3話 おねだり
そしてそれから1年近く経ち、俺はとうとう介護生活から脱却した!
本当はもっと早く歩くことは可能であった。
しかし今世では前世と同じ轍を踏まない為に、能力を少しセーブすることにしたので1年近く待つことになった。
これでトイレも自分で行ける!
食事も離乳食になった!
……それでも相当早いが、俺にだってプライドというものがある。
背に腹は代えられない。
魔法についても独学で上達した。
簡単な回復魔法や生活魔法くらいなら使えるようになった。
また、歩けるようになって気付いた事だが、俺の瞳には魔法陣らしきものが浮かんでいる。
鏡で見た時“邪眼”の文字が頭を過った……ますます中二病くさい。
そうしているうちにガチャっと、ドアが開く音がした。
母親が仕事から帰ってきたようだ。
「リュー君ただいま~。いい子にしてたぁ?」
柔らかい笑顔を浮かべた母親が、俺を抱き上げて言った。
「はぃ、かーしゃま!」
俺はわざと幼児言葉で答える。
少しでも、それらしくなるよう。
若干手遅れな気もするが、母親はかなりの天然だ。
わりと、誤魔化しがきく。
「ふふっ、本当にリュー君はいい子ねぇ。ヨキナさん、今日も面倒を見てもらってありがとうございます」
俺を抱き上げて、何時も俺の面倒を見てもらっている近所の婆さんに頭を下げる。
「いいのよ、私も年をとって何もすることがないから。それにリュートちゃんは可愛いしねぇ。それじゃあ、私は家に帰るね」
「はい、本当に何時もありがとうございます。また明日もお願いします」
ヨキナ婆さんもまた天然なのか、ボケているのか、俺がこそこそ魔法の練習に励んでも気付くことはない。
そのお陰で、俺は毎日自由に過ごす事が出来た。
「リュートちゃんまた明日ね」
「おばあちゃん、ばぃばい」
ヨキナ婆さんが俺に手を振ったので、俺も振り返す。
俺は今世では前世では考えられない程、平穏で温かい家庭で暮らしている。
……きっとこの人達はいい人なのだろうと思う。
――あいつらとは違う。
俺を化け物扱いしないし、利用したりもしないだろう。
だからこそ、近頃自分が彼等を欺いていることに罪悪感を感じるようになった。
「今日はお店のネルアさんがお土産くれたからねぇ、豪華な夜ご飯だよ。手をキレイキレイしようねぇ」
「はあぃ!」
――でもだからと言って、本当の事は言えない。
信頼は出来ない、同じだけの思いを俺は返せない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「おかーしゃま、ききたいことがありましゅ!」
「んー?なぁに?」
「どーして、ぼくのめわぴかぴかしてるの?」
その晩、俺は布団の中で母親に質問をした。
ずっと気になっていたことだ、この魔方陣は俺にしかない。
最初この世界ではそう言ったものが普通なのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
どういった意味があるのだろうか?
「んーとね、リュー君の眼は魔眼っていってねぇ固有魔法を使うことが出来るんだよ」
「わぁ、しゅごぃ!!」
俺は母親からの答えに、大袈裟に喜んで見せた。
魔眼とか、言葉だけ聞くとまたアレな設定みたいだな。
ここが日本じゃなくて良かった。
完全にイタイ人扱いされるよ。
でも固有魔法か……面白い。
持てる手札が多いことは、良いことだ。
「ぼくわどんにゃのがちゅかえるにょ?」
「まだ、分かんないだよねぇ。大きくなったら、もっと魔法陣がはっきり分かると思うんだけど。……発現なんてまだまだ先だと思うしなぁ……」
「はちゅげん? まりゃ、つかえないの?」
使えないのか、残念だ。
いつ頃使えるようになるのだろうか?
「うーん、個人差があるし一概には言えないけどねぇ。そもそも魔眼持ちは今はほとんど居ないし……」
何、殆んどいないだと?
じゃあ、持ってるってだけで目立つってことなのか。
……面倒だな、使い方を誤らないようにしないと。
「……ねぇ、おかーしゃま。ぼくまほーのおべんきょおしたい!」
俺は無邪気を装って、母親におねだりをした。
これは前から考えていた事だ。
見よう見まねでは、限界がある。
母親は普段魔法何てあまり使わないし、俺の生活範囲が狭い以上手にはいる情報も限られる。
「え!? 魔法の? まだリュー君には早いんじゃないかな?」
「ちゅかえなくても、きくだけでもいーの! おちゅえて!!」
俺は少し眼をうるうるさせて頼んだ。
俺の顔は整っているらしく、こうすれば大抵のおねだりは通る。
母親は俺の事を溺愛しているしな。
汚い手だが、これが1番手っ取り早い。
本でもあれば別だが、この家には本の類いはない。
きっと高価なものなんだろう。
貧しい母子家庭に、そんな高価なものを買う金はない。
ならば、人に習うのが一番手っ取り早いだろう。
異常と捉えられる可能性はあるが、子供の魔法への憧れとなんとか解釈してくれるだろう。
聞くだけ聞いて、理解出来ないふりをすればいい。
「うっ!? ……わかったわ。寝る前にちょっとずつならいいよ。でも難しいと思うから、嫌になったらいってね?」
そんな俺の打算的な思考に気付かず、母親は笑顔で了承した。
「ありがとぉっ!! おかーしゃま!」
俺は満面の笑みで母親に抱きついた。
こういう自分の打算的で汚い思考に、嫌気がさす。
散々罵ってきたが、きっと俺も前世の両親達と同じ種類の人間なのだ。
母親は、純粋に俺を想ってくれているのだろう。
ちゃんと分かっている……でも俺は…………おれは……
若くして死んだが、それでも20年以上独りで生きてきた。
今更、自分を変えることは出来ない。
――そうして、自己嫌悪に染まりながらも、俺の魔法の勉強が始まった。