第一章 「御魂世界事情」 第六話 ~心に刻まれしモノ~
「こんな無感情の男を一体どうやって感情的にするってんだ!!」
第六話 ~心に刻まれしモノ~
「んで? コイツには俺たちが視えてるけど、コイツの母さんとコイツがリンクしてるからギリギリ視えてるってことでいいのか?」
「むぅ。そうですね……。それもありますけど……」
その後の発言は俺の期待を大いに裏切った。
―――「……私たちは常に向こうの世界から”視える”存在ですよ?」―――
「は? だってこっちからも視えないし向こうからも視えないんだろ? 直接は」
「さっき「特別なことでもないと直接は視えない」って言ったんですけど、その例外の一つはこれなんです。魔感を持つ人の中でも魔力が多めの人は魂そのものの存在力が強いので向こうから視えちゃうんですよね……ふへへ……」
え? じゃあつまり、これから俺は道端を何気なく歩いてる時でも悪魔の出没に一々注意して行かなきゃいけないってことなのか!!?
「はは……。紅葉はそうだったとしても、つい最近まで魔感ゼロだった俺が向こうからも認識される存在なわけないだろ?」
「ええと、さっき大樹君の手を握った時に分かったんですけど、認識されるには十分な魔力かと……」
嘘やーん!!! 俺は周囲なんて気にもせず思い切り悲しんだ。
「……俺は今後悪魔にいつ襲われてもおかしくないってことか……」
「そ、そうなりますけどっ……。全ての悪魔が人間を喰らったりはしませんし、逆に堂々としていると人間だと気付かれないので問題ないかと……」
「え? そうなのか? いや、だって明らかに見た目人間だろッ!!」
「悪魔って、匂いには敏感ですけど基本的には鈍感なので。……私もほとんど襲われたりしませんし」
いいのか悪魔……。お前の好物が見える位置にいるというのに普段お前らはそのチャンスを逃しているんだぞ? ―――と、思ったがその後で考え直した……もしかすると悪魔は「存在力の強い人間イコール強い人間」だってことを直感で理解しているのかもしれない。だから敢えてそういう存在には近付かないのかもな……しかも思えば、人の身体を借りるまで人の魂を美味しいと気付けなかった種族だ。そりゃ鈍感過ぎるのも頷けるな。
俺は大まかな……いや、結構細かいところまで御魂世界と現実世界について紅葉から聞いた。俺の知らない場所で、もう一つの世界を悪魔が動かしていたなんてな。
「それで、感情を刺激させるって言ったって……。コイツはもうほとんど感情なんて持ってない気がするけど?」
「さっき言いましたよね。この人がまだ魂としてある以上「一番消しにくい記憶」があるって」
「”ネガティブになった原因”ってやつだな。でもそんなの探せるのか?」
「可能性は低いですけど、やるしかないんです」
まぁ、そりゃそうだよな。紅葉は手を出してきた―――恥ずかしそうに笑って。
……その原因を「魂の証拠品」から探っていくってことか。こりゃ骨の折れる作業だな。俺は差し出された手の上に右手を乗せて握る。瞬間、視えなかったモノが視えるようになる。
「ここからヒントになりそうな物を探していくってことだよな」
「それしかないですからね……」
「そういえば、コイツ、記憶操作のせいで質問してもちゃんと返事してくれないんじゃないか?」
「え? ああ、そうですねぇ。でもその点は安心してください。私がそんなことはさせませんからっ♪」
「ん? どういうことだ?」
「実際にそうなってみれば分かりますよ。あと、悪魔が記憶操作するってことはきっと「その人にとってヒントになる事」だと思います。大樹君はこの人にどういう話をした時、悪魔は記憶操作してきたんですか?」
「確か……「謎の失踪事件」の話を聞こうとした時だな」
紅葉は少し苦笑いした。
「……それは多分大樹君みたいな「視える人」に警戒しただけですね……」
「そう……だよなぁ」
「まず言えることは、この人の苗字は「永峰」だってことですね」
「小さいヒントだけど、名前の半分はもうわかってるんだよな」
「はい。名前を思い出させるためには、感情を呼び戻して悪魔から奪われた魂の力を引っ張り返さなきゃいけません。それだけの感情をこの人に持ち直してもらわないとです」
「感情が戻れば、奪われた魂は戻ってくるのか?」
「そうですけど、奪い返してこようとした本人の魂に対していきなり悪魔が逃げ出す時があります」
