第一章 「御魂世界事情」 第七話 ~魔を以て魔を制す~
大樹は無事、悪魔討伐できるのか!? 紅葉を無事救い出せるのか!?
第七話 ~魔を以て魔を制す~
―――見つけた……!!
”それ”は道の真ん中で周囲を見回していた。見た目は永峰と同化していた時とは違い、何者にも例えられないほどに異形だ。青黒い全身は膨れ上がりパンパンになっているし、二足歩行ではあるが手が地面に着きそうなほどに腰が曲がっていて、その図体には似合わない小ぶりの羽が生えていた。
悪魔は俺の方を見るなり何かつぶやき始めた。
「オマエノセイダ。オマ、オマエノ、セイダ」
上手く言葉で伝えられないのか、頭を抱えて悔しそうにしている。
『大体の下級悪魔は大した知能もございませんの。このような雑魚……話すだけ無駄なことですわ』
「オマエノセイダァァァァァッッ!!!!」
急に悪魔が襲いかかってきた!
「マリアァァァァッ!!!」
俺の呼び声に応じて携帯ストラップが強い光を放つ。その光で悪魔は怯み、一度俺から距離を置いた。あまりの眩しさに目を閉じた俺だが、不意に右手に何かの感触を感じ……それを強く握る。
光が徐々に和らいでいく。目を開ける……。
俺の右手にあったのは大きな鎌だった。
「これが……?」
『そうです。これがわたくしの真の姿。”大鎌のマリア”ですわ』
「これが俺の魔装備……か」
刃は鋭い鋼色をしているのは当たり前だが、漆黒と淡い青で輝きを放ち、柄には15cmくらいの鎖が垂れている。その他にも模様のような装飾がされてあるようだ。持ち手は恐怖すら感じるほど妙にしっくりくる。
『―――さあ大樹様、ひと振りで十分ですわ』
「思いっきり振ればいいのか?」
『はい♪ どうぞ思い切り振ってくださいませ大樹様』
俺はマリアに言われるがまま、鎌を右手逆手左手支えに右側に大きく構える。その時、悪魔もようやくこちらを向き、そしてものすごい勢いで突進してきた。
『今っ!』
「―――んらァッ!!!」
刃と身体が交わった後、悪魔の上下は真っ二つに切断され……その衝撃で全身が膨らみ破裂。その際飛び散った光の欠片だけを残して、身体は跡形もなかった。
『……美味しくはないですわね。下級悪魔なんて所詮この程度か……』
「お前……喰ったのか?」
『私は”悪魔を喰らう悪魔”ですので。当然ですわ』
コイツには随分と聞かなきゃいけないことがありそうだな。
「……紅葉はどこにいるか分かるか?」
『こちらですわ』
「―――紅葉ッ!!」
近くの公園のベンチで横になっている紅葉を俺は見つけた。紅葉は傷だらけでとても苦しそうだ。
「うぅ……。ぅ……」
傷口からは禍々しい色合いをした黒い霧のようなものが流れ出ている。幸い、と言っていいのか出血はしていない。
「マリア、これはなんなんだ! この黒いのは!?」
『御魂傷……一種の「呪い」のようなものですの。実体のない悪魔からの攻撃を受けると、人間はこうなりますわ』
マリアは大鎌から携帯ストラップへと戻っていた。
「実体がないのになんであの悪魔は攻撃してきたんだ!!」
『それは紅葉さんが相当量の魔力を持っているからですわ。もちろん大樹様も例外ではありません―――……ある程度魔力を持っている人間、悪魔は、現実世界と御魂世界両方で存在を認知されますの。現実世界での攻撃は出血、御魂世界での攻撃は呪いとして処理されるのですわ』
両方で俺たちの存在が認識されることは紅葉から聞いていたけれど……実際に悪魔から攻撃を受けるとこんな感じになるのか―――!!
「呪いってのは具体的にどうなるんだ!」
『現実世界の実体には影響はありませんわね。しかし、御魂世界におけるその人の魂は損傷する。精神的ダメージ……うーん。具体的には悪夢を見せたり、異常がないのに身体が締め付けられたり重くなったりしますわ』
呪い……精神ダメージ? さっきまでの永峰のような状態に陥るってことか!
