β18 約束☆負けたからするの
□第十八章□
□約束☆負けたからするの□
1
「……が勝ったら。……を。……聞いて下さい……」
玲の声である。何か聞き覚えのあるセリフであった。
運命のシナリオの様な。
「?」
何であろう。
「もし、俺が勝ったら俺の言う事を一つ聞いて下さい」
美舞の中で声がしていた。
「……」
何であろう。
美舞はそう再び思った。
桜の花を開く様に静かに瞑っていた瞳を咲かせた。
「玲。……君?」
半分ぼうっとして話していた。
「あ、美舞起きたのね?」
日菜子はぴょんと跳ねてから医務室で眠っていた美舞を覗き込んだ。
「あ……。ひなちゃん。玲君……」
美舞は周りを見て少々驚いていた。
「大丈夫? 美舞?」
ベッドの傍から両手を握ろうとしたが、美舞のぐるぐる巻きにされた両手を見ると可哀想になって止めた。
包帯で五芒星と逆五芒星の痣を隠したのは玲であった。
その処置は手早く、医学の心得がある事が伺われた。
「気を失っていただけみたいですね」
玲は心配したにしても大袈裟にはしない主義である。
事実を述べて安心させると言う方法を取った。
「あ……。そうなんだ」
美舞は長い一日について頭を巡らした。
やっと少し思い出しながら納得した。
「もう、美舞ったら日本一なのは空手だけでなく心配を掛けるのもだわ……」
日菜子につんとおでこを突かれた。
「ひなちゃん、ごめん。それから、玲君にも心配掛けたね」
美舞は心からそう思ってお礼を述べた。
そして、ゆっくりとベッドから起き上った。
もう大丈夫と微笑んだ。
「いや、俺は心配していなかったですよ」
いやに静かな美舞に玲が不意を衝いて言った。
「え?」
作戦はそのまま美舞を襲った。
「信頼していたからです」
玲のあたたかい眼差しで先程の無礼を詫びる様に頭を垂れた。
2
「な、何を信頼って……?」
美舞は何か玲と会話をしていると自然とドキドキするのが不思議であった。
「美舞先輩は強さだけでなく、毅さもあるって事ですよ」
強さと毅さ。
備え持つ者は本当につよい。
テレパシーでもあるかの様に玲にも同じ考えがあった。
「その台詞! ぼ、僕と同じ考えだ……」
図星を突かれて痛かった。
再びドキドキが止まらなかった。
「そうなのですか」
玲はしれっとして言った。
「あ! そう言えば、大会は? 僕、負けたんだね……」
美舞は初めて両親以外で負けたので実は少し落ち込んでいた。
「あ、美舞、大丈夫よ。何か……。そう、ちょっと意地っ張りが玉に瑕なだけなんだから」
日菜子のエールはいつもあたたかかった。
「勝たせて貰いましたよ。でも、俺の力で勝った訳ではなかったのですがね」
例の力の暴走の事である。
ある程度、玲も予想していたので、その辺りは大丈夫であった。
「そう……」
段々思い出して来た。
「あー!」
美舞の奇声。
「何? 美舞!」
日菜子の方がびっくりした。
「約束……」
美舞は玲の顔を上目使いにじいっと眺めて、呟いた。
「ああ、『もし、俺が勝ったら俺の言う事を一つ聞いて下さい』ですか?」
玲はにこにこしていた。
「う、ん。倒れていた間に魘されて聞こえて来たよ」
美舞は先程の声の事を思い出した。
「はは、それは光栄だなあ」
軽く照れ笑いをされてしまった。
「そうなの? 美舞、言う事聞くって、用件をよく訊くのよ」
日菜子は、今迄ボーイフレンドをかわして来ただけに、余計にそう思っていた。
「うん、分かった」
美舞は基本素直で正直なのである。
それが玉に瑕になる事もあるが。
「玲君、どんな用事なのかな?」
思い切って美舞は玲の顔をしっかりと見て訊いてみた。
3
「結婚を前提にお付き合いをして下さい」
玲が真顔で美舞を見つめた。
暫く間があった。
「は、はあ?」
日菜子の驚きは美舞より早かった。
美舞の目は丸くどんぐりの様になっていた。
頬は次第に紅潮して来た。
結婚を前提にするのも驚きであったが、お付き合いそのものも驚きであった。
全て頭で整理が付かなかった。
「は……。はい」
美舞はショックの余りOKした。
「先ずは、デートですね」
少し楽しそうな玲であった。
「デート……。ですか……」
美舞の口からデートなんて言葉が出るなんて自分でも信じられなかった。
「ええ……? デート? 美舞が?」
日菜子が口を尖らせた。
「以前からお願いしたかったのですよ。でも美舞さんは強いタイプがお好きだとかで、この大会が終わってから申し込もうと思っていたのです」
告白は計画的にすると言う玲の慎重さは、石橋を叩いても渡らないクラスであろう。
「い、行くの? 美舞」
信じられないのは日菜子もそうであった。
「うん。約束だし」
素直な判断の美舞らしい答えであった。
「結婚を前提にとか言っているよ」
日菜子は狭い医務室なのにぼそぼそと耳打ちした。
「僕だって、約束は守らないといけないと思っているんだ。闘ってみて分かった事が沢山あるし」
素直過ぎる美舞の可愛らしさに、卒倒しそうな日菜子であった。
玲もそうであろうか。
「じゃあ、来週の日曜日でいいですか?」
早速誘われてしまった。
「何でも来いだよ」
包帯を付けたまま両拳を小脇に寄せる様に引いた。
「場所は、学園の近くで。徳乃川神宮の近くと参道のウランストリートでいいかな?」
玲の怜悧な雰囲気も和らいでいた。
「OK、玲君」
美舞は順応性が高い様だ。
こうして美舞は初デートを決めた。
結婚を前提のお付き合いだそうである。
高校生なのだが、真が伺われた。