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β33 悪い予感★想いを栞によせて

□第三十三章□

□悪い予感★想いを栞によせて□


   1


「ほぎゃ。ほぎゃあ」


 ――おむつとミルクをおねがいいたします。


「おむつかぶれもないね。よしよし。元気だね」

 寝不足でも、赤ちゃんのお世話にお休みはない。


「うん、分かったよ」

 新しく赤ちゃん用に電気ポットを買っていた。

 いつも、ミルクに丁度いい温度にしてくれる。

 便利だと思った。

 それでも、玲ぱーぱはふらつく。


「うん、おむつにミルクだね」

 目はそんなに開かないが、何となくやれる。


「ほぎゃあ。ほぎゃあ」

「はいはい、今直ぐに」

 やればできる、やれば。

 やれば、やろう。

 よっこいしょ。

「ほんぎゃ。ほんぎゃ」


「マリアお義母さんも、こうなると思って、申し出てくれたのだね。何よりも美舞はお産の後だし」

 ふと、親切に胸が熱くなった。


「んぎゃ。ほんぎゃ」

「あー、待ってねって、無理だよね」


   2


 玲は、少し疲れていた。


「玲ー!」

 良く分からないが、小さなお花達が咲く向こうから、自分を呼ぶ声が聞こえた。


「美舞……! やあ、元気だったんじゃあないか」

 これも、良く分からないが、真っ白なワンピースでこちらに手を振っていた。


「そんなに、手を振ったら、ちぎれちゃうよ。ははは……」

 玲に、笑顔が、ぱあっと咲いた。

 もう、なんの疲れもなかった。


「玲ー? こっちへ来ないのー?」

 屈託のないいつもの美舞が懐かしかった。


「分かったよ、行くよ」

「お花達に失礼するよ」

 そう呟いて足を入れた。


 ざわざわ。


「一体、何の音かな?」

 そう思いつつも、一歩、美舞の方へ歩き出した。


「う、あああああー!」


 ズサーッ。


 さっき迄なかった大きな木から、蔦が降りて、玲の足首を引き上げた。


「あはは。玲ー!」

 美舞の声が襲った。

「や、止めろ、美舞。止めてくれ!」

 吊られた男が、動揺していた。

「あははは。きゃーははは!」


 悪魔の様だと、玲は、思った。それと同時に、助かる術を探していた。

「どうなっているんだ」


 ギイッギチギチ。


「ぐあっ! 締め付けが……!」

 吠えた。

「くっ苦し……。えぐ」

 何で、俺が、美舞から攻撃をされなければならないのか?

 この蔦を切ったら、美舞は、傷付かないのだろうか。


「むくちゃんが、たすけます」

 空を飛んで現れた。

 何故かベビードレスを着ている。


「え?」

 かなりびっくりした。


「つたをちぎります」

 むくちゃんが、念じようとしていた。

「止めてくれ、美舞が傷付く」

 それは、本懐ではない。


「ぱーぱ、まーまとけんかしているのではないのですか?」

「違うよ。らぶらぶだよ。身に覚えがないよ」

 俺は、真面目に、大切にして来た。

 玲は、美舞の幸せが自分の幸せなのである。

 

「あー、ははは!」

 ワンピースを翻して踊る。

 舞いながら笑う、美舞。


「どれすのいろが、こわいです」

 むくちゃんの言葉で、玲は、冷静に見て思った。

 返り血を浴びた様だ。

 思えば、花畑が赤黒いのも妖しい。


「むくちゃんのちからは、いらないのですか」

 焦って見えた。

「大丈夫、ねんねしてな」


 ギイッチギイッチ。


「ひどいです。まーまとむくちゃんのどっちがたいせつですか?」

 突然、内容が濃いので、玲は、脱力した。

「はあ?」


 シュルルル。


 すると、すうっと、蔦から逃れられた。

「美舞! 美舞……!」

「むくちゃん?」

 誰も居なかった。


 花畑もなくなって、周りは暗くなって行った。


「出口はどこだ! ここから出ないと、美舞を救いに行けないんだ」


 遠くから、声が聞こえた。


「あー、ははは! ぎゃはは! 裏切り者め……」

「むくちゃんは、いちばんがいいです。いちばんに、あいしてください」

「あはは、はは。きゃー!」


「止めっ、止めてくれ!」


「止めてくれー!」


 シン……ン。


   3


 暫く間があった。

 長かったのか短かったのか、分からなかった。


「ほんぎゃ。んぎゃ。ほんぎゃあ」

 聞き覚えのある声である。

 今迄のむくちゃんであった。

 声を出して話せはしない。

 泣くだけである。

 いつか、笑わないかな、と願っている。


「あ、ごめんね。お世話を待たせてしまったかな?」

 さっとベッドに来た。

「おむつは、なんともないな」

 首をかしげた。

「そうだ、育児ノート。えー、四時に記しているが」

 黒い腕時計を見た。

「今は、四時十二分! 何だろう」


「夢か……!」

 玲は、はっとして、直ぐに安堵した。


「ふう……。一応、現実でなくて、良かった」

 ため息が、育児ノートをふっとめくった。

「ん? 何かが落ちたな、どれどれ」


『むくちゃん。私の可愛いむくちゃん』

 そんな言葉を添えたお腹にいた頃のエコー写真を栞にしてあった。


「今迄、気が付かなかったな……」

 玲は、少し悔いた。


「美舞……。いつの間にかこんな事を」

 立派にママだったのだなと思った。


「美舞ママ、必ず助けるからな……!」

 決意を新たにした。


 ふと、むくちゃんを見ると、すやすやと眠っていた。

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