「……悪魔にとっては人間がダメージを受ければ受けるほど美味しい素材になっていくってわけだな」
『その通りですの』
「それで!? どうすれば回復するんだ!?」
『出血とは違って自然治癒が効きます。ある程度の精神的ダメージを我慢していれば自然と治っていきますわ』
そうは言ったって……苦しそうにしている紅葉を見ていると、何もできない自分に腹が立つ……! やはり無力だっていうのか!? せっかく今日ここで一歩踏み出してこいつと同じ世界に立てたのに……こいつの苦しんでいるところをただ見ていることしかできないっていうのか!! きっとこんなことはこれから先日常茶飯事になるに決まってる。それなのにこれからもこういうことがあった後で俺は当たり前のようにここに突っ立っていることしかできないのかよ!!
――――「俺にできることって何かないのか?」
マリアは軽くため息を吐きながら口を開く。
『紅葉さんはほぼ無限の魔力を保持していますから自然治癒速度も早いのですが……』
「なんでもいい! 少しでも早く助けてやりたいんだ!!」
『では主様、両手を紅葉さんの身体に直接付けてくださいませ』
「分か―――……ええと」
……「分かった」と言えば簡単だが、紅葉の身体のいろんな所に目が行く……本能が邪魔をする。苦しそうにしているところが余計に愛おしく思えてきてしまう……と、そこで首を振って理性を引き戻す。
「ちょ、直接であれば……どこでもいいんだよな!!?」
『え? ……ええ♪ そうですわ』
俺はとりあえず紅葉の両手を両手で掴む。
『……ムフ、恥ずかしがり屋なのですね///』
「う、うっさいな! どこでもいいんだろっ!?」
『後は強く念じればいいだけですの♪ 自分の魂を流し込む感じで』
「了解……」
目を閉じて……俺の力を紅葉に流すイメージを一生懸命頭に描いてみる。
『その調子ですわ大樹様っ! ……ですが多分、このままだと―――』
―――??
俺の意識はそこで途切れた。本当にキレイに、プッツンと。電話線が切れたように暗闇に飲み込まれた――――。
夜の薄明かりが辺りを包んでいる。街灯の光はなさそうだ……ということは、この広めの和室の布団もとい寝かされた俺を照らしているこれは月明かりということらしい。
障子の向こうに人影を見つけ戸を開けるとそこには紅葉が居た……よかった、無事だったんだな。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。助けてくれてありがとうございます」
「助けるなんて俺は……こうしてぶっ倒れちゃったし」
自らの弱さを認めるのは恥ずかしいな、やっぱり。
―――「えへへ、大樹君……倒れて当然なんですよ」
「え?」
「マリアから聞きましたよね? 私は「無限の魔力を持ってる」って」
「あ、ああ」
そういえばそんなようなことを言っていたような気もする。
「あれはどういうことなんだ?」
「魔力は普通、睡眠や休息を取ることで徐々に回復します。上限は決まっていて、ある程度まで消耗するとさっきの大樹君のように意識を失います。私だけはどんなに魔力を消耗しても供給源があるので意識を失いません。上限は作っちゃってますけど、本来は上限もないんです」
「紅葉だけが?」
「はい」
「なんで?」
紅葉は間を置いてから、遠い場所へと視線を向ける。
「……大樹君。あそこにある大きな木が見えますか?」
そう言うと紅葉は裏山の中の樹木を指差した。俺もそっちへ目を動かすと、確かに遠くの方で大きな木が目立つように真っ赤な色を付けてそびえ立っている。
「ん? あれか?」
「はい。あれが神樹様です」
「あれが……神樹……。ええと、世界を分ける木なんだっけ」
「そうです。そして現実世界でも御魂世界でも同じ……ずっと紅葉したままのモミジの木です。私たちと同じで、どちらからも認識できる存在……そしてあれが……」
―――「私の魔力供給源なんです」―――
「神樹から魔力を?」
「はい♪ でも、あまりにも強大な魔力なので詰め込みすぎないように上限を作ってそこまでを目安に力を頂いてます―――……さっきの傷も神樹様の魔力を使えばすぐにでも回復できたんですけど……本当に強力なので一度に思い切り吸い取ると上手く扱いきれないんです。だから大樹君の魔力に甘えちゃって、神樹様の少量の魔力を使って大樹君の流し込んでくれた魔力を思い切り吸わせていただきました♪」
「なんか、すごいんだな……紅葉って」
神樹と魔力を共有している人間。……恐らく神樹ってのは2つの世界の融合を阻止するほどの魔力を持っているはずだ。それをコントロールするんだから、そりゃ上手く扱いきれないのも当然だろう。
すごいって言うのは人としてと言うより……なんだか常識を超えていて、だろう。勿論紅葉は紅葉なんだけど。でも、同じ人として見るのは難しいというか……あまりにも雲の上の話な気がして。
―――そんな気持ちを察してか、紅葉が言った。
「……大樹君の言いたいことは分かりますよ。私も、私が人としてありえない存在だってことは分かってますからっ」
紅葉は「えへ」と寂しそうに苦笑った。そう思ったのは事実だけど。本人にそう言われると、なんだかたまらない。これは彼女のコンプレックスなのかもしれない。俺はそう感じたと同時に直前の自分を情けなく思った。何考えてんだ俺は……!
