上なく太く凛々(りり)しく、教祖特有の透き通るような眼差し。高く大きく左右に開いた鷲鼻。厚い唇。大きく突き出た顎。まるで修学旅行に、奈良の東大寺で拝観した運慶・快慶の金剛力士像の生き写し。
「まあ、素敵、なんて凄いお方。ホント、日蓮聖人の生まれ変わりだわ」と、つい感嘆してしまう。しかし、母の眼鏡の奥底の視線がこわばる。
「夏美、もうちょっと冷静に、ね。教団の素性も確かめずに、接触するのは、このお母さんが許しませんからね。だいいち、仏教では、もともと《生まれ変わり》の考えなんて、ありえないのですよ。日蓮聖人―そのお方の意識は、日蓮の死によって消えてしまったの。それに、わが家は、代々日蓮宗を拝み、あなたのおじいさんのおじいさんは、戦争中、《治安維持法》で思想犯として、獄中で亡くなったのですからね。殉教者ですよ。それに、うちの宗派は、《創価学会》や《顕正会》とは全然比べ物にならない。それくらい長い伝統があるのですよ」
私の母の家系―藤堂家の母方の祖父の、そのまた父方の祖父藤堂清は日蓮宗を奉じ、《血盟団事件》で運命を賭した《一人一殺主義》の首謀者井上日召の、若き愛弟子であった。清は尋常小学校の教師で、日召の先輩弟子にあたる教師たちと共に、茨城県大洗町の立正護国堂に通い詰めていた。彼自身、《血盟団》に参加しなかったが、治安維持法を犯した咎で獄中生活を送り、日本の敗戦を見ずに帰らぬ人となった。いまだに清は、反骨精神の象徴として、藤堂家の血を引く者に代々よく語られている。私の一番の宝物の万年筆―それは、この藤堂清が獄中で使用したものだ。
チーンという鈴の音が聞こえてくる間もなく、《南無妙法蓮華経》の題目がすぐ傍の通りから聞こえてくる。窓から、こっそり眺めると、袈裟を着た僧侶の後ろに、二十人位の老若男女がゆっくり歩いていて、従者は全員、黒地に白抜き文字で《南無妙法蓮華経》と書かれたシャツを着ている。男性は、坊主頭が多く、子連れもいる。その声は、次第に遠のいていった。
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