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御魂の歩みは大樹と共に(みたまのあゆみはたいじゅとともに)  作者: 唄響 奏風
第一部 御魂の神樹(改)
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第一章 「御魂世界事情」   第五話 ~魂の在り処~

 紅葉は大樹の味方だと言った。遂に大樹は御魂世界事情を知っていくことになる。


第五話 ~魂の在り処~



「ここだったよな」


 こうして2人は神隠しの現場にたどり着いたのだった。

「はい……」

「どうすればいいんだ?」

「まままま、まずはぁ、おうぢに上がらせてもらいましょい!」

「……アアン? アンダッテ?」

 いや、パニクりすぎではなかろうか紅葉さん。王子? もらいましょい? とりあえず俺はアウーンのオジサンの真似をしつつ家のインターホンを押した。ピンポーンと言う音と同時に紅葉の身体が跳ね上がった……そういえば紅葉の父親の圭司さんが言ってたな。初めましての人にはものすごく弱いって。

『はい永峰ながみねです』

「ははははい! じゃなくてぇ! ええとぇっとええとですねぇ!」

 黙っていれば俺が要件を簡潔に述べてやったのに……どうしてお前が先に応答しちゃった? 緊張して逆に声が出ちゃったのか? ……無茶しやがって……。

『??』

「………」

 え? なんでそこで黙っちゃったの? なんか変な感じになっちゃうでしょ? 「あれ? この人たちまさかイタズラ? ピンポンダッシュ? 新手の詐欺?」とか思われちゃうでしょ? 紅葉は下を向きながら顔を赤く染め上げていた。そんなに上がっちゃってるのか……。なんだか心配でしょうがない奴だなこいつは……。

「こんにちは。今日の朝、家の前で少しお話させていただきました甲賀大樹という者です」

『今日の朝……? ああ。息子の話を信じてくださった学生さん! こんにちは、どうしたんですか? あと、そのもう一人の女の人は?』

「初めまして永峰さん♪ 私は美珠紅葉と言いますっ」

 紅葉の瞳の色が紫から綺麗な赤になっている……そうか、これはこれで便利だな。こうすれば赤面紅葉は語らなくてもいいからダメージを受けることはないし。……というか、最初からそうしろよ!

 例によって紅葉は内気から強気に変化していた。さっき内気紅葉が「この子」と言っていたもう一つの自我がこれだろう。内気紅葉とは違って社交的で尚且積極的。普段の状態であっても妖艶なこの笑み。これはこれで内気の時とは違う破壊力を持っている女の子である。

『美珠……? 神社の……方ですか?』

さすが有名神社の巫女さんだ。美珠の姓はかなりここでは名高いものなんだろうなぁ。

「はいーっ♪ 息子さんのことで調べたいことがありましてー。 あのっ、出来れば永峰さんのお宅に上がらせていただけないでしょうかー。ああ、もちろん甲賀くんも一緒にですっ」

 カメラ前で俺の腕にしがみつき永峰さんに「甲賀大樹は空気じゃないよ! 協力者だよ!」とアピールしている……ように見える。

『うーん……そういうことでしたら……どうぞ中へ入ってください』

 庭の門が開く。俺と強気紅葉は玄関へ……そこには既に永峰夫人が待っており、快く俺たちを家の中に上げてくれた。

「あぁっ! ちょっと待ってください♪ まだ門を開けておいて欲しいなぁ……。忘れ物しちゃったので取りに行ってきますっ」

なんだろうか? 一度外に出た紅葉は再び家に戻ってきた。―――そこにあったもの、と言うより、居たものは……。

「よお。甲賀」

完全な無表情になった「謎の失踪事件被害者」の男だった。言葉はしっかりとしているものの、もう既に顔は完全に脱力しており表情は作れそうにない。身体もあまりシャキッとしている雰囲気はなかった。