「紅葉は……紅葉だよ。心配すんな。俺は俺が見て、話した紅葉っていう存在をそのまま受け止めるだけだ。ありえない存在なんてことはないよ。だからそんなこと自分で言うもんじゃねぇ」
そう思った後でこう言うのはズルいのかもしれない。でもこれは謂わば俺の決意だ。
―――紅葉は俺の顔を見て少し黙るとまた神樹の方を向いて、今度は少し嬉しそうにしてくれた。
俺も紅葉と同じように、神樹の方を見つめる。
「俺の方を悪魔が見つめて来た時はさすがに鳥肌が立ったよ……。本当に御魂世界の魂も、現実世界の俺の姿が見えるんだな。ぁいや、疑ってたわけじゃないけど……やっぱり怖いもんだな。ああいうバケモノと目が合うってのは……」
「魔力を多く持っている人は向こうの世界でも「魂を認知」できるようになります。……でも、魂を認知できないぐらい弱い魔力の人であっても魔装備と契約している人は向こうから見られちゃいますよ」
「その魔装備って一体なんなんだ?」
「魔装備は、”憑依悪魔”って呼ばれている悪魔たちを武器に憑依させたものです」
「マリアは悪魔を喰った。本人は「悪魔を喰らう悪魔だから」って言ってた」
「悪魔は悪魔を食べますよ? 悪魔も所詮は魂の一つですからね」
「そういうことか……」
悪魔の力を使って悪魔を倒す……か。腑に落ちない気もするけどな。
「そんな御魂世界に元々あるものと契約するんですから、向こうから見えるようになってしまってもしょうがないんだと思います」
「なるほどな……でも悪魔からの攻撃は呪いとして俺たちに与えられるのに、俺たちからの攻撃は悪魔には与えられないんじゃなかったか? 確か触れられないって話だったから」
「はい。でも魔装備があれば別です。魔装備は悪魔を倒すために作られたものです。私たちが殴りかかったところで悪魔へ拳は届かないですし、むしろダメージを受けてしまいます。でも御魂世界の魂入りの武器なら悪魔に触れ、倒すことができます」
そこで俺は思い出した。紅葉は……いや”赤眼の紅葉”は、素手で悪魔の本体に触れて、さらには握りつぶしていたような気が……。
「……? もう一人のお前は素手で悪魔に触ってた気がするんだけど」
「ふぇ? あ、ああ……そうなんですっ。この子は触れるんですっ……魔感の一種らしいですけど。私が証拠品を視られるのと一緒で、人によっては特別な力が備わることもあるんだとか―――……この子は魂に直接触ることができる……。でも不便だって本人は言ってますっ!」
「へ、へぇ……色々あるんだな。魔感って」
月が綺麗な夜だ。和式の平屋建てらしいこの場所も相まって静かでとても和む。そして何より、月に照らされた紅葉は美しさを持っていた。
そこで俺は紅葉に関する一番聞きたかったことを本人に聞いてみることにした。
「……なぁ、もう一人のお前って……何者なんだ?」
紅葉もさすがにそうツッコまれることは分かっていたらしかった。
「やっぱり……そうなりますよね。気になっちゃいますよね?」
すると紅葉はまた、寂しそうな顔で空を見上げた。
「いや、言いたくないならいいんだけど」
「ううん。今のうちに伝えておきます。そっちの方がこの先迷惑を掛けずに居られるような気がするから……」
寂しそうな顔でこっちを向いたかと思うと、それから優しく微笑んでそう言った。
「なら、聞いていいか?」
「はい」
紅葉は、今度は少し真剣な顔をしながら話し始める。
「私は神樹様と魔力を共有しています。これは、契約したからとかそういうものではなくて、生まれた時に授けられた力なんです」
「だとしたらやっぱりすごいんだなお前って。生まれた時から相当量の魔力を持ってたってことだろ?」
神樹の魔力をコントロールできるほどの魔力はあったんだろうな。
――――「いいえ。私は生まれた当時、魔力なんてほとんど持ってませんでした」
「? じゃあどうやって神樹の魔力を押さえ込んだんだよ。コントロールしないと……今でもまだ扱いきれてないんだろ?」
