望みの見えない戦い
その見知らぬ物体は丸い形で、色は大体赤か青。
本来ならスライムと呼ぶべき―――――なのだが、リーフェントでは「悪魔の炎」の発生前には確認されていなかった存在。
謎に覆われているようなものだった。
それらは自らの身体を揺らし、何時でも戦えるという状態。
情報もまだ広まっておらず、対処法も分からない。
ロロアには杖の斧の方を前に向け、後ずさるのがやっと。
「ど、どうすれば……」
しかし、その後ろにも物体はいた。
「あっ!」
彼女は思わずそれを左足で踏み、後ろから滑って体勢を崩す。
これで更にピンチになるが、誰も助けに来ない。
「この物体は……一体……?」
更に彼女は臆病で、物体を攻撃しようにも抵抗があった。
転んだ彼女に迫る、物体の数々。
その中の一体が、飛び掛かるように攻撃してきた。
「うわっ!」
これが腹の辺りに当たる。
どうにか持ちこたえたが、彼女にとっては重い一撃だった。
それでも、物体達は容赦なく攻撃してくる。
「ぐっ!?」
様々な部分への突進―――――。
これを何十回も受け止められるほど体が強いわけでもなく、攻撃も出来なかったロロアは、最終的に何も言わずに気絶した。
魔物たちが去った後、一人の男が彼女の前に立ち寄る。
「ほう。 ここにも生存者が……」
男は彼女の体と所持品を背負い、別の場所へと歩いていった。
それから、12時間ほどが経ち―――――。
彼女は目を覚ましたが、視線の先には真っ黒な空。
既に暗くなっていたのだ。
そして、頭の下に本を置いて寝ていた時とは場所が違う。
「……あ、あれ?」
物体の攻撃は、彼女には死ぬ程のものではなかったのだろうか。
すると、男の声が聞こえてくる。
「一体どういう事だ……?」
白く長い髪、橙色の目、様々な布を重ねたような服。
右手には、斧も槍もなくて石も大きく、ロロアの持っていたそれより複雑な形の杖。
「どうかしましたか?」
彼女はその男に話を訊いた。
「私とした事が、思わず驚いてしまった。 お前の"生命力"にな」
「"生命力"……?」
「そうだ。 私たちは"帝国医学"を根拠に、『気絶している者は死んでいると判断すべき』と信じてきただが……どうやら、それは間違いだったようだ」
「そういえば、変なものは何処へ……?」
彼女が次に男に訊いたのは、自分が倒された物体の事だった。
「トゥヌイの一種の事か? 私は知らないな。 お前を見つけた時には、既に別の所に去っていたのかもしれない」
「待ってください。 見つけたって……どういう事ですか?」
「ああ。 連邦政府に、旧リーフェント帝国民の生存者の捜索を頼まれてな。 その中にお前も入っていた」
「連邦……? 旧……?」
何故か足されていた、「旧」という言葉。
というのも、ロロアは"悪魔の炎"の後にリーフェント帝国の一部が分裂していた事を知らなかった。
元々遅かった村への情報の伝達が、事件によって更に遅れたためだ。
この際、村が属する地域についても別の国の領土として扱われるようになっていたが、その国の名前も知らなかった。
「それは……話せば長くなる。 別の奴に訊いてくれ」
男も、その事については説明しなかった。
「ところで、お前は今何をしている?」
今度は、男から彼女に訊いてきた。
「た、確か……。 旅に出るって……」
「旅か。 何が目的だった?」
「……覚えていません」
「忘れていたか。 ところで、お前は私が誰で、どんな事をしていたかを覚えているか?」
「それも忘れたかもしれないです……」
「私の名はムィエーソ・カフィルデ。 お前の住んでいた街で、別の世界で死んだ者の魂を肉体ごとこの世界に召喚していた者だ」
男はムィエーソという名前だった。
それを聞くと、彼女はムィエーソについて、ある事を思い出した。
「ムィエーソさん……思い出しました、召喚師の方でしたね」
「そうだ」
「それで、私の杖とかは……?」
「盗まれてはいけないと思い、近くに置いていた」
そう言って、彼は後ろに置いていた杖と本をロロアに渡す。
「良かった……。 ありがとうございます」
彼女は右手に自分の杖、左手に本を持った。
「今日はここで休め。 そしてこれからも無理はするな。 一度は死にかけた命だからな」
「わかりました」
彼女は彼の言う通りにし、しばらくその場で休むこととした。
そんな中―――――。
別の場所では、巨大な魔王の城が完成していた。
その最上階となる12階には、"魔王"が黒い玉座に座って待ち構えていた。
何故か茶髪で、服もシャツと黒色の半袖のズボンという組み合わせ。
別の世界から転生してきたのだろうか。
「俺は今日から魔王となる者だ。 つまらない緑色の世界など、我が手で破壊してくれよう」
声が異様に若々しく、喋っている言葉もリーフェントでは流通していないものだったが、この男が犯人なのだろうか。