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β30 愛した理由★美舞は消えて行く

□第三十章□

□愛した理由★美舞は消えて行く□


   1


 ピロピロピロ……。

 ピロピロピロ……。


「もしもし、土方美舞さんのお電話でしょうか? 日菜子でーす」

 こんな電話を掛けるのは、彼女である。


「はい、土方玲です。お待たせ致しました。ごめん、美舞は、休んでいて。俺が出てしまって」

 美舞のスマホに出ていた。


「あ、玲君。お久し振り」

 明るい日菜子の声。

「美舞の大切な日菜子さんにお久し振りになってしまって。お祝いを戴いたのに。病室にはピンクのプードルの寄り添う様な素敵なお花も。ありがとうございます。美舞は、喜んでいましたよ。俺も感謝しています。本当に」

 玲は電話の向こうで頭を垂れた。

「すみません、挨拶が長くなり。それで、ご用件は何でしょうか。承けたわまります」


「ああ、そうそう。そちらに、伺ってもいいかな?」

 日菜子の配慮しての電話であった。

「いや、このまま電話がいいかな。ちょっとたて込んでいまして」

 本気で正直、困っていた。


「OK。色々あるんだね。お見舞いその他色々かな。又にするよ。タイミング悪くてごめんね。お二人に渡したかったのがあったのよ」

 いつでも会えるよね、日菜子はそのつもりの電話であった。

「すみません」

 恐縮する玲。


「いやいや、またね」

「はい、失礼致します」


 ガチャリ。


 ツーツー。

 ツー。


 玲は、休んでいる美舞に目をやった。


   2


「俺が、愛した理由って、分かるかい?」

 静かに眠っている美舞にそっと声を掛けた。

「理由なんてない。それが答。分かっていたかな? 美舞なら、分かっていたよね。今なら、どう答える?」


「これから、美舞は、むくちゃんにママとして愛する日が始まっていた筈なんだ」


 美舞の手が布団に入っていたので、五芒星の痣と逆五芒星の痣があるかは、確認できなかった。しかし、何か気を感じて仕方がなかった。


「どうして、こうなったのかは、もういい。俺は、美舞をいつもそのままを受け入れる。どんな状態でも、俺の愛は……。変わらない。そして、お互いの髪に霜が降るとしても、隣にいて欲しい」

 美舞の寝顔をよく見つめた。

 変わらないと言えば変わらない、可愛い寝顔であったが、カルキの依代となっていては、堪らない。


「キスをしてもいいかな?」

 玲は、そんな事を普段は訊かない。

 今だけは……。


「美舞……」

 ゆっくり、顔を近づけて行った。


「……美舞」

「……美舞」


 涙が潤んだ。

 玲の両の瞳から、つううっと……。

 そして、玲の涙が、美舞の頬に落ちた。


「あ、起こしちゃったかな、ごめ……」


 ビシャッ。


「あてっ……。ビンタはないんじゃないか。悪かったよ」

 武闘家美舞に、マジにやられた右頬を庇った。


「ほんぎゃあ。ほんぎゃあ」

 急に、又、泣き出した。


「あ、むくちゃんが」

 玲は、さっとむくちゃんの方に行き、抱き上げたが、美舞は、すくっと立ち上がると、素足のまま歩いて行った。


「美舞、どこへ行くんだ!」

 むくちゃんを抱いたまま、玲の声が追った。


 シャラン。

 シャラン。


 美舞は、家を出て行ってまった。


 ――まーま。まーま。まーま。


「美舞ー!」

「美舞……!」

「……美舞! 美舞!」


   3


 シャラン。

 シャラン。


 玲は、むくちゃんを抱いたまま、玄関を出て見渡したが、美舞は、いなかった。

 さっと、静かにだが、玲には珍しくかなり急いで、下まで降りた。

 暫く、近辺を探したが、見つからなかった。


 ――まーま。いないですね。


「美舞……。何処へ行ったんだ。消えてしまったようだ」

 自分の足跡を辿らない様に探していた。

 他に足跡はなかった。

 誰の足跡もないなんて。

 いくらなんでも、これは、カルキが追われない様にした以外に考えられない。

 玲は、深刻な顔をして、白い息を吐いた。


 ――まーまは、近くには、もう、いません。


「むくちゃんの力で、分かるのか」

 娘と母親失踪について語るのが、玲には、酷な事であった。

 赤ちゃんに、可哀想でもあった。


 ――まーま。ようすが、へんでした。


「そうだな。こんな日だ。まだ、雪が寒い。むくちゃんも一緒にお家に入ろう」

 自分の足跡を辿って、四階の部屋に戻った。


 シャラン。

 シャラン。


 ――まーま。


「なあ、むくちゃん。心の綺麗な美舞に戻って欲しいな」

 玲は、エアコンをあたたかめにして話した。


 ――まーまは、こころがきれいなのですね。むくちゃんのまーまは。うれしいです。


「そうだよ。綺麗なんだ。桜の花かと思ったよ。顔も可愛いけど、やはり、心だね」

 むくちゃんをベビーベッドで着替えさせていた。


 ――さくらのはなですか。まーまは、おはななのですか?


「そんな綺麗さがあると今でも信じているよ。カルキの依代になる前は」

 布団を掛けてあげると、何故だか、玲は、落ち着いて来た。


 ――むくちゃんのせいで、かるきになったのです。むくちゃんのために、しゅじゅつで、きょすうくうかんに、いってしまったから。


「むくちゃん、悲観するばかりではないよ」

 可愛い赤ちゃんに、にやにやした。


 ――そうですか、ぱーぱ。


「ママはね、正直で嘘もなく、真っ直ぐでいて、人との繋がり、友達を大切にする、パパの尊敬する人。そして、少し照れ屋さんだったりするよ」

 自分の妻だから、際限なくにやにやした。


 ――そうなのですか。


「パパは、甘いケーキとか好きなんだけど、ママは、がんばってもレモンティーなんだよ。可笑しいね。ふふ」

 にやにやが、止まらない様子。


 ――ぱーぱは、まーまのことになると、たのしそうですね。


「いや、実際、楽しいよ。まいらばー、だし」

 ニヤリと決めた。


 ――それは、なんですか。


「愛しちゃったのよ」

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