β3 愛の結晶☆かわいい美舞の産声に
1
「これが、日本よ。あまり目立つ所に暮らしたくないから、この街にしたの」
マリアの故郷ではなかったが、木下の家の直ぐ側は離れたかった。
誰あろう、女傭兵など、勘当も当然だ。
「いいのかい? ご実家の近くではなくて」
ウルフは、後少しでスープの冷めない距離なのにと、心配山積みだった。
「あまりさ、需要があっても、こんな仕事は理解されないんだよ。特に光造お父様にわね。分かるでしょう?」
「……勿論。特に今は平和の鐘を鳴らす国だ」
何かあったのか?
何か?
マリアが、ごっきげんだ。
「じゃあ、この一戸建てを買うわね」
マリアとウルフは戦場を離れた後、日本へと渡った。
そして、ウルフは日本国籍を得て、“三浦司狼”という名前となり、帰化した。
マリアは、木下から“三浦真理亜”となり、妻として一緒に暮らし始めた。
「ウルフがいい? 司狼がいい?」
ニヤニヤしたウルフは正直好きじゃないのがツンのマリアだ。
「ウルフも司狼も同じ人じゃない……」
おでこをピンと弾いてやったマリアは、簡単に食べやすい、ロールサンドウィッチを差し入れだ。
「同じファミリーネームだね?」
ピシピシとおでこをおもちゃのように弾かれる。
ウルフは痒いのが可笑しかった。
新婚は、男だって幸せだ。
2
当然、マリアにとっては生まれ故郷だから問題はない。
日本語にも暮らし方にも不自由はない。
「悪いわね、日本にして貰って」
「何を言っているんだい?」
ウルフが、素の顔で、窓から射し込む夕陽を浴びている。
その横顔をマリアの瞳が、初めての愛で包む。
「それに、日本は他の国に比べても、危険が少なく治安も良い。出来るだけ争いごとを避けたい俺達には都合が良いだろう。そのこともあって日本に移住、いや、定住することにしたのだろう」
二人は、半ば恋愛未満で生活を始めた。
まさか、お互いに恋に不慣れだとは思っていなかった。
だから、友人としても、恋人としても、急速に結ばれていった。
「まあ、あんな出会いからして普通じゃないし、出会ってから間もない。かといって、お互いに興味があって傭兵稼業から足を洗ったのだから、共に暮らしてみないとな」
ウルフは、やんわりと笑った。
「結婚しよう」
この男の手がかたかたと震える。
ウルフは、恥ずかしくて精一杯だったから、それ以上もそれ以下もない。
ここで、マリアの手を握る筈だったが、そうは上手く行かない。
「熱があるの? ウルフ」
「ふざけないで欲しいな」
そうして、二人は同じ家に住み始めた。
世間に溶け込む為と言い訳をして、結婚した。
照れ屋で、もう仕方がない。
3
「金銭面は、私達の傭兵時代の稼ぎで少なくとも三十年は暮らせるわね」
マリアは、もしもの場合も考えて、試算していた。
「俺が、小さい診療所を開いて多少の収入を得られるようにするよ。そうすることで、周りにも不信感を与えずに済む。準備期間は迷惑を掛けるが、勘弁な」
ウルフにとって、仕事を持つことも日本で住み易くしていた。
「幸せになろうな」
真顔のウルフはちょっと手を取りキスをしようとした。
「何それ?」
こちらも真顔のマリアだが、何せツンツンさんなので、困ったものだ。
こうして、二人は平和な日本で、平和な人生を歩むことにした。
しかし、この時はまだマリアに言えないが、ウルフには、ふいに消えてしまった土方葉慈と言う友人と彼の心配する息子土方玲を探す目的があった。
4
――それから二年後。
「え、陣痛? いつから?」
診療所から帰ったウルフが、あんぐりとして訊いた。
「んー、まだまだかな。初めてばかりだけど、がんばってみるよ。助産師の井上さんが、もう来てくれているから」
額に汗しているくせに、冷静を装っている。
気丈さにウルフは打たれた。
「ウルフは、リビングに居てくれる?」
「わかった。大事にな」
リビングでは、そわそわ、そわそわ、それしかない。
ソファーを巡りすぎて、小動物のようだ。
心はマリアの唯一の夫、そして間もなくパパになる人になっている。
「どうか、無事で。無事で……」
――随分と時間を感じた。
「ほぎゃあ。おぎゃあー!」
「え? 生まれた? 生まれた?」
落ち着けウルフ。
心配し、喜び、感謝する以外にないはずだ。
「少々お待ちくださいね」
井上さんの声だ。
「はい、どうぞ、お待たせ致しました」
うるうると、何もかもにじむウルフの空色の瞳には、マリアが飛び込んだ。
真っ先にマリアの手を取る。
今なら、恥ずかしくない。
「ありがとう、マリア。ありがとう」
涙は惜し気もなく流れた。
マリアの横で、二人の間に生まれた愛おしい子が寝ていた。
「女の子だったね。話し合っていた名前。女の子だったらの美舞で大丈夫かい? 三浦美舞だよ」
「勿論よ。名前をつけて貰って、私もこの赤ちゃんも幸せだわ……」
マリアは、息を整えながら喜びの涙を拭い、こくりと頷いた。
「そうだな、届けて来るよ。暫くしたら、役所に行くよ。いいかな。安静にしているんだよ」
「お願い致します。パパ」
ママとなったマリアは、初めて素直に優しく笑った。
「パパだって、美舞聞いたか? パパだよ」
それが、三月十日のことである。
運命的な誕生日となった。
可愛い美舞よ。
美舞は両親に似て美人になるだろうと思われた。
事実、十数年後には、ちょっとした学園のアイドルになる。
それはさておき、美舞の左手に五芒星、右手に逆五芒星の痣があり、それはまさしく両親の血を引く証であった。
このことが、神か悪魔か分からない敵との苛酷な運命に、美舞を巻き込んで行くのであった。