10話 惨劇の夜 2
前回に続いて残酷描写ありです。
「嘘だ嘘だ嘘だ、母様っ! 母様っ!!」
俺は目の前の現実を信じられずに、母様の肩を揺さぶり続けた。
しかし何時ものように声が返って来る事はなく、何の反応を示す事はない。
赤く、赤黒くなった血が、ダラダラと流れ続ける。
「クソッ……まだ、まだだ……“ヒール”、“ヒール”、“ヒール”、“ヒール”、“ヒール”、“ヒール”、“ヒール”」
俺は無我夢中で、魔法をかけ続けた。
そうすると傷だらけだった体は癒えて、白い滑らかな肌を取り戻していく。
――けれど、その体が再び熱を持つことはない。
――失われた真紅の瞳が、元に戻る事はない。
治癒魔法に、そのような効果はない。
俺の魔法では、欠損は癒せない。
「なん、で……?」
どうして……何でこんな事になったんだ?
母様は、この人はこんな風に死ぬような人じゃなかった。
天然で少し不器用な所はあったけれど、優しくて誰からも慕われるような人だった。
こんな冷たい、路地裏なんかで、死ぬような人じゃない。
人はいつか死ぬ。
母様の子供である俺は、高確率で母様より長く生きる事になる。
いつかは別れが来る事は、分かっていた。
けれど、それは今じゃない。
もっと、もっと遠い未来の話の筈だった。
「おい、火事だ!!」
「勢いが強い!! 水属性の魔法を使えるやつはいないのか!!?」
「何で、……何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でっ!」
町の方が騒がしい。
喧騒と怒号が交わされているが、そんなもの俺の頭には入ってこなかった。
俺は呆然と、座り込んだまま動けずにいた。
「おい、あの家ってカミラさんの家だろ!?」
「中に人が居るんじゃないのか!!?」
「――――え?」
不意に頭を掠めた言葉に、意識が向く。
「……い、え?」
ヨロヨロと立ち上がり、ふらつく足取りで路地裏から顔を出した。
――6年間暮らした家が、燃え盛っていた。
「ヨキナ婆さんっ!!?」
俺は燃え盛る家へと駆け寄った。
ヨキナ婆さんは、家に居た筈だ。
あの炎の中に。
「そぅ、だ、魔法を――「“ウォーター・ウェイブ”」」
俺は咄嗟に使える水属性の魔法を放とうとしたが、その前に別の人間が放った魔法によって炎は消火された。
「おぉっ! 魔術師かっ!? ありがてぇっ!」
「中に人がいるか確認しろ!!」
火が消されると、町の男衆が黒焦げになった家へと足を踏み入れていった。
とてもじゃないが、人が中にいて無事だったとは考えられない。
「……ヨキナ婆さんは、きっと逃げたんだ。その筈だ、そうに決まって――」
「おい、誰かいるぞ!?」
「クソッ! 手遅れかっ!!」
その怒号に、俺の最後の希望が潰えた。
「何で……こんな?」
目眩がする。
俺はヨロヨロと踵返し、母様のいる場所へと戻って行った。
「……俺の、おれのせい、なのか?」
俺が我が儘を言ったから。
母様は何かから逃げていた。
俺はそれを知っていたのにっ――
「おれ、があの時、頷いてれば……祭りが見たいなんて言わなければっ!」
母様やヨキナ婆さんは、生きられたのだろうか?
母様が死んだのと、ヨキナ婆さんの命を奪った火事が無関係とは考えられない。
火事は、恐らく俺の命を狙ったものだ。
「全部……全部、俺のせい、なのか?」
そう問い掛けても、答えてくれる者は此処にはいなかった。