β22 仇討☆ワタシは醒なる美舞だ
□第二十二章□
□仇討☆ワタシは醒なる美舞だ□
1
「実は、個人的に、こちらに来ても調べていたのです。八重桜が綺麗な所があるのですが、どうやら私はそこに不思議な気を感じるのです」
玲が口火を切った。
玲の父、葉慈が殺されたのである。
熱さは人一倍であった。
「あ、あの桜? この間の徳乃川神宮の森で見た……!」
美舞がはっとして玲に訊いた。
「はい、そうです……」
玲が言い掛けると、ウルフが口を挟んだ。
「この間のって……。何だい?」
眉間に皺を寄せて眉をぴくつかせ、玲の顔に己の顔を近付けた。
「おデートにでも行ったのかい?」
玲には強くも出られるウルフ。
しっかりと目を合わせてやった。
「俺は、真面目な話しかしません」
ビッと詰まらない話を断られた可哀想なウルフ。
「やめなさいよ、ウルフ」
ガーン
「わかったよ。マリア……。ぶつぶつ」
マリアに迄追い打ちを掛けられ、渋々パパウルフを一時休止した。
「ぶつぶつ煩いと、怖いわよ。ウルフ」
マリアが左手の拳をポキリポキリと鳴らして言った。
もう既に、ウルフは怖かった。
「よし、行ってみよう。四人で。これは、傭兵とは違う形になるだろう。知っての通り、特殊な力が要る。皆、動き易い服に着替えて。そして、手袋は、両手にしてくれ」
シャラン。
シャラン。
さっと身支度をした後で、皆、玄関から出た。
そして、美舞、玲、ウルフ、マリアが揃った時に、合図をしての出陣である。
「いざ……!」
ウルフの掛け声で一気に徳乃川神宮の森に辿り着いた。
皆足が速い。
「おかしいですね……。この間とは違いますね。今なら、寧ろ、美舞さんを神が憑依した時と同じ気を感じます」
玲の「勘」も研ぎ澄まされていた。
「僕も、今なら分かるよ。この間はなかった気だ」
美舞も同意し、ある物を見つけた。
「特にあの八重桜……!」
美舞がそう言うと、突然に、その目立っている花盛りの大木の八重桜が、勢いよく散って行った。
ブワアアアアアア……。
先ず、一枚の花弁から異形のモノが現れた。
茶色でグニャリグニャリとしていた。
そのモノは魔のモノと思われた。
額に逆五芒星があった。
――吾は木のモノ。
「テレパシーか。魔のモノでもやるもんだな」
美舞が、挑発した。
続いて、又一片から、異形のモノが現れた。
そのモノも魔のモノであった。
赤くて、ボウッボウッと煩くしていた。
――吾は火のモノである。
又、一片散り、魔の異形のモノが現れた。
黄色で、平たい円で、少し眩しく光っていた。
――吾は月のモノなり。
今度は雰囲気が変わった。
一片落ちる際に不思議なモノに変化した。
そのモノは聖なるモノと思われた。
額に五芒星が印されていた。
光っていて、よく見えず、キイーンと言う音が耳に障った。
――吾は金のモノ。
続けざまに一片から変化した。
そのモノも聖なるモノであった。
半透明でビシャリビシャリと煩いリズムを取っていた。
――吾は水のモノである。
もう一片から変化したモノも又聖なるモノであった。
これが、一番眩しかった。
形は、分からなかった。
――吾は日のモノなり。
2
「分かったよ。僕の考えだけどね、どうやら気から察するに位の低い順に登場したらしいね。魔のモノが、木、火、月の三つで、聖のモノが、金、水、日の三つだろう」
バンッババンッ。
美舞達四人の前に、聖魔が六つ、立ちはだかった。
そのモノ達は、魔のモノや聖のモノと呼ばれながらも、臭気の様に闘気がムンムンとしていた。
マリアが先制を放った。
さっと、左手の黒い革手袋を外す。
カッ。
シャーアー。
ドカッ。
左の掌に気を込めて、木のモノに聖なる光球を与えた。
一直線に木のモノに当たり、一時は木のモノを斃したと思えたが、それは甘かった。
