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β15 修羅☆闘いは飽きることなく

□第十五章□

□修羅☆闘いは飽きることなく□


   1


「こうなったか……」

 美舞が呟いた。

「準々決勝の結果残ったのは、玲君を含む一年六人と二年の美舞、三年の山下功先輩になったね」

 栄誉マネージャーが用紙にチェックを入れながら言う。

 日菜子は、この大会でもテキパキと働いていた。


「山下先輩は男子部で一番強いのだから、順当と言っていいよね。しかし、一年が六人全部残るとは予測している者は希少だよ」

 唸る美舞。

「美舞や玲君は予測できたでしょう?」

「そうだね、ひなちゃん」


「第一、徳川学園の空手部と言えば、日本でも指折りの空手家や格闘家が揃っている事で有名なのだもの。その先輩部員が新入部員に負ける事を予測するのは、難しいよね」

 日菜子もそうだろうと、美舞は目配せした。

「うん」


 日菜子が少し向こうへ行って、パタパタと帰って来た。

「で、抽選が決まったよ、美舞。取り敢えず、準々決勝は美舞と火野君、玲君と木田君、水城君と金山君、月代君と山下君という組み合わせになったからね」

「そうか。ありがとう、ひなちゃん」


 それは、いよいよ、この会場にある各闘技場で行われる。


 先ずは、美舞の一戦が気になる。

「がんばるね!」

「行ってらっしゃい」


『第一闘技場 三浦美舞 対 火野光輝』


 美舞の相手は光輝である。


 オールマイティの美舞に対してボクサー上がりの光輝。

 光輝はボクサーとは言っても小柄で百六十五センチ、六十七キロしかない。

 それでも美舞より大きいのだから有利である。

 美舞の実力を知っている者はそのハンデも美舞には関係ないという事を知っていたが、それでも美舞が敗れる可能性を否定する事はできない。


 光輝はこの体格差と自分の実力を加味した上で敗れる可能性は無いと思っていた。

 光輝はこの学校を選ぶに当たって自分のボクサーとしての力を認めて貰える事を前提にしていた。

 中学生にしてかなりの実力をもっていた光輝は実力主義のこの学園を自分を伸ばす場と考えていた。


 そしてこの学園で最も強い人間が集まっている空手部に入部したのだ。


 美舞は試合の直前迄日菜子と話をしていた。

 試合前の緊張には程遠く、緊張よりも楽しさを、恐怖より歓喜を感じている。

「ひなちゃん。今回も勝てそうだよ」

「そう? でも、油断は禁物よ」

 日菜子は美舞よりしっかりしていた。

 普通の女の子と言っても、少し大人びた所もあった。


   2


「そうだね」

 美舞はしっかりとエールを受け取った。

 日菜子も美舞とのこの時間を大切にしている。

 日菜子は美舞が闘いの前に必ずある種の雰囲気に包まれる事を知っている唯一の人間だ。

「ねえ、美舞」


「ん?」

「大丈夫よ。絶対勝てる」

 女の「勘」か、日菜子の断言は心強い。


「……ありがとう」

 そう言うと、美舞は闘技場に登った。

 そこには光輝が立っている。

 そして、審判が一人。

「それでは両者、前へ……」

 審判のその声に二人は前へ進み出た。


「よろしく」

 美舞は光輝に向かって手を差し出した。

 光輝はそれを一瞥すると、ふっと笑った。

「こちらこそ。先輩が女だからって手加減しませんよ」

 光輝は美舞の手を握ってそう言った。


「お手柔らかに……」

 美舞は苦笑いしながら、光輝を見、そして構えた。


「それでは始め」

 審判の声に二人は気を込めた。

 二人の間に緊張が走る。


 美舞の間合いは光輝のそれよりも多少短い。

 二十センチの身長差があるとリーチの差もかなりのものだが光輝がパンチしか使えないのに対し、美舞は蹴りが使える。

 それで殆ど間合いの差は無くなっている。


 それをお互い知っているから迂闊には手が出せない。

 光輝はボクサーらしく小刻みにステップを踏んで、美舞の間合いを掠めた。

 それには反応する事なく美舞はじっくり光輝の動きを見つめている。

 光輝は自分の間合いで小刻みにジャブを繰り出した。

 それは空しく空振りするだけであったが、牽制としては十分だ。

 だだし、ジャブはグラブなしで当たっても大したダメージではない。

 美舞は光輝のジャブで間合いとタイミングを測っていた。


 そして、光輝が攻撃に移る一瞬を捉えて右中段回し蹴りを繰り出した。

 それは光輝が右フックを出そうとして踏み込んだ左脇腹にカウンターで入った。

「ぐっ」


 光輝は苦悶の表情で低い声を漏らしたが、すぐに体勢を立て直した。

 そして、再びステップを踏み始めた。


   3


 タタタン、タタタン

 

