カルテ04:女子会ランチ
「最近、目に見えてやつれてるけど大丈夫?」
そう言ってエイナ先輩が私をお昼に連れ出してくれたのは、彼女と勇者のやり取りを盗み見た次の日のことだ。
彼女が私を連れてきたのは、診療所の裏手にある小さな食堂『妖精の憩い亭』。
国の近郊で取れた野菜と魚をメインに、栄養度の高い定食を出すこの店は特に女性に人気で、昼の時間を少し過ぎているというのに手狭な店内は多くの女性客で賑わっている。
「そんなにやつれてます?」
「まあ薄々原因はわかるけどね。昨日も、何か揉めてたでしょう」
それはつまりのぞき見していたのもばれていたのだろうかと窺えば、エイナ先輩は少し呆れた顔で笑っていた。
「あと、あいつとは恋人じゃないからね」
「あんなにラブラブなのに」
「端から見れば、あなた達も仲良く見えるわよ」
私の相手が誰だかは言わなくてもわかる。
「一方的につきまとわれてるんです」
「まあ、ローガン先生って一度何かに執着するとちょっと病的になるからね。この前もロックドラゴンの苔がどうたらこうたらって言って、1ヶ月くらいこんな大きなリュウの鱗をずっと持ち歩いてたし」
「わたしは苔ですか」
「ごめん、そう言うつもりじゃなかったんだけど」
言葉を濁してから、エイナ先輩は細身の彼女には似合わないドラゴンのステーキを頬張りつつローガンについての話をしてくれる。
「ただその、先生が人に興味を示すのって珍しいから他に例えようが無くて……。病人ならまだ分かるんだけど、まさか事務の女の子に手を出すなんてってみんな驚いてるのよ」
エイナ先輩曰く、ローガンは治癒術師にもかかわらず人間にあまり興味がないらしいのだ。
強いて言うなら治癒術に興味があるから、病や怪我をする人間の側にいるが、そうでなければ彼にとって他人は空気と同じに違いないとエイナ先輩は豪語する。
「興味のないことにはとことん無関心なのよね先生。あんなに腕も良いし観察眼もあるのに、 病気って付加価値がない人間は完全無視よ無視。私とか他の治癒術師が色々質問しに言ってもロクに答えてくれないしね」
それは治癒術師としてどうかと思うが、最低限の会話だけはしているようなので誰も彼の傍若無人な態度に突っ込めないのだという。
「噂には聞いてましたけど、ほんとうに面倒くさいですよね」
「時々たまに思うわ、どうしてあの人勇者だったんだろうって」
「素敵な勇者様がそばにいるから、ことさらそう思うんじゃないですか? 先生は勇者どころかたちの悪い魔王ってかんじだし」
「あいつにも変なんところはあるけどね。勇者って、みんなどこかしらおかしいのよ」
そうじゃなければ、そうなんども世界は救えないとエイナ先輩はいう。
「嬉々として自分の三倍はある竜と戦いに行ったりするのよ。信じらんない」
「でもエイナ先輩だって昔は勇者様と一緒に旅をしてたんですよね?」
「あのころは若かったのよ」
今でもエイナ先輩は十分若いと思うが、本人は皺も増えたしと目元をさすっている。
「もうこの年じゃ野宿続きの生活とか無理。肌も荒れるし絶対便秘になるし」
「でも今だって、徹夜は多いじゃないですか」
「それはそうだけど、砂漠や荒野のど真ん中で野宿するよりはマシじゃない」
それはそうですねとうなずきかけて、私は慌てて「そうなんですか?」と首を横にかしげる。
「か、過酷な所に行ったことはないので、わからないです」
「それが正解よ。若い頃はさ、世界のためだなんだって熱くなって冒険者になったけど、結局武勲を立てられるのは一握りの人間でしょ。その他はロクに出世も出来ないまま、体力の限界を感じてやめていくのが普通。まさに時間と体力と青春の無駄使いだと思うわ」
エイナ先輩があまりにはっきり断言するので、私は店に冒険者がいないかと思わず見回してしまった。
しかし途切れることのない周囲の会話から察するに、この店には勇者や冒険者に属する女子はいないらしい。
それにほっとしていると、エイナ先輩がふと私の顔を見つめる。
「そういえば、ジグは冒険者になりたいとか思わなかったの? 貴方くらいの年齢って、旅に出たがる頃だと思うのに」
先輩の質問に泳ぎそうになった目を、私は慌てて手元のシチューにはり付けた。
「私は体もあまり強くないし、魔力も少なくて……。だから街で暮らすのが良いかなって思ってたんです」
少なくとも街にいれば魔物が来ても安全だしと言えば、エイナ先輩はさして疑うことなく納得してくれたらしい。
「私も、ジグみたいに無茶しなきゃ良かったな」
「でも、無茶しなきゃ勇者さんには会えなかったんですよ」
「だからよ」
そう言って、エイナ先輩は少し寂しそうな顔でステーキをつつく。
端から見ればとてもお似合いの二人だが、エイナ先輩には先輩なりの悩みがあるらしい。
けれどそれを聞き出して何か意見できるほど私に恋愛経験はなく、ただ「そうなんですか」と当たり障りのない相づちを打つのが精一杯だった。