β28 カルキ降臨★ママがおかしいよ
□第二十八章□
□カルキ降臨★ママがおかしいよ□
1
「三月だというのにー、雪がー降って来たーよー。むくちゃんの生まれたー、昨日はー、晴れていたーのになー。ふふん、ふふんふんふ」
カーラジオの曲にのせて歌ったのは、玲であった。
今日は、帝王切開の翌日、三月十七日であった。
運転しながら、お気に入りの黒のコートを来ていた。美舞が何度もこのコートのくるみボタンを付け直してくれていた。想い出があった。
「ぶきっちょな所もー、可愛いぞー。ふふんふんふ」
玲は、美舞のお見舞いとむくちゃんに会いに、徳川大学大学病院へと車で向かっていた。二階建ての立体駐車場の上に行った。
「お見舞いですか?」
受け付けで、警備員も兼ねている男性に訊かれた。
「はい。産婦人科の三一二号室の土方美舞の夫、土方玲です」
「記帳の上、番号札を付けてください。後ろのエレベーターをご利用ください」
丁寧に対応された。
しっかりとした印象を受けた。
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、すちゃっと支度をして、さっと美舞の部屋へ向かった。
ポーン。
玲一人が、三階で降りて、奥の個室へと向かった。
トタトタト。
「むくちゃん!」
新生児室で、見付けてピタリと足を止めた。
「可愛いなあ。可愛いなあ。美舞ママに似ているかな? パパ似かな?」
でれでれになって来た。
「ウルフお義父さんの気持ちも分かるなあ。よく、美舞をお嫁にくれたよ」
ガラス越しに写真を撮った。
「目など瞑っていて愛を全身で受けるべく可愛らしいね。むくちゃん。あー、可愛い」
「ママに会って来るでちゅよー。むくちゃん、待っていてね」
軽く右手を振った。
――はい。
「はっ。誰? 直接話し掛けたのは……?」
玲は、本気でびっくりした。
――むくちゃんです。
「ええ?」
本気の本気でびっくりした。
――ぱーぱ。むくちゃんです。
「ええええ? 本当に? もう話せるの?」
玲、ズレました。
――きのうのよなかに、まーまに、いろいろあって、むくちゃんは、おはなしができます。
「何があったの? と言うより、美舞も心配だよ」
そう言って、さっと三一二号室へ行った。
2
「コンコン、って、口で言って入るよ」
三一二号室に入った。
「こんにちは、玲」
美舞はお産が終わった女性が着るママの証のピンクの病衣に、お腹に包帯の様な物を巻いて、点滴に繋がっていた。
「こんにちは……か。どうかな、美舞。体の方は。変わりないかい?」
玲は、いつもの美舞か、様子をよく観察していた。
「普通よ」
玲は、お産、帝王切開の手術、赤ちゃんとの感動の挨拶を経て、自分が普通だと語る美舞が不思議であった。
と言うより、いぶかしんだ。
「そう……。普通なんだ」
アルカイックスマイルで対応した。
コンコン。
「土方美舞さん、失礼致します」
そう言って、看護師が入って来た。
「おめでとうございます」
看護師は、にこやかに頭を下げた。
「え? 何? おめでとうございますって……」
玲は、はっとして、照れた。
「あ、赤ちゃんの事ね。ありがとうございます」
玲がむくちゃんを思い出して言った。
「どうですか? 変わりないですか?」
点滴を調整しながら、美舞と玲に目をやった。
「そうですね」
美舞が詰まらなそうに話した。
「土方美舞さん、トイレに行けますか?」
看護師の仕事の様である。
「大丈夫です」
美舞が返事をした。
「普通どころか、昨日お腹を切ったのにもう起き上がるの?」
玲は、びっくりした。
「今朝、歯を磨いたわ。勿論、直角にベッドと体を起こして、ベッドの上で、膿盆を使いました」
美舞は、普通に話した。
余りにも普通過ぎると、玲は、普段との違いに少しずつ確証を得て来た。
そして、美舞は、点滴ごとガラガラガタンとトイレへ行って戻って来た。
「失礼致しました」
様子を見届けて、看護師が出て行った。
「早期離床がいいらしいわよ。早く退院しないとね」
そう美舞が言った。
しかし、話し方が何処か気になる玲。
「そうか。鬼の病院かと思った」
本気でそう思ったらしい。
それもあるが、美舞に気が付かれずに探りを入れていた。
「鬼はいないわよ」
能面の様な顔で美舞に言われ、ヒヤリとした。
「お大事に、むくちゃんの顔を見て帰るね」
そして、美舞に手を振って、部屋を後にした。
3
――ぱーぱ。
「あ、むくちゃんの声か?」
急ぎ気味に、新生児室の前に行った。
――ぱーぱ。むくちゃんのおはなしは、まーまにきかれていませんでしたか?
「それは、大丈夫だと思うよ」
お話上手の赤ちゃんとパパは対等に話している。
――まーまはね、むくちゃんのこと、わからないみたいです。
「それは、どう言う事?」
昨日は産んで暫く後に、抱っこさせて貰っていた。美舞も名前を呼んで嬉しそうであった。
――きのうのよなかに、ゆきがふりはじめたときに、おきました。
「うん」
むくちゃんの話に真剣である。
確かに、雪は、深夜零時頃から降り始めた。
――まーまはね、きがとおくなりました。
「そうなの? 今の所、病院から、聞いていないよ」
容態が悪かったのかと思い、玲は、心配した。
――はいがびしゃびしゃです。って、おいしゃさんが、はなしあっていました。
「むくちゃんから、聞けて良かったよ。肺が悪くなったのか……」
――まーまはね、そのあいだに、ひとがかわったみたいです。
「パパもそう思うよ。話し方や何かがおかしいよ
疲れが原因だけではないと思っていた。
――かみさまにでもなったみたいです。
「え……? それって……!」
ひやっとした。
アレではないかと。
玲は、これは、予測できていなかった事を悔いた。
――くちにはださなかったけれども、かみさまだって、さけんだようでした。
「ま、まさか、それはアレ、つまりカルキでは……?」
勇気を出して、我が娘に聞いてみた。
――それは、むくちゃんは、わからないです。
「ガガガガガガガーン! とか聞こえたかな?」
あの時の音である。
――まーまは、べつのくうかんにいたのです。
「聞こえなかったのか」
これは、確証になる。
――聞こえませんでした。
「それでは、確実に、カルキになったかわからないな」
むくちゃんは、分からないだろうが、大切な事である。
「これから、ママを助けるために、力を合わせよう。元気で可愛いママに戻って欲しい。いいかい、むくちゃん」
思いの丈を打ち明ける様に言った。
――わかりました。
「又、面会に来る。むくちゃんは、無理しないで、元気な赤ちゃんでいてな」
玲は、エレベーターで降り、受け付けで番号札を返すと、駐車場に行った。
一、二分、考え事をした後、カーラジオを流した。来る時とは、打って変わって、無言で帰宅した。




