押し付けられた"道具"
男の言われるがままに、ロロア達が背中を辿って着いた先は、施設内に何かの虫の巣のように広がっていた穴の一つの、一番奥。
「これを持て!」
ロロアの足元に、捨てるように投げられたのは―――――今まで自分が使ってきたはずの「杖」。
球体が破壊されていて、魔法が使えないようになっていた。
「……えっ?」
「持てと言ってるんだ! さっさと持て!」
彼女は内心で嫌がりながらも、投げられた「杖」を握った。
「あの……これって……」
「黙れ!」
「あっ!?」
話を訊こうとすると、左手で押し倒された。
男は彼女の体の左右に足を置き、転がって抵抗するのを防ごうとしている。
完全に、というわけではないが、身体の自由を奪われた。
「さっきからの態度は何だ! お前のようなリーフェント人に、我々を批判する自由は無いぞ!」
「まさか……これで……穴を―――――」
話を続けようとすると、今度は左胸と左肩の間をめがけ、拳を握った右手を出してきた。
彼女は目線を右に向け、目を瞑る。
「ぐっ!?」
「それで穴を掘れ! 分かっているのか!?」
漏れ出る声。
彼女には、この暴力は止める事ができない。
しかし、何者かの足音も響いていた。
その足音を聴いた男も、一旦暴力を止めて立ち上がる。
「……何の騒ぎだ」
その者は、この世界では簡単には作れないであろう手榴弾を右手に持ち、誰も想像のつかないほど遠い未来のものとも言える服装で、左手には紅く光り輝く、球体入りで魔法も使える剣を持っている。
彼の名は―――――「シュウト」。
「この緑頭のリーフェント人が、なかなか穴を掘ろうとしないんだ!」
男の話を聴いた彼には、ある存在が引っかかるようだ。
「"緑頭のリーフェント人"……? その者は、偶然を装って我々の味方を殺してはいないだろうな?」
「この杖の形状からして、そいつで間違いない!」
「それならば、常にいかなる懲罰の可能性を排除させないように接しろ。 奴はこの世界の罪人の中でも、特に許してはいけない者だ。 恐怖心を、一秒たりとも絶やすことのできない状態にしろ」
「かしこまりました……おい、立て!」
今度は頭の髪を右手で掴み、無理やり起き上がらせる。
その姿を見た彼は―――――。
「ああ、"反逆者"というのはお前の事か」
「"ロロア·フルセリ"……。 お前が我々に歯向かい、数人を殺した事は、既に知っている」
しばらく話しかけると、いきなり剣の球体が光り、火の玉を左肩の上に飛ばした。
心の中にある恐怖心が異常なまでに強くなってか、言葉も出ないロロア。
火の玉は魔法によるものだが、詠唱と魔法陣が無い。
これに何の仕掛けもないのであれば、彼は念じるだけで魔法が使える事になる。
「……ほう、有している力はこの程度か。 真っ先に殺してやろうと思っていたが……まあいい、お前の始末は最後にしてやろう。 助かったな、人殺し」
一度詰め寄り、しばらく見つめてからまた話しかけるが、彼女からの返答は無い。
目を閉じ、少し体を震わせる程度だ。
怯えていた。
機嫌を損ねれば、自分がこの男に殺される可能性があると。
「俺からの"配慮"によって、お前の死期は引き伸ばされる事になる。 感謝することだ」
しばらく体の傷等を見つめると、放るようにして髪から右手を放して、場から去っていった。
「……しかし、奇妙だ。 奴の"ステータスを開示させた"が、我々よりも優れている能力は何一つ無かった。
そんな奴が、一体どうして……いや、どうやって我々のような者を殺すことができたというんだ?」
それからしばらく経つと、彼は独り言を残した。
能力の数値だけでは分からない『何か』が隠れている可能性も、排することは難しいと考えていた。
一方で、先程の火の玉の魔法もあり、彼女の心と頭の中は恐怖と不安の2つしかない状態。
体の動きからも、心の状態が漏れ出ていた。
残っている力も多くはないが、それでもやらなくてはならない作業。
杖自体、この手の使い方には明らかに向いていない、あるいは想定されていないだろう―――――。
そうは思っていても、『歯向かう事』への恐怖心が、それを口に出す事を許さない。
しばらくして、彼女は膝から倒れた。
杖は手から離れていて、もう使える力を全て失ったようだった。
「何をやっている! まだ時間じゃないぞ!」
男の怒号が飛び交うが、聞こえていない。
今まで我慢してきた空腹と疲れ、受け続けてきた攻撃―――――。
倒れた理由は明らかだった。
一方で、ローエシが繁殖していた森だった場所。
「こいつ、見たことがないんだけど。 こっちも連れた方が良かっただろ……」
一度転生者とロロアが戦っていた所に、何者かの姿があった。
後ろに背負っていた青く光る剣を含めた装備は、とても金が掛けられていそうだった。
槍と斧の機能は無いが、鉄に相当する鉱物を加工して作られたであろう杖の先には、黄色く大きな球体がしっかりと固定されている。
見つめていたのは、倒れていたリスクェの姿。
発言はそれについての独り言か。