「連れてきちゃいましたっ♪」

「いや、なんで?」

「この人の協力なくして事件解決は不可能だからなのですっ♪」

男の母親は首を傾げていた。

「この人? どこに……人が?」

「あ? あ、ああいえ、これはですね、その」

そう、この人には彼が”視えていない”……俺は慌ててどうにか夫人の気を逸らそうとしたが。


―――「ふふっ♪ 実はここに貴女の息子さんがいるのですっ!」


「なっ!!? ―――お前どうしてそんなことッ!!」

夫人は驚いて男に近付き触ろうとする……が、無残にも男に触れたその手は空を切った。彼女は必死に視えない”それ”に近付こうとしていたが、彼はそんなことにすら気付いていないかのように棒立ちしていた。

「ど、どこに、どこにいるんでしょうか!!? ねぇ! 声だけでもいい!! 聴かせて!!」

「無理ですよぉ……♪ 今はまだ、永峰さんには何も視えないし触れない。声すら耳に届きませんっ♪」


 俺は意味が分からなかった。どうして敢えてそんな残酷なことを言うんだコイツは!! 視えないならそれで良かったのに!! なんでわざわざそんなこと言っちまったんだよ!!

「おい赤眼!! そりゃさすがに酷すぎやしねぇか……!」

気付けば俺は紅葉の胸ぐらを強く掴んでいた。コイツの身体はコイツだけのものじゃない、きっともう一人の方だって苦しいに決まってる。だけどこうしなければいられなかった。噴き出した怒りを抑えられなかった。

「……大樹……私は大樹のそういうところ大好きだなぁ……っ♪」

胸ぐらを掴まれ俺に顔を近付けていた紅葉はそのままさらに密着……口を重ねた。俺は怒りが大きすぎてあまり意識はしなかったが、唇が触った瞬間はさすがに目を大きくして胸ぐらを離してから紅葉を軽く突っぱねた。

「て……テメェ……ふざけてんじゃねぇぞ……!!!」

驚きは一瞬だ。怒りの感情の方は大きい。こいつやっぱりどうかしてる……ッ!! 頭のネジが十本単位で引っこ抜けてやがるッ!!

 そんな俺を気にも留めず紅葉は……今度は真顔で冷静に永峰夫人に告げた。

「今、貴女にこの事実を伝えたのは……貴女のそんなアホ面が見たかったからじゃない……。現実離れした私たちの力を信じてほしいからこそ言ったことです」

顔が溢れ出す涙でグシャグシャになりながらも夫人は問うた。

「貴方たちの……力…?」

そんな彼女に紅葉は深く頷いた。

「……。私たちは今言った通り、貴女の息子さんが”視えている”。そしてそれを頼りに……魂をもう一度現世に連れ戻します。私たちにはそれが”できる”」

「そ、そんなことが……」

「一般人にはできない。だから私たちが一般人とは違うことを証明したかったんです」

「し、信じられませんっ!! 私には息子の姿が全く視えないんですよ!!? そんなこと信じられるはずがない!」


「―――はぁ。随分と意地っ張りな女子じゃの」


 ……「じゃ」? なぜ急に年寄り口調に? 言葉遣いに変化があったことで再び赤目の雰囲気が異様なものに感じられた。

「分からんのか? もし今語ったことが嘘であったとして……そんな嘘っぱちにこの男は本気で怒ったと思うのか?」

「で、でも……」


 救いを求めるように俺の方を永峰夫人は見つめる。


 ――――そうか。そういうことか。残酷なことを言ったことは事実だけど、それは紅葉からしてみれば絶対に救い出すっていう意思表示なんだ。そして一般人に俺たちなら可能だってことを証明するための口実でもある。

 もしさっき俺がやろうとしていたように、ここに立っている男のことを語らなかったら……彼女は俺たちに見向きもしなかったに違いない。信じられるわけがない。こんな現実離れした妄想論なんて。紅葉はそれを知っていたんだ。