「はい、私みたいな「生まれながらにして神樹様に選ばれた人間」を「神樹の申し子」と言うらしいです。神樹の申し子は100年に1度現れると言われていて、大抵の申し子はその強大過ぎる魔力に押しつぶされて……生まれて間もなく亡くなるそうです」
「そんなに強いのか……? 神樹の魔力って言うのは」
「多分、大樹君が思ってる以上には強いと思います」
「紅葉はどうやってその魔力を押さえ込んだんだ?」
「お父さんがある手段を使って……ですね」
俺は生唾を飲んだ。きっと、いや間違いない。その「手段」とやらが……。
―――「お父さんは、私の魂に別の魂を混ぜ込んだんです。それも特別な魂を」
「お前の父さんのことだ……きっと苦肉の策だったんだよな……」
「はい。そうしないと私は確実に今生きてないと言ってました」
「で、その特別な魂っていうのが……もう一人のお前なんだよな?」
「そうですね。しかも人の魂じゃないんですよ? この子」
苦笑いを浮かべて紅葉は続ける。
―――――「悪魔……なんです……」―――――
「ん?」
よく聞き取れなかった……。
紅葉はそんな俺に分かりやすいようにもう一度言う。
「悪魔……”魔王”なんですよ。当時の悪魔頭首。よっぽどのバケモノだったってお父さんが言ってました」
え? ……分かりやすく言われても理解に苦しむ俺って一体? ええと? は?
「―――魔王!? そんなのがお前の中に居るって!?」
「信じられませんか……? えっへへ。まぁ、そうですよね」
「いや、信じるけど……でもどうやってそんな危険な悪魔を人の魂と混ぜ込んだんだよ……! 下手したら死ぬより危ないんじゃないかッ!?」
「……当時、お父さんが無理やり押し込んだこともあってすごい不安定な日々が続いていたみたいです。私は幼すぎて覚えてないんですけど」
「そりゃそうだろうなぁ」
「でも、この子ぐらいじゃないとこの膨大な魔力を貯蔵するだけの魔力容量はなかったんです。そんな容量の人を世界中から選ぶ時間も余裕も無かった……だからお父さんは必死に私が死なないように、でも逆に魔王が死なないように、頑張ってくれたみたいです……んん」
どういうことなのかはなんとなく分かった。簡単に言えば”申し子”の運命を背負って生まれてきてしまった紅葉を圭司さんがなんとかしたくて、結果として”他の器”を紅葉に移植……その”他の器”というのが膨大な魔力制御ができるだろう当時の”魔王様”というわけだ。この例え方はすごく失礼だから心の中だけにしておくが、言ってしまえばコンピューターへと新たに優秀なハードディスクを増設するようなものだろう。
―――ふと、紅葉の目が赤くなった。赤眼紅葉のご登場だ。
「ペラペラ喋るなぁ……紅葉ちゃんも。まぁ、事実だから否定はしないけどっ♪」
「お前が、魔王なんだってな?」
前みたいに突然雰囲気が変わる……ことはなかった。紅葉の目から覗いていたのか、魔王は言葉こそおちゃらけているように見えるものの、空気を読んで今は大人しい。
「「元」魔王だよ大樹っ♪ 圭司とか平治の世代の魔王っ」
「うちの親父も御魂世界と関係があったのか?」
「あははっ。平治は強かったんだよ? ……あー、そっかぁ。今はもう、力はないんだけどね」
そうなのか? 一体……何があったんだろう。きっとこいつに聞いても教えてはくれないだろうな。紅葉は話を進める。
「圭司が頑張ってくれたのも事実だけど、私が協力してあげたのも事実っ♪ 私なくしては美珠紅葉は生まれてこれなかったと言ってもいいね」
「なんでお前は紅葉に協力してくれてるんだ? 悪魔なら普通魂を喰らうんだろ? 魔王なんていう立場なら尚更だ―――……どうしてわざわざ敵対するようなことするんだよ?」
「そだねぇ。私は確かに大が付くほどの悪魔だけど……この子がなんだかんだ言って嫌いじゃなかったってことかなぁ」
「……その言葉……信じていいんだよな?」