「え? とり憑くのをやめて逃げていくのか?」
「はい。でもそれだと本人の魂は完全に戻る前に切り離されてしまうので、ちょっと面倒なことになります」
「どうするんだ?」
「悪魔を倒すんですよ」
―――紅葉の持っていた刀の意味が分かった瞬間である。
「……倒すと、戻ってくるのか?」
「例外はありますけど、私たちの方法なら確実に戻ってきますっ」
「そっか。じゃあ……頑張らないとな」
「あっ! そういえば大樹君、これを渡せって言われてました」
そう言って紅葉は学校カバンから何やら出して俺に手渡してきた。……。これはなんだろう。赤くて丸いガラス玉とそれを軽く包むように金色の蔓の装飾がされた物に、細い輪っか上の紐が垂れている。装飾と紐の間には、ワンタッチで取り外しが出来る細工もあるようだ。一見してこれは……。
「これは……携帯ストラップかな?」
「はいっ。お父さんが「大樹君にこれをあげなさい」って」
「そ、そうなんだ」
あ、お父さんがね……”あの”お父さんがね。
「ただの携帯ストラップじゃないけど、大切にしてくださいねっ」
しかもただの携帯ストラップじゃないの!? そういうのやめてよ怖い。
「……分かった。ありがと」
「えへへ」
俺は紅葉に見えるように自分の携帯にストラップを付けた。あまりジャラジャラしているのは嫌いなのでこういうのは付けない主義だったんだけど……。紅葉も嬉しそうだし。まぁいいか。たまにはこういうのも。
「――――おい永峰、お前……バスケやってたのか?」
「ああ。バスケな。そんな時期もあったな」
家に飾られた賞状、トロフィーは大体がバスケットボール関係だった。最初は父か母がやっていたのかと思ったが、表彰者の名前が完全に消えているところから、この男の物であることが読み取れる。
机の上にある写真立てを見る。……これは確か。
「あれ? これ、鈴良美琴先輩じゃないですか?」
やっぱりそうか。紅葉も知っていたことから俺も完全に思い出した。この写真に写っているバスケのツーショットは、男と鈴良美琴先輩だ。鈴良先輩は、強豪の御魂高女子バスケ部の2年生エースで、この辺じゃいろんな噂が飛び交うぐらいにとても有名だ。なにせバスケと全然関係ない俺が知っているぐらいだからな。あと、確か既に時期部長が決まっているとかいう話を昨日ちょっと聞いたような……。
なんでこの男とツーショットなのか。付き合っていたりしたのだろうか? 先輩スタイルも抜群だしな。確か歳の近い妹がいるとか。妹さんはアイドルやってるらしいし、すごい家系だよなぁ。
―――「―鈴良、先輩……?」
男が動揺した。身体がプルプルと震えている。すると。
「ア゛、アアアアアアアアアアアァアアアァァアァアアァアァア!!!」
これは!! 記憶操作の前兆じゃないのかッ!?
「お、おいッ!! 紅葉!! これってまずいんじゃないか!!?」
紅葉の方を振り向くと、紅葉は目を閉じながら鞘に収まっている刀を男の方に向け叫んだ。
「キリンっ!! 喰らってっ!!!」
すると刀は紅葉の握っていた辺りからドス黒く禍々しい大きな腕を出現させ、動揺している男の腕を握る! 男の腕からは同じような黒い腕がうっすら見えていて、実際には刀から伸びた腕はその黒い腕を握っていた! 紅葉が呼んだ「キリン」と言う名のその腕は、男から同じようなその黒い腕を引き剥がし、そのまま刀の中へと消えていった。
「……鈴良、先輩……。そうだ……。俺は、鈴良先輩に憧れ……。いや、きっと好きだったんだ。だから御魂高校に入学したんだ……」
男は、途切れとぎれにだったが、確かにそう言った。
「お前、御魂高の生徒だったのか」
男の顔を見て、紅葉が答えた。
「……そうみたいですね。もし友達だったら……覚えてなくてごめんなさい。」
「紅葉……。今のは一体……」
「この刀には意思があります。今はそう言っておきます」
冷静にサラッと紅葉はそう言った。俺は少しだけそのそっけなさに違和感を覚えた。
「でも、とりあえず……記憶操作の妨害には成功したみたいだな!」
「はいっ。この調子でどんどんこの人に記憶を取り戻してもらいましょう! 今のこの人は「なんとなく忘れている」状態です。まだ何か聞いてみれば何かを思い出せるかもしれませんっ! 記憶の鍵も開くかも……!」
そうと決まれば色々聞いてみなきゃな!
