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β34 城への潜入直前★美舞を倒すな

□第三十四章□

□城への潜入直前★美舞を倒すな□


    1


「おはよう、むくちゃん」

 何時が朝か分からないが、赤ちゃんのいる生活では、大体七時だと決めていた。


 ――おはようございます。ぱーぱ。


「ご機嫌如何ですか?」

 玲は、寝不足なだけで、こっくりこっくりとしていた。


 ――だいじょうぶですよ。

 

 昨日の夢は、うつつではない様だ。

 むくちゃんが、けろっとしていた。


「むくちゃんは、マリアお義母さんの所に行くかい? 俺は、今夜、黒い五芒星の城を見に行くのだが」

 危険な場所なので、連れて行くのは、憚られた。


 ――むくちゃんは、いっしょにいきたいです。ぜったいに、まーまにあいたいです。


「分かったよ。言い出したらキリがないからな。無理だけはするなよ」

 これ位は、大方予測していた。


 ――はい。わかりました。


「夜十一時に出掛ける。それ迄は、お腹いっぱい、ミルクを飲みな」

 腹が減っては、戦ができぬ。

 しかし、玲は、少食になっていた。

 疲れのせいだと思われた。


 ――そろそろ、おかゆがたべたいです。


「え? 又、成長が早いな。お粥は、最初の離乳食だよ。知っているのか。食べて行くか!」

 にこにことする玲。

 

「いつも、楽しいことは娘のむくちゃんから来るなあ。むくちゃんの成長が早いのは、大丈夫かと疑問にも思っていたが。まあ、お粥は昼からあげてみようか」


 ――おねがします。ぱーぱ。


 にこにことする玲。


   2


 それから、玲は、慌ただしくしていた。


 ――おかゆのしたくがたいへんなのですか?


「違うよ、大丈夫。今夜の支度。さっさとしたに越した事がない。タイトであたたかい服、黒の上下を詰めたりしているんだよ。動き易いだろう? 後、美舞がボタンだけ何度も付けてくれたこのコート。くるみボタンなんだ。想い出も途中迄、着て出掛けよう」

 バタバタしていた。


 ――しゅつじんですか?


「出陣? いや、違うよ。美舞は、殺しちゃいけないんだ」

 大きく首を振った。

「だから、お出掛けだと思ってくれな。美舞は、具合が悪いと思って、優しくおうちに帰って貰おうと思っているよ。だから、殺したら、いけないよ」


 ――まーまだからですか?


「こんなに愛せる人を倒しに行くなんて考えるなよ?」

 ちょっと怖い声で、荷物を片付けていた。


 ――ぱーぱは、むくちゃんもだいすきですか?


「むくちゃんも愛しているよ。だけど、美舞ママは、別格なんだよ。格別」

 分からなくてもいいから、話して置く。


 ――あいするひとに、ちがいがあるのですか。むくちゃんには、むずかしいです。


「どんな、神か悪魔かに染まっていても、病気をしているだけなんだ。風邪を引いていれば、看病もするだろう」

 五年、六年、美舞を愛して見つめて来たが、病める時に、付き添えないなんて、つよさのない堕落な優しさでしかないと思って来た。


 ――ぱーぱは、つよいひとなのですね。


「美舞が、桜の花の様だと言った事があったね。美舞は、美しさの中に、毅さがあった。だから、そう見えたのだろうな」

 玲は、遠くを見る目で、うっとりした。

「だから、愛したのかな……。あんな、小僧っこの頃に、プロポーズしたり、されたりー。恥ずかしいね!」

 むくちゃんに背を向けて、にやっとした。

 そして、でれでれした後に、口をタコにしていた。


 ――まーまもなのですか。いいぱーぱに、いいまーまだったのですね。


 玲は、はっとした。

 夢想していたのであった。

「お米、仕掛けて置いたから、今からお粥にするよ。秋田産のあきたこまちにしてみたよ」


 ――だれですか? あきたさん?


「ぱーぱのママ、むくちゃんのばあばが住んでいた所のお米だよ」

 はははと笑った。


「ベビーチェアに座ろうね」

 世話を焼くのは嫌いじゃない。

 だから、続けられていると思った。


   3


「さて、作戦だ。頭に入れて置く。メモは、禁止な」


 ――はい。


「美舞が自分の城に入るのに、専用の入り口があると思う」

 城主だろうとの推理。


 ――とくべつなまーまですから。


「そして、集まって来た人々の列に正門があると思われる」

 多分、美舞に呼ばれている可哀想な人であろう。


 ――はいりやすいからですね。おもてのいちからは。


「今夜の仕事は、二つ。」

 玲は、チョキを出した。


 ――はい。


「一つは、美舞専用の入り口を見付ける事。あわよくば、入り方の解明」

 これで、優位に立てる。


 ――はい、わかりました。


「もう一つは、美舞とどの様な関係にあるか、あの正門から入って行く人々を調べる。何かある筈だ。何の目的であそこに居たのか。あわよくば、潜入方法の解明」

 元から断たなきゃダメだよと言う事であった。


 ――そちらも、りょうかいです。


「むくちゃんの服はどうしようかな?」

 さっきから、後回しにしていた課題。


 ――これがいいです。これをおねがいいたします。


「成る程、寒くするなよ。グリーンのおくるみを掛けて行こう」


 ――ありがとうございます。


   4


 シャラン。

 シャラン。


「十一時だ。では、行くよ。徳乃川神宮迄は、車で行くな」

 カーラジオは流していた。

 余計な事を考えないのと、会話を怪しまれない為なのが重なっていた。


「天守閣付近に、十一時十五分から。表の入り口付近に、零時十五分から。城は午前一時十五分には去る。時間外の行動はしない。わかったかな。頭をメモ帳にしてな」

 赤ちゃんだが、むくちゃんには、分かると思って話していた。


 ――わかりました。


 間もなく、徳乃川神宮の森に着いた。

 付近のコインパーキングを利用した。


 玲は、自分のコートを脱いで、シートに置いた。

「少し肌寒いかな」

 体を空気に慣らした。


「おくるみ要るかい?」

 むくちゃんの膝に掛けていたグリーンのを取りながら聞いた。


 ――じぶんで、まきつけていきます。くるくるできます。


「器用だなあ、相変わらず」

 暫く、色々と考えていた。


 パーキングで、車を閉めた後、辺りを見回した。

 特別、怪しい節はない。


 玲は、むくちゃんを抱いて歩き始めた。

 十分で立ちはだかる城壁の前に着いた。

 大体裏門に近そうな所である。


 ――ぱーぱ。てんしゅかくみたいなところのまうえに、さきにあがるのですね?


「そのつもりだよ。上げてくれるかい? むくちゃん飛翔の術で」

 ちょっと怖いが、そこは我慢である。


 ――はい、わかりました。


「よろしく頼むな。無理になったら、教えてくれ」


 ふわふわふわふわ。


 ――うわーい。じゆうなかんじがします。


 先に、むくちゃんが浮いた。


 ――よいしょ。よいしょ。まえよりかるいです。


「本当に軽いのか、むくちゃんの力がムキムキになったかだな」

 冗談半分で言った。


 ――むきむき?


「さあ、第一次潜入に、行こう!」


 ――はい。


 いよいよ、初潜入であった。


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