―――それなら俺は……俺も、その意思に変わりはない。


「ここに貴女の息子さんが居る。それは本当です……」

 赤眼紅葉は、安心したかのように軽くため息を吐き微笑んで見せた。……ああ、なんとなくだけどお前のやりたかったことは伝わったよ。俺は頷きもしないが、先程の怒りの感情はどこにもなかった。

「貴女には視えない……。だから無理に信じてくれとは言わない。でも、今俺が本気でこいつに怒ったように……俺もまた、貴女の息子さんを助けたい。もちろん貴女自身も」

 俺にできるのは「魂を視る」だけ。それが現世に連れ戻すことに役立つのかは分からない。でも紅葉は言った。「私たちにはそれができる」と。そして冷静に考えて言えば「魂を視ることができる俺たちにしかそれをできる可能性がありはしない」ってことだ。

 つまりここで夫人に伝える言葉はただ一つだ。

「このまま終わらせたくない……。信じなくていい! 力を貸していただきたいんです!!」

信じてもらうかどうかは二の次でいいんだ。ここで必要なのは協力してもらうこと。それができなきゃ俺たちはいくらどんな力があるって言ったって立ち止まることしかできない!


 肩の力を抜いた永峰夫人は静かに言った。

「息子のことが視えるのには正直、今でも信じられません。ですが、甲賀さん……でしたっけ? 貴方が息子のために怒ってくださったと言うのなら、私は……信じてみたいと思います」

夫人は鼻で笑って言葉を続けるのだった。

「その気がないのなら家に招き入れたりはしませんよ……駄目で元々。私は今、誰でもいい……息子との記憶を取り戻して、そして息子を助けて欲しい。そんな神にも縋る気持ちで居たところです。もし貴方がたが一般人であったとしても、頼んでいたと思います」


 そしてしっかりと俺たちの方を見て、最後にこう言った。


――――「どうか息子をお願いしますね」―――――



 永峰さんの許可を得て、家を調べることになった。

「なぁ、さっきのお爺さん臭い喋り方ってなんだったんだ?」

「昔の名残でねー。”私”の感情が強くなると出ちゃうんだー」

俺には分からないが、その”私”とやらは随分古い人間なんだろうか?

「そろそろ私、戻るねっ! もう永峰さんとも話すことはないし、その辺は大樹がフォローできるでしょ?」

「ん? ああ、まぁな」

「またねっ♪ ちゃんともう一人の私とも仲良くするんだよ?」

「分かってるよ……」

するとフッと紅葉の瞳の色が赤から紫に変化した。

「お、おかえり」

「あっ……た、たたただいま……です」

あれだけ空気を荒らすだけ荒らしてからのこのギャップである。同一人物だもの、そりゃ恥ずかしくもなる。

「……大樹君」

「どうした?」

紅葉は申し訳なさそうにしていた。

「その……、あの子が出てる時、意識は私にもあります。だから……玄関であの子がやったこと……ごめんなさい……」

そうなのか。こっちの紅葉がやったことじゃなくても、覚えてるのか。

「そうなんだ。いや、気にすんなよ。結果的にはオーライだろ?」

俺はそんなことを思いながらも「じゃあさっき強気紅葉がやったことも覚えているのだろうか」という言葉が頭を巡り、顔がなんとなく熱くなる。

 あんなどさくさに紛れてする口と口のキスがあるか!! 初めてだったんだぞ!!? アドレナリン過剰分泌のせいで味すら覚えてない!!!