――吾を見くびるな。
そう言うと木のモノは蔦をマリアに絡めた。
グルングルルルアー。
「はああ! う……。こ、この位……!」
カッ。
再び、左の掌を光らせると食い千切る様に蔦から逃れた。
しかし、魔のモノの攻撃は続いた。
――火の業火。
ボウッボウッボボウッ。
火のモノがマリアの体躯を取り巻く様に焼き尽くそうとした。
「うああ……!」
左の腕でクロスを描き火を払ったが、その痛手は酷く、火傷をあちらこちらにした。
そのマリアを背にして闘っていたのは、ウルフであった。
――吾の力も受けよ。
金のモノが聖なるモノの一番を名乗り出た。
「ここは私に任せなさい。」
ウルフは受けて立った。
シュアアアアアアシュアアアアアア。
聖なる力が込められた金粉の様なものが吹雪の様に降り注ぎ、ウルフは窒息しかかった。
「ん、んぐう……」
カッ。
スウウー。
右の掌を光らせた。
その手で口を覆うとウルフの口から入った金粉の様なものは右手で、虚数空間に吸い込まれて行った。
そして手で体の周りに円を描き、次々と金粉の様なものを取り除いて行った。
「こ、この位ではまだまだ……」
そう言いつつもウルフのダメージは強かった。
足をよろめかせた。
――水の矢。
スシャアシャアアアスシャアシャアアア。
数々の水の矢の様なものがウルフを攻撃した。
半分程は躱せたが、半分は体躯のあちらこちらに当たってしまった。
「うお……。水なのに熱い!」
流石のウルフも倒れそうになったが、何とか持ち堪えていた。
兵であるウルフとマリアであっても苦戦していた。
傭兵の頃とは全く闘い方が違う。
しかし、この二人は困難にあっても挫けやしなかった。
3
ウルフとマリアを手玉に取っている一方、六つのモノは皆どろどろどろろと音を立てて大首絵の様に迫って来て、玲を一視した。
――裏切りモノの土のモノめ!
ボウッボウッ。
火のモノがケタケタと笑い、炎を飛ばした。
ババッ。
玲は素早く片手を地に付けて回転して躱した。
――土方玲、そなたの父、土方葉慈を殺したのは吾らなり。
ザーンッザーンッ。
月のモノが強い影を与えた。
玲はその場に金縛りにあってしまった。
口も利けない状態になり、蝋人形の様になった。
「どうしたの? 玲君!」
美舞はマリアとウルフに応戦しようと思っていた所であったが、玲の異様さに気が付いて踵を返して近付こうとした。
しかし、六つのモノの視線は美舞にも向けられ、行く手を阻まれた。
――土のモノは聖なるモノから魔なるモノに堕ちて行って、又、吾らを裏切り“人”と同衾した。
口々に聞こえるのがテレパシーで谺した。
木のモノが美舞や玲やマリアやウルフの四人に起こした仕業であった。
ボウッボウッボッ。
ザーンッ。
火のモノは四人の足元に大きな炎の輪を作り、月のモノは又強い影を放ち四人共金縛りにさせた。
魔のモノの得意技の様であった。
ゴオーンッダンッ。
金のモノは大きな金の斧に襲われる幻覚を起こした。
サアーサアーサアー。
水のモノは火の輪の周囲に果てしない湖を作った。
サッギラーッ。
日のモノが一旦頗る眩しい閃光を与えた。
ズザアアアアウ……。
そして、月のモノと日のモノが同意して、とうとう日光を消し去った。
皆既日食であった。
これが魔なるモノと聖なるモノの力であった。
――マリア、お前は私の娘だった。聖なる娘、マリア……。
日のモノが泣き咽ぶ様に言った。
――ウルフ、お前は私の息子だった。魔の息子、ウルフ……。
月のモノが冷徹な声で言い放った。
――美舞、お前は運命の子。吾らが捜していた運命の子。聖でも魔でもない。……では何ぞ?
日のモノと月のモノが口を揃えて言った。
――では、何ぞ?
再び、日のモノと月のモノが口を揃えて訊ねた。
――では、何ぞ?
