Tear of Wizard
どうも、緋絽と申します。
またまたまた短編です。どうぞ!
俺が初めて彼女の髪を結ったのは、俺が8歳、彼女が11歳の時だった。
母にしてもらった髪形が崩れたと泣く彼女に、俺は泣きやませるのを目的として、髪を結いなおしてやった。元の髪形の記憶が曖昧だったので少し違う風になったが、だいたい一度見ればすぐできる程度には器用だった俺の腕は、彼女の気に入るところとなった。
それから俺は、ほとんど毎日彼女の髪を結うようになった。近所に住んでいて歳の近かった俺達はよく一緒に遊んでいたので、お互いの両親も特に変に思うことなく、俺は毎日彼女の家に髪を結いに参上した。そんな毎日も、彼女が大学に合格して引っ越してしまえば終わりを迎える。よくある話で、その時に、やっと俺は自分の気持ちに気がついた。彼女に認めてもらった腕前を元に、俺はこの器用さで美容師とかどうだろうなどと考え始めていたので、俺はその道に進むことにした。
近所の歳の近い女の子への憧れだとは、ちゃんと理解していた。それで人生を選んでしまうのも、我ながらごく単純だ。
でも、あの時ありがとうって笑ってくれた顔を。今度は俺じゃなくて、彼女が自分で訪れてくれた時に見られたと、思ってしまったんだ。それでいつか、同じ場所に二人でいられたらなと。
「どう? 変じゃない?」
目の前には純白のドレスを着た彼女が立っている。その流れるようなラインが、幼顔の彼女を大人びて見せている。
「うん」
俺は赤くなってしまいそうで不安なため、顔をさりげなく逸らして無愛想に返事をした。
たった2文字で返してしまったが、感想は溢れんばかりに湧き出している。それほど、彼女によく似合っていた。こんなに綺麗になるなんて、思ってもみなかった。それもまだ、化粧もしていないのに。
「どうしよう。やっぱり、前のドレスのほうがよかったかな。今から変更ってできると思う?」
「んな無茶な。大丈夫だよ、似合ってるから。旦那からもお墨付き貰ってるんだろ?」
そう言っても不安げな顔を崩さない。俺は溜息を吐いて、鏡の前に座らせる。
できることなら、俺がそのドレスを選びたかったし、着せたかった。けれど、彼女を美しくするものをちゃんとわかっている旦那に、俺は何一つ勝てる気はしない。お前じゃダメだと、言えるわけがない。そこは、ずっと、俺の場所のつもりだったのに。
その考えを隠して、俺は不敵に笑って見せた。
「心配すんな。俺が魔法をかけて、超絶美女に仕立ててやるから」
彼女が瞠目し、次いで嬉しそうに微笑む。
「いつの間に、立派な魔法使いになったの?」
「実は額に傷のある魔法使いの子孫なんだよね」
冗談を飛ばしながら、俺はまず化粧を施した。
一つ何かを重ねるたび、俺は自分の思いがその分だけ零れていく気がした。
化粧を終えて、髪形に移る。そっと梳くと、彼女はまた嬉しそうに笑った。
「なんだか、懐かしいね」
グ、と喉が詰まった。
昔こうして結いながら、いつまでもこうしていられるものだと思っていた。見たくない将来は、当然ないものと思っていた。
これは、儀式だ。彼女と、それを慕う自分の心と、決別するための儀式。
黙り込んだ俺に、彼女が笑う。俺が感極まっているのかと思ったのか、どうしようもない子ねぇとでも言いたげに。
「やだ、泣かないでよ。さぁ、私に魔法をかけて。昔から、あんたが一番私を綺麗にしてくれたもんね。今も昔も、あんたが一番私のことをわかってる」
その瞬間、泣き出しそうに迫っていたものが、ふと軽くなった。あぁ、そうなのか。
「……当たり前だろ。どんだけ一緒にいたと思ってるんだよ。俺と比べてやるなよな」
ごめん、旦那になる人。彼女の傍にいることは諦めるから、一つだけ貰って行ってもいいかな。
他には何も、望まないから。
そして最後に、俺は一輪の花を取る。彼女の好きな花。これを挿せば、俺の役目は終わる。
「―――ほら、できた。我ながら上出来」
「ありがとう!」
そして彼女は、魔法使いを置いて去っていく。一度も振り返ることなく。それでも魔法使いは、彼女を笑って送り出すのだ。君を幸福に導く靴を与えて。
「結婚おめでとう」
俺のかけた魔法はいずれ解けるだろうが、元の姿に戻っても君はいつまでも幸福だろう。君に魔法なんて本当は必要ない。それでも魔法使いを頼ることを選んでくれて、俺はうれしかったんだ。
一世一代の最後の魔法は、魔法使いの気持ちのかけら。
どうか、幸せに。君の幸せを、いつまでも願ってる。
御読了ありがとうございました!!