 おっと、変な方向に話が行ってしまった。俺は頭を振って気にしないようにした。恐らく「永峰」の苗字なんだろう彼は、ノーリアクションのまま俺と紅葉の後ろを付いてくる。

「それで、どうやって調べるんだ? 確か警察の話だとここにコイツが居た「証拠」すらも消えちゃってるんだろ? つまりコイツの部屋すらもどこにあったか分からないし、分かったとしても手がかりになるような物は無いってことだよな?」

「ふぇぇっ!! そ、そそそ、そうですねっ!!」

 急にビクッとして目を横に逸らしながら赤面している紅葉。好きだよな……その表情。まぁ、赤眼に比べれば何倍も初々しくて俺は良いと思うけどな。

「今度はどうした?」

「大樹君、て、てててて」

「「て」がなんだよ?」

「お手を拝借してもよろしいでせうかっ!!」

「ん? はい」

手を出せってもっと簡単に言えばいいのに、なんでそんなに恥ずかしそうなんだろうこの子は。

「で、ではっ!」

俺の出した右手に紅葉は自分の左手を重ねて手を握ってきた―――すると。


「―――ッ!!?」


 ……なんだ!? 周囲を見渡してみると、先程の永峰家とは雰囲気が明らかに変わっていた。何もなかった棚の上には何かのトロフィーと、その後ろには賞状が置かれている。それは実在している家具や物とは違って……下手なCGみたいにポリゴン質のようなデザインで目に見えるようだった。顔を赤らめたまま紅葉が言う。

「ここ、これが私の力です……。「魂の証拠品」を視ることができますぅ……」

「おお……! すげぇじゃん!」

「そうですか……?」

「当たり前だろ。俺なんかこいつが視えるだけだぞ?」

紅葉の顔がクエスチョンからフニャっと緩んで少し嬉しそうだ。

「えへへ。ありがとうございます……」

「これでコイツの部屋も探せるし、なんか見つかるかもしれないな!」

俺は初めての感覚に胸を躍らせながらポリゴン質の「魂の証拠品」を左手で触ってみる。

「あ、ええと……ずっと手、繋いでいるんですか?」

「?? え? いや、当然だろ? お前の手握ってと視えないし」

「う、うぅん。そうですね……。そうですよね……っ」


 とりあえず一通り「証拠品」を触れた後で、男の部屋らしき部屋に入り、そこで情報を整理することにした。紅葉と繋いでいた手を離す。小声で「あっ」って聞こえたような気がするけど、反射だろうか。

「まず……これを見た後で一体何をすればいいのか……?」

寂しそうな表情でモジモジしながら紅葉が言う。

「何か気づいたことはありますか……?」

最初は情報を整理するしかないか。

「目を通した物の中に、コイツの名前はどこにもなかったな」

紅葉はモジモジをやめ、さっき同様、目は合わせてくれないがこちらをまっすぐ向いてくれた。

「……はい。「魂の証拠品」には被害者の名前がありません。それはこの人……そしてこの人を知る人がこの人の名前を忘れてしまっているからです」

「なんで名前を忘れたらそこに元々書かれてた名前も消えるんだ? 記憶と物とじゃ名前が消えることの意味が全然違うだろ? 記憶から消されるなら「忘れた」って言えるけど、物に書かれてた名前が消えたら……それはもはや誰かが意図的にそうしているとしか思えない」

「意図的にそうしてるんです。この人に自分の名前を忘れてもらうように。思い出せないようにしてるんです」

「……誰が?」


―――「”悪魔”……と言ったら……大樹君は信じてくれますか……?」―――


 最初から人間の所業だとは思えなかったし、言い伝え通りであればそれは確かに「魔」……悪魔の仕業であったって何も疑問はない。

「信じるしかない……と思う。まぁ他でもない紅葉がそう言うんだから、信じるよ」

 神社の巫女から「悪魔」なんて言われたら、もう信じるしかないだろ。……紅葉はまた少し顔に熱を帯びた。……?

