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β10 秘密の絆☆葉慈の眼差しのままに

□第十章□

□秘密の絆☆葉慈の眼差しのままに□


   1


「多分ね、父さんも母さんも居ると思うよ」

 そう玲に言うと、元気良く挨拶をした。

「ただいまー!」


 シャラン。

 シャラン。


 美舞の家のベルが鳴った。


 美舞の家は徳川学園都市の北端に建つ庭付き一戸建である。


 一階には、リビング、ダイニング、応接間があり、二階には、美舞の部屋、ウルフの部屋、マリアの部屋、二人の寝室。

 別棟に、トレーニングルームとアトリエがある。


 三人が住むには十分の広さで、友人の多いウルフには毎日と言っていい程、誰かが訪ねて来ていた。

 この日はたまたま、誰かが訪ねて来る予定もなく、いつもより静かな三浦家であった。

 その静寂も美舞の帰宅と共に一変する事になるとは知らずに。


 見た目からは想像できない程騒々しくなってしまった中年男、“白銀のウルフ”ことウォルフガング=アルベルト=ミュラーであった三浦司狼は、娘の帰宅に日課ができてしまっていた。


「お帰りなさい。待っていたよ」

 いつも玄関で迎え、抱き締め、頬にキスをしていた。

「父さん、ハグはいいけど、キスは、卒業しようか……」

 美舞は些か辟易していた。

 それでもウルフには悪気がないのは明らかなので、笑って我慢をしていた。


「母さん、ただいま」

 一方、往年の容色が些かも衰えていない、“漆黒のマリア”こと三浦真理亜は夫とは正反対で妙に落ち着いている。

「お帰りなさい」


「初めまして」

 ひょいと後ろから玲が出て来た。


「ん? どちら様?」

「え? お友だちかしら?」

 二人は美舞が男友達を連れて来た事で先ず驚いた。


「土方玲です。父がお世話になりました」

 そして、その男がウルフの知り合いの息子である事に再び驚いた。


   2

 

「……。じゃあ君は土方葉慈の息子なんだね?」

 ウルフが纏めた。

「はい」


「で、葉慈は何故、亡くなったのだね?」

 一番知りたかった事である。

「それが私が帰宅した時には既に亡くなっていたんです。死因は心筋梗塞で外傷も無く、薬物を服用した形跡もない事になっています。実際、私が出来る限り調べた結果でも、他殺の要因がないんです。でも、父は体の丈夫さにかけては折り紙付きですから……」

