節分になんか言う
「……」
「……」
「……?」
「……!」
「!」
――捻くれた枝の森を彷徨いながら歩き続けると、やがてこれらが枯木と化し、汚毒が湧き出す沼が現れる。
漂う臭気は人界との関わりを拒絶し、剣と魔法の力を寄り集めても、立ち入ることはかなわなかった。
闇の眷属たる魔族にのみ愛されたその土地には、古城がそびえ立っている。この世界を脅かすに足る力を持つ魔王が住まう、最果ての城――。
その一室は、堅牢たる城壁塔の中の古びた一室であり、無言の魔王と勇者が肩を並べて、俗世を見渡している。
「……」
「……」
「ねえマーくん」
「あっユーさん喋ったらダメだろ。あとマーくんって呼ぶのやめな」
「だっていつまでも黙ってるわけにもいかないじゃないの。恵方巻きを食べているせいとはいえ、これじゃ何も言えないわ」
「『節分になんか言わない』で終わるところだったよな」
「そういうのは二十回に一回ぐらいしかやっちゃいけないアレよね」
「二十回に一回もやらないほうがいいぞ」
勇者さんと魔王くんは俗世の風習に則り、恵方巻きを無言でむしゃむしゃ食べていた。
魔王の城の外を見渡せるその窓には、ケンタウロスの彫像と、ヒドラの彫像が、門番のように並べて置かれている。
「この塔、便利よね。南南東って午と巳の間だものね」
「節分の時以外ここ来ないけどな」
「いいじゃない、完全に足を運ばない部屋だってあるんだから」
「俺らには広すぎるよなあ、この城」
「改めて考えると……。広すぎるという理由だけで、方角に合わせたモンスターの彫像を並べた部屋を作っちゃうとか……? マーくん、暇を持て余しすぎじゃない……?」
「お前来るまでやることなかったんだよ。憐れむような目で見るなユーさん」
魔王くんは勇者さんから目をそらし、再び南南東を向いた。
恵方巻きむしゃむしゃ、続行。
「それにしてもこの恵方巻きっていうのは……なんか……アレよね……」
「どうしたの。ユーさん食べてるの海鮮恵方巻きでしょ。ユーさんお魚好きだろ?」
「確かにお魚は好きよ。恵方巻きにバリエーションが増えたのもいいことだと思うわ。思うけど……ほら、巻きずしだからこれ……日持ちしないじゃない……」
「ああ、売れ残りの廃棄か。それ毎年気にしてるなユーさん」
「だってマーくん、クリスマスのチキンは翌日でも食べられるじゃない。土用の鰻だってそうよ。定番の季節ものメニューの先輩たちがそこをクリアしてるのに、後発の新参が、ナマ物って……」
「生意気言ってるんじゃないと言いたいわけだ」
「ダジャレを言いたいんじゃないわよ。そこでわたし考えたのだけど、こういうのはどうかしら。恵方メスィよ」
ユーさんが取り出してドンと床に置いたのは、金棒。
ごてごてと謎の装飾がくっつけられている。七つほどだ。
「何、なんて言ったユーさん今? 恵方飯?」
「恵方メスィよ」
「恵方メスィ?」
「恵方ゥメィスィ」
「発音変わってきてる」
「恵方メイスよね」
「メイスじゃねーか。ダジャレだし」
「これなら腐らないわ。廃棄を気にしなくていいどころか、毎年流用可能よ。鬼は外ー!」
「わっ、振り回すなっつーの。だいたい俺は鬼じゃないし、ここは俺の城だし」
「家賃は折半なんだからわたしの城でもあるわよ」
「俺が出て行ったらお前が魔王になるんだぞユーさん! 追い出すな!」
「仕方ないでしょ、今日はそういう日よ。善と悪が行く末を決める天下分け目の日、節分」
「うわっ、このメイス何か付いてると思ったら、ヒイラギとイワシ」
――現代知識を駆使してその玉座に君臨するに至った魔王。これに対抗するべく、現代から転生者として召喚された勇者は、魔王の城に決戦を挑みに向かった。
それから数年。
再び人界に戻ってくることはなかったという。
その理由を知るものは、あまりいない。
「おふざけはこの辺までにして、福豆でも食べよっかマーくん」
「金棒振り回して結構いい汗かいて何がおふざけだ」
「鬼は外ー!」
「今度は豆かよ。ユーさんって行事イベントのテンション高いよなー」
「他にあんまり楽しみないんだからいいでしょ。福は内ー」
「福は内の時は豆、食べるんだ」
「体内に福を招くの。福豆おいしー」
「……ユーさん、いくつ食ってるの」
「え? じゅ、じゅ、十九個……?」
「まさかそれが歳の数とか言わないだろうなお前」
「わたしが転生した身体は十九歳だったんだから……い、いいでしょ」
「実際の歳の数食えよ。転生前のぶんと転生後の足して、ほら」
「多いよ、そんなに足さない! 倒すぞ、この魔王、もう!」
「やべっ、恵方メスィ振り回すなって、うわっ」




