β32 不思議な城★空から見たら五芒星に
□第三十二章□
□不思議な城★空から見たら五芒星に□
1
それから暫くしても、美舞を見掛けたとかの情報は皆無であった。
今日は、三月三十日であった。
玲パパは、毎日をむくちゃんと二人っきりで過ごしていた。
時折、美舞がいてくれたらもっと違った家庭になったと思う事があった。
「一ヶ月もしない内に、むくちゃんは、首がすわったよ。びっくりだなあ」
ミルクを美味しそうに飲むむくちゃんを見ていて、玲は気が付いた。ベッドで試してみたら、首のすわりがしっかりしていた。
「テレパシーを使う位だ。そんなには驚かないが、成長は嬉しい。パパとしてだよ」
美舞に話したかった。
――むくちゃんは、なにもしてないです。しぜんとせいちょうしています。
「そうか。それもいいな。可愛いよ」
にこにことした。
――ありがとうございます。
「そうだ、むくちゃん。徳乃川神宮へ行こうか」
近いから歩いて行けるが、むくちゃんの為に、車で行った。
――はじめていくところです。
「すくすく育ちますように。お宮参りしよう。既にお話上手だけどね」
ガサガサと車で荷物を出した。
――かわいいどれすです。おひめさまみたいです。
「ママががレース編みを日菜子おばさんに教わってこのベビードレスを作ったのだよ。車の中で着替えようね」
せっせとおむつも綺麗にして、着せた。そして、抱っこぽんって慣れたもので、横抱きした。
――きぶんが、はずみます。
「かなり必死になって、ベビードレス作りをやっていたな。美舞もマタニティーライフは、楽しかったのかな」
玲は、毎日、美舞を追っている。気持ちの中で。
――ぱーぱ、じんじゃにおがんでいましたね。
「うん、いいよ、これで終わり。簡単で構わないさ。余り、信仰心ないからかな? はは」
照れ笑いかも知れない。
――むくちゃんは、ぱーぱのおいのりが、きこえました。やさしく、まーまとむくちゃんのことをいのってくれて、ありがとうございます。
「いや、それは、当たり前だよ」
首を左右に振った。
「それより、あっちの方、森の向こうだけど、徳乃川神宮に、新しい建物が建設されているね。何だろう?」
屋根らしき物が見えた。
――そうなのですか。ぱーぱ、いってみたいようですね。
「そうだな。抱っこしたままでいいかな? 行くよ」
むくちゃんの様子が、元気そうなので、訊いた。
――はい、わかりました。
2
「うーん。真っ直ぐ行っても良いけど、森の向こうへは、ずっと森が続いているな。一回、出て、回り道で行くか」
――そうですね。もりは、ざわついていて、あやしいです。
「成る程ね。あの屋根を目指して、右から回ろう」
暫く歩くと、二人は、その建物がハッキリと見える所に着いた。
「うお……! 全て、ブラックな御影石が、壁? しかも、城郭みたいなんですけど?」
玲は、圧倒された。
「どうなっているんだ? この壁の向こうに、天守閣みたいな塔の様な物が見えるが」
入りようがないと考えていた。
――ぱーぱ。
ふわふわふわふわ。
――ぱーぱ、おほしさまのようですよ。むくちゃんのおててのしるしに、にています。
「えええ? むくちゃんは、空を飛ぶの?」
玲もそこ迄されたら、腰を抜かす。
――はい、できるみたいです。はじめてです。
「ええええ!」
只、驚嘆。
――かんたんですよ。
「むくちゃん、がんばらなくていいからね」
無理はよくないと、止めさせようとする。
――ぱーぱも飛ばせられます。
「なっ、なっ、なっ。腰から引っ張られるが」
浮くなんて体験はない。
――うんとこしょ。うんとこしょ。おもいなあ。
「うわっ、うわっ」
玲は、天守閣より上の方迄、体を浮かされた。むくちゃんも隣に居て、ベビードレスをはためかせている。
――ほーら、できたです。ふう。
「うーん、これは、星形要塞の様だな。稜堡式の城郭、五稜郭に何となく似ている」
見た事があると唸る。
「五芒星! 五芒星の城壁だ」
やっと、はっとした。
――そうです、ぱーぱ。まうえからみると、ごぼうせいです。
「中の天守閣の様な物は、真上から見たら、きっと十字架の形をしている。西欧の教会によく見られる建造物だな。真っ黒だが。外壁が和風とも言えるし、十字架の交わった所に、塔の様な天守閣があるのは、和洋折衷か? 兎に角、中央の建物を天守閣と呼ぼうか」
良く目視した。
――ぱーぱは、おりこうさんです。
「そんな事ないよ」
3
「さて、どこから入ろうか。橋は見当たらないな」
五稜郭なら、橋もあるのだが。しかし、御影石の壁は五稜郭にはないし、あんな天守閣もない。似て非なるものである。
――ぱーぱ、あそこから、ひとが、れつをつくっています。
「ああ、何だろう。城壁が、切れていないのに、人が呑み込まれて行くな。行ってみたいが、ちょっと目立つな」
玲は、自分達を良く見た。
――どうしてですか?
