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β27 帝王切開★五芒星と逆五芒星あらわる

□第二十七章□

□帝王切開★五芒星と逆五芒星あらわる□


   1


「三月十六日、午前九時。帝王切開が予定されていましたが、他の女性科の手術が終わらないので、暫くこのままお部屋でお待ちください」


 入院してから、今朝迄も美舞に手術に必要な支度は終えてあった。

 赤ちゃんを産む前なので、妊婦専用のひよこ色の病衣に何も着けずにいた。

 無事身二つとなれば、お母さん専用の桜色の病衣になる。


「失礼致しました」

 先程予定が変わって、連絡に来た看護師は出て行った。


「玲……。大丈夫だよ」

 勿論、玲も病院に来ていた。

 玲の心遣いで美舞には個室をお願いした。

 三一二号室である。

 窓からは陽射しがあたたかかった。


「そうだね、大丈夫だよな」

 テレビを消そうとする美舞の手に、そわそわして触れた。

「テレビは付けといて」


「玲、落ち着かないの? 僕は、大丈夫だよ」

 美舞は、玲を覗き込んだ。

「又、話すけど、入院してからずっと手首に着けていた病院のバンドは、僕と生まれて来る赤ちゃんの分二つあるんだよ。ね、いいでしょう? 元気出た?」

 にこっとした。


「そうだ、美舞」

 (しわぶき)を一つ。

「……大事な話」

 真顔の玲。


「何? 玲の滅多にない大事な話って」


「赤ちゃんが生まれたら、自分を僕と呼ぶのは、止めて欲しいな」

 いつから、言いたかった事なのか。

 美舞は男勝りで、気が付いたら一人称が僕の人だった。


「え? 今更? 自分の事を僕って言ったら駄目なの?」

 美舞は、少し考えた。

「そうだね、母親らしい何か……」

「母は。母上は。……堅苦しいな。ママは、ありがちだし。ママちゃんとかか?」

 美舞は、大分唸った後。

「赤ちゃんに、もしもししてみる?」

 なんて、訊いて来た。


 すると、玲は、微笑んだ。

「胎教は、今日で終わりだよ。ふふ」


「そうか、お臍の平らな大きなお腹とも今日迄か」

 美舞がお腹をさする。

「今迄ありがとう」

 玲がお腹をさする。


「や、止めてよ。これからだよ。育児が始まるよ」

 恥ずかしがる美舞に、玲は優しく言った。

「そうだね。お互いにがんばろうな」


「時間ばかりが過ぎて行くね」

 どちらからともなく話した。

 