4
美舞は自我がホワイトアウトしていた。
美舞には分からないが、虚数空間であった。
「僕……。僕は……何ぞ?」
自分と対話していた。
「僕は誰って事だよね? 僕は一体誰なんだろう」
じっとしているだけに見えてかなりセルフコントロールに努めていた。
「僕はマリアとウルフの子。聖と魔のハーフ。両の掌に五芒星と逆五芒星の痣を持つ秘密がある」
暫くその秘密の重みに圧されていたが、はっとした。
「その前に母さんが父さんを愛して産んでくれた人間じゃないか!」
美舞の心に強く念じた。
自分を知る事は強くなる第一歩である。
「僕……。そう言えば、玲君と手を繋いで神になった事があったっけ……」
次第にホワイトノイズが聞こえ出した。「何? 聞いた声がする。誰だろう? あたたかい。とてもあたたかい」
落ち着いて来た。
「トクン……。トクン……」
美舞は最後迄克己していた。
「美舞……」
マリアの声であった。
「母さん……」
「大切な美舞……」
ウルフの声であった。
「父さん……」
「愛しているよ、美舞……」
玲の声であった。
「大切な人……」
美舞の瞳が魔なるモノと聖なるモノの力、金縛りや幻覚を破り桜の花が開く様に目覚めた。
“大切な愛”を感じた美舞のエネルギーは今迄にないものであった。
美舞に宿る自然の力と愛の力が心の奥から生まれて来た。
美舞は、マリアがウルフの子として宿されて約十月、そして産声を上げて生まれて最初に肺に溜めた空気、それを一気に吐き出した。
「は、ああああああああああああああああああ……!」
美舞の左手の聖なる印、五芒星の痣が光芒を放った!
美舞の右手の魔なる印、逆五芒星の痣が光芒を放った!
「僕は、マリアとウルフの愛の結晶、三浦美舞だ!」
スーッ。
「五芒星よ! 僕に力を!」
肩の高さに左手を前に伸ばした。
スーッ
「逆五芒星よ! 僕に力を!」
右手を前に伸ばした。
そして、掌を重ねた!
両の光芒が重なった!
美舞は、少し頬を染めて言った。
「そして、土方玲を愛している……! その力を!」
5
ド。
ド……ド。
ド……ド……ド。
ド……ド……ド……ド。
ド……ド……ド……ド……ド。
ド……ド……ド……ド……ド……ド。
怒涛の様な振動波が果てしない火の輪を破り湖一杯を走破した。
四人の金縛りが解けた。
見ると木のモノはムンクが耳を押さえて叫んだ様な洞を胴体の真ん中に開けて枯れていた。
四人がそれぞれに見ていた金の斧の幻覚は消えた。
金のモノは白金耳の様に小さく丸まって焼けていた。
それを見た火のモノは面白がって狂った様に木のモノを燃やし金のモノを熱した。
それを見ていた水のモノも可笑しな磁石の様に火のモノに取り憑いて火のモノも消してしまった。
同時に木のモノも金のモノも消えてしまった。
そして水のモノ自身火のモノを消すと蒸気すらなくなってしまっていた。
「日よ、大地を照らせ! 月よ別てよ!」
美舞が光芒の一筋を月のモノ日のモノに向けて当てた。
すると、宇宙船から見る地球の夜明けの様に、月と日が別ち、光の小さな塊を作ったかと思うと日輪が翳し出し、金環食になり、とうとう皆既日食が終わった。
大地は素晴らしく神々しい陽射しに溢れ出した。
地球一杯を照らされ、美舞や玲やマリアやウルフの四人は歓喜に満ちた。
「美舞……!」
三人が駆け寄って来て美舞を抱き締めた。
美舞の体は熱かった。
6
一方、木田洋次、火野光輝、月代夕矢、金山柔一、水城猛威、日下部涼夏、彼ら空手部員六名は、徳乃川神宮の森で、各々失神していたそうである。
しかし、それは、後に分かった事であった。
いつでも、刺客を送れる様にしていたのか。
それは、聖魔の依代として、彼らは使われていたのか。
彼らに記憶がなくては、今は、もう分からない。
土方玲は、この様な運命の中で、父、葉慈を失った。
「皆さん、父、土方葉慈の為に、尽力なさってくださり、誠にありがとうございます」
玲は、深々と、ウルフに一礼、マリアに一礼、そして、美舞に一礼した。
「これからは、お母さんみたいに思ってね」
ウルフは、マリアの爆弾発言に、動揺した。
「そう言うのは、まだ、早いから」
いい大人が、両手をぱたぱたと振った。
「はは、あははは」
美舞が笑った。
「うふふ、ふふふふ」
マリアも笑った。
「くくっ。ははは」
玲さえ笑った。
「笑うしかないな。ははは」
ウルフは、目を細めた。
はっはははははは……。
笑い声が谺する。
それが、どんなにか大切な事か胸に刻み込もうと、美舞は思った。
大切な人の笑顔をこれからも信じて守りたい。
美舞は誓った……。