「それでその悪魔は、何のために被害者の名前を消したんだ?」

「そ、それはですね。人の身体を奪うためです……」

顔を赤くしたまま紅葉はそう言った。赤面して言う言葉じゃないな。

「身体を奪って何をしようって言うんだ?」

赤面を消してまた静かに紅葉は答える。

「最終的に、現世に悪魔を降臨させるため……でしょうか」

「……また随分と恐ろしい話だな」

「大樹君もそう思いますよね」

「うむ」

「悪魔は本来、「御魂世界」と呼ばれる魂の世界に住んでて……「現実世界」の私たち人間とはほぼ関わり合いになることはないんです」

「ほぼ?」

「例外はいくつかありますけど、今の問題はそこじゃないんです」

「んん?」

「大樹君はなんで御魂市にだけ「魔に気を許した者は己の魂を抜かれ、異世界へ連れ去られる」なんていう言い伝えが残ってると思いますか? 悪魔は世界中どこにでも現れます。この人みたいに被害に遭う人だって少なくないのに」

「ごめん。さすがにわからないな」

「いえ、いいんです―――……実は御魂神社の裏山には「神樹しんじゅ」と呼ばれるものすごい強い魔力を持ったモミジの木があるんです」

「魔力?」

「はい。私たちの御魂世界を覗く力もまた魔力によるものなんですよっ。魂の存在を感じることを「魔感」って呼んでます。」

「ほぉ。んでその神樹がなんだって?」

「神樹様は御魂市に同化していた御魂世界と現実世界を2つに分かつために植えられました。神樹様が無かった頃のここがどうなっていたかは……想像にお任せしますけど……昔、ここ一帯は悪魔が出現するポータルだって言われていたらしいです」

ポータル……2つの世界が繋がっているんだからそれはそうだろう。人からしてみれば「突然悪魔が可視化される場所」なのだから。

「だからここだけは根強く神隠しの言い伝えが残ってるってことだったのか」

「そうなんです。神樹様が生まれなければ今もなお御魂市は地獄絵図だったと思います」

「じゃあ、どうして今もまだこういう被害者が出るんだ? 今の話を聞く限りじゃその神樹がある以上悪魔と遭遇することは無いんだろ?」

「普通は、そうですね」

気付けばずっと紅葉に説明をさせている……きっと彼女にとってみれば基礎の基礎知識なんだろう。

「その……なんか悪いな、勉強不足で」

「しょうがないですよっ。市民ではなかったんですから……と言うより、市民でもここまで込み入った話を知ってる人は少ないですから♪」

「そう……なんだよな……」

今、なぜこんな話をレクチャーされているのか一瞬疑問視してしまった自分がいる。俺の高校生活はただなんとなく友達と楽しく進んでいくものだと思っていた。面倒事が大嫌いで、こんな話……聞いただけで目を逸らして逃げようと思ってしまう人間のはずだった……そんな俺が、人のために自分から進んで面倒事に踏み入っていくなんて……。そんな俺の想いとは裏腹に紅葉は話を続ける。

「神樹様のおかげで、御魂世界と現実世界は2つに分かれました。でもそれは結局、他の場所と同じになっただけであって。悪魔の被害は今もなお世界中どこに行ってもあります。……特にそれまで戦場だったここ御魂市には魔力の強い悪魔たちが今でも多く居座ってます。しかも悪魔からしてみれば”忌々しい神樹”が御魂市にはあるわけですから、狙って御魂市に現れることも多いです」

「おいおい……それじゃ」


――――「そうなんですよ。結局御魂市は神樹様が生まれても、ずっと戦場なんです。悪魔と直接戦うことはなくなりましたけど、今もこうして被害者は出てます。世界中探してもきっとダントツでここが最多被害数です」


 紅葉はとても寂しそうな顔をしていた。そりゃそうか……。戦いをやめるために作った神樹のせいでまた御魂市はターゲットになっている。こりゃどうしたってきっと御魂市の状況は変わらない。

「でもそうまでしてなんで悪魔は現実世界に固執するんだ? 御魂世界だけじゃ不満なのか?」

「そうですね。確かに悪魔は御魂世界でも十分に生きていけると思います」

「じゃあなんで?」

「現実世界を支配したいんじゃないかと。人間の魂は美味しいらしいですし、御魂世界の魂の存在は少ないです。たまに生物の魂が迷い込む程度で、一般的にはそのまま完全成仏……魂も召されます。そう考えると御魂世界っていうのは成仏してない魂がいる所なので、幽霊と変わりないですね」