 眼差しの熱い玲であった。


「何か不思議な事だね」

 ウルフは少し項垂れていた。

「それで以前から父が話していたドクター・ウルフに助力を頼もうと思いまして」

 玲は顔を上げたまま続けた。


「そうか。よし。それではこれからマリアと二人で調査して来るから、君は家で寝泊まりしなさい」

 おじさんウルフのオオカミ発言である。

「え? と、父さん、何言ってるんだ。それじゃ、僕は……」

 あわあわと、流石の美舞も手を左右に振った。


「だからね、私達がいなくなると家には美舞しかいなくなってしまう。幾ら強いからと言っても女の子だから、父親としては心配だ」

「母さんもね」

 物静かに語られた。


「でも……」

 意外と気弱な所がある美舞であった。

「だから、美舞のボディーガードも兼ねて、ここで生活して貰おう」

 立ち上がって拳を握り締めるウルフ。


「でも、ご迷惑じゃあ」

 玲は美舞の方をちらりと見て言った。

 その目は嬉しさ半分、不安半分といった感じである。

 美舞はこんな目に弱かったりするのであった。

「うーん、よし、じゃあ僕のボディーガードじゃなく、パートナーとしてここに住んで貰おうか」

 ゲンキンであった。


「えっ?」

 玲は本気で目を丸くした。

 意味が分からなかったからである。


   3


「僕は君の強さに魅かれている。僕がもっと強くなるのには、修行あるのみ。君にそのパートナーになってもらう。それなら、ここにいていいよ」

 美舞はそう言うと照れ笑いを浮かべた。

「ありがとう。喜んでスパーリングの相手を務めさせてもらうよ。……じゃあ。早速、一戦」


「OK!」

 そう言うと二人は別棟のトレーニングルームに入り、防具を着け対峙した。

 美舞は好戦的な笑みを浮かべ、玲の方を見ていた。

 一方、玲は穏やかな顔で目を軽く瞑り両手の力を抜いた。


「行くよ」

 美舞はそう言うといきなり右正拳で玲の腹部を狙った。

 いつもの相手ならそれは見事にヒットする筈だった。

 しかし、玲はそれを殆ど無駄の無い動きで躱した。

 美舞は態勢を崩したがそれでも次の攻撃を繰り出した。


「やあっ」

 美舞が繰り出した左フックはまたしても空を切り、続いて出した右中段回し蹴りもあっさり躱されてしまった。


「くっ」

 美舞は焦った。

 今迄両親以外に苦戦する事が無かったのだ。

 美舞が出す拳や蹴りは空しく空を切り、玲に触れる事が出来ない。

 玲が守りに徹しているとはいえこれは美舞にとって由々しき事態だった。


「どうしたのですか。美舞先輩の力はこの程度だったのですか?」

 玲は、分析しつつ言った。

 美舞が持っている一種の自惚れを、何気に示唆したのだ。

 自分より強い者は幾らでもいる。

 その事を知ってはいても、心のどこかで自分は一番強いという奢りがあった。

 だから、玲の力を計り間違えた。


「あっ……」

 美舞はすぐその事に気付き気を引き締め構え直した。


「ありがとう。今度は手加減しないよ」

 美舞はそう言うと、玲は構えを攻撃し易いものに変えた。

 そして突然、右上段回し蹴りを放った。


「ぐっ」

 美舞は玲の蹴りを肩口でガードした。

 玲は百七十九センチ、六十九キロあるから、美舞は吹き飛ばされる筈だった。

 しかし、美舞は一ミリも動く事なく、玲の蹴りを受け止めた。


   4


「凄い……」

 玲は素直に驚き、称賛した。


「信じられないなあ。美舞先輩に俺の蹴りを完全に受け止められるなんて、思ってもみなかった。俺の方こそ自惚れてたみたいだ」

「ううん。流石に効いたよ。こんな重い蹴りは初めてだよ。父さんだって、こんなに重い蹴りは放てないよ」


「それは光栄だな。お世辞でも嬉しいよ」

 玲は謙虚である。

「マジで……」


「じゃあ、続きを……」

「行きましょうか」


 そういうと二人は互いに左上段回し蹴りを繰り出した。

 それはお互いの顔面に当たる寸前で、各々の右腕でガードされた。

 二人は態勢を立て直し、再び構えた。


「やあ」

 今度は玲が先に動いた。

 玲の右正拳が美舞の顔面に迫った。

 それを美舞は左腕で受け流して、右アッパーを玲の腹部にみまった。

 玲はそれが当たる瞬間、腰を引いて衝撃を受け流そうとした。

 しかし、美舞の力は予想以上に強く、防具を着けているにも関わらず、かなりのダメージを食った。


「ま、参ったよ」

 玲はそう言うと、その場に座り込んだ。

「大丈夫? ちょっと、入っちゃったかな?」


「いや、大丈夫」

 玲は顔を(しか)めて言ったが、口元は笑っていた。

「……?」


「嬉しいのさ。美舞先輩の強さは本物だ」

「そうかなあ。でも、誉められると嬉しいな」

 美舞は照れた。

 それに対して玲の顔は真剣だ。


「後は……」

「後は?」


「力を……」

「!」


「試させてもらわないと。」

「何故……?」


   5


 美舞は驚いた。美舞が持つ特殊な力の事は両親以外は知らない筈だった。

「それは後で説明するよ。兎に角、一度見せてくれないかな」

「でも……」


「大丈夫だよ。何も悪い事している訳じゃないんだから」

 玲は諭すのが上手であった。

「でも、父さんと母さんに禁じられているし……」


「わかった。じゃあ、俺が先ず見せてあげるよ」

 そう言うと玲は目を閉じ、精神を集中した。

 そして、右手をサンドバックへ向けた。


「……!」

 玲が気を込めると目の前のサンドバックは消滅した。


「凄い……」

 美舞は再び驚いた。

 自分たち以外にこんな力を使える人間がいるとは思っていなかったのだ。

「今度は美舞先輩の番だ」


「……まあ、いいか。じゃあ、行くよ」

 美舞は左手の革手袋を脱ぎ、それを胸の辺りに置き、気を入れた。

 すると、拳から薄紫色の煙の様なものが浮き上がった。

 そして、開けてある窓から、掌を外にあるコンクリートの壁に向けた。


「はあっ!」

 美舞の左手から放たれた薄紫色の気はコンクリートの壁に当たり、壁は粉々に砕けた。

「うん。凄いね。こっちの方も及第点か……」


「で、さっきの話だけどね、僕には知る権利があると思うんだけど」

「うん。美舞先輩には知る義務がある」


「義務? 権利じゃなくって?」

「そう、義務。美舞先輩は今から俺が話す事を知り、理解し、受け止める必要がある。それは避けられぬ事実なのだから」


「…………」

「じゃあ、今から話す事を聞いてくれ」


 玲と美舞の秘密が明かされる事になった。

 美舞は恐ろしい自分の運命を知ってしまうであろう。

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