β29 静かなる予兆★五芒星はママから
□第二十九章□
□静かなる予兆★五芒星はママから□
1
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
そう沢山言われて、退院した。
「おめでたい事なんだね」
玲は美舞に向いて笑みを浮かべたが、表情は何もない。
真っ白である。
いや、暗いか。
「むくちゃんのおべべは、白無垢から、真っ白にしましたよ。お似合いでちゅよ」
ユナユンナと言う高いブランドので、むくちゃんを横抱きして車へ向かった。
「美舞は初めて見るよね。一番いいチャイルドシートを買ったんだよ。白と緑もいいだろう? 落ち着いていて、可愛い。しっかり取り付けたし、大丈夫。パパに任せてね、むくちゃん」
玲は、むくちゃんを乗せながら話した。
チラリと美舞を見たが、大人しい。
疑問の残る振る舞いだ。
「ああ、美舞、ウルフお義父さんとマリアお義母さんがもう家にいるから、驚かないで。安心して、育児のコツでも聞こう」
玲は、車中で、少しだけ話した。
自分ばかり話していて、キツかった。
むくちゃんは聞いてくれていると思っての話をしていた。
美舞はカルキにしては大人しい。
様子を見なければならないと思っていた。
「さあ、着いたよ。降りよう、美舞、むくちゃん。むくちゃん、降ろしてあげますよ」
徳川第二団地の四〇一号室だ。
「美舞と二人で暮らしていたが、今日からは、むくちゃんも一緒だ。楽しくがんばろうな」
四階迄歩く。
意味もなく癖で静かに上がる。
2
シャラン。
シャラン。
団地のベルが鳴った。
「お帰りなさい」
先にウルフが顔を見せた。
「お帰り」
そして、マリアが玄関に迎えに出て来た。
「美舞、さあ、休もうか」
居間に、四人がナチュラルウッドのまるいちゃぶ台を囲んで座っていた。
うさぎちゃんの飾りのある白のベビーベッドはあったが、玲は抱いたままで座っていた。
「疲れたでしょう。暫くは私もいるわ」
おさんどんをしに来てくれたマリア。
そのつもりどころか、決定事項の様である。
「いや、マリアお義母さん、それは、大丈夫ですよ」
玲は、こんな優しさが、本当にありがたかったのだが、断るしかなかった。
「遠慮は要らないのよ」
マリアはにっこりとした。
「ちょっと、色々あってですね」
玲は、かなり困って冷や汗だった。
仮に、むくちゃんのお話上手は、能力として説明できても、美舞のカルキ再降臨疑惑は、絶対に話せない。
「初孫なのにー? まだ、儂、抱っこもさせて貰ってない」
ウルフがすがって来た。
「ふぎゃ、ふぎゃ」
むくちゃんが声を出して泣いた。
どう見ても普通の赤ちゃんである。
「俺がやりますんで、皆さん、ゆっくりなさってください」
玲は、むくちゃんをベッドに連れて行った。
「大丈夫かい?」
ウルフの危惧は、見れば分かった。
「おむつを先にしますよー。はーい」
テキパキ。
「気持ち悪かったですか。さっぱりしましたね」
にこにこ。
「もう、三時間経ちましたね。ミルクを作って来るから、待っていてね」
さっさっ。
「はーい。ゆっくりでいいですよ。ゆっくりでね。美味しいですね」
その横顔に、父性が垣間見えた。
「ゲップさん出るかな? とんとんだよ」
とんとん。
「おー」
「良いパパぶりね」
ウルフもマリアも見守っていた。
「あまり、無理にお邪魔しても悪いわね。ね、ウルフ」
マリアは、目配せをした。
「そうだな、二人で先ずはがんばってみなさい。休学するそうだね。アルバイトも儂の診療所にしたらどうだい?」
ウルフは、前々から考えていた提案をした。
