追放へ
翌日の朝。
壁をとても強く叩くような音が、ロロアの身にも響いてきた。
「時間だ! 起きろ!」
男の叫び声も聴こえてくる。
「あれ、その横のは……? というか、その傷は何?」
同じ牢の女性は目を覚ますと、今までと違う雰囲気を感じていた。
その頃、ロロアはというと―――――。
『―――――悪くはない。 後に魔法が廃れ、何かが台頭してくると考えたのか』
『はい』
『確かに、そんな未来も無いというわけでもないだろう。 だが、一つ問いたい。 その魔法の代わりとなるものは何だ?』
『……わかりません』
『今はそうだろう。 しかし、これから大事になるのは、その後の事だ』
ある日の事を思い出していた。
卒業試験を通過し、学校を卒業する前日の日。
教室で一人の学者と向き合い、話をしていた。
『その通りです。 私は……私は……』
目をつむり、右手の拳を掴み、今にも大声を発そうかという勢いだった。
「んえ……?」
目が覚めると、思いもせずに言葉を発した。
「早くしろ、緑頭!」
しかし、この施設に入れられた人間へのルールの中に、「容赦」や「慈悲」といった言葉は無い。
「あの……」
「物乞いだと……? その前に働け!」
ロロアの身体の状態は、作業以前の問題と言えるまでになっていたが、男は気にしない。
怒鳴るような声に驚き、目を閉じてしまう。
「分かりました」
それでも、時間を置いてから返事をした。
「立て、そして移動中はこれを付けろ」
立ち上がるように指示されると、両方の手首を金属の道具で拘束され、作業場へと向かっていく。
しかし、表示は看板のある日本語以外は落書きのような形で書かれていて、フルフェリサ語のものには文法の間違いもあったが、ロロアにとってはそれを指摘している場合ではなかった。
到着したその先では、相変わらず様々な種族の人間たちが、地球から転生してきたであろう人間数人にこき使われている様子が見えていた。
時には悲鳴や、暴行を加える音も聴こえてくる。
「お前はこれで岩を掘れ!」
道具として、指図とともに投げ捨てられる、球体を破壊された杖。
物は以前のそれと同じで、押し付けられる様子も同じ。
苦言を呈する事が、不可能に近い事も同じだった。
作業を始める際に拘束していた道具は外されたが、握りはしても力が入らず、採掘も進まない。
しかし、逆らう事もできない。
また、死を覚悟する時が来ていた。
その後、話をする余裕もなかったロロアは、時間と力の限り、黙々と掘り進めた。
数時間の働きで、僅かしか掘り進められなかったが、劣悪な環境と万全とは言えない身体の状態を考慮すれば、十分すぎるとも言える働きぶりだった。
ところが―――――。
作業を終えて、食堂に向かっている途中の道で、ロロアは突然膝から倒れた。
力が尽きていた。
それを見た男は、彼女の方へ走り出したかと思えば、自らの左足で左太ももを蹴った。
当然のように声を出さず、壁にぶつかったりしながらも吹き飛ばされる。
「よく逆らおうと思ったな!」
身体を見た中でも、男は罵り、その場を去っていった。
その後―――――。
ロロアの身柄は、『ある城』の部屋の中にあった。
半開きの目の視線の先には、シュウトが立っていた。
武器である剣は鞘に収まめられてはいるが、それでもには怖く見えている。
「……気色の悪い緑頭だ」
目を開く様子にも、見下すのをやめない。
「また倒れたようだな。 お前はもう、あの場所には必要ない。 あの中でも特に無知で無能で、成長もまるで期待できない」
「それだと……?」
訊ねられると、シュウトは剣を鞘から取り出した。
「ま……まさか……」
「察しろ」
体を震わせ、怯えるのに対して、彼は何の恥じらいもなく剣を持って歩いてくる。
『排除する』―――――。
それが答えだった。
斬りつけられて出来た、体の様々な部位の傷からは、血に相当する液体が流れ出した。
その目には生気がなく、抵抗もできず、今にも生死の境目に立たされていた。
口を開くだけで、言葉も発せない。
しばらくこの状態が続き、体の動きがほぼ無くなったのを確認したシュウトは、付着した液体を振り払い、鞘に戻した。
この後すぐに、ロロアは膝から崩れるようにして倒れた。
「また歯向かってみろ。 もう容赦はしないぞ」
そして、彼は言い残し、部屋から立ち去っていった。
その後、ロロアの身柄は、ある町に捨てられた。
右肩から胸にかけて出来た傷を隠すように、日本語と当地の言葉で「反逆者の末路」と書かれた板が乗せられた。