「んん? だってもし私が最初から紅葉ちゃんを喰らおうとしてたなら、既に紅葉ちゃんの心はここにないだろうし、甲賀の息子をここまで誘ったりはしなかったはずだよー?」
確かに、その気があればここまで丁寧に説明してはくれなかっただろう。魔王なんだし、初めて会ったあの時に俺を切り捨てたって良かったはずだ。
「分かった、信じよう。お前はもう……もう一人の紅葉なんだよな」
もう一人の紅葉は即答した。
「うん。私はもう一人の美珠紅葉。この一つの頭で考えていることは本物と同じっ♪」
「つーまーりー……?」
「―――私、美珠紅葉は大樹のことが大好きなのだぁっ♪」
例のごとく俺のすぐ傍まで近付き、抱きついてきた。……俺、妹が中々兄離れしないから一応ある程度女性に免疫あるけど……これには毎度ドキドキしてしまう。
「やめろよもうっ、そういうのおかしいだろっ!?」
俺は紅葉の回している腕を外そうとすると、突然紅葉は回している腕の先の手をさらにキツくしめる。
「そう言いなさんなぁっ☆」
すると、そのまま紅葉は静かに呟いた。
―――「本人もこうすることを望んでいるのじゃ……」
「……?」
途中からあの老人じみた口調だった。確か、これが赤眼の本当の口調だとか言ってたな。
「この子は……悪魔と対峙する時、とてつもない大きさの恐怖に駆られておる。それほどの不安と戦っておる。……昨今、悪魔も次第に強くなってきておる故、心の拠り所を欲していたところじゃ。……お前のような頼れる男子が現れて……とても安心しておるのじゃよ」
「そう……なのか……?」
「左様じゃ。だから……今はこの子の気持ちが落ち着くまでの短い間だけで良い、こうしてやっていてくれぬだろうか」
ドキドキしてしまう気持ちはスゥっと引いて行った。あんなバケモノ共相手に一人で戦ってきたら、そりゃ寂しいだろうな。苦しかったろうな。
「しょうがねぇな。これからは、たまになら付き合ってやるよ……」
「……うん」
俺は軽く抱きしめ返してやった。赤眼紅葉の目からは涙が伝っていた。そうだ……魔王であろうが人間であろうが、同じ”美珠紅葉”で繋がっているんだ。それ以外の何者でもない。その中に魂が二つあろうが、そこに居るのはただ一人の女の子でしかないんだ。
気付けば俺の抱きしめ返した腕の力は強くなっていた。紅葉が苦しくない程度に優しく強く抱きしめていた。
―――「よっ!! 世話になったな大樹! これからよろしく頼むぜっ!」―――
「永峰……ああいや、康也って呼べばいいか。もう大丈夫なのか?」
「へへっ! もちろん! 全然元気になったぜ!! おかげさまでな!!」
次の日、永峰康也は御魂高校に登校していた。とても喜ばしいことだ。
「ん? なになに大樹君、新しいおもち……お友達かな?」
……玩具って言いかけなかったか? こいつやっぱり危険だな。ちなみにこのセリフは香取亮太だ。
「大樹の友達? 俺は永峰康也! ちょっと前にこいつにゃ世話になってな!」
康也と亮太が話をしているのを微笑ましく見ていると後ろから紅葉が現れた。
「大樹君、その、昨日は……あり、ありがとう……です」
「ん? あー、気にすんなっ。あのくらいは当然!」
昨日は日付が変わるぐらいまで紅葉と会話した。途中で紅葉の親父さんも話に混じったりしたけれど、結局親父さんは悪魔に関することを一切話してはくれなかった。当たり前といえば当たり前だ。俺はまだ昨日の今日で悪魔事情を知った程度の下の下。親父さんの信用を勝ち得るには全然実績が足りないのだろう。
話に一区切り付け、「次の日学校に一緒に登校するのはさすがに目立つ」と言う強引な俺の理由により一度家に帰ってからまた休息を取り、朝登校したのだった。
「……え。大樹君は、どんな女の子相手でもあんなに強く抱きしめるんですか?」
「んん、どうだかな。同じような状況なら、誰だってああするんじゃないか?」
「そ、そうなんですか……」
目ではなく顔を赤くした紅葉。どうしていつもお前は恥ずかしそうな顔をしているんだ?