 一定のリズムを刻んでいる光輝のステップは、光輝がただ者ではない事を端的に示していた。


「ふっ……」

 光輝が一瞬、息を吸い込むと突然、美舞の視界に複数の光輝が見えた。


 タタタタタタタタ……。


 ステップの音が変わった、と美舞が思った時には美舞のガードしている腕に二発、ガードをすり抜けた右フックが左脇腹に、その一撃で下がったガードの上から左ストレートが美舞の頬を捉えた。

 そして、軽量の美舞は文字通り飛ばされて闘技場に仰向けに倒れた。


「痛っ……」

 美舞はそう言うと右頬をさすり立ち上がった。

 右頬にはうっすら痣ができていた。

「お嫁に行けなくなったらどうすんの」


 美舞は本気とも冗談ともつかない言葉を発した後、構えた。

「なめていた訳じゃないけど、ここ迄完璧に食らうなんて」

「……」

 光輝は無言を通した。


「結構、効いたかな……。でも、負けないよ」

 そう言うが早いか、美舞は右上段回し蹴りを放った。

 それは空しく空を舞った。

 それに合わせて光輝が反撃しようとしたが、続いて飛んで来た左上段後ろ回し蹴りによって阻まれた。

 そして、続けて右下段回し蹴り、左裏拳、右フック、右中段回し蹴り、左後ろ下段回し蹴りと繰り出す美舞の攻撃に光輝は防戦に回らざるを得なかった。


 光輝が左後ろ下段回し蹴りを躱した時、一瞬の油断が生じた。

 その次の瞬間、光輝に顔面に美舞の右ストレートが見事に入った。


「があっ」

 光輝は低く呻き声を発するとふらふらと二三歩後退し、片膝をついた。

 打たれ強いボクサーの光輝でも結構効いている。


「あ、こりゃあ、本気でやらなきゃな」

 そう言うと光輝は立ち上がり構え直した。そして、再びステップを始めた。

 正確に三秒ステップした後、美舞は体の自由が利かなくなるほどのパンチを食らった。

 そして、スローモーションでうつ伏せに倒れた。


   4


「何……。今の……」

 美舞はそう言うのが精一杯だった。

「ギブアップした方がいいぞ。次は本気で入れる……」

 光輝の誘いであった。


「冗談……。僕は負けるわけにはいかないんだ……」

 負けじ心なら誰にも負けない自信があった。

「じゃあ、俺は手加減しない」


「望むところだよ」

 美舞は立ち上がり構えた。

 その構えは一切の無駄を省いた、完璧なものだ。

 一方、光輝もステップを踏んで、気を溜める。

 一瞬の勝負だ。

 二人の間に緊張が走る。

 先に動いたのは光輝だった。


「F.P.M.P.」

 一瞬、光輝の右拳が光ったかの様に見えた。

 そのパンチは正確に十六発繰り出された。

 誰もが、その全てが美舞の体に吸い込まれるものと思った。

 美舞を除いては……。

 美舞にはその全てのパンチが見えていた。

 そして、その攻撃を全て躱しざま美舞は攻撃に移った。


「……グングニル」

 美舞がそう呟くが速いか右ストレートを放った。

 それは美舞のリーチを無視したかのように光輝に届き、吹き飛ばした。

 光輝はそれから五分は気を失ったままとなる。


「勝者は……。三浦美舞!」

 そう放送されると会場は沸いた。

 光輝は医務室に運ばれ、美舞はその場にへたりこんだ。


「大丈夫? 美舞?」

 日菜子はしゃがんだ美舞を覗き込んだ。「ひなちゃん」

 ほっとした顔で見つめた。


「美舞も女の子なんだから程々にしないと……」

 ちょっとお姉さんな日菜子であった。

「うん。気を付けるよ」

 美舞の顔は腫れ、痣だらけとなった。

 腕にも痣ができている。

 体育館の隅で、日菜子に治療されながら、美舞は苦笑した。


「まさか、こんなに苦戦するなんて……、少し油断したかなあ」

 美舞にしては珍しく反省の度が濃い。

「そんな事ありませんよ、彼はかなりの実力者です」

 背後から玲が声を掛けた。

 いつもの柔和な表情で美舞の心を落ち着けるように。


   5


「玲君……」

 いつも突然なのは美舞にとって恐怖であった。

