β41 美舞の涙★愛する人の名は
□第四十一章□
□美舞の涙★愛する人の名は□
1
「ははは……! 虚数空間を出られたかな?」
玲が笑ったその訳は、無事に、美舞とむくちゃんに会えたからであった。
「美舞……」
玲は、妻の美舞を見つめた。
美舞が着ていたグリーンのコクーンワンピースは、なくなって、ブラックのAラインワンピースになっていた。
靴はなく、素足であった。
「むくちゃん……!」
玲は、むくちゃんを見て、少し驚いた。
むくちゃんの服は、くるくると、グリーンのおくるみになっていた。
何より驚いたのは、体の大きさが、天守閣で別れた時、つまり、潜入時に戻っていた事であった。
「ちょっと、待ってな」
ひょいと、祭壇の椅子から床に飛び降りて、むくちゃんに近づいた。
「むくちゃんは、息をしている様だな。良かったよ」
後ろ向きの体を抱いて、顔が見える様にした。そっと頭を撫でて、又、寝かせた。
「本当に、元の大きさだな。大分、疲れている様にも見える」
よしよしとしていた。
ふと、ごろりと床に横になっていた美舞が、顔を上げた。
「ここは……」
濁った瞳で、そこらじゅうを隅々迄見渡したが、皆目見当がつかない様であった。
「あなたは、誰ですか? ここの人ですか?」
「ここは、どこなのですか?」
「責任者なら、部屋の出口を教えてください」
「私は、疲れています。休みたいです」
「喉は渇くし、お腹が減っています。コンビニは、ありませんか?」
信者が、口々に言った。
「何かにすがると言うのは、ワガママっぽいな」
むくちゃんと美舞の間に居て、様子を見ていた玲が、呟いた。
「待ってな、美舞」
踵を返して、美舞の傍らに座った。
「左手を出してくれるかい?」
そう、頼んだ。そして、玲の左手を差し出した。
「いいかい、これは、俺の宝物なんだ。結婚指輪も宝物だけどな。さあ……。何だろう?」
右手を玲のズボンのポケットに入れて、そっと出した。そして、握っていたものを美舞の左手に握らせた。
「あ……」
吐息を漏らした美舞。
その濁った瞳に、桜の花が宿った。
パシャーン。
水の玉が自然の力で弾ける様に、何かを悟った。
「これは、覚えているよ……」
美舞の瞳が、きらりと光った。
「僕の愛する人の物。心を込めて、何度も付けた……」
目から、涙が、うるうるとしていた。
「あの人のコートのくるみボタン」
一筋の涙が右目から伝わった。
「――玲」
「その人の名は……。玲」
美舞の左目からも、涙が溢れた。
「そうだよ、俺が玲。分かるかい」
優しく、美舞の瞳と、自分の瞳を合わせた。
「ああ……!」
美舞は、玲に抱きついた。
「もう、アレではないのだな。美舞なのだよな」
玲は、くるむ様にふわりと抱いた。
「僕……。僕は、美舞。そうでした。玲の妻、美舞だよ!」
2
「そうだ、むくちゃんは、一体どうなっているんだ?」
「美舞、ちょっとごめんな」
右手をすっと上げて、むくちゃんの方へ踵を返した。
「むくちゃん」
顔を覗くが、目をつぶったままであった。
「そーっと、抱っこするよ。よしよし」
抱えてみたが、表情はなかった。
「ねんねかな? むーくちゃん。よしよし」
横抱きのまま、優しく揺らした。
「おかしいな。テレパシーもお休みかな?」
「あの……。玲」
美舞が声を掛けた。
「むくちゃんと僕との事で、話があるの」
「話……!」
聞きたかったが、美舞には、無理だと思っていた。
「うん、聞かせてくれ」
力強い目で頼んだ。