「そ、そうだと思うぞ」
と、言っておく。他意は無い……と思う。
「―――永峰っ! バスケいくわよっ!」
廊下の方から元気のいい声が響く。鈴良先輩だった。
あれからしばらく康也の家で二人で話し合い、決めたらしい。康也はバスケ部を退部……と言うより元々公認入部していなかったわけだから、バスケ部には「入部しない」と言った方が正しいか。推薦で入学したからといって、入部しなければならないという規定はなかったようだし、顧問の先生も物分りがよく頷いてくれたようだった。新人イジりをした先輩6人は鈴良先輩にこっぴどく怒られた上に、顧問にも叱られ停学処分となった。
それなら「別にもうバスケ部をやめる必要はないんじゃないか」とも思うが、それでも本人はそれでいいのだと言った。バスケ部に入部しないからといってバスケを諦める理由にはならない。これからも休みの日や休み時間、放課後にでも時間をもらって、鈴良先輩とマンツーマンレッスンを受けるらしいとのこと。
よかった。鈴良先輩との仲はそのまま……ていうかきっと超進展しただろうし。バスケも諦めずに続けられるようだし。本当によかった。
「はいッ!! あちょ、ちょっと待ってくださいね先輩!」
康也はバスケシューズの入った袋とジャージを持って廊下で待っている鈴良先輩の元へ向かう。……鈴良先輩が俺と紅葉の方を見たと思ったら、康也もこちらを振り向いた。
「ありがと。祓い屋さん♪ 君たちはきっといいコンビになるよっ! あたしが保証する!」
「先輩の言葉にドロ塗るんじゃねぇぞ大樹! それと美珠さん! これからも俺たちみたいに、沢山の人を救ってやってくれよなッ!」
2人は顔を合わせると笑顔になる。そして再びこちらを向き、大きく礼をした。俺も紅葉もそれに釣られて小さく礼をした。周囲は話し声で騒がしく、誰も気に留めないようだった。
「……本当によかったですねっ♪ もうちょっとであの人たちのあの笑顔すら見れなくなるところでした……」
それはとても、とても嬉しそうに紅葉が言った。俺も心の中で強く頷いたのだった―――……そして思い出した。
「そういえばあの時、なんで鈴良先輩は康也のことを思い出してたんだ?」
「御魂世界と現実世界のリンクの話はしましたよね?」
「うん、母さんと康也の話だよな?」
「リンクには、サブリンクとメインリンクの二段構成の可能性があるんです」
「なんじゃそりゃ」
「永峰君は、覚えている範囲でお母さんとリンクしました。それがサブリンク」
「少しずつ忘れて行ってはいたけど、あれがなきゃ始まらなかったよな……」
「そうですね……。一方メインリンクは、「記憶に鍵を掛けた部分に居る中心人物」であることがほとんどです。今回の場合も鈴良先輩だったですし」
「鈴良先輩ともリンクをしてたってことか……」
「はいっ♪ しかもメインですから、そっちの方が絆がしっかりしているんです。でも問題があって―――」
「……記憶の鍵を開かないとリンクしていることにも気付けないのか」
「そうなんです……。本人がリンクしていることに気付かないということは、相手の方も気付かないわけなので……。ある程度私たちが記憶の鍵を緩めていかないとあそこまで絆を思い出すことは不可能でした」
「あの時は結構呆気なかったけど、本当はすごいファインプレーだったんだな……鈴良先輩のキーワードって……」
「はい。魂の証拠品調査では、そういうところをしっかり聞いていかないと大事な部分を見逃してしまうので……だから、大樹君の質問は素晴らしかったです♪ さすがは人間王のパートナーの息子さんですっ!」
「人間王?」
「ふぇ? あー……まだ教えてなかったですぅ」
―――「私の父の通り名ですっ。「人間王」美珠圭司。パートナーだった甲賀平治さんは「人間魔王」……「魔人」なんて呼ばれ方をしてたみたいですよ?」
「は? 親父が人間魔王? なんか紅葉の父さんより強そうじゃねぇか……」
「実際に魔力では平治さんの方が強いらしいですよ。私の父は人間王……人間の域は出てないけどその強さは異常だったらしいです。平治さんは人間の域を超えた魔力と魔力コントロールで上位悪魔さえも驚く実力を持っていたとか……と、当時の魔王が言ってるんだから本当だと思いますっ!」