「「憧れ、好きだった」ってことは付き合っていたわけじゃないみたいだな」
「あ、ああ。それに俺……今は……鈴良先輩が好きじゃないんだ。あれだけ惹かれてたのに……」
「何が……あったんだ……?」
「それが……。思い出せないん―――」
「アアアオァアアアアアアアアアアアアアアァアア!!!!」
再び男は叫びだした!
―――これだ! 間違いない!! これに関係することこそコイツが絶対に忘れたくない記憶……! そして悪魔が絶対に消し去りたい記憶だ!!!
男は頭を抱えて辛そうだ。よく見ると男とは別に、何か黒いモノが男に重なって同じ動作をしていた。何かが居る……そして動揺している! そうか、こいつが”悪魔”……!!
「全く……そう何度も不味い魔力なんて食べたくないんだけどなぁー ―――キリン?」
紅葉から再び大きな黒い腕が。今度は男の片足に絡みつき、男にとり憑いていた黒い足だけを引き千切り刀に収まり沈黙。
……紅葉が赤眼になっている。
「さっすが大樹っ♪ 今回のは比較的簡単だったけど、ちゃんと悪魔を追い込めたねっ!」
「……追い込む……か。確かに、今は最高の気分だな……! ははっ! ざまぁみろ悪魔ッ!! これが人の魂の強さってもんだ!! このまま押し通してやるぜッ!!」
「油断はしちゃダメだからねっ?」
「任せとけ!」
そうだ、今まで悪魔に気付かれないようにと、とり憑かれた瞬間に鍵を掛けていた男の記憶に俺は手を掛けた。開かれた記憶を初めて覗くのは俺だけじゃない。悪魔だって遂に現れたこの忌々しい記憶を絶対消したいはずだ。こいつの記憶の鍵を先に握るのは俺のこの手か、それとも悪魔の手か……! ここからが正念場だ!
さあ!! どう出る悪魔!!
「あああああッッ!!? はぁ……はぁ……」
男はまた息をどうにか整え始める。そして俺は考える、先程までに集めた証拠の全てから思考を巡らせる。
―――好きだった、近付きたかった先輩の高校に無事入学できたのに、今は好きじゃない? ……本人だって言ってた。「あれだけ惹かれてたのに」と。
―――嫌いにならなきゃいけない理由?
「お前は、自分から嫌いになったのか? それとも嫌いにならなきゃいけない理由があったのか?」
男は先程からずっと身体を大きく震わせている。だけど、無感情だったさっきとは違って、今はまっすぐに前を見て何かと立ち向かう目をしている。
……そうだよな……お前だって、思い出したいんだよな。
無意識に鍵掛けたその想い……記憶をッ!!
「……! 嫌いに……ならなきゃいけない……理由……」
「自分から嫌いになったのか? 同じ学校に入学するほどに好きだった先輩を自分から嫌ったのか?」
男は強く否定した。
「ち、違うッ!! 俺は、俺は嫌いに……なりたくなんて……うあぁあああああああああああああぁぁああぁああああッッッ!!!」
「ふん。しつこいなぁ三下。いい加減理解しなよっ。私を誰だと思ってるの……?」
怪しげな笑みを浮かべてから紅葉が今度は素手で黒い腕を掴み……握りつぶした。どうやら、この男の黒い身体は腕や脚を壊されても回復するようだった。握りつぶしたその黒い腕が霧状に切れるのは、恐らくそれ自体が実体じゃないからなのだろう。きっと「影」みたいなものなんだろう。でもさっきに比べて黒さが薄くなってるから、きっと何らかのダメージはあるみたいだな。
――――「俺は……! 嫌いになんてなりたくない……!! 嫌だッ!!!!!」――――
男が強くハッキリそう言った。―――”嫌いになった”んじゃない。”嫌いにならなきゃいけなかった”。だから好きじゃないって言い張ったんだ。でも本当は嫌いになりたくなんてなくて……好きでいたい。先輩の傍に……居たい。先輩の傍に居たい。
「先輩の傍に……居たいのか? そのために、敢えて嫌いになる道を選ぶしかなかった……?」
「ッ!!!?」
その時、男は目を大きく見開き……息を吸い、大きく心臓を動かした。
◇◇◇◇◇◇
「―――永峰、アンタなら世界にも通用するバスケができるよ」
「はははっ!! 先輩は大げさなんスよ!!」
「でもアンタ、それが夢なんでしょ?」
