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6話 穏やかな時間

ここから、本編とは違っていきます。


あれから俺と母親、――母様とは少しずつではあるが打ち解けて、仲を深めていった。

本当に少し、ほんの少しずつ、けれど確実に俺は母様と本当の親子になった。

距離が近付く度に、俺は母様に心を傾けていった。

それは、ある種の依存であったかもしれない。

けれど、母様は俺自身を受け入れてくれた唯一の家族だ。

決して壊れることのない絆で、繋がっている。

俺は嫌われる事を恐れ能力を隠していたが、そういった秘密にしていた事も少しずつ話せるようになった。


母様には何時も笑って、幸せで居て欲しいと思っている。


そんな事を願う日が来るなんて、想像もしたことがなかった。

穏やかで、優しくて、俺にとって今までで一番幸せな時間だった――




「うーんっ! やっぱり、リュー君の作るお菓子は美味しいなぁ! うん! うちの子はやっぱり天才、天才!!」


母様は俺の作ったアップルパイを口一杯に頬張ると、至福の笑みを浮かべて次々にケーキを食い尽くしていった。

近頃では忙しい母様に代わり、俺が家事を担当する事も多くなった。

母様は最初は子供は遊んでいれば良いと言っていたが、俺の作ったものを口にしてからはすっかり食事は俺の担当となった。

母様は、料理が若干苦手だった。


「そんな急がなくても、まだまだ作りますよ?」


「本当にっ!? あ、でも……そんなに食べたら体重がぁ……今日もネルアさんに頬がふっくらしたって言われたんだよね……ぅ、でも食べたい!」


母様は俺の提案に百面相をしながら、チラチラと期待の眼差しを俺に向けた。


「はい。では、甘さ控えめで作りますね!」


母様はここ数年の家を出ての質素な生活からか、とても細かった。

今でも十分とは言い難いし、もう少し肉を付けた方が良いだろう。


まぁ……最近はちょっと甘いものばかり、食べ過ぎな気もするけど。

……俺も喜ぶ顔が見たくて、ついつい甘いデザートを用意しちゃうからな。


「やったぁ! リュー君出来る子!」


母様が目をキラキラと輝かせながら、牛乳を手に持っていた俺にガバッと抱きついた。

幼い体では大人の体重を支えきれずに、ぐらりと体が傾いた。


「ちょっ!? 牛乳が溢れますってば!」


「よいではないか、よいではないか♪」


母様は俺の抗議も聞かずに、更にぎゅっと俺を抱き込んだ。









◆◆◆◆◆◆◆◆










「リュートちゃんは器用ねぇ」


ヨキナ婆さんが俺の手元を見て、感心したように言った。


「……いえいえ、それほどでもありませんよ」


俺は苦笑いを浮かべて、謙遜して答えた。

ヨキナ婆さんも、大概緩い。

俺の異常とも言える行動の多くを、スルーするか感心するだけにとどめてくれている。

昼間、母様が仕事に出掛けている間、俺は最近内職に精を出していた。


「そんな事ないわ。私にはとてもじゃないけど、出来ないもの。本当にリュートちゃんは凄いわねぇ。お母さんの為にやっているんでしょ? 偉いわ!」


「いえ……母様には、僕のせいで沢山苦労をかけますし、これくらいは……」


俺はヨキナ婆さんと会話をしながらも、指は止まることなく動かし続ける。

そうすると徐々に糸が紡がれて、美しいレースをかたどっていった。

俺が内職に選んだのは、レース編みや刺繍だった。

刺繍は腕が良ければ金になるので、家計の助けになる。

また、糸さえあれば他の材料は必要としないので、元手もあまりかからずに丁度よかったのだ。

実際、俺の作ったものをチョコチョコ売りに出すことで、家計がかなり楽になった。


「それ……お母さんにあげるのよね? とっても素敵ねぇ」


「はい……ヨキナさんには、何時も材料を用意してもらって感謝しています」


俺は視線をヨキナ婆さんから手元に落とすと、そこにはあの祭りの日に見た月光華が銀糸と真紅の糸で紡がれていた。

これは来週誕生日を迎える母様へのプレゼントで作っているもので、華の中央に小さいが石も縫い付けチョーカーに仕上げる予定である。


「気にしなくていいのよ。それにリュートちゃんは、私にもこんな素敵なエプロンまでプレゼントしてくれて、とっても嬉しかったもの!」


ヨキナ婆さんは目尻に皺を寄せて笑うと、身に付けているエプロンの裾を広げて見せた。

裾には俺が日頃のお礼にと縫い付けた花々が縫い付けられており、シンプルなエプロンを鮮やかに盛り立てていた。

因みに、下地のエプロンは母様が用意したものだ。


「僕も母様もヨキナさんには、何時もお世話になっていますから当然ですよ」


「ふふっ……私は子宝には恵まれなかったけど、カミラさんやリュートちゃんの事を実の子供や孫のように思ってるの。だから、私こそ感謝してるのよ。リュートちゃん達のお陰で毎日が楽しいわ!」


「……僕も、ヨキナさんに会えてよかったです」


俺は前世では考えられない程、穏やかな日々を過ごしている。

それは単に、周囲の環境が大きいだろう。

前世とは比較にならない程、人間関係に恵まれている。




――だから、俺は勘違いをしていた。

この幸せが永遠に続くと。

そんなものは酷く脆く、壊れやすいと知っていた筈なのに。


俺は喪うその時まで、ずっと忘れていた――





後1話くらいで、そろそろシリアスが入ってきます(ToT)

落差激しいので、注意が必要です。

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