β44 地震と雪★むくちゃんのおはなしは
□第四十四章□
□地震と雪★むくちゃんのおはなしは□
1
ぐらりっ。
ぐらぐらぐらぐら。
ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら。
「美舞! 地震だ!」
「そうみたいだね! 逃げよう!」
美舞は、姿勢を低くした。
玲は、むくちゃんを左腕でしっかりと抱いたまま、身を挺した。
ぐらぐらぐらぐら。
「信者達は? 一体、どこから逃げるんだ?」
玲も懸念していた。
「五芒星の城壁に出入口はない。天守閣しかないんだ」
「そうか。おーい、皆、こっちに! 祭壇の裏に回ってくれ!」
ぐらぐらぐらぐら。
「そっちか。分かった、そっちに行けば助かるのか。助けてくれ!」
「俺も行くから、何とかしてくれ……」
「私も、助かりたいわ。どうにかしてよー」
そう、口々に集まって来た。
「何で揺れているんだ。地震なのか?」
「そうでしょうよ」
手を取り合う男女の会話。
「あたしゃ、立てないのですが」
「つかまって、おばあさん。私、介護やっていて、慣れているから」
「ありがたいものじゃのう」
「さあ、気を付けて」
助け合い、心掛けの良い信者も居た。
ぐらぐらぐらぐら。
「さあ、順番に上がろう」
玲は、リードした。
「ちょっと待って……!」
美舞が、後ろから、玲のズボンを引っ張った。
「玲、雪が……。雪が降って来たよ」
建物の外は、降り始めた様であった。
しんしん……。
「ああ、でも、出ないとな」
寒くても仕方がないと思った。
「違うの……。僕の言いたい事は」
美舞は、十字架建物や城壁を見つめていた。
しんしんしんしん。
ぐらりっ。
「雪で、城が、とけて行く……」
美舞も玲も皆、見ていた。
崩れるのではなく、イチゴショートの生クリームみたいに。
しんしんしんしん。
しんしんしんしん。
「とけてゆく」
しんしん。
しんしん。
「ブラックの城が、こんな雪景色になるなんて! 十字架建物も城壁も何にもない……!」
玲は、夜空を仰いだ。
美舞も座って、夜空に顔を向けた。
しん……。
「しかも、壁もないし、天井もない!」
玲は、はっとした。
「あっちを、見てごらん。徳乃川神宮の森だ」
わああっ。
わあーっ。
皆、ひとしきりざわついたり、歓喜に声を上げた。
むくちゃんを胸に抱く玲と元に戻った美舞は、ほっとしたの一言に尽きた。
2
「信者達は、散り散りに帰って行ったね。多分、何も覚えていないかな。覚えているのは、ここへ来る迄の悲しい出来事、苦しい出来事、怒った出来事であろうな」
玲は、右手で、むくちゃんをとんとんとした。
「忘れられないのも辛いね。僕は、アレになっていた時を忘れたいよ。迷惑を掛けているし、恥ずかしいし」
美舞がうなだれている。
「忘れる必要はないよ。たとえ、ブラックの記憶でも。それら全てが、美舞、君だよ。妻であり、母親だ」
「玲……。やっぱり、僕の夫で、パパだよ!」
少し涙ぐんだまま、玲のむくちゃをとんとんしていた右手にキスをした。
チュッ。
その時、美舞の涙が、玲の右手にぽたんと落ちた。
「あれ? 何で?」
美舞が、玲の手を凝視した。
「どうした?」
「玲の右手に、逆五芒星があるよ!」
初めて見た。
「え? なんだって! 俺は、痣ができた事がないよ。仇討ちの時もなくても闘った位だ」
「見てみればいいよ」
美舞は、説明のしようがない。
「あ、あるな……!」
ただ、驚くばかりである。
「ここではなんだ、家に帰ろう。むくちゃんのお世話もある」
ぱーぱは、がんばっていた。
「と言うか、今は、何時? 朝だよね? 随分と涼しいし。ミルクにおむつに、寝不足ではないかな?」
「帰ろう」
美舞は、はにかんだ。
「うん、帰ろうか」
玲の声は、優しかった。
3
「大丈夫かなあ……」
そんな、呟きをしながら、玲は、コインパーキングへと向かった。
「何かあったの? 玲」
全く分からない様子であった。
「いや、あの、俺のコートを車に置いて行ったのだが、信者が、持って歩いていたからな」
「……? 何故?」
美舞の記憶が薄れていた。
「いや、いいよ。俺にも分からない」
玲は、首を振った。
十分程歩いて、コインパーキングに着いた。
「おー、車は、無事じゃないか。チャイルドシートも、良かったあ」
玲は、思わずばんざーいなんて口にした。そして、むくちゃんをチャイルドシートにしっかり乗せた。
「俺のコートは、ないな……」
「えーと、待っていてね。精算して来るよ」
直ぐそこへ行った。
「うおおっ!」
あちらから、玲のかなり残念な声がした。
「どうしたのー? 玲」
「しょぼーん。高かった……。今日は、何日だろうかと思ったよ」
うなだれていた。
「悪い……」
顔の前で拝む美舞。
「いや、致し方ないよ」
美舞の頭をくしゃりとした。
「はい、缶コーヒー。二人分だよ。らぶらぶー」
「ふふ……。ありがとう。あったかい、気持ちもね」
「所で、むくちゃんは、おしゃべりしないな?」
ずっと気に掛けていた。
「そうだね。僕も、どうしたらいいのか」
ふうっと、ため息をついた。
「むくちゃんのおはなしは、楽しかったな……」
玲は、胸が締め付けられる思いだった。
「むくちゃん、いいこなんだよな……。まだ、笑ってくれないのも、寂しいな……」
美舞より寧ろ玲が、身にこたえていた。
「車を出すから、気を付けてね。ではでは」
エンジンをかけて、家路を辿った。
ふと、ハンドルを握っていた右手を見ると、やはり、玲に逆五芒星の痣があった。