 美舞が気配を察せられないと言う事がどれだけ恐ろしい事か分かっていたからである。

「大丈夫ですか?」

 玲は真摯に気遣った。

 彼女を大切に思っての事か。


「まあね。このざまだけど」

 美舞は腕を挙げて笑った。

「彼はボクサーを続ければ間違いなくチャンプです。何故かうちに入る事にしたのかは分かりませんが」

 まさかと思っていたが、神・聖・魔の刺客でなくてほっとしていた節があった。


「そうだね。彼のパンチは利いたから」

 美舞は玲の心配をよそに上辺の話を続けた。

「まあ、とりあえず勝利おめでとう」

 そう言われて、美舞は、はにかんだ。

 日菜子はくすりとした。


「ありがとう」

 玲といると心地がいい。

 お世辞じゃない言葉だって分かっている。

 何か自分を心配してくれる、そんな所が気持ちがいい。

 日菜子とは又違った安心感があった。


「次は俺の番ですね」

 玲は好戦的な目で物静かに言った。


「勝って、僕と……」

 美舞がそう言うと。

「勿論。貴女ともう一度闘う為に」

 玲はそう言った。

 そして闘技場に歩いて行った。


   6


『第二闘技場 土方玲 対 木田洋次』


 玲が闘技場に現れるとほぼ同時に洋次が姿を見せた。

 玲は空手の道着をきちんと纏っている。

 洋次は普段着ているYシャツにネクタイ、ジーンズと、とても闘う格好でない。


「君のその格好は、わいを馬鹿にしてるんか?」

 空手の道着を着ている方を馬鹿にしているとは、洋次とどちらが馬鹿なのか。

「いいえ」

 玲は目を瞑り首を軽く横に振った。


「わいに負けても、言い訳にならんで。カカカ!」

 小馬鹿にして挑発するつもりではなく、単細胞なのであろう。

「結構ですよ。第一……」

 玲は少し溜めた。


「何や」

 洋次はヤクザ風な言い方で舐め上げた。「私は負けるつもりも、可能性も無いと思いますが」

 玲は至って冷静である。


「わいが弱いとでも?」

 軽く拳を握って突き出した。

「いいえ」

 さらりと流した。


「私がとてつもなく強いのですよ。同じヨウジに育てられた者として許せません」

 そう玲が続けると、洋次は苛立った様であった。

「ほう」

 舐め上げる事二回目。


「ですから、負けても落ち込まないでくださいね。貴方程の使い手でも勝てない相手はいるのですから」

 アルカイックスマイルで応じた。

「ほざけ」

 洋次は言い終えると構えた。

 玲は両手を腰の横に垂らした状態で立っていた。

 二人が対峙すると審判は静かに試合開始の合図を出した。


「これで終わりや」

 洋次はそう言うが早いか玲の懐に入り込んで右上段回し蹴りを放った。

 次の瞬間、洋次は闘技場の上に仰向けになって気絶していた。


「勝者は……。土方玲!」

 そう放送されると会場は沸いた。

 光輝は医務室に運ばれ、美舞は当然したりの顔をし、日菜子はきゃーきゃー言っていた。


 闘技場から礼をして降りて来る玲に手を差し出して美舞は言った。

「おめでとう」

 所が、玲は手を取らなかった。

 しかし、にこりと笑ってありがたく祝福を受けた。

「ありがとうございます」


 二人の準々決勝は終わった。残りの試合を見て行こう。


   7


『第三闘技場 水城猛威 対 金山柔一』


 猛威は柔一より後から入って来た。

「待たせたな、柔一」

 余裕綽々とした猛威に対して、柔一は怒り心頭であった。

「卑怯じゃ、猛威」

 巌流島の闘いの様である。


「では、前へ……」

 審判の声が上がったか否かである。

「はあ……!」

 先に抉るような前蹴りを入れたのは猛威であった。


「う……。ぐ……」

 不意を食らった。

 相当の打撃に柔一は百七十二センチ、八十五キロの体を格闘場に埋めた。

 フルコンタクト空手で、これは厳しい。


 猛威は、得意技からで行く、先制攻撃で行く作戦でいたらしい。

 相手を怒らせたのは、礼に欠くが、格闘家ならではの作戦であろう。

 空手とジャンルを問わず格闘となれば、どんな作戦も効果があれば使っていいのである。

