8話 分岐点
今回短め
「この町から出て行く?」
それはあの祭りから、3年が経とうとした時だった。
「うん……ここが住みやすくて、ちょっと長居をし過ぎちゃったかなって……私達は、早くこの町から出た方がいいかも」
母様は仕事から帰るなり、俺にそう告げた。
突然の事であった。
「……そう、ですか……いつ頃、出るんですか?」
母様は屋敷を勝手に出たと言っていたし、何かから逃げているのかもしれない。
恐らくその追っ手の気配を、今日感じたのだろう。
ならば、出来るだけ早い内にここを離れるが正しい。
「……明日、明後日中には出たい所かな……」
母様は顎に手を当てて、難しい表情をしながら言った。
だが、俺はそれに笑顔頷くことが出来ない。
「……明後日……」
明後日、か……
「リュー君?」
「あの、母様……出発は明明後日という訳にはいきませんか? その……明後日は、お祭りが……」
俺はしどろもどろ口にしながら、母様を伺い見た。
俺も長く住み慣れた家を離れるのは心苦しいが、事情だけに仕方ないと思っている。
ただ、明後日の夜には3年に1度のあの祭りがある。
あの祭りをきっかけに、俺と母様は親子になった。
だから、もう1度2人であの流星群を眺めてから、この町を離れたい。
俺は我が儘だと分かっていたが、口にするのを止める事は出来なかった。
「リュー君……そう、ね。じゃあ、そうしようか! ヨキナさんやネルアさん達にもきちんとお別れの挨拶をしたいし、そうしようか」
「……本当にいいんですか?」
母様に頭を撫でられながら、俺は再度聞き直した。
「うん! それに私も確証がある訳じゃないし、リュー君のおねだりなんてレアだしねー!」
「ありがとうございます!」
……一緒に、また見られるようでよかった。
出発を明明後日にするなら、ヨキナ婆さんにもちゃんと別れを告げる事が出来るだろう。
また、夕飯を一緒に食べたい。
ヨキナ婆さんには6年もの長い間、ほぼ毎日のように世話になった。
ヨキナ婆さんを祭りに誘うのも、いいかもしれない。
俺はこの時、明後日の祭りに思いを馳せて心を踊らせていた。
不安などは、一切感じていなかった。
けれど俺はこの時の選択を、生涯後悔することになる。
母様が何から逃げて、何から俺を守ろうとしていたのかを、俺は全く理解していなかった。
祭りの日、この幸せが永遠に続くと思っていた俺は――
その日、全てを失った。