「空に人がいたら、びっくりするだろう?」
むくちゃんのズレは致し方ないか。
――そうなのですか。
「夜に出直そう」
そう言って、一度、下に降りた。そして、元来た道をむくちゃんを抱いて戻り、車に乗せた。
「直ぐに家だから、ミルクは、お家でな」
おむつだけやって、ベビードレスから、可愛いうさぎさんの耳の飾りがあるあたたかい赤ちゃん用つなぎを着せ替えた。
――さっきの、まーまがつくってくれたどれす、むくちゃんは、だいすきです。
「そうだな、似合っていたよ。まあ、体を冷やすから、うさぎちゃんを着ていてね」
そう言って、車を出した。
4
シャラン。
シャラン。
徳川第二団地四〇一号室に帰宅した。
ガチャリ。
「誰も居なくても、只今ー」
玲は、むくちゃんを抱いたまま、ドアをロックした。
――おかえりなさいです。
「おー、毎度、むくちゃん。ありがとう。一緒に帰っているのに。……寂しいもんな」
自分の靴を脱いで揃えた。下駄箱の中には、素足のままで、履いて行かなかった美舞の靴がいくつかある。
――ぱーぱ、さみしいのですか。
「寂しいですよ」
玲は、暫し俯いた。横顔は、何かを見据えていた。
――ぱーぱ。だいじょうぶですか?
「先ず、ミルクにしような」
にこりとして、むくちゃんのうさぎさんを脱がしたり、粉ミルクからさっとあたたかいミルクを作って来た。
――ありがとうございます。いただきます。
「はーい、げっぷ、とんとん」
玲は、条件反射的にお世話している自分に気付き、愛情が足りなかったと反省した。
――ごちそうさまでした。
そう言うむくちゃんをぎゅっと抱き締めた。
――ぱーぱ。
「ごめんな」
玲は、自分のコーヒーをため息混じりに飲んでいた。そして、カップを置き、今後について、決意した。
「むくちゃん。五芒星風のお城があったろう。あそこに美舞がいる可能性が高い」
妖しいったらなかった。
「……だから、あの人が並んでいた所、あれは表の入り口だ。裏から入れる所がある筈だ」
表では、潜り込めない。面が割れ過ぎである。
――むくちゃんは、じゃまですか? めんがわれすぎですか?
「いや、むくちゃんは、気配で分かるよ。美舞に似た気配かな。それから、この事を調べるのに、ウルフお義父さんとマリアお義母さんには、まだ、知らせたくない」
義理の息子の気遣いである。
「俺、一人で……!」
ガタッと立ち上がった。
――だめです。むくちゃんもいます。
「むくちゃん……?」
こんな、赤ちゃんにとびっくりした。
――むくちゃんは、とべます。それに、まーまのことです。
「そんなに、無理しなくてもいいんだよ」
怪我でもされては、困る。
――ぱーぱ、むくちゃんは、ひびせいちょうしています。からだもおおきくなりました。それから、ちからが、いろいろふえました。あしでまといには、なりません。
「いや、心配だよ……」
遠慮もしている。
「それに、倒れるのは、俺、一人でもいい。むくちゃんは、ウルフおじいちゃんとおばあちゃんが、いるだろう」
自棄っぱちとか、嫌味ではない。
――さみしいことは、いわないでください。おやくにたちます。
「危ないからね。頼みたかったら、俺からするから」
玲は、煮詰まっていた。
――ぱーぱもまーまも、だいすきなんです。あいって、これですか? むくちゃんは、あいじょうが、たりませんか?
ガタッ。
キイッキイイッ。
窓がきしんだ。むくちゃんの力だと思われた。
バターンッ。
窓が一つ開いた。
「まあ、落ち着いて、むくちゃん。今夜は取り敢えず寝よう。明日、考えような」
開いた窓を玲が閉めた。
――わかりました。おやすみなさい。
カチッ。
カチッ。
ライトを消した。
「おやすみなさい」
布団はむくちゃんが自分で掛けた。おやすみのとんとんは、玲パパがした。
とんとん。
とんとん。
「興奮させてしまったな」
玲は、又、しぼられた様に反省した。明日からは、気を付けよう。
そして、自分は、うとうとと眠りに入った。