 しかし、武道には、“道”がある。

 柔道を極めた柔一には許せなかった。

「うおお……! 許せんぞ。下郎が!」

 のっそりと起き上った。


 しかし、柔一の足の捌き。

 重い足刀を出しての横蹴りを食らわした。

「あああああ……!」

 猛威は相手を見下し過ぎた。

 ガードが甘かった。

 そこへの一撃に弱かった。


 更に苦手な拳撃が効かない相手とあっては、どうしようもなかった。


 接戦が続いたが、どんどんと息を切らして行く猛威に比べて、余裕の柔一であった。「どりゃああ」

 最後に、“一撃必殺”の得意の踵を押し出すような足捌きの後くいっと手前に引く蹴りで柔一が勝利した。


「威ありて猛からず。貴様の名の反対じゃな」

 そう言い残して、礼をして柔一は退場した。


「勝者は……。金山柔一!」

 放送者も固唾を呑んだ。

 会場のざわめきで静かな柔一の言葉が聞き取れない程であった。


   8


『第四闘技場 月代夕矢 対 山下功』


 夕矢は功を待たせてはいけないと随分と早くから闘技場に入っていた。

「いつもながら心掛けがいいな」

 月代夕矢に功は感心した。

「いえ、先輩に礼を尽くした迄です。何せ一番の実力者ですし。礼を欠かない。それが、空手ですし」

 夕矢のはんなりした風貌からは想像が付かないが、しっかりした人物である。


「両者、礼」

 審判の声に二人は従った。


「よし、分かった。では、参るぞ」

 功が礼を済ませてから言った。

「は!」

 お互いに組み手を取ろうと構えた。


 夕矢は身長百六十九センチ、七十一キロと小柄であるのに対し、功は百七十九センチ、八十五キロと大柄であった。

 二人とも格闘家なので、筋肉があり、見た目に比して体重があった。


 夕矢のガードは完璧であった。

 流石の功も入り込む余地がない。


 しかし、夕矢は落ち着いている様にみえて実力者の功を前にして焦っていた。

 じりじりと下がって行ってしまった。

「しまった……!」

 そう思った時は遅かった。


 リーチが夕矢より長い功は組み手が更に有利であった。

 さっと夕矢の懐に入ると、一本背負いを掛けようと先ず足を払おうとした。

「やあ!」

 しかし、夕矢も一年生で残っただけの事はある。

 前蹴りで躱した。


「そうは行きませんよ。先輩、組み手ならリーチの短い僕の方の技でしょう?」

「分かっている。お前を試しただけだ」

 先輩の功は流石に違う。


「そうですよね。では、仕切り直しです」

 お互いに間合いを取っていた。

 何しろ夕矢は、功より守り型の戦法が得意である。


「はあ……。はあ……」

 夕矢の汗が畳に落ちた。

「ふうう……」

 呼吸を整える功。


 緊張感が続いた。

 そう思っていたのは本人達だけで、時間にしたら幾らでもない。

「たあー!」

 功の懐に夕矢が攻め入った。

 緊張のせいか技に力が入ってしまった。

 それを大きな体をしていても頭脳戦派の夕矢は、肘打ちをして度胸をみせた。


   9


「甘い!」

 百戦錬磨の功には全く効かなかったかの様である。

 次の攻撃に入った。

 近付いて来た夕矢にそのまま拳撃を食らわせた。

「ぐあ……!」

 こめかみの近くに当たりひるんだ夕矢であったが、すぐさま、手を払う様にもう一度スナップをきかせて肘打ちをした。


 功は打ち所が悪かった。

 何と人中に入ってしまった。

 裏拳である。


 何も言わずに功は倒れ込んだ。

「あ、先輩……!」

 まさかの夕矢の勝利に終わった。


「勝者は……。月代夕矢!」

 放送で、夕矢は勝利を自覚した。

 あっと言う間の出来事に会場は呑まれていた。


 こうして、修羅の準々決勝は終わった。

 玲は刺客がいなかった事に本当に安堵していた。

 そして、少しでも強い者と闘った美舞は納得を頗るするのであった。

 玲の心配をよそに。

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