β46 おめでとう★そしてありがとう
□第四十六章□
□おめでとう★そしてありがとう□
1
「こんにちは。お電話いただいた芳川日菜子です」
玄関のドアを開けたら、スカイブルーのコートを脱いだグレーのニットを着た日菜子が、上品に立っていた。
手には、かさばった荷物があった。
「まあ、日菜子ちゃん、お久し振り」
マリアは、いつも寂しいのだなと、美舞も玲も見ていて分かった。
「こんにちは、マリアおばさま。ウルフおじさまも」
丁寧にお辞儀をした。
「さあさあ、上がって。今日は、涼しいでしょう」
マリアは、嬉しそうであった。
「あたたまって、行ってください」
ウルフも大歓迎の様であった。
「奥の和室にどうぞ」
日菜子先輩には、中々頭が上がらない玲。
「わお! ひなちゃん」
美舞は、ぴょんと抱きついた。
「うげ……。苦し……。入っているよ、美舞」
「すまないです」
玲が、美舞が絡まっているのをといた。
真ん中に座って貰った。
「今朝は、雪でしたね。寒い筈ですよね」
日菜子が、マリアに頷きながら、話した。
「そうね、三月だものね」
「三月……?」
「三月……!」
美舞と玲は、ばっとテレビの側にあるカレンダーを見た。
「三月でも、雪は、あるでしょう」
日菜子は、たまたま、雪の日だと言いたかった。
「今日は、何日なの?」
美舞が日菜子に真剣に訊いた。
「三十日だよ」
「えええ!」
大袈裟ではなく、腰を抜かすかと思った。
玲も驚きを隠せなかった。
「どうかしたの? むくちゃんのお誕生日が、十六日だから、もう、半月経つよね。マリアおばさまに、美舞が伏せっているから、そろそろ、元気出す様に遊びに来てくださいねって言われたの」
「僕が伏せっていたって?」
美舞に驚きに驚きが重なった。
「私が、来てみたら、美舞が伏せっていて、玲君とむくちゃんが居なくなっていたの」
マリアが続けた。
「私が、目を離した隙に、美舞は、居なくなっていたわ。……そして、この家には誰も居なくなってしまって」
「儂も早朝にマリアに呼ばれて駆け付けたばかりで」
「もしかして、ちょっと美舞に似ていた様で、美舞ではなかったのではないでしょうか?」
玲がはっとして思う所を述べた。
「多分、成長して、高校生位になった――」
「――むくちゃんでしょう!」
どよっ。
「私の見たのが、むくちゃんの成長した姿?」
マリアは、困惑していた。
「いつの話ですか?」
玲の真面目な質問であった。
「二十九日よ」
「そうだよな、マリア、その日は、晩御飯を食べてから、行ったんだ」
ウルフは、いつでも、マリアに優しい。
「話すまいと思っていたのですが、時間城での事を話します――」
「ひなちゃんには、僕の手の痣の話からするね――」
「じゃあ、儂らの結婚に至る迄を話さなくては――」
皆、深刻な顔をしていた。
「わわわ。待ってください、皆さん!」
日菜子は、あわあわとした。
「私は大丈夫です。皆さんの事をどんな事があっても、まるごと大好きですから……。ありがとうございます」
日菜子は、右手を胸にしっかと当てて、安堵を与える笑顔をし、その後、深く一礼した。
2
「今日は、私は、又、別の大切な事もありまして……」
話の切り替えが上手い日菜子。
「何より、土方むくちゃんのお誕生、おめでとうございます」
居間のまるテーブルから離れて、畳に手をつき、ゆっくりと頭を下げた。
「こんな時ですが、お祝いの品です。よろしかったら……。ご笑納くださいね」
そう言って一人一人に配った。
「ウルフおじさま、マリアおばさまに、玲君、美舞と、むくちゃんの、ハイジ部日菜子からの贈り物です。皆、同じ、染色したひつじさんで編みましたよ。グリーンとホワイトの組み合わせよ」
日菜子が編んだらしいチェックのニットのバッグに、それぞれ、リボンが結ってある。
そのグレーのリボン、ワインレッドのリボン、ペールグリーンのリボン、ピンクのリボンが、行き渡った。
「おお、儂のは、帽子か! いいな。凝った編み方になって、大変じゃったろ。何故かトナカイも愛らしいぞ」
「まあ、私に、ストール……。素敵。このトナカイのワンポイントが可愛いわ」
「俺に、マフラー、ありがたいです!」
「僕にも、マフラーだ! 玲とお揃い」
明るい声が飛び交った。
「ありがとうね、ひなちゃん!」
美舞が、飛び付いた。
「ありがとうございます、大切にしますね。私に似合うでしょ、ウルフ」
「まだまだ、若いね、マリア。似合うよ」
「これは、先日、お電話で伺った物ですか? 飾って置かないと……!」
「やだなあ、玲君。飾ったら、マフラーじゃないじゃん。ペアルック楽しんでね? 玲君のが、トナカイがホワイトで、地が、グリーン。美舞のが、トナカイがグリーンで、地がホワイト」
渡したくてわくわくしていた。
「編むのは、難しくなかったけど、念を込めて、一目一目って、嘘よ。気持ちを込めただけよ」
日菜子のウインクに、くらっとしたのは、玲であった。
少し頭を上に向けた。
「だ、大丈夫? 玲」
奥さまは心配しきり。
「うん……。ちょっと、ほっとしたんだ」
「うん……。分かるな」
「所で、何でトナカイなの? ひなちゃん」
美舞がにこにこして日菜子を覗き込んだ。
「照らす者。クリスマスソングにトナカイの活躍があったでしょう。クリスマスとは関係なくとも、何かを照らす、私にとって皆さんはそんな存在だからかな……。これからも、そうあって欲しいしね」
「本当に気持ちを込めてくれたんだ、ありがとう、ひなちゃん……」
びーって、美舞が日菜子や玲に泣き付いた。
「そうだ、むくちゃんには、赤ちゃん用に細い毛糸で。外出用の帽子とケープと靴下とミトンのセットで!」
もう一つのニットのバッグ、ホワイトのリボンでラッピングされたのが出てきた。
「わあ! むくちゃんの分も? ありがとう」
美舞が、又、飛び付いて、玲は、背中で泣き出した。
「ありがたくて、ありがたくて。何も言葉にならないです」
「僕も、ありがとうしか言えなくて、困っちゃうね」
玲の姿を見たせいもあり、美舞も少し涙を散らした。
「可愛いわね、むくちゃん」
すやすやとベビーベッドで寝ている所を日菜子が覗いた。
「うん、ありがとう。むくだよ!」
むにょむにょ。
「美舞が、喋ったんでしょ! 何その腹話術。まだ、ばあもぶうも、話す訳ないから!」
おでこをぺちぺちされた。
「アハハ」
「アハハハハハ」
美舞の笑い声をどれだけ久し振りに聞いたのだろうかと、玲は、感慨深かった。
「むくちゃん、まーまの楽しそうな様子、聞こえるかい? 俺は、むくちゃんにも笑って欲しいよ」