「そうっスね。なんていうか……俺にできるのはこれぐらいしかないっていうか―――」
そう言うと先輩は俺の背中を思いっきり叩いた。
「いってぇぇッ!!」
「じゃあ、もっと堂々と胸張ってプレイしな!! 夢なら叶えなさいっ!! あたしはそういうの好きだよっ!」
深緑色のセミロングヘアーに、茶色い瞳―――。自信に満ちた笑みを浮かべている彼女に、俺も笑って頷いた。
鈴良先輩は一つ年上。俺から見れば元気の源だった。そして何よりこの人は俺の目標であり、憧れだった。
この人は誰にでも優しく、自分がどんな辛くても周りを励ましてくれる格好良い先輩だった。運動神経も抜群。強豪校である御魂高女子バスケ部のエースプレイヤー。だからこそ、その言葉の一つ一つが重く、それでいて自然と勇気が湧くような……そんな力があった。
今考えれば……俺はそんな憧れの先輩に、甘えていたのかもしれない……。気付けば、俺は鈴良先輩に恋をしていた。遠い存在の彼女に、俺は恋をしていた。
かく言う俺もバスケ推薦でそれなりに強い御魂高男子バスケ部に入部することになったわけだが。それでも彼女は全然異次元の存在だった。魂のこもったプレイは然ることながら、チームメイトを何よりも大切にしていて、あの人がコートに居るだけでチーム全体が輝くというか……より強く結束したような気にさせる。そんな人だった。
両親の都合で、小学校の頃から親戚の家に預けられて育ったと言っていた。それでも寂しいなんて弱音を吐いたところを見たことがない。
非の打ち所が無い人気者だ。憧れを抱いていたのも、好いていたのも、俺だけだったわけじゃないだろう。
どうやら地方テレビ局やらなんやらもよく学校に訪ねてきては先輩を特集していた。妹さんも大手芸能プロダクションのアイドルらしく、俺によくそんな話をしてくれた。
そんな鈴良先輩には好きな人が居るらしかった。中学の時、俺は何度も男子生徒からの告白を断っている先輩を目にした。先輩はスタイル抜群、成績優秀、運動神経抜群。そりゃモテて当然だろう。……そんな先輩が密かに想いを寄せている男とは……一体誰なのだろうか。まさか、自分じゃないだろうか!? なんて思ってしまい、我に返って苦笑いする事もよくあった。
「―――来週からアンタも御魂高生か……。時間が経つのは早いもんねぇ」
「またご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします先輩っ!」
「アンタとも、なんだかんだで小学校バスケからの縁なのよね。考えてみればビックリするぐらいアンタはあたしの近くに居るのよね」
「先輩? 俺に付きまとわれるのが嫌なんスか……?」
そりゃ、好きな人が居るのに俺なんかがずっと近くにいれば変な誤解もあるだろうし……。なんて思っていると。
「あはは!! そんなわけないじゃないっ!! アンタにはまだまだ負けないわよ? 入学するからには男女でテッペン取るぐらいの覚悟で来なさい!」
……この人はそう言う人なんだ。嫌なことでも嫌じゃないことでも、相手の気持ちを第一に考える人だ。だから、俺にはこれが本心なのかそうじゃないのかは分からなかった。だが、俺のことを想ってくれていることだけは伝わった。
「えぇ!!? 先輩を超えるなんて到底想像も出来ないッスよ!!?」
「そんなんだからアンタはいつまで経ってもあたしを超えられないのよ!」
「で、でも! 俺、この調子で行けば入学して早々スタメン入りできるかもしれないッス!」
「へぇ!! やるじゃない! どんなコネ使ったのかしら!!」
「ちょ!? そんな物騒なこと言わないでくださいよぉ!!」
「はは! 期待してるわよっ! 男バスの新星!!」
憧れの先輩が期待してくれている。こんな俺を。……それだけで俺は勇気を得られた。これなら高校に行ってもしっかり自分のプレイをできると自信を持って言える。何よりも、そんな姿をこの人に見せたい。そう思った。
中学生になって間もない頃、一度はバスケを辞めようと思ったこともあった。それでも鈴良先輩の言葉で続けられた。