「なるほど……。そのほんの少しの魂を餌に生きてるってことなんだろ? つまりは」

「そういうことになりますねっ。それでいいはずだったんですが……。悪魔の偉い人たちが私たち人間のいる世界……現実世界の存在に気付いてしまってからは御魂世界の様子も変わってしまったんだと思います」

「今までは気付いてなかったのか?」

「そうですね。悪魔たちは直感的に…本能で動くのが普通なので、知能はそれほどじゃないんです。今まではただそこに美味しそうな魂があるから戦って喰らう。そんな感じだったと思います」

「……なんか悪魔について詳しいな……お前」

さっきから「人間の魂は美味しいらしい」だとか「悪魔は実は御魂世界だけで生きていける」だとか……まるで敵対勢力に突撃インタビューしたことがあるような口ぶりだ。

「ふぇぇ……。そ、そうですよね……ごめんなさい」

まぁこれはあくまで紅葉の考えなのだけど、それでも結構確信を突いているような気がして焦りを覚えた。。

「いやいや、気にしないでくれ。それで、悪魔の偉い人ってのはなんでそんなに頭が良かったんだ?」

「……はい、それは」


―――「人間の中に入っていたからです……」―――


 今までシリアスだったけど、さらにシリアスになったな。もはやホラーの域だ。

「人間の頭脳を使い、悪魔は遂に現実世界に気付いてしまったんです。現実世界は魂に満ち溢れていた。美味しい匂い……輝く程の生命の量。それはきっと楽園に見えたに違いないです。しかも調べてみると御魂市に行けばそんな人間たちの魂がすぐに喰らえるらしい、と。」

「だから御魂市を中心に侵略を始めたってわけか……」


「御魂世界と現実世界について、分かってくれましたか? ぅぅごめんなさい……説明下手で……」

「いや、なんとなく……大体は把握したよ」

「あぅぅ……。よかったぁぁ」


「それで、悪魔はどうすることで現実世界に侵入してくるんだ?」

「……直接2つの世界が交わることはありません」

「間接的な何かがあるのか?」

「悪魔側……御魂世界からは特別なことでもない限り現実世界を直接触ることも見ることもできないんですが、魂の匂いを頼りに現実世界の人間に近づくことが出来るんです」

「匂い!? 見えないのに感じるってのか!?」

「そうですねぇ……。魂の匂いっていうのも、普通は感じないぐらいに薄いものなんですけど、ある一定の条件が整うと匂いが強くなるって言われてます」

「そ、それは……?」

「魂の弱体化……です」

「魂が弱るのか? それって精神的なものってことだよな?」

「はい。精神ダメージを強く受けた人だったり、ずっと塞がってしまったりしている人は魂のいい匂いがするらしいんですよね……触ることも徐々にできるようになってきてしまいます」

「なるほどなぁ。それでその人の匂いを頼りに人の魂を喰うのか」

「実際に悪魔たちからは見えないということもあって、初めから完全に人の魂を喰らうことは難しいんです。もちろん、現実世界の一般人も悪魔が見えないので対処は難しいんですけど」

「――――……2つの世界が交わりやすい御魂市を狙って来る悪魔たちの目的は神樹の破壊。それ以外でも世界中で魂が弱った人達を御魂世界におびき寄せて魂を喰らう悪魔たちがいる。か」

だいぶ俺と話すことにも慣れてきたらしい紅葉が再び話し始めた。

「あと、大事なことを言わなきゃいけませんねっ」

「何?」


「「悪魔が人の魂を喰らうための段取り」です」


「……そうだな。じゃなきゃコイツも助けられねぇ」

俺は男の方を見る。

「はいぃ……」

「段取りがあるのか?」

紅葉は深く頷いてから口を開いた。

「まず匂いに近付いていきます。そしたらその人の大体の位置を掴んで……どこでもいいので噛み付きます」

「突然来るなぁ……」

「知能は低めなのでしょうがないかとー……」

「うーむ」

「ちなみにこの時から私たちの魔感だと悪魔は視えなくなりますぅ……ちょうどカエルさんが擬態するみたいな。一般の人からすれば最初から視えてないので関係ないですけど……」