ああ。その知識は赤眼の方の知識か。確かに……魔王までもが認める強さ。計り知れないな……。親父…か……。
御魂世界のアンタは……どんな人間だったんだろうな。
「人間王の方が有名なのは……ご存知の通り、人間魔王である平治さんは今……もう力を持っていないからです……」
「どうして親父はもうこっちの世界に来ないんだ?」
「来ないというよりは……来れないんじゃないでしょうか。魔力はもうありませんから」
「なんで無くなったんだ?」
「それは……? ふぇ? 「本人に聞け愚か者」らしいです。す、すいません大樹君っ!」
赤目に一度聞いてみたところそんな言葉で押し返されてしまったらしい紅葉……そこまではさすがに教えてくれないか。
「気にすんなって。今度聞いてみることにする!」
「そうですか……」
―――「人間王だとか人間魔王だとか、すごい話してるけど……その設定臭すぎないかな」
俺の机の先から生えたのはやはり亮太だった。
「おう。亮太、聞いてたのか?」
「いやぁ、ほとんど聞けなかったんだよなぁ。最後の方だけだよ」
そうか。それならまだよかった。コイツに全て聞かれたら何をツッコまれるかわからない。話がこじれるのは嫌だし、一番最悪なのはこういう一般人を危険に晒すことだしな。それだけはどうにか阻止しないと。
「……そういえば、お前ら勉強は大丈夫なのか?」
「え…っと。た、多分……」
「え? 何? 勉強? そんなの今日の朝トイレに流してきたよ」
「そりゃ大変だな。今日だったろ」
「え? 何? テスト? そんなの今日の朝トイレに流してきたよ」
言わなくても分かるだろうが、この「え? 何?」は亮太の言葉である。
「……お前の言いたいことは大体分かった。今度はお前自身を朝トイレに流してこい。そしたらいつかノートぐらい見せてやるよ。まぁ、今日のは中学の復習だし大したことないだろ」
「だ、大樹君っ! 勉強できるんですか! ス、スゴイです!!」
紅葉が目を輝かせて尊敬の意を示した。
ははーん、あれか? お前もアレな人間か?
そこへ康也がバスケを終え帰ってきた。
「おい康也、今日テストだけど準備は万全だよな? バスケしてるぐらいだもんな。余裕だよな?」
「は? テスト? 今日お前……あれ? テストなの?」
ああ。コイツはもはや知らなかったクチだ。
「そうだよ。今日これからすぐにテスト地獄」
すると康也は石のように固まりヒドい冷や汗と共に持っていた袋とジャージを落とした。
「……はぁ……こりゃ先が思いやられるなぁ」
そう言いながらも、俺はこれから始まる高校生活に大きな期待をしていたのだった。面倒なこともきっと沢山あるだろうが、それもまた学生として……いや、人間として当然のことだろうからな。しょうがないさ。これからもしっかりと向きやって行ってやるよ。この世界とやらとな……。
「―――よし、みんな準備いいな? マークシートは最後尾まで配られたな? 始めっ!」
―――――数日後。
テストが返された。先生は何やらニヤニヤして俺にマークシートを渡す。
「…………やらかした……」
静かに俺はそう言った。そう。解答一つずつズラして記入しちまった。あるあるすぎて笑えない。どうやら再試があるようで、案の定あの馬鹿らしい会話をしていた俺を含め4人は仲良く再試になったのだった。
いや、ごめん。「俺だけはこいつらとは違う」みたいなオーラ出そうとしてたけど、やっぱり勉強は嫌いだ……!!
マークシートなんていう凡ミス多発システムを作った奴は何様のつもりだあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!
今週もありがとうございました!! 実はですね、今日が月曜日であることを忘れていて……。寝てません! しかも寝てないにもかかわらず「御魂の神樹!!」第三章が進んでおります!! 大丈夫か!? シナリオ!? 文面!? 大丈夫かッ!!!?
ということで、今日は確認作業を怠っております!!! 何かあったらぜひコメントください!! 謝ります!!!
来週もぜひ読んでください!! よろしくお願いします!!!(`・ω・´)