――――「アンタの努力はあたしがずっと見てきたから知ってる。だから、その努力を馬鹿にする奴が居るならあたしがぶん殴ってでもアンタの前に突き出して謝らせてやる」――――
結局のところ、先輩は俺にバスケを続けて欲しかったんだと思う。「夢を諦めないで、最後まで走りきって見せろ」と、言っていたんだと思う。
―――だからこそ、あの時俺の心は揺らいでしまったんだと思う。
御魂高入学前日のことだった。
「これで前準備が全て整ったと思え? これからが本番なんだぞお前ら。御魂高に入学して―――」
監督のありがたいお言葉を聴き終え、部室で着替えを始めた時だった。
「―――おい永峰」
「はい! 何か御用でしょうか! 菊池さん!」
これはネタで言ったのではなく、決まり事なのだ。御魂高に入学するまではまだ御魂高男子バスケ部員として認められない。その為、こうして他人行儀のように先輩に接さねばならない。
―――「お前、鈴良さんと付き合ってるらしいな」
勿論、そんな事実は一切ない。
「いえ、そのようなことは一切―――」
「ああ!? 前に2人で仲良く話してるところ見てたんだよ!! 今更何ごまかしてんだ? ああん!!?」
気付けば先輩方が6人ほど俺の周りを囲んでいた。他の先輩は「程々にしとけよ?」なんて言って早々と帰って行った。俺と同じ新人は先輩より先に上がることができず最初はずっと端の方で身震いしていたが、それを見た先輩から許しを得て、逃げるようにして部室を出て行った。
「いいえ!! 私はそのようなことは、付き合ってなど居ません!!」
「ああ!? まだそうやって俺たちに嘘吐こうってか? それを鈴良さんの前で言えるってのかああん!!!?」
……。「言える」と言えば、その後先輩の前に突き出されて……そう言えば済んだのかもしれない。
でも俺はできなかった。好きだったことは真実だったからだ。誤解でもいい、そうやって仲がいいと思われたかった。
付き合ってはいない……だけど、付き合いたくないわけじゃない! それを鈴良先輩に誤解されたくなかった。俺は……黙って俯くしかなかった。
菊池先輩は俺の髪を掴み、顔を近付けて言った。
「いいかテメェ。鈴良さんとこのまま付き合いたきゃ、この部を辞めろ……。仲睦まじくしてんの見てんのは目障りなんだよッ!! この部に入部して俺たちと仲良く試合に出てぇってんならこの先絶対に鈴良さんに関わんじゃねぇ……!! 分かったか……?」
「は、はい……」
「ハッハッハ……ッ! なんてな。お前バスケ推薦だろ? そんな奴が男バス退部できるなんて思うなよ……?」
6人は嗤っていた。まるで幼い子どものように、それはそれは無邪気に。
菊池、コイツの言ってるのはつまり”そういうこと”だった。俺の選択肢は1つだった。退部出来ない。なら鈴良先輩には関わるな。そういうことだった。
―――バスケなんか辞めてやろう。そう思った。それで鈴良先輩と今までの関係が築けるなら俺は何も文句は無かった。いつか、鈴良先輩が俺のことに気付いてくれれば、それでいいと思った。確かに推薦で入学できるわけだが、別に部を辞めたからと言ってどうこう言われる道理はない。
でもそんな俺の耳を掠めたのは昔の記憶だった。
―――『じゃあ、もっと堂々と胸張ってプレイしな!! 夢なら叶えなさいっ!! あたしはそういうの好きだよっ!』―――
―――『アンタの努力はあたしがずっと見てきたから知ってる。だから、その努力を馬鹿にする奴が居るならあたしがぶん殴ってでもアンタの前に突き出して謝らせてやる』―――
……。最後まで夢を叶える意志を曲げるな、と。あの人の声はそう語っていた。何年も前のことなのに、すぐ近くで聞こえた。
「あんな先輩と一緒のコートに立ってプレイすることに何の意味があるんだ。そんな苦痛を強いられてまで俺は夢を叶えなきゃいけないのか……? なぁ、先輩……」
その日、どうやって家に帰ってきたかは覚えていない。気付いたら薄暗い空間に投げ出されていた。薄暗い世界で……でも見えているものは自分の家だった。母さんが、俺のことを必死で探していた。