「そろそろ十時になる……」

 玲は、呟いた。


「良かったよ。少し不安だったけど、玲と話せた」

 素直な感想だった。


「お待たせ致しました」

 看護師が来た。

「では、ご一緒に、手術室に行きましょう」


 部屋のベッドごとガラガラと運ばれて行く美舞を玲は追った。


「行って来るね。玲」


 美舞と玲は、手術室の前で別れた。


   2


 手術では、部分麻酔が使われた。

 体を抱える様に曲げて、背中から刺激をされた。


 仰向けになった。

「冷たいですか?」

 麻酔科の医師に体にヒヤリとする物を当てられて、訊かれた。

「はい、まだ冷たいです」

 これが繰り返された。


「冷たいですか?」

 何も感じなかった。

「もう、冷たくありません」


 それから、麻酔科の医師とばかり話していた。


 頭は、余計な事は、考えていなかった。

 玲と考えた赤ちゃんの名前……。

 それを呼ぶ事を楽しみにしていた。


「ほぎゃああ。ほぎゃあ」

 弱々しい声がやっと聞こえて、美舞は、ほっとした。

「赤ちゃんのバンドも着けますね」

 美舞は、はっとした。

「はい……」


「初めまして、むくちゃん……」


 自分の右手首の向こうに連れて来て貰った可愛い赤ちゃんに、美舞は、ご挨拶した。

 そう、むくちゃん……。

 玲と育んだ命。

 心の中で涙が溢れた。


 赤ちゃんは、連れて行かれた。

「この後は、楽にされますか?」

「はい……」

 美舞は、眠りに入った。


 どの位眠っていたのか、目を覚ますとまだ手術室にいた。

 暫く作業が行われた後、声を掛けられた。

「土方美舞さん、お部屋に戻りますよ」

「……」


 ガラララ……。

 ガラララ……。


「玲……。ただいま」

 玲は立ち上がり、ばたばたと駆け寄った。

「お、お帰りなさい」


 土方むくは、三月十六日十二時に生まれた。


 可愛い女の子であった。


   3

 

 その日の夜だった。


 玲は、美舞がまだ入院している為帰宅し、むくは、新生児室にいた。


 そんな時、美舞は、容態が急変した。


 ――ピッピッ。


「血圧が低過ぎ反応がありません。酸素も数値が出ません」

 看護師が出たり入ったりしていた。


 ――ピッピッ。


「医師を呼んで来ます」


 ――ピッピッ。


「先生! 高崎(たかさき)先生!」

 

 ――ピッピッ。


「直ぐに終わりますからね」

 足の付け根の方のおかしな所から採血された。


 ――ピッピッ。


「酸素等、調べて来ますね」

 高崎医師は、さっと出て行った。

 血液がおかしいのかと不思議に思った。


 ――ピッピッ。


「レントゲン撮影します」

 部屋で、レントゲン撮影ができるとは思わなかった。

 何か胸が苦しい。

 僕は、肺がおかしくなったのか?


 ――ピッピッ。


「……」

 さっきから、体が苦しい。

 話したい事が話せない。


 ――ピッピッ。


 ザワザワ。


 ――ピッピッ。


「……」


 ――ピッピッ。


 意識が遠退いたり戻って来たりする。

 僕は、玲を置いて、むくちゃんを置いて、逝ってしまうのか……?


 ――ピッピッ。


 まだ、心残りがあるのに……。


 ――ピッピッ。


「……」


 ――ピッピッ。


「……」


 ――ピーッ。


 ――ピ……。


 ――……。


   4


「真っ暗だ……。どこだ?僕は、どこにいるの?」

 静かにじっとしていた。


「玲?」

 はっとして呼んだ。


「玲、赤ちゃんは? むくちゃんは?」

 ドキッとした。


「誰か、誰か居ないの? 誰か?」

 ハラハラとして来た。


「僕は、生きているの? もうダメなの?」

 胸が迷い出した。


「玲ー!」

「むーくー!」

 又、呼んだが、何の音一つなく、静かであった。


「どこを向いても真っ暗だよ」

 キョロキョロする。


「そうだ、歩こう。何か出口が、光がないかな?」

 一歩踏み出した。


「あった、下に何かある」

 数歩歩いた。

「うわっむにゃむにゃとしている」


「気持ち悪い」

 酔った感じに近かった。

「ぐらぐらするな。吐き気もして来た」


 暫く歩き回った。


「な、何かを探していた様な気がするが……」

 心が虚ろに近くなって来た。


「いつからこんな所にいたのかな」


 ――虚数空間である。


「え? 誰? 直接話して来たの?」


 ――名は?


「自分の名前……?」


 ガガガガガガガーン!


「で、電撃が!」


 ガガガガガガガーン!


「自分の名は……」


『吾の名は……』


『……カ・ル・キ!』


 ブアアアアアアー!


 力が満ちて来た。

 燃える様である。


 シュー……!


 硝煙が上がる。


 ガッ。


『左手の五芒星よ!』

 左手をゆっくりと頭上に上げる。

 

 ガッ。


『右手の逆五芒よ!』

 右手をゆっくりと頭上に上げる。


 ガッガッ。


 両手の掌を交差させて重ねる。


『吾は、カルキなり!』


 ガガガガガガガーン!


 美舞に異変が起きてしまった。

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