β40 二人の美舞★雪どけのように
□第四十章□
□二人の美舞★雪どけのように□
1
「美舞が、二人……」
玲は、再び瞳にその姿を刻み込んだ。
「いや、そんな、あり得ない」
玲は、現実主義的で、怜悧であるから、こうした時に、理論の構築を発揮できる。
『ようこそ、土方玲。待っておった』
『ようこそ、土方玲。待っておった』
声は、反響ではなく、二人分であると思えた。
はっきりと、左右から聞こえた。
『この祭壇によくぞ参った』
『この祭壇によくぞ参った』
一人は、先程の出で立ちで、Aラインマキシワンピースにハイヒールと、全てブラックに身を包み込んでいた。
もう一人は、コクーンワンピースにピンヒールと、グリーンに身を包み込んでいた。
二人とも、ぬばたまの夜の如き長い髪をしていた。
中央の十字架の椅子を挟んで立っていた。
玲から見て、ブラックのカルキが左側に立ち、右手で椅子の十字架を持ち、グリーンのカルキが右側に立ち、左手で椅子の十字架を持っていた。
「えーと、鏡のせいではないよな」
目を凝らした。
瞬きをすれば、隙を作ってしまうと、警戒した。
「二人とも良く似ているけれども、良く見ると違うな」
余裕綽々の玲であった。
『吾こそは、カルキぞ』
『吾こそは、カルキぞ』
「無理しなくていいよ。分かっている」
いつもの、土方玲になって来ている。
「二人は、別人だよ」
玲は、安堵と余裕を込めて、にこっとした。
「美舞に似たカルキと……」
玲は、右のグリーンの方を見た。
「むくちゃんに似たカルキ……」
そして、左のブラックの方を見た。
「そうだね。俺を侮らない方が為だよ」
二人をしっかりと見つめた。
『よくぞ……!』
『よくぞ……!』
淡々としていたカルキが憤りを見せた。
『何故分かったのじゃ! 土方玲!』
『何故分かったのじゃ! 土方玲!』
カルキ二人の敵意丸出しであった。
「何故って、可愛らしい顔かな……。俺の妻と娘だぞ、分からない訳がないさ」
こんな形でも、会えた事に、ほっとしていた。
「美舞は、いつ見ても美舞だよ。いくつになっても分かるよ。ちょっと、マリアお義母さんに、より似て来たな」
その姿は、何故か、若返りもせず、老化もしていなかった。
「むくちゃんは、美舞にも俺にも、勿論似ている」
生まれてから、玲は、子育てをして来た。
顔立ちだって、良く観察していた。
「俺には、ちょっとまるくて目尻が上がり気味の目もとが似ていて……」
ブラックのカルキに目をやった。
「高二の空手部美少女美舞ちゃんの頃の面影は、すっと通った鼻筋と、眉が素っぴんO.K.な所が似ている……」
グリーンのカルキをチラリと見た。
「それが、今の高校生相当位のむくちゃんみたいになっているよ」
玲は、じいーんと、感慨に浸った。
『カルキを愚弄するではない。吾は墜ちた人間とは違う』
『カルキを愚弄するではない。吾は墜ちた人間とは違う』
「ならば、人間の依代を使うなよ。おバカさんだな」
至極ごもっともな意見に、カルキは、かっとなった。
『愚か者めが……!』
『愚か者めが……!』
玲をぎらっとした目付きで睨み付けた。
「さっきから、台詞が同じだな。カルキは、本当は一人ではないのか?」
玲は、圧には、引かなかった。
「そう、一人は、操られている……」
必ず当てる推理をした。
「ブラックの格好をしたむくちゃん。今の姿は、まるで、操り人形だ!」
今こそ、二人に同時に訴えた。
2
「さあ、美舞、むくちゃん、目を覚まう」
玲は、心の雪をとかそうと思っていた。
『ここにおるのは、鼠じゃ』
『ここにおるのは、鼠じゃ』
お互いに睨み合った。
「鼠ではないよな。むくちゃんでしょう」
美舞のカルキに対して言った。
「何度でも説得しよう。むくちゃんを間違えたら、いけないよ。美舞、君は病気みたいなものなんだよ」
『黙れ、鼠』
『黙れ、鼠』
「グリーンの服のカルキ、操るのは、もう、止めてくれ。な」
玲は、聞いてくれとばかりに、カルキに声を掛けた。
『吾の言の葉を真似すでない。鼠如き。吾こそは、カルキなり』
『吾の言の葉を真似すでない。鼠如き。吾こそは、カルキなり』
「おい、自縄自縛だろう? 元の可愛い二人に戻ろうな」
切実であった。
『神の言の葉を汚すでない!』
『神の言の葉を汚すでない!』
『土方玲、ぬしも目障りじゃ。消え失せよ!』
『土方玲、ぬしも目障りじゃ。消え失せよ!』
「無駄に攻撃をするなよ」
煽らない様に気を付けた。
両手を前に伸ばし、制止のポーズをとった。
『鼠め!』
グリーンのカルキは、椅子から手を離して、左手をかかげた。
『鼠め!』
ブラックのカルキは、空から、左手をかかげた。
玲から見て、二人とも左手に五芒星の痣があった。
「止めろ!」
シュー……!
