β37 正門突破★信者は亡者か
□第三十七章□
□正門突破★信者は亡者か□
1
それは、一瞬の出来事であった。
むくちゃんへのラブレターを唱えたのは。
玲は、天守閣から、落ちた。
黒い十字架建物の一番高い塔から、落ちた。
ガサッガササーッ。
「いててて……」
玲は、茂みに上手く落ちた様である。
「あ、俺は生きているのか……」
両の手を見つめた。
「……」
「さっき、俺は、むくちゃんに気持ちを伝えようとしたが。それは、幻か?」
天守閣を仰ぐ。
「むくちゃん……」
「さあ、こうしては、いられない。どこか入り口を探そう。上はもう無理だ。正門付近に行こう」
ブラックの腕時計で、時刻、十一時四十五分を確認して、行動に移した。
ガサッガササッ。
「茂みはうるさいから、出ないとな」
ガサッ。
「おっと、丁度良く出られたようだな」
ここも暗くて、よく見えない。
「昼間の簡単な下見だと、十字架の建物を右手にしながら、歩いて行けばいい筈だ」
茂みに触れないように、凡その幅を空けて、右手に十字架建物、左手の向こうの方に城壁の気配を感じて、進んで行った。
「いつ迄も、明かりもないし、人も居ないな。油断大敵雨あられだ……」
そうっと行き続けて、五分が経った。
「ふう……。ガマガエルの気分」
「俺がこうしている間、カルキにやられている美舞も追って来ないし、むくちゃんも飛んで来たり、テレパシーをしたりしない。何だ、これは、何か別の事が起きているのか?」
再び、そろそろと歩き出した。
「おっ、ここで、茂みが切れるのか。何かあるな」
身を低くし、辺りを見渡した。
右手に気配を感じてはっとした。
「……あれは、信者とか言う人々か?」
列をなしていた。
そして、ほの明かりがあった。明かりが列を作っていた。
「何か持っている」
皆、両手を合わせて、そこに明かりを持っていた。
「ろうそくか……」
暗闇がなくなるのはありがたかったが、見付かるのは、どうにもよろしくない。
スッ。
更に身を潜めた。
「いや、他にも何か黒い物を持っている」
目をよく凝らした。
「あれは……。見覚えがある」
黒いくるみボタンが転がって来たので拾った。
「まさか、俺のコートの破片?」
2
玲は、ぞっとした。
「確かに、車に置いて来た筈なのだが」
「コートの件は、この信者か、美舞が、一枚かんでいるのには違いない」
コインパーキングでは、自分に害がある物や不審者は見当たらなかったが。
「この列も、後、そろそろ。五分で、皆、入りそうだ」
随分と順調に正門らしき所を通っている。
「どうやって、潜入しようか」
玲は、自分のコートとろうそくを持つ列を良く見ていた。
「そうだ、最後のあの女を静かにさせて、俺が入る。これで行こう」
ラスト三人位になった。皆、ぼうっと前を見ていた。
ラスト二人……。
「今だ……!」
玲は、さっと飛び出した。そして、その女を静かにさせるべく、体を手刀打ちした。
直ぐ様、だらりとした女を横にし、見つからない様に、自分のコートの切れ端とくるみボタン、そして、ろうそくを持った。
「後は、何くわぬ顔で並んでいればいいか……」
バレない様にと、気配を落とした。
玲は、俯いた。
そして、数歩、歩くと不思議な感じになった。
「これが、正門の正体か……!」
3
「真っ暗だ……。どこだ? これが正門か?」
静かにじっとしていた。
持っていた筈のろうそくがない。
「美舞?」
手には、くるみボタンがあった。
はっとして呼んだ。
「美舞、赤ちゃんは? むくちゃんは?」
ずっと気になっていた事に、ドキッとした。
「誰か、誰か居ないのか? 誰か?」
ハラハラとして来た。
「皆、生きているのか? もうダメって事は、ないよな……」
胸が迷い出した。
「美舞ー!」
「むーくー!」
又、呼んだが、何の音一つなく、静かであった。
「どこを向いても真っ暗だよ」
キョロキョロする。
「そうだ、歩こう。何か出口が、光がないかな?」
一歩踏み出した。
「あった、下に何かある。」
数歩、歩いた。
「うわっむにゃむにゃとしている。」
「気持ち悪い」
酔った感じに近かった。
「ぐらぐらするな。吐き気もして来た」
暫く歩き回った。
「な、何かを探していた様な気がするが」
心が虚ろに近くなって来た。
「いつからこんな所にいたのかな」
――虚数空間である。
「え? 誰? 直接話して来たの?」
――名は?
「名前……。誰の?」
――吾の名は?
「自分か? んー。と言うより、誰かを探している。それを知りたい」
目的を失わなくて良かったとはっとした。
――名は?
「んー」
中々思い出せない。
とっかかりはないものか。
――名は?
ころっ。
玲は、足下に何かある感じがした。
これは、自分のコートのくるみボタンではないか。
このボタンは……。
そう……。
「み、み、みま。む……。み、む」
こんな感じなのだが……。
――名は?
「そ、そうだ! み、美舞……。妻の」
ああ、ぼんやりと笑顔が浮かぶ。
なんだか、懐かしく、恥ずかしい。
「それに、む、むく……。むくちゃんだ、赤ちゃん。娘だ」
生まれたばかりの家族を忘れてはいけない。
まだ、笑わないが、お話を沢山した気がする。
「俺の探している人は、土方美舞と土方むくだ!」
やっと言えた。
上の方を向いて言えた。
「美舞ー! むくちゃんー!」
会いたい。
ぐにゃんぐにゃん。
空間が歪む。
「俺は、ここにいるぞ!」
そう玲が叫ぶと、虚数空間なるものは、消えた。
真っ黒だったのが、まるで血の様な赤い建物の中へと通じる門になっていた。
そして、門から続く中の様子がありありと見えた。
「これが、城の入り口なのか」
何もないと思っていた所に、列をなしていた信者達が、亡者の様にぼんやりと佇んでいた。
「カルキ、目的はなんだ?」
空に叫ぶ。
「俺の目的は、愛する家族だ!」




