9話 惨劇の夜
予定より更新遅れました(ToT)
今回一応残酷描写ありです、ほのぼのは終わってしまいました。
次回からも残酷描写が続く感じです。
前半と後半で視点が変わります。
「今までお世話になりました、ネルアさん」
「あんたがここに来てからもう7年近くか……寂しくなるね」
私は最後の仕事を終えて、長い間お世話になったネルアさんに頭を下げると、ネルアさんは寂しそうに別れを惜しんだ。
「……本当に、身寄りもない私なんかを雇って頂いたこと、感謝しています」
「いいんだよ、あんたは人が良いし。あんた目当てで、客も増えたしね!」
「そう言っていただけると、有り難いです」
本当に長い間、ネルアさんやヨキナさんにはお世話になった。
この町でリュー君を産んで、女手1つで育てる事が出来たのは2人のお陰だ。
「……遠くに行っても、たまには連絡よこしなよ」
「はい、落ち着いたら必ず!」
この町は私にとっては第2の故郷、時間はかかるかも知れないけれどいつかまた戻ってきたい。
「じゃあ、早く病弱な息子のところに行きな! 今日の祭りを楽しみにしてるんだろ?」
「はい! ネルアさん、いつかまた必ず顔を見せに来ます!」
私は最後にまた頭を下げて、長い間通い続けた店を後にした。
「少し、遅くなっちゃった……リュー君……待ってるかな?」
今日が最後だと思うと離れ難くて、ついついいつもより長居をしてしまった。
本来の予定だと、昨日か今日には町を離れるつもりであったが、リュー君の滅多にないおねだりをされて明日まで延ばすことになったのだ。
リュー君の滅多にないおねだりだもの。
リュー君には普段から苦労をかけているし、母親としてそれくらいのお願いは叶えてあげないと!
私は少し小走りで、人混みの中を次々に抜けていった。
「早くリュー君のところに帰らないと!――――え、?」
家の近くまで来た時、急に強い力で腕を引かれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「――カミラさん、遅いわね……何かあったのかしら?」
「そう、ですね……」
この町で過ごす最後の夜、朝早くに母様を見送ってから、何時もの時間になっても母様は中々帰ってこなかった。
働き先でも長い間世話になったし、きっと別れの挨拶が長引いてるんだよな?
………そう、だよ……な?
「……僕、母様を迎えに行きます」
何もないとは思うが、胸に浮かんだ言い様のない不安を完全に掻き消す事も出来ずに俺は席を立った。
「でも、リュートちゃん1人じゃ……」
「大丈夫です、フードも被りますし。それにヨキナさんも一緒に行って、入れ違いになったら困りますから!」
「リュートちゃん!? 待って!!」
俺は今日来ていく予定だったフード付きのコートを手に取り、ヨキナ婆さんの制止も聞かずに家を飛び出した。
「店は確かこっちか……」
俺は祭りで人がごった返している中を、押し潰されないように掻い潜って進んだ。
母様の働いてた場所に行くのは初めてだが、場所は聞いたことがあったので迷わずに辿り着けた。
「ん? どうしたんだい、坊や? お母さんはどうした? 迷子か?」
店の前まで辿り着くと、中から40代くらいの恰幅のいい女性が現れた。
「あの、僕の母、カミラはまだ此方にいますか?」
俺は店内へと視線を向けながら、ネルアさんと思わしき女性へと母様の居る場所を聞いた。
店内に、母様の姿は見当たらなかった。
もしかしたら、行き違いになってしまったのかもしれない。
「ん? 坊や……もしかして、リュートかい?」
「はい、それで母様は?」
俺は妙な胸騒ぎから、答えを急かした。
何故だろう。
先ほどから、動悸が止まらない。
嫌な、嫌な予感がする……。
「お母さんを迎えに来たのかい? でも、おかしいねぇ……あの子がここを出てから結構時間が経った筈――坊や? ちょっと、どこに行くんだい!?」
俺は最後まで話を聞くことなく、走り出した。
「……母様!」
帰り道、何処かに寄って帰る時間が遅くなったのかもしれない。
俺が家を出てすぐに、入れ違いになっただけかもしれない。
けれど、俺は足を止めることなくひたすらに走った。
走って、走って、走って――
息を切らしても走り続けた。
「っ!? おい坊主! 危ないじゃないか!! って、おい!?」
途中誰かにぶつかったが、俺は足を止めずに走り去った。
クソッ!
何で子供の足はこんなに遅いんだ!
「って!?」
全力疾走で走り続けていたせいか、足をもつれさせて派手に転んだ。
「くそ……はや、く………!?」
ヨロヨロと立ち上がり、再び走り出そうとしたところで俺はソレに気付いた。
「……違う、そんな筈は…………」
汚い路地裏に、誰かが横たわっていた。
最初は立ち去ろうと、考えた。
けれど、俺はソレから視線を外すことが出来なかった。
――横たわっていた誰かは、藍色の髪をしていた。
恐る恐るその誰かへと近付いた。
こんなところに、居る筈かない。
そう理性では否定出来ても、本能がそうであると告げている。
「……どうして…………、」
路地裏に横たわっていた誰かは、息をしていなかった。
物言わぬ死体であった。
路地裏に横たわっていた死体は、眼を抉られていた。
体も所々切り裂かれ原型を止めておらず、この薄暗い路地裏では顔の判別は不可能であった。
「なんで、……母……様……?」
路地裏に横たわっていた死体は、血に汚れてボロボロであったが首にチョーカーを身に付けていた。
真っ赤に染まったチョーカーは、かつては真紅と銀の糸で紡がれていたものだ。
ソレは、俺が作ったものだった。
俺が、母様へと贈ったものだった。
「嘘だ……嘘だ、そんな……ちが、う」
俺は必死に否定した。
そんな筈はない、と。
認めるわけにはいかなかった。
けれど、そのチョーカーは紛れもなく俺が作ったもので、血に汚れた髪は毎日見馴れた藍色だった。
「違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う!!!」
暗かった路地裏が仄かな光で照らされ、表通りで歓声が上がった。
流星群が落ち始めたのだろう、町は最高潮の盛り上がりを見せている。
「母、様……?」
流星群の光で、目の前で横たわっているあの人の姿が明確に見えた。
――もう、否定することは出来ない。
――俺は気付いてしまった。
その時町の歓声に掻き消されるようにして、俺の慟哭が響いた。