どうやら俺の姿は見えないようだった。俺はどうしてこうなったんだっけ? 思い出そうとしても霧が掛かったようになっていて全く原因が思い出せなかった。それに覆いかぶさるように。
『アンタの努力はあたしがずっと見てきたから知ってる。だから、その努力を馬鹿にする奴が居るならあたしがぶん殴ってでもアンタの前に突き出して謝らせてやる』
なんていう言葉が聞こえていた。よく思い出せないけど、その言葉はとても安心できた。その言葉があればそれだけで、何も思い出せなくていい。そんな気にすらさせる程に安心できた。
◇◇◇◇◇◇
「そうか……。あの時の……。先輩の言葉だったんだっけ……」
男の身体からだんだんと黒い身体が外に出てきたような……下半身はかなり身体から反れて男から離れているが、まだ上半身が一体化している。
「へぇ……。なかなか根性あるなぁー。……もうひと押し、必要みたいだよ大樹?」
「も、もうひと押し!? これ以上何言えば……」
俺が考え込んでいると、少々苦しそうにしながらも男が語りだした。
「―――なぁ、甲賀。俺は「先輩の傍に居たいから嫌いになりたかった」わけじゃねぇよ。俺はなぁ、ただ「先輩の想いを無碍にできないから、自分の夢を叶えたかった」だけなんだ。そしてそれは所詮……自分の為に先輩から離れたかったに過ぎないんだよッ!! 何も、最初から先輩の傍に居たかったなら……。……この気持ちこそが答えだったんだよなッ!!」
男の声がハッキリと伝わってきた。強い意志が。その心が。感情が。……俺はこの男の言葉を聴いてやることしかできない。それでどこまでこの悪魔が剥がれてくれるかは分からないけど、今はそれしかなかった。
「俺は……先輩とずっと話していたいッ!! 大好きなバスケの話をしたり、妹さんの話を聴いたり、何でもないことだって楽しく笑い合いたい!! 俺は、鈴良美琴が大好きなんだよッ!! ずっと一緒に居たいんだよッ!! この気持ちのどこに嘘があるって言うんだ馬鹿野郎ッ!!!」
男の目では涙が溢れていた。強く、強く叫んだその声はどこまでも響き渡るように空気を振動させた。男にとり憑いていた悪魔はほとんどが男の外に出ていた。
「紅葉、お前の力で悪魔を引っこ抜くことってできないのか!?」
「できるけど……できればそういうことはしたくないんだよねぇ。リスクが伴うから」
悪魔を引っこ抜くだけなのに……? ……相当リスクの高い問題なのだろう。
「ふふっ。大丈夫だよ大樹っ♪」
「やっとゲスト様とぉちゃ~くっ♪ っていうか、さっきから居たんだけどねー」
――――『……うん。…おっと。確か仕事場は一般人立ち入り禁止なんだっけなぁ。紅葉ちん、居るのよね?』
女の声が聞こえた。多分ドアの向こうからだ。これは、もしかして……。
「居るよぉ~。ここには貴女の「好きだった人」もねー」
「え……っ? その……声…は……」
男が過剰反応している。急いで流していた涙を拭き、紅葉の顔を見る。
「ドアは開けないよー? どーせ貴方の姿は見えないからねぇ」
「そ、そっか。そうだったなぁ……。先輩も、俺のこと忘れちまったんだよなぁ」
紅葉は内気紅葉にスッと戻ってから、とても明るい笑顔で言った。
「えへへ。それはどうでしょうか。永峰君……永峰君の強い感情が戻ったことで、こっちの世界とのリンクが余計強固に結ばれたんですぅ」
「そ、それ、どういう―――」
俺にも一瞬何のことなのか分からなかった。リンクって……さっきのお母さんのリンク? でもこの声は明らかに永峰夫人の声じゃない……。
『永峰。アンタ、どうして言ってくれなかったのよ……。言ったじゃない! 「アンタを馬鹿にする奴が居るならあたしがぶん殴ってでもアンタの前に突き出して謝らせてやる」って!』
男はまた感極まったらしく、目から涙が溢れた。声すら聞こえる程に。顔を不細工にしながら泣いた。
「先輩…ッ!! 鈴良……先輩ィィ……!! ごめんなさいィッ!!! うあ……ああ……」
そうか……鈴良先輩……。紅葉の奴、すごいな。鈴良先輩と知り合いだったのか。
もう少し、もう少しで悪魔が完全に出てくる!! 頼む!! もうちょっとなんだ!! 永峰ッ!!
