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β31 運命の娘★両手に痣が仇に

□第三十一章□

□運命の娘★両手に痣が仇に□


   1


「カルキが敵に回ったと考えていい」

 玲は、真剣に今後について、コーヒーを飲みながら考えていた。


「相手は姿を隠してしまった」

 手詰まりに近いと思った。

「この事は、ウルフお義父さんやマリアお義母さんに、まだ、話すべきではない」

 心配は掛けたくない。


 ――ぱーぱ、かんがえごとですか?


「お、沐浴、さっぱりしたかな? むくちゃん、びっくりしたよ。もう、首がすわりかけているよ」

 にこやかな玲。


「スーパーベイビー、むくちゃーん!」

 ノリノリで踊る様に言った。

 少し玲にも疲れが出たのか。


 ――むくちゃんは、はやくせいちょうしそうです。


「どうなっているのかね? 本当にスーパーベイビーだね。親のせい?」

 ちょっと照れ笑いをした。


 ――むくちゃんにも分からないです。おなかにいたときから、はやく、まーまやぱーぱと、おはなししたかったのをおもいだしてきました。


「そうなんだ。そう言う気持ちが、そんな頃からあったなんて、むくちゃんは、優しい子だね。パパも会いたかったよ」

 にこにこしている。

 カルキの事は辛いが、我が子とこうしている事は悪くない。


 ――むくちゃんは、はずかしいです。


「じゃあ、ねんねの時間だよ。暗くするからね。ミルクの時間にはあげますからね。体は、ちょっと成長しただけの赤ちゃんなのだから、無理はしない様に……」


 カチッ。

 カチッ。


 常夜灯にした。

 夜中のお世話に真っ暗でも困る。


   2


 玲は、ベビーベッドの横に布団を敷き、独りを寂しがるなと入った。

 隣には、いるべき美舞がいない。


 暗がりの中でそっと目を瞑ると、美舞の可愛らしい姿が浮かんで来た。


「ああ……。帝王切開の直前の美舞。可愛く笑っていたっけな」

 ひよこ色の病衣が眩しくて記憶に新しい。


「これは、団地に入って暫く後のだ。桜をあしらったエプロンを覚えているよ」

 ハイジ部の日菜子からの結婚祝いの一つであった。

 美舞は気に入ったらしく、よく着ていた。


「そうだ、かなり辛いカレーライスを美舞が作った事があったな。当たりの人参がハートだから、見つけてって言われたけど、全部ハートにくりぬいてあったっけ」

 ぷっと吹いた玲。


「徳川学園を卒業する時のだ。凛としていると思ったけど、友達皆と別れがたい感じだったな」

 制服からの卒業。

 通らなければならない事だ。

 ふわりと吹いた風の中に髪をなびかせて、卒業証書を抱いていた。

 一つ上の素敵な先輩。

   

「結婚式の時だ。何も言う事がないな」

 最高に幸せで、胸が痛くなる程だった。

 その気持ちのまま、眠りについた……。


   3


 何回か、おむつとミルクの時間があった。


「おじいちゃんとおばあちゃんのお家に行こうな」

 少々寝不足のまま、車でウルフとマリアの家に向かった。


 シャラン。

 シャラン。


「おはようございます!」

 玲は、明るく挨拶をした。

 横抱きにして、むくちゃんも連れていた。


「おー! 玲パパにむくちゃんも。おはよう」

 ウルフの歓迎ぶりは、凄い。

「アルバイトかい?」

「お仕事中々来れなくてすみません。その前にお話が……」

 そうなのだ。

 玲は、切り出す覚悟で来た。


「おー、マリア! 玲パパとむくちゃんが来てくれたぞ。儂が仕度するから、皆、リビングで待っていてくれ」

 キッチンに、ウルフが行った。

「お邪魔致します」


「美舞は……? 来ていませんよね」


 ガシャーン。

 カランカラン。


 ウルフは手元を狂わせた。

「大丈夫? ウルフ……」

 マリアもウルフ程ではないが、ひやりとした。

「あ、ああ。……大丈夫」

 ウルフは、三人分のコーヒーを出した。

「ありがとうございます」

 玲が軽く頭を下げた。


「話とはなんだね? 言い難い事でも、何でも言ってくれ。娘の美舞の事なら、我々は、無責任ではいられないのだ」

 ウルフはソファーに前屈みに座って、玲と彼の抱くむくちゃんを見つめた。


 玲は、コーヒーの中をミルクが回るのをぼうっと見ていた。

 暫くして、一度唾を飲んだ後、心の扉を開けた。

「単刀直入に言います。美舞が、カルキの様なのです」


「……!」

「……!」

 ウルフとマリアは、思わず顔を見合わせた。


「な……。何だって……?」

 背筋を正したウルフ。

「何故? 何が起きたの?」

 頬に両手を当てたマリア。


「これから、話します」

 玲は、真剣な目をしていた。

 そして、コーヒーを一気に飲み干した。


   4


「……」


「……と言う訳です」

 むくちゃんのお話上手については、話さなかった。

 美舞の分かっている事を話した。


「……そうか、分かった。心掛けて置くよ。何でも困った事があったら、相談に来てくれ。儂らにも覚悟はある。抱え込むなよ」

 冷めたコーヒーの前で、ウルフが頷いた。

「ええ……。もう他人ではないでしょう」

 マリアも目頭を熱くしながら、やっと言った。


「すみません。俺がいながら……」

 下を向き、悔しさを隠せない。


「美舞は、運命の子なんだよ。運命の娘」

 ウルフの思い切った発言に、玲は、はっとした。

「美舞は、両手に五芒星と逆五芒星の相反する痣がありましたから、バランスが難かしかったのでしょうか……?」


「私が、私のこの左手の力で傭兵なんてしていたから、バチが当たったのだわ! 美舞は……。かっ可哀想に……」

 神も仏もないマリアが、意外な事を言い出した。

「マリア……。皆、ついているから。美舞の事は、見つかれば、元の可愛い美舞に戻るよ」

 ウルフに、玲も言葉を寄せた。

「そうですよ……!」


「そうね。……そうね」

 マリアの光る涙も納得した。


「では、良い知らせを持って来られるように、がんばりますね」


「ほぎゃあ」

 先程、おむつとミルクを玲がやって、ぷくぷくになったむくちゃん。


「抱いてもいい?」

 腕を出すマリア。

「当たり前ですよ。どうぞ、マリアお義母さん」

 玲は、優しく声を掛けた。

「可愛いわねえ」

 しみじみとして孫のむくちゃんをあやす。


「良かったですよ。明るいマリアお義母さんが、一番ですよ」

 玲は、ほっとした。

「美舞そっくりね……」

 自分の子育てを振り返っていた。

「がんばって産んでくれましたから。素敵なママですよ……」

 良いお母さんのマリアを見たと、玲は、胸がズキンと来た。


「もう、泣かないよ。マリア。むくちゃんに笑われるだろう?」

 ウルフは、宥める。

「はは。むくちゃんは、大丈夫ですよ」

 やっと明るくなって良かったと、玲は、軽く笑った。


「では、又。失礼致します」

 挨拶をして、出て行った。


 シャラン。

 シャラン。


 車で少しだけ急ぎ、団地に帰った。


 もう昼の陽射しが二人の陰を落とした。

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