「え、いいのですか? 勉強になります。ありがたいです。塾講師は、辞めて来ていたのです」
玲は、親切に、胸がどきっとした。
不意討ちだった。
「丁度、良かったよ」
ウルフは、寛大であった。
「でも、無理しないでね。又来るわ」
マリアは自分達が美舞を育てた時を思い出して心配した。
「何かあったら、連絡してくれ」
ウルフも心配しない訳がない。
シャラン。
シャラン。
二人は、近いとはいえ、青葉区の一戸建て、美舞の実家へと帰って行った。
3
「美舞は疲れたかな? 日に日に何も話さなくなって来たね。身籠ったり、お産をするのは、想像以上に大変なんだね。俺は、外科医を考えていたけど、産科もいいなと思ったよ」
玲が思った事を話してみた。
「……」
「黙りは、困ったな。……美舞」
後ろから優しく玲は自身の両腕を輪にした。
「寂しいよ、美舞」
顔を覗き込んで、呟いた。
「ウルフお義父さんのいれてくれたレモンティーは、嫌いかい? 愛情たっぷりに見えたよ」
美舞は、ボーッとしたままでいた。
玲は、残念に思うと言うより、美舞を何かから、解き放ちたい気持ちが強かった。
「むくちゃんの事は、心配ないよ。寝不足には慣れているし、愛する娘の為なら、三時間置きにがんばるよ」
「んぎゃあ。ほんぎゃあ」
むくちゃんは、普通に赤ちゃん業をしていた。
テレパシーは、ない。
「あ、呼んでいるね。美舞、もう休んでも大丈夫だよ」
ちゃぶ台を片して、二人の布団を敷いた。
「布団を敷いたから、お休みなさいだね」
「お休み、美舞」
いつもなら、キスをするが、止めて置いた。
4
「ほんぎゃあ。ほんぎゃあ」
おむつは、おしっこだけだった。
玲パパは、時間に出ないだけだなと思った。
ミルクを作ってむくちゃんにあげた。
「あれ? ミルクでもないのか。むーくちゃん、お腹が空かないの?」
顔をむくちゃんに寄せた。
「イヤイヤするの?」
むくちゃんは、避けたりして、ミルクを含まなかった。
「美舞ママは寝たよ。テレパシーはないのかな? むくちゃん」
話しやすいからと、玲は、安易に訊いてしまった。
「ほんぎゃあ。ほんぎゃあ」
本気で泣いている。
「自棄に泣くね。どうしようか」
団地だから、うるさいかと気にもなった。
「ほんぎゃあ。ほんぎゃあ」
まだ、泣く。
「ほんぎゃあ。ほんぎゃあ。ほんぎゃあ。ほんぎゃあ」
仕方がない位泣く。
「ほーら。よしよし、抱っこだよ。よしよし」
優しく声を掛けた。
「あやすしかないな。赤ちゃんだもの。テレパシーなんて、なかったのかもな。よしよし」
抱っこ。
抱っこ。
――ちがいます。
「おっとびっくり。むくちゃん」
近距離テレパシーは、声が大きかった。
――むくちゃんは、おはなしできます。
「良かったのか、悪かったのかと考えさせられるね。でも、俺達の子だよ」
しんみりとした。
――まーまが、いまは、かみさまをかくしているだけです。
「そうなのか。やはり……!」
危なくて口にできないが、カルキかと思った。
――だから、なかなか、おはなしできません。
「ずっとか?」
それはそれで、寂しかった。
――いたいです。いたくて、ないていました。
「どうした?」
――むくちゃんのおててが、いたいです。
「むくちゃん、見せてごらん」
握り潰してしまいそうな小さい手をそっと開いて見た。
「左手に五芒星の痣がある! 美舞が元々あったからな……。美舞の力を継いだのか」
むくちゃんは、女の子だから、納得である。
「右手にはないのか……。俺もないしな」
唸る、玲。
――ぱーぱ。
「大丈夫だよ、何とかするから」
そう言った玲の胸には、不安が去来していた。
――ぱーぱ。
もう一度呼ばれ、暗い顔を上げた。