……「カエルさん」とかいう表現が幼さを残した紅葉の雰囲気とマッチしていてドキッとしてしまう俺がいる。そんなことはいいとして少し残念そうにして、また紅葉が語り出す。

「上手くどこかに噛み付くことに成功すると噛み付かれた人は無意識にネガティブ思考に飲み込まれていきます」

「悪魔は見えない存在にも噛み付くことができるのか……」

「残念ながらそうみたいですぅ。現実世界の人たちからは悪魔に触れないのに……ズルいですよね」

 ズルいとかそういうのは置いておいて、確かに厄介な奴らだな。

「ネガティブ思考が半分以上になって遂に負のオーラ全開になってしまった人に、悪魔はとり憑くことができるようになります。噛み付いた場所から徐々にその人の体内へと入り込んでいきます」

「恐ろしい話だな。とり憑かれたらどうなってしまうんだ?」

「悪魔が完全にとり憑くと、その人は魂の存在へと変換されます」

「御魂世界の魂になるってことでいいんだよな?」

「はい」

「実体の方はどうなったんだ? まだ生きてるんだよな?」

「御魂世界と現実世界の間に通称「狭間はざま」なんていう所があって、そこにありますよっ。まだ生き返るかもしれませんからねっ! 狭間は、御魂世界と現実世界の存在価値を考えて物や実体を「保留」しておく場所です」

「また新しい世界か」

「あ、あんまり話には出てこないことが多いですこっちはっ。狭間は「証拠を保留」する。それだけ覚えてもらえればいいんじゃないかと思います」

「ん? じゃなんで紅葉の力で魂の証拠品を視ることができたんだ? 証拠品は保留されてるんだろ? その”狭間”に」

「私たちの魔感は御魂世界にだけ適用されるものじゃないんですよっ」

「つまり、狭間を視ることもできるってわけか? じゃあなんで人の身体は見つけられないんだ?」

「私の力は”証拠品を視る”だけですから……魂を抜かれた人の抜け殻を視ることはできないんですぅぅ……」

紅葉は申し訳なさそうに言った。……でもよかった。無いんじゃなくて見えないだけだったか……。

「そっか。それで、魂の存在に変わった人は何をされるんだ?」

「正確には魂になったと同時期に、悪魔は少しずつその人の記憶を消していくんです」

「それが変だと思ったんだ。記憶操作に何の意味があるっていうんだ?」

「第一に、記憶があると魂が喰らいにくいってことですねぇ……」

本当に……どうしてコイツはここまで悪魔のことに詳しいんだろうか。

「そ……そうなのか」

「はいぃ」

「あれ? その人の記憶操作についてはわかったけど、どうしてその人を知ってる人の記憶まで無くなるんだ?」

「ぅぅん。魂の存在になるとそれを認知していた人達の記憶が全体的に曖昧になるんです。これは悪魔に喰われてるからとかじゃなくて、成仏しない魂っていうのは基本的にそうなるようになってるんです。幽霊とかそうですよね? 大部分は「そこで首を吊った男」とか「その崖から落ちた女」とか名前があるかもしれないけど、曖昧な表現が多いじゃないですか?」

