ある町、ある集団
ツローフイ町―――――。
リーフェント帝国の南東部に位置する、「モンリフト城」という大きな城の下町だ。
かつてこの場所を中心としていた同名の王国があったが、帝国の前身になった国に敗れた後に併合され、その後帝国が成立して数年後に、現在の名前に変更された。
もともと建設関係の技術発達が進んでいた事などもあって、事件で受けた被害は少ない部類に入り、独立を主張する人々も現れている。
この街は、「城郭都市」ではない。
城が存在する理由も、当地の人間等を交えた、帝国の東南地域の自治に関する議論を行うためだった。
そもそも、帝国成立直後、併合される前の国々が作っていた城壁や塀のようなものは、当時の皇帝に『これからの世界に不要なものの一つ』とされ、ほとんどが軍や一部の住民達によって取り壊されている。
これらが残されている理由として最も多かったのは、『建物の構造上の都合』だった。
ロロアの身柄が放置されていたのは、広場に繋がる道から、西にしばらく歩いた先の脇だった。
これが発覚したのは、彼女がシュウトに斬りつけられてから、35時間は経った時の事。
日付で言えば、二日後になっていた。
様態に何もないはずもなく、周辺には刺激のする臭いがただよっていた。
発見された際は住民達の中で騒動となり、犯人探しが繰り広げられる事もあったが、疑われた人物が全員「全く身に覚えがない」と発言した事で停滞していた。
救いようのない状態になりつつある彼女だったが、それを心配して行動するような心優しい人間は、当初はいなかった。
変化があったのは、放置されてから三日になった時の事。
既に死んでいるはずの体は、ギルドのような二階建ての施設の一室の床に置かれ、そこに持ってきた集団が話し合いをしていて、「蘇生魔法の実験体」として利用する事が、勝手に決められていた。
それらの手によって実際に実験が行われたのは、そこからまた二日ほど後の事だった。
右手にそれぞれ形状の違う杖を持った、布のようなものを体に纏った三人が、ほぼ同時に詠唱を始めた。
杖を振り回したりするのではなく、術的文章を読み上げる方式で―――――。
しばらくしてそれぞれの球体が眩しく光り、一時は白だけが周囲の視界に広がった。
しかし三人は、詠唱中に両手に持ち替えていた杖を離さなかった。
これが影響したのか、が受けていた傷は次々と回復した。
魔法を受けたその直後は、まるで動きがなかったが――――。
「ん……?」
2時間後には意識を取り戻し、立ち上がるまでに回復していた。
だが、その魔法を唱えた三人は、すでにその場を去っていた。
また、数日間食事がなかった事で、体は明らかに痩せ細っていた。
「どこ……?」
当のロロアには、何が起こったのか、まるで理解できていなかった。
辺りを見回してみても、形見のように大事にしていたのに、転生者にぞんざいに扱われた杖は無い。
また、服や靴は戦闘などによって出来た切り込みが、修復されていなかった。
その後は周りをひたすら見渡していたが、部屋に人が入ってきた。
「おお……。 素晴らしい、魔法は成功したようだ」
「えっ……何を……?」
言語が違うため、何を言っているのかが分かっていない。
「やったぞ! この魔法は、国の未来を変えられる!」
そんなを尻目に、成功したと喜ぶ三人。
「どうしたんだお前ら、そんなに騒いで?」
その上の立場にいる男が、部屋に入ってきた。
「よく聞いてください、我々は蘇生魔法を成功させたんですよ! 少なくともこの地域では初めての出来事、黙っていられるわけにもいきませんよ!」
「まさか、この緑髪がか?」
「はい。 噂になっていた、反逆者の末路の……生前の状態です」
説明を受けたが、その細い体に対しては疑いが残っていた。
「……ほう?」
は言語のわからない相手である事、自身に対する興奮を感じた事を恐怖と感じたのか、身体が震えていた。
「とにかく、こいつには飯が要るのは間違いないな。
お前ら、近くの食べられる物を探してこい! 材料でもいい、俺がなんとかする」
呼びかけに掛け声に応じた三人は、すぐに部屋から出ていった。
「誰……どこ……?」
しかし、ロロアはというと、未だに状況を把握できていなかった。
野ざらしにされていたのだから、無理もない。
「てめえ、運の良い奴だな。 息ができるだけでも良いだろうよ? 普通だったら今頃、虫にやられてたか、土の中に埋められてたかだからな!」
「わりいな、緑頭。 それじゃあ改めて……ツローフイにようこそ。 元はモンリフト王国の城下町だ」
「んん……?」
今いる町について教えられたが、彼女にはそもそもの言葉が分かっていなかった。
そして彼らは、転生者が使ってきたような「話した言葉を自動的に当地の言葉に置き換える」という能力を持っていない。
「まずいですよ、言葉が違います!」
「あの、フルフェリサ語って……?」
「はあ? ……とにかく、飯なら食わせてやるから、そこで大人しく待ってな!」
「えっ?」
この言葉の違いが、場にいた全員を困惑させていた。
フルフェリサ語が主として話されるのは、帝国の東部と北東部。
しかし、南東部では、まだまだ普及していなかった。
逆に、彼らが話している言語である「モンリフト語」は、王国があった地域以外ではほとんど教えられない。