『―――全く……。世話の焼ける後輩なんだから……。アンタには感謝してるのよ? あたしに近付いてきた子たちはみんな大抵不純な理由でバスケを初めて、そんなプレイを見ててあたしは悲しかった。怖かった。……両親の都合で転校したくなかったのは、初めて会った子と一緒にプレイすることが怖かったから……。ここならさ、ずっと一緒にやってきた仲間がいるじゃない? そういう子たちと一緒ならどんな想いでバスケをしてきたか分かるじゃない! あたしも怖がらずに自分のプレイに集中できる。だからずっとここでやってきたの。……アンタは、その中でも一番頼れるプレイをしてくれる人だった。メンタルは弱くて心配だったけどね、それでもアンタは前を向いてどんなことでも進んで挑戦するあたしの「憧れ」だったのよ』
「っうぅ……!! ズルいッスよ先輩……! 今更……憧れだなんて…ッ!!」
『そんなプレイを見てきたからかな……。アンタがあたしを意識し始めてた事も知ってたわ。一昨年の夏ぐらいからだっけ? アンタのプレイが少し黒く見えたの。初めはすごく怖かった。アンタにそんなことして欲しくなくて……辛かった……』
「あっはは…。全部お見通しだったってわけッスか……?」
『でも今なら……ううん。今だからこそ言うわ』
「なんッスか…?」
『あたしもまた、アンタに見て欲しかったのよ。永峰。きっとあんたの目にも映ってたんじゃないかな……あたしの黒いプレイが』
「ムリッスよ先輩……。俺は先輩みたいにそんなプレイの色が目に見えるほど繊細じゃないッスから」
男はフッと笑った。
『あたしはアンタに何度も救われた。だから、アンタをあたしは守る。絶対に。だからアンタ……悪魔なんていう意味不明な奴に負けちゃダメよ。自分を信じなさい。あたしはアンタの信じたことなら……信じてあげるからさ』
ドアの向こうからドンと軽く音がした。きっと鈴良先輩が拳を軽くドアに叩きつけたんだと思う。
『―――ねぇ永峰。アンタそろそろ自分の殻を破れるんじゃない? 思い出したでしょ? 全部さ……』
そう聞かれた男は、目を閉じ……小さく息を吐いた後、しっかりと俺たちの方を見て……いや、ドアの向こうに向かって言った。
――――「はいッ!! やっぱり先輩は俺の大好きな先輩だッ!!!」
――――『あたし!! ここまで言ったからにはハッキリ伝える……っ!!』
もう一度息を大きく吸って、叫んだ。同時にドアの向こうからも大きく、力強い声が聞こえてきた。
「俺は、鈴良美琴が好きだッッ!!!!!」
『あたしは、永峰康也が好きだッッ!!!』
永峰康也……それがこの男の名前だった。俺をクソ面倒な世界に連れてきた人間の名。余すことなく物語を語ってくれた……熱意の溢れる人間の名。
その瞬間!! 永峰から悪魔がいきなり飛び出してきた!
「ふぁぇっ!!!」
紅葉は瞬時に首飾りの勾玉から刀を出現させ、悪魔の突進を斜め後ろに逸した。ドア横の壁で跳ね返ってきた悪魔がすぐさま2撃目の突進。紅葉に向かって飛んでいく。
「っくぅっ!!」
紅葉は刀で悪魔の突進を正面から受けたが勢いを殺しきれず、バシャリーンと窓ガラスの気持ちよく割れる音と共に身体ごと外に投げ出された。
「紅葉ーッッ!!!!!」
悪魔が外に飛ばされた紅葉を追って部屋を出て行く。それを見た俺は後を追いかける。このままじゃ紅葉が危ない!
