4話 利用価値
「まぁ、推薦が保証されたところで肝心の偉業が足りないのだけれどね」
ギルドを出て宿に戻ると、アテネは仮面を外して1人呟いた。
仮面を外した瞬間に白かった肌は黒く染まり、その姿はまるで夜の妖精のようだ。
日中に仮面を着けずに歩けば、悪目立ちする事間違いないだろう。
「……最悪、無いなら作るしかないだろう」
俺も着こんでいたローブをハンガーにかけると、仮面を外しソファーに腰掛けた。
「あら、悪い人。偉業ともなれば、その被害は両手両足ではとてもじゃないけど足りないわよ?」
アテネはソファーの後ろから俺の顔を覗き込むと、目を合わせて可笑しそうに嗤った。
「分かっている。それにそれはあくまでも、最終手段だ。他の方法があるなら、そちらを選ぶ」
俺も出来る事なら、無駄な犠牲を進んで出したくは無い。
それは最終手段で、発覚のリスクがある以上あまり取りたくはない選択肢だ。
「ふーん? まぁ、今はそれでいいわ」
アテネは特に追及をする意思はないのか、くるりと反転すると先程夕飯にと買ったバケットの袋を開けた。
1つを手で掴むと、千切って口にほおりこむ。
「……やっぱり、いまいちね。今からでも、貴方が作らない?」
大きい街で賑わってはいるが、この世界食事文化は低い。
貴族向けの店はそれなりに食えるが、庶民向けの店だとパンは固かったり、スープは味が薄かったりで大して旨くない。
初めはアテネも文句を言う事はなかったが、俺の作った飯を食べてからはこうして催促をするようになった。
「ただ飯喰らいが、何文句つけてんだよ。黙って食え」
俺はチッと舌打ちをすると、先程街で購入した新聞を広げた。
パーティーと言っても、アテネは戦闘に参加しない。
ならば、補助をするのかと思えばそれもない。
アテネはただ見ているだけだ。
役に立ったのは、初めて会ったあの日だけだ。
勘で同行を許したけど……珍しく外れたのか?
だが、何かを知っているようだし……利用価値はまだある……か。
「なあに? 私に興味でもわいた?」
じっと観察するような俺の視線に気付いたアテナが、食事の手を止めて顔を上げた。
「いや、お前の利用価値を考えていただけだ」
気持ち悪い勘違いをするなとばかりに、吐き捨てる。
「あら、相変わらずヒドイのね」
そんな俺の態度を、アテネは気にもせずにクスクスと笑う。
ヒドイ、とアテネは俺によく言う。
確かに、母様が見てれば女の子に対してそんな態度と、俺を叱るかもしれない。
けれど、この少女は人間ではないのだし、化け物をそこまで気にかける必要はないと俺は思う。
……まぁ、こういう考え方がヒドイと言われるのだろうが。
俺は溜め息を1つつくと、空間魔法で別空間へと収納しているサンドイッチを取り出すと食べ始めた。
「ちょっと! 私には臭い飯を食べさせておいて、自分は美味しいものを食べようって言うのっ!?」
俺が自分とは別に用意していた夕食を食べている事に気付いたアテナが、先程の余裕寂々の態度を引っ込めて抗議を始めた。
あまりの騒ぎように、俺は食事の手を止めるはめになった。
「五月蝿い。俺が作ったんだ。俺が食べるのは当然だろう? タダ飯喰らいの分際で、人の飯にまで手を出すな。がめつい」
俺の飯へと手を伸ばしたアテネの手をパシンと叩き落とすと、アテネは怒りに満ちた目を俺へと向ける。
「本当に、ヒドイわね! レディを飢えさせて、自分だけ食べるなんて!!」
アテネはそう言い残すと、仮面を着けて部屋を出ていった。
大した金も持っていないし、頭が冷えたらそのうち戻ってくるだろう。
「五月蝿いのがいなくなってせいせいするな……」
俺は静かになった部屋で、1人食事を再開した。