硝煙が二人から上がる。
ガッ。
ガッ。
『左手の五芒星よ!』
『左手の五芒星よ!』
左腕にぐっと力を入れた。
そして、二人の各々の左腕を合わせて、十字架を作った。
ビカーッ。
ビカリーッ。
ビカーッ。
三面鏡が光り、光が影を投じた。玲の胸に、十字架の影を作った。
「うおっ」
『時間を奪いたまえ! 記憶をなくしておしまい!』
『時間を奪いたまえ! 記憶をなくしておしまい!』
「ああああああ……!」
玲は、十字架を避けようと身をよじった。
「おおああああ……!」
中々抜けられないでいた。
「うああああー! 止めろ!」
ごろりと転げられた。
「た、助け・る・か・ら……! 美舞! むく!」
「ああ、愛しているからな!」
玲は、そう言った。
こんなに苦しくとも。
『……ルニグング』
玲は、右腕を伸ばし、右へ手首を回し、呪文らしきものを無意識に唱えた。
ブラックのカルキもグリーンのカルキも誰も分からない間の出来事であった。
『ふぐっ、な、何……』
『ふぐっ、な、何……』
二人は、怯んだ。
二人の左腕で作った十字架は、ほどけた。
『あー!』
『はあー!』
そして、二人は、跳ね返るように、反発した。
「死ぬなよ。死なない程度に目覚めてくれ。元の二人に覚醒してくれ」
『うぐ……。あ』
のたうち回っている、カルキに憑かれた美舞。
ダッゴロッゴルゴロリ。
『はううっ……。っあ』
息苦しそうな、美舞に操られたむく。
ケーックッスケヒュー。
「一心同体は、流石に完璧でなくなったか」
言葉を操る力は、ほぐれた様であった。
シュー……!
硝煙は、二人のカルキから消えた。
「は、ふう……」
玲は、再び、五芒星の力を止められたと思った。
「むくちゃん、君が生まれた日に、美舞が、カルキになった。その晩の雪、あれは、もうとけたのだよ。美舞もむくちゃんも、あの雪どけのように、休めるようならいいな」
そう言うと、玲に様々な思いを抱かせた時間城について、考えさせられた。
「美舞……。むくちゃん……」
3
「真っ暗だ……。どこだ? これは、あの時の城の正門か?」
玲は、ふと目覚めた。
「又、誰も居ないのだな。美舞もむくちゃんも」
「美舞ー!」
「むーくー!」
再び、呼んだが、何の音一つなく、静かであった。
「皆、生きているよな。もうダメって事は、ない筈だ」
来る時よりは、確信があった。
「二人の顔を見たし、嬉しかったよ。むくちゃんの娘っぷりも見られたし」
どこを向いても真っ暗だが、致し方ない位にしか思わなかった。
「そうだ、歩こう。美舞かむくちゃんに会える兆しがある」
一歩踏み出した。
「やはり、下に何かある」
数歩、歩いた。
「うわっむにゃむにゃとしている。今度は、気持ち悪くならないぞ」
「あっちに十字架の光がある。行ってみよう」
玲が、かなり歩いても光に近寄れない。
「うーん。心が虚ろにならないから、カルキに会わないのか……」
芝居でもと、わざとらしくしてみた。
「こーこーは、どーこかな?」
――虚数空間である。
「え? 誰? 直接話して来たの?」
来た来たと、玲は、企んだ。
――名は?
「名前……」
玲は、考えてみるが、騙してみるしかないと、結論がついた。
「そ、そうだ! み、美舞……。妻の。それに、む、むく……。むくちゃんだ、赤ちゃん。娘だ」
慌ててみた。
「俺の探している人は、土方美舞と土方むくだ!」
上の方を向いて叫んだ。
「美舞ー! むくちゃんー!」
ぐにゃんぐにゃん。
空間が歪む。
「俺は、ここにいるぞ!」
そう玲が叫ぶと、十字架の光が次第に大きくなり、もの凄く眩しい光に包まれた後、虚数空間なるものは、消えた。
4
玲は、空間を出てみると、祭壇の上であった。
しかも、椅子のあたりだった。
「鏡が、割れている」
ヒビが入っていた。
雷の様に。
「美舞とむくちゃんが居ないな」
良く見渡した。
「なんか、騒がしいなー。やれやれ、どうした」
玲は、様子を見ていた。
「奥さまは、どちらからおいでになったのですか?」
初老の品の良い婦人が、三十代の地味な服装の女性に訊いた。
「札幌に住んでいます。ここは、一体どこでしょうか?」
「旦那さん、見た事ありますよ。テレビかな?」
ハンチングをかぶった男性に、かっぷくの良い背広を着た男性が訊かれた。
「軍事評論家です。さっき迄は、那覇にいたのですが? ここは、一体?」
「……皆さん、悩みごとはありますか?」
玲は、祭壇の椅子に浅く腰掛けて、肘を脚に乗せ、前で手を組み合わせてから言った。
「私は、まだ寒い日に、息子、一歳にならない赤ちゃんを家に置いて、コンビニに行きました。たった小さな衝動で、そのまま、車でどこかに行ってしまいました。育児を放棄してしまったの! 赤ちゃんが死んじゃうわ!」
札幌に住んでいると言った女性だ。
「俺は、シングルファーザーです。まだ高校生の娘が、沖縄で、強姦されました。許せないですよ。それで、そのガキを訴えるべく活動していましたが、全く上手く行かないので、心中をしようと考えていました。いつの間にかこんな所に」
那覇の男性が言った。
皆、次々と苦労話、忘れたい話を沢山し始めたのであった。
「ここは、忘れたい事がある人が集まる場所……」
そう、玲は、思った。
「うわっ」
割れた鏡の左から、むくちゃんが、転げ落ちた。
「はわっ」
割れた鏡の右から、美舞が、転げ落ちた。
二人の様子が可笑しかったので、玲は、吹いた。
「ぷっ。くくくく。はっはっは!」
久し振りに笑った。
この城のそこらじゅうに響き渡った。
「あーっ、はっはっは! 腹痛いよ。くくくく」
「お帰りなさい、土方美舞、土方むくちゃん」
にこりと玲の最高の笑みを注いだ。