永峰は無事実体化し、脱力……睡眠状態だった。ドアを開けるとそこには、目に涙をいっぱい貯めた鈴良先輩が座っていた。
「鈴良先輩! 永峰の件は終わりました……けど!」
「んん、逃げられたみたいね。早く紅葉ちんを追いかけてあげなさいっ!」
今にも泣き出しそうなのに、とてもそんな風には思えない強気な声が俺の背中を押した。
「はいッ!! 永峰を頼みますッ!!!」
「頑張んなさいよっ! ド新人っ!!」
なぜ鈴良先輩は悪魔のことを知っていたのかは分からない。予想する限り、紅葉がそれなりに事情を話したんじゃないかと思うが……今はそんなこと考えている暇はないようだった。
とにかく俺は自分の勘を頼りに悪魔を追いかける。小さな交差点を曲がろうとした時、急に紅葉にもらった携帯ストラップがピカピカと輝きだした。
「ん? なんだこれ!?」
すると。
『愛しの紅葉さんはそっちではありませんわ』
どこからか女性の声が聞こえてきた。大人びた口調ではあるが、声自体はまだ若さが残っている感じで、背伸びしているような印象。
「誰だ!!」
『ここですわ』
「どこだよッ!!」
『貴方が今触れているのは私の大事な所ですの……///』
……触れている? ということはこの携帯ストラップからこの声は聞こえてきているということか? 念のためその大事な所なる金色の蔓の装飾のとんがっている部分を摩ると。
『ああんっ//// ……うふふ。中々Sっ気のあるお人なんですのね。いいですわ。第一印象はまぁまぁということにしておきましょう』
なんだか喜ばせてしまったので少し俺は反省した。とてもとても暗い顔で。
「……。んで、お前はなんなんだ?」
『初めましてですわね。わたくしは、甲賀大樹様にお遣いする”魔装備”。名はマリアと申します。どうぞ宜しくお願い致しますわ。主様』
「魔装備?」
『はい。紅葉さんで言う「キリン」ですわね。形態変化して悪魔と戦う武器でございますわ』
「紅葉の刀みたいになるってことか?」
『その通りでございます。貴方がわたくしの力をお望みとあらば、この身を剣へと変え主様の為に必ずやお役に立ちましょう』
この携帯ストラップ……さっきの紅葉の勾玉ネックレスみたいなもんなのかな。あれがいきなり刀になった時はさすがにビックリした。それと同種か。気にはなるけど、今武器を出せば動きにくくなりそうだし……後にしよう。
「……聞きたいことはあるけど、今は道案内してくれればそれでいいよ。ええと……」
『名はマリア。わたくしはマリアですわ、大樹様。「マリア」と気軽にお呼びください』
「わ、分かった。マリア。よろしく」
『承知いたしましたっ! 紅葉さんはこちらですわ!』
携帯ストラップが自立してポケットから携帯を引っ張る。引っ張っている方向が案内先だ。―――と、いきなり道の途中でマリアは案内をやめた。
「どうしたんだ?」
『悪魔もどうやら紅葉さんを見失っているようです。このまま紅葉さんの方へ行くと、道中で悪魔と対峙することになりますわ。心の準備は出来ておいでですの?』
「た、戦うのか?」
『もちろんそういうことですわね。ご安心くださいませ大樹様。わたくしが居る以上、初陣で貴方を死なせるような野暮な真似はいたしませんわ』
さっきはほんの一瞬の出来事だったから、ハッキリとは見ていないがあの悪魔……永峰から出た後、余計見た目が気味悪くなったような気がする。あんなバケモノみたいなのと戦うのか。
どちらにせよ、このままじゃ怪我をしている紅葉に任せっきりってわけには行かない。ここは男らしい所見せなきゃいけないよなぁ。
俺は右拳を左手のひらに思い切り叩きつけ気持ちよく音を鳴らす。
「よっし。こうなりゃしょうがねぇな。面倒なんて気持ちはとうの昔に吹っ飛んでらぁ!」
『それでこそ主様ですわ。では参りましょう……わたくしと主様の初陣ですわ! 仇なす悪魔は派手にいたぶって差し上げましょう!』
そう言うとマリアは再び案内を始めた。俺は内心かなりドキドキしながらもしっかりした足取りで走り出した。
ありがとうございました。今週の二話連続で、遂に一章のほとんどが終わりましたね。次回はこの延長と末路です。
人に想いを伝えるって、余程の事がないとしたりしないものですよね。そういう意味ではこういう世界で相手のことを本気で想える康也君と美琴ちゃんは羨ましいなぁって思ってしまいますねwww
いつか大樹君と紅葉ちゃんもちゃんと結ばれるといいですよね。え? もう既に結ばれてるって? そんなことないじゃないですかーやだなーもー。紅葉ちゃんは大樹君のこと結構好意を抱いてる感じですよね。赤眼紅葉ちゃんはもうメロメロですね。一方大樹君もいい感じで想ってはいますけど、素直な気持ちを相手にぶつけることが苦手な人種ですから……。全くいつになることやら。
いや、もしかしたらダークホースが現れる可能性もありますからね!! こここk、乞うご期待ッ!!!(`・ω・´)b