旅は、こうして始まった
旅を決意することになる、その1日前。
リーフェント帝国東部は、アリーツィラという地域にある村。
草原に囲まれた中の、木で作られた緑色の屋根の家で一人で暮らすロロアは、いつものように分厚い本を読んでいた。
本は国の公用語の一つ"フルフェリサ語"で「帝国式初級魔術」と書かれたもの。
これには「魔法を勉強するなら最低限覚えておいた方がいい」とされる魔法の使い方や詠唱のやり方等が記載されているが、ものによっては誤字等を黒く塗り潰そうとした跡が目立っていたりする等、ある程度の粗も目立つ。
値段は当時の帝国通貨で60万フォーテ、地球の日本円にして15000円相当と高めだったが、彼女は働いて貯めた金で買った。
そんな分厚い本の中で、彼女が特に気にしていたものがあった。
それが、回復魔法だった。
「ミシエラ」という名前で、本には「人の傷ならある程度は癒す事ができる」と書かれていた。
彼女は杖の振り方の部分を見た後に、杖と先程まで読んでいた本を持って外に出る。
杖は木で出来ているが、先端に石を加工した刃二つが結び付けられており、斧又は槍としても使えるように作られている。
槍の部分の下には、青色の透明な球体が埋め込まれている。
これは、魔法を使うのに無くてはならないとされる石で、『』とも呼ばれている。
初めに高いはずの本を草の上に置くと、すぐに魔法を唱える準備へと移った。
「『まず球体の部分を下に向けて構え、そこから180度回転させる』……」
「……やってみます」
本の記述に合わせて杖を構え、両目を瞑る。
すると、身の回りには黄緑色に光る魔方陣が広がった。
「スィル、クォール、メニル!」
数字を数えつつ、球体を下にして構えていた杖を逆さにする。
実は、これが魔法の詠唱なのだ。
帝国内で15年前に発見された魔法の詠唱方法の一つで、手順さえ覚えれば誰でも簡単に魔法を唱える事ができる。
この詠唱が成功したのか、球体から放射状に魔方陣と同じ色の光が放射状に広がっていく。
だが、その時の彼女の後ろには、違うところから燃え移ってきた炎が迫っていた。
彼女は草が燃えている音を聞いて本を両手で持ち、後ろに振り向いた。
その視線の先には、赤く燃え盛る炎が。
「えっ……?」
彼女は炎を見てはすぐに逃げ出したが、家が燃えてしまう。
それでも必死に炎から逃げ、どうにか助かったのだが―――――。
全く知らない所にまで逃げていた上、村にあった自宅は全焼。
金も家も無くなってしまった。
服は逃げる際に着ていた、茶色の服だけ。
杖や本は、抱えながら逃げていたために問題は無かった。
また燃えるかもしれないという不安の中で、彼女は本の上に頭を置き、枯れた草の上で眠る。
翌日―――――。
目を覚ましても、そこには誰もいなかった。
そして立ち上がってみると、人ではなく魔物と思われる物体に取り囲まれていた。
「どうして……? こんなの、今までいなかったはずなのに……?」
最初は見覚えのない物体に困惑していた。
「……でも、これが『世界を救う旅』という物語の最初の1ページだと思うと、その先がすごく気になるものになりますよね」
独り言が続く中、彼女はある決意をする。
「……この世界の現状や、このものたちがどうしてここにやってきたのかとかを、自分の目で確かめたくなってきました。 旅……でもしますか」
こうして、ロロアは最悪の状況の中で旅に出る事を決めた。
「とにかく、今大事なのは身の回りをどうにかする事なのですが……」