「ま、まぁ確かに。トイレの花子さんとかはどうだ?」

「安心してください花子さんは成仏してますよ」

「即答!? ていうか成仏してんの花子さんッ!!?」

―――そこで、俺はピンと来たことを紅葉に聞いてみる。

「それはそうだとして、なんでこの男の母さんはこの男のことを覚えてるんだ?」

「それが、この人の選んだ”木の根”なんですよ」

「木の根?」

「完全に御魂世界に落ちないように、必ず実体のある人は現実世界のどこかに木の根を張ってそこに掴まるんです。それがこの人のお母さんなんだと思います」

「コイツは完全に魂じゃないってことなのか?」

「いえ。魂ですけど、実体や証拠品が狭間にある以上、まだ現実世界に戻ることができる魂ってことです」

「んんん。難しい。さすがにいろんなことを頭に叩き込んだからなぁ」

「そうですねぇ。この人の魂を「現実世界と繋ぐ綱」がこの人のお母さんの記憶ってことですよ。これは「リンク」って言うんですけど……今この人は蜘蛛の糸が垂れた地獄にいるようなものなんです。蜘蛛の糸がある以上、現実世界に上ることができるんですが、ネガティブ思考のせいでそれをしない。それが今のこの人です」

「おい! 上れよ! 頑張れよお前!!」

自分の部屋にいるはずなのにとてもぎこちない位置にただ立ち尽くしているその男に俺は呼びかけてみる。

「……どこに上れって?」

 紅葉は少し俯いて言う。

「自分でネガティブの理由に気付いていればいいんですけど……。多分それも記憶に鍵を掛けられてしまっているので……。この人は今無意識にネガディブです。何を言っても意味がないと思います」

それを聞いて俺も俯く。悲しいな。なんでそんなに落ち込んでいるのか分からないのに落ち込んでるなんて……いや、それも無意識の内に入るのなら自分が落ち込んでいることにも気付かないまま地獄へと落ちていくのか。

「なんで悪魔はその記憶を喰わないんだ?」

「”鍵を掛けてるから”……それが一番喰らうには難しい記憶なんです」

「そうなのか……?」

「はい。それがこの人が御魂世界に連れて行かれた原因……悪魔に喰われている原因ですけど、反射的に記憶に鍵を掛けたことで今も悪魔を妨害しているんです」

上れないにしても、この男はちゃんと抵抗している……”存在を証明するためにひた隠している記憶の鍵”……か。見かけによらず頑張ってんだな、お前。

「なるほどな……。それで一体、俺たちはどうしたらいいんだ? どうすればコイツを現実に連れ戻せるんだ?」

「名前を思い出させることができたら安心なんですが、難しいかもです」

「そりゃまたなんで?」

「名前が記憶の大元ですから……真っ先に悪魔が消しに来るんですよぅ」

「そういえば、こいつの母さんも名前を覚えてなかったな」

「リンクしている人は本人の中から記憶が消えればその人も記憶が消えますよ? 悪魔がそうさせるんです」

「……? 悪魔は干渉して故意に記憶を消すこともできるってことでいいのか?」

「そそそそそうですぅ……っ!! ごめんなさい説明下手でっ!!」

「ははっ、いやいいよ。それより紅葉、少しは俺に慣れてくれたみたいだな」

「はぅぅ。そうですねぇ。さっきより話しやすくなった……かも……?」

「俺も話しやすい方がいいし、これからもっと慣れてくれよ?」

「ふぇぇぇっ! も、もももひろんですっ!」

そういう応答はよく噛むよな……短い台詞ほど噛む呪いでも掛けられているんだろうか……? だとしたら結構恐ろしい呪いだ……。

「それで……名前は確かに忘れられてる時点で相当難しいだろうなぁ。じゃあどうするんだ?」

噛んだのを恥ずかしく思いながらも、紅葉はしっかりと答えた。

「は、はぃぃ……この場合はですね……」


 ―――「この場合は、感情を刺激させることが重要だと思いますっ」―――

 おつかれさまですありがとうございます!! ちなみに今週は二話投稿しちゃいます!! 思い切りました!!(大丈夫か? 二章まだ終わってないんだろう?)

 だがしかし!! まだまだ続きます第一章!!! 今後共宜しくお願